惨状
白い光が視界を焼き、反射的に腕をかざす。
瞼の裏にまで届くような強烈な輝きだった。
それが少しずつ収まると、堂内の様子が目に飛び込んでくる。
……ひどい有様だった。
かつて祭壇が据えられていたのだろう広間は半ば崩れかけていた。
石の床には亀裂が走り、傾いた梁から、埃と瓦礫が絶えず落ちてくる。
空気そのものが、白く発光しながら渦を巻いていた。
肌を撫でる光の粒が触れるたびに痺れを残していき、息をするだけで、身体の内側を掻き回されるようだった。
まるで部屋全体が一つの生き物になって、脈打っているかのようだ。
「……なんだ、これは」
隣に踏み込んだセラフィーネが、低く唸る。
歴戦の彼女ですら、眼前の光景に足を止めてしまう。
そして、広間のあちこちに——イスタロテ派の女たちが倒れ伏していた。
「っ、まさか……」
リーネットが息を呑む。
だが、よく見れば、誰も血を流してはいない。
女たちは一様に床へ膝をつき、あるいは壁に縋りつき、必死に何かへ耐えている。
顔を青ざめさせ、脂汗を浮かべ、光の渦に飲まれまいと震えていた。
その一人が、床を這うようにして、俺の足元へ手を伸ばしてきた。
「あぁ……素晴らしい……これで、みんな、幸せに……」
うわ言。瞳の焦点は合っておらず、口元にはうっすらと笑みすら浮かべている。
求めた力に呑まれて、なお夢を見ているのだ。
俺は、その手をそっと払うことしかできなかった。
こちらへ攻めてくる気配はまるでない。
それどころではないのだろう。
「くっ……そこの……」
瓦礫の陰から掠れた声がした。
視線を向けると、壁に背を預けて座り込む女がいる。
「イスタロテ……」
飄々とした態度は跡形もなく消え去り、片膝を立て、荒い息を吐きながら、こちらを睨むように見上げている。
「はっ……まさか、あんたたちとはな……こんな時に来るとは、間が悪いにも程がある」
彼女は口の端を歪め、自嘲するように吐き捨てた。
「何があった」
セラフィーネが短く問うと、イスタロテは乾いた笑いをこぼす。
「見ての通りさ。しくじったんだよ」
「しくじった?」
「あの娘の力を、器に馴染ませてから引き出すはずだった。枷で魔力を封じて、ゆっくり、慎重にな」
胸を押さえ、苦しげに息を継ぎながら彼女は続けた。
「だが……甘かった。枷で封じられるのは、あの娘自身の魔力だけだったんだ……肝心の“力”ってやつは、まるで別物だったのさ」
その言葉に、セラフィーネの眉が跳ねる。
「別物だと?」
「あぁ。神の力だか何だか知らないが、こんなものは見たことがない。器を無視して勝手に溢れ出しやがった。もう、私たちの手にも、あの娘自身の手にも負えやしないんだよ」
後悔にも似た、乾いた響きだ。
「……争いのない世界を、作りたかっただけなんだ。誰も奪い合わなくていい、優しい世界を。こんな化け物を、生み出したかったわけじゃない」
その本音を、俺は責める気にはなれなかった。
やり方はどうしようもなく間違っているが……願いそのものは、きっと、嘘じゃないのだろう。
「その話は後だ」
セラフィーネが鋭く割って入る。
「今は聖女を……いや、あれをどうにかするのが先だ。リーネット、何か分かるか」
「え、あ、はいっ……!」
リーネットは震える声で、それでも懸命に光の渦を見つめた。
「光が……一定の間隔で、強くなったり弱くなったりしています。まるで呼吸みたいに。中心にいるエルネスタさんの、鼓動に合わせて……」
「鼓動、か……」
イスタロテが広間の奥へ視線を投げる。
「なぁ男、見てみるといい……あれはもう、あんたたちの知ってる聖女じゃないよ」
広間の最奥。崩れ落ちた祭壇の真上に、白い光が、人の形をとって浮いていた。
遠く、輝きが眩しすぎて輪郭がはっきりしない。
だが、ゆらゆらと揺れる長い髪の色だけは、確かに見て取れた。
桃色の、エルネスタの髪だ。
「……エルネスタさん」
名を呼んだ足が、勝手に前へ出る。
「待て、バージル」
セラフィーネの手が俺の肩を掴んだ。
「あれの気配は異常だ。近付けば、ただでは済まんぞ」
「でも……!」
「分かっている。分かっているから、少しだけ落ち着くんだ」
声は硬かったが、その手はわずかに震えていた。
鬼神とまで呼ばれた女が、剣の柄を握りしめながら、明らかに気圧されている。
「厄介だな。斬れるものなら、いくらでも斬る。だが、あれは……斬るという次元にいない」
セラフィーネが、絞り出すように呟いた。
「そうだ、やめておけ。お前は貴重な男なのだから。今ならまだ引き返せるぞ」
「引き返す……ですか」
イスタロテの言葉に、前を見据えたまま返す。
「俺は、エルネスタさんを迎えに来たんです……それに、あなたたちも、このままじゃ全員巻き込まれますよ」
「……はっ。この期に及んで私たちの心配とは……本当に変な男だ」
イスタロテは何かを言いかけ、けれど咳き込んで、口をつぐんだ。
「セラフィーネさん、リーネットさん。もし、俺に何かあれば……頼みます」
俺は死ぬつもりでもないし、何もできないとも思っていない。
ただ、二人のことも信じている。
もし仮に俺が失敗しても、二人ならどうにかしてくれると。
その意思を汲み取ってくれたのか、二人は俺を止めずに頷いてくれた。
(男は、いつ何時も堂々と、毅然と全てを受け止めるべし)
俺は一歩、また一歩と、光の中心へ足を進める。
近付くほどに、渦巻く力が肌を刺した。
それでも、止まる気にはならない。
光の奥から、微かな声が聞こえた気がした。
言葉にならない、小さな、小さな声。
誰かが助けを求めて、泣いているような。
(……やっぱり、そこにいるんですね)
俺は前を向き、光の中心へと足を踏み入れようとしていた。




