別れ
イスタロテが退いてから一週間が経った。
その間、俺たちは平和な日々を過ごし、人々の喧騒から離れた神殿での暮らしは精神に充足感をもたらしてくれる。
そして、問題のエルネスタの神託だが――
「――これより先、リュミナリオスに危機が訪れようと、勇者によって鎮められる――そうお告げがありました」
エルネスタの声は少し震えていた。
聖女としての重責が故か、恐ろしい神託が無くなったことに安心したのか。
どちらにせよ、マリエルの心配は杞憂に終わったのだ。
「……ふむ、これなら問題はないだろう。リーネットよ、どう思う?」
「そうですね……色々な声を聞いているように感じられる、というのがエルネスタさんへ向けられた疑いでした」
セラフィーネが屈み、リーネットが耳元で小さく話す。
「ですが、少なくとも私たちと接している彼女が不安定には感じられません」
「私も同じように考えていた。噂が一人歩きしてしまったという類かもな」
「その可能性も――」
二人で話し合っていてくれて俺は助かっている。
マリエルから使命を言い渡されてはいるが、正直ぜんぜん忘れていた。
シンプルに神殿での生活をエンジョイしていたのだ。
ほら、なんとなく「あの部屋」での生活に似ているし。
「エルネスタさん、神託は終わりですか?」
「はい。これ以上はもう、なにも聞こえません」
セラフィーネたちの話し合いはまだ終わらなさそうだし、エルネスタに声をかけてみる。
彼女は豊かすぎる胸部を揺らしながら、ゆっくりとこちらへ振り返り微笑んでくれた。
話し相手になってもらおう。
「イスタロテ派の動きもありませんよね」
「そう……ですね。バージル様に手痛くやられたことで、ついに私を諦めてくれたのかもしれません。本当にありがとうございます」
エルネスタが丁寧に礼をすると、薄い布に覆われた胸が自由を求めて暴れ出す。
「あぁ、いえ……別に大したことはなにも、していませんよ」
彼女を前にすると意識が胸に吸い寄せられてしまい、まったく会話が耳に入ってこない。
エルネスタは聖女であり、本来なら触れてはならない立場。
それなのに、ここまでの宝を持っているという矛盾のような状況のせいだろうか。
「何を仰いますか。バージル様がいたから私は連れ攫われなかったのです。私の恩人ですよ」
対するエルネスタは俺の視線になど気付くことはなく、熱のこもった声で俺を褒める。
「できることなら、もっとバージル様のことを知りたいと思っています。しかし――」
エルネスタはチラリと俺の横、セラフィーネとリーネットを見る。
「神にも叶えられない願いでしょうね」
少し切なそうに、そして諦めたように笑う。
はたして彼女の言う通りだった。
セラフィーネがマリエルの指令を完遂したと認識したため、俺たちは王都へと帰還することになったのだ。
「世話になった。手厚い歓迎、改めて感謝する」
セラフィーネが騎士の礼儀に則った礼をすると、エルネスタは手をヒラヒラとさせる。
「滅相もございません。こちらも助けていただいたのですから……」
彼女は一瞬だけ俺に目を向け、すぐにセラフィーネに意識を戻す。
「……行ってほしくなさそうですね」
「そうですか?」
「ああやって自分の危機に男性が立ち上がってくれて、惚れない女はいませんよ。聖女という立場じゃなければ、このまま着いていきたいくらいでしょう」
「またまた、大げさですよ」
そもそも俺がいなくたってセラフィーネがどうにかしてくれただろう。
速度こそイスタロテの方が上だったが、セラフィーネには戦いの才能がある。
偶然俺が手柄を取っただけなのだ。
だというのに、リーネットは呆れたと言いたげにため息をつく。
「この反応がバージルさんの魅力でもありますけど、もっと自分の価値を考えるべきです。やっぱり、最初に保護した私の判断は正しかったですね。あなたが野放しにされていたら戦争になっていましたよ」
この世界での男の価値は理解したが、それでも俺にそこまで人を惹きつける力があるわけがない。
「……ま、そのあたりは帰ってからじっくり教えますよ」
「全然知りたくないんですけど」
「だ・め・で・す! どれだけあなたの被害者が出るか分かりませんから! ほら、エルネスタ様に別れの挨拶をしてください!」
促されるまま、エルネスタに声をかける。
「ええと……その、ありがとうございました。もしよかったら今度、こっちにも遊びに来てください」
「そうですね。マリエル様にも、ご心配をおかけした謝罪をしたいですし」
「俺の住んでいる家と……思い入れのある倉庫を案内しますよ」
「倉庫……?」
若干混乱させてしまったが真実だ。
なにはともあれ、俺たちは問題なく使命をこなすことができた。
神殿やエルネスタ、そして他の信徒たちに別れを告げ、馬車に乗り込んで王都への帰還の道を進み出したのだ。
次回からやっと物語が動きます!
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