謁見4
王城の門をくぐると、以前にも感じた荘厳さが、さらに張り詰めているように思える。
俺たちの姿を認めた衛兵が何も言わずに道を空けてくれた。
既に話は回っているのだろう。
謁見の間へ通されると、マリエルは王座に腰を掛けて俺たちを待っていた。
その顔には王様らしい余裕は薄く、細い指が肘掛けを小さく叩いている。
「来たか……報せは、お前たちの耳にも入ったようだな」
「はっ。神殿が襲われ、聖女エルネスタが連れ去られたと」
セラフィーネが膝をつき、俺とリーネットもそれに倣った。
「陛下。恐れながら、奪還の許可を願い出ます。聖女は——」
「言うな。分かっている」
マリエルが片手を上げてセラフィーネを制する。
小柄な身体からは想像もつかない、場を支配する声。
「聖女エルネスタはメルン教の象徴だ。妾の統治すら及ばぬ、唯一の聖域の主でもある。その者が拐われたと民に知れれば……どうなる?」
「……国が、揺らぎます」
「そうだ。神の代弁者すら守れぬ女王に何ができる——そう囁く声が、必ず湧いてしまうだろう」
淡々とした口ぶりの奥には確かな危機感があった。
国全体を天秤にかけているのだ。
「故に、これは正式な任務とする。セラフィーネ、バージル、そしてリーネット。三名に、聖女エルネスタの奪還を命じる」
「あ、はい」
元気よく「はっ!」と答える二人に対し、俺だけ返事が浮いてしまったが、マリエルは気にした様子もなく続けた。
「……しかし、ひとつ腑に落ちないことがある」
彼女は細い眉をひそめる。
「イスタロテ派とやらは、神殿を襲っておきながら誰一人殺しておらん。信者に手傷を負わせはしたが、それも取り押さえる程度だという」
「……確かに妙ですね」
俺が呟くと、マリエルは頷いた。
「ただの暴徒なら、あの混乱で死人が出ぬ方がおかしい。奴らは、はっきりとした目的を持って動いている。血を流すことよりも優先する、何かをな」
「聖女エルネスタ、その人ということですか?」
「いや」
女王は静かに首を振る。
「妾が思うに……奴らが欲しているのはエルネスタという娘そのものではない。あの娘が宿す“力”だ」
その一言に、セラフィーネの表情が動いた。
「……神託の、異常」
「うむ。近頃、聖女の神託が歪んでいると言ったな。まるで複数の声を聞くようだと。あれは——力が、あの娘の器から溢れ始めている兆しやもしれん」
背筋に冷たいものが走る。
あの神殿で感じた重すぎる神気。
湯の中で見た女の横顔のような輪郭。
時折どこか遠くを見るエルネスタの瞳。
あの全てが、一本の線で繋がっているのか?
「妾は宗教には踏み込めぬ。だが、放置すれば……力の暴走が、国そのものを飲み込みかねん」
マリエルの声に、初めて微かな焦りが滲む。
その表情を見て俺は理解した。
彼女が本当に恐れているのは、玉座を失うことじゃない。
守るべき民を、守れなくなることなのだ。
「バージル」
「は、はい!」
不意に名を呼ばれ、背筋が伸びる。
「お前に問う。危険だぞ、相手の力の底は妾にも読めぬ。それでも……行くか?」
マリエルの瞳が、ほんの一瞬だけ揺れた。
女王ではなく一人の女の目。俺を案じる色だ。
「行きます……エルネスタさんが、困っているなら、尚更」
「——ハッ! よい答えだ! 惚れた男が情けなくては、セラフィーネの面目も立たぬからな!」
「へ、陛下……!」
セラフィーネが珍しく顔を赤くしたが、マリエルはくすりと笑うだけだった。張り詰めていた空気が少しだけ緩む。
「して、リーネット。足取りを追えるらしいな?」
「は、はいっ! 王直属の権限があれば、街の各門の通行記録も、すぐに当たれます」
「許す。存分に使え。セラフィーネ、クラリスと小隊を連れて行け。バージルの拳だけに頼るな。戦士であり、男でもあるという事を忘れるなよ」
「心得ております」
マリエルは玉座から、俺たち一人ひとりを見下ろした。
その視線には、命じる者の重さと、託す者の希望が同居していた。
謁見の間を出ると、リーネットは「記録を当たってきます」と言い残し、廊下の奥へ駆けていった。その足取りに迷いはない。
残された俺とセラフィーネは、クラリスと合流して装備を整えることにした。
クラリスが手際よく小隊を集める間、セラフィーネは剣の手入れをしながら、低く呟く。
「……嫌な予感がする。あの神殿で感じた気配、あれは人の手に負えるものではなかった」
「セラフィーネさんでも、ですか?」
「あぁ。私の剣が届く相手ならいい。だが、そうでなければ——」
彼女はそこで言葉を濁した。
届かないかもしれない。その先を口にはしなかった。
どれくらい経った頃だろうか。
息を切らせて戻ってきたリーネットが、一枚の紙を握りしめていた。
「わ、分かりました……! やっぱり、痕跡が残ってました」
「もう分かったのか。早いな」
「東門の記録です。夜明け前に、十数人の一団が荷馬車で通過してます。荷台には大きな包みが一つ……門番は“供物の運搬だ”と言われて、通してしまったそうで」
供物、か。
中身がエルネスタだと思えば、反吐が出そうな言い方だ。
「向かった先の見当は?」
「東の街道をしばらく進んだ先に、今は使われていない古い修道院があるんです。人目につかず、大人数が身を隠すにはちょうどいい場所かと」
リーネットが地図を広げ、一点を指で示した。
「よくやった! 本当に、頼りになるな」
「え、あ……そ、それほどでもっ!」
褒められ慣れていないのか、リーネットが慌てて顔を伏せる。
「決まりだな。目的地は、東の旧修道院だ」
セラフィーネが剣を鞘へ納め、勢いよく立ち上がる。
「バージル、リーネット……行くぞ!」
「はい!」
「はいっ!」
俺は拳を握った。エルネスタの手の感触を思い出す。
どんな力が相手だろうと、俺が受け止めてみせる。




