魔王ベールール
俺たちは水上都市にある建物の中で、深紅の眼をした男と対峙していた。
目以外の外見は二十歳くらいの細身の成人男性にしか見えない。
正直、この男が誰だかはわからない。
だが、俺は……いや、俺とシフォンはあの眼の色に覚えがあった。
うちの魔王少女ミリーと同じ色の瞳なのだ。
こいつの正体は、おそらく、
「あっ、そういえば、自己紹介もまだだったな。俺は魔王ベールール。この名前って言いにくいだろ? 別に俺は呼び方なんてなんでもいいからな、ベルって呼んでくれていいぞ♪」
気のいい近所の兄ちゃんのように話しかけてくる魔王。
それにしても俺の考え通り、こいつは魔王だった。
呑気でやる気のない口調とは裏腹に、受ける圧力は半端じゃない。白金級の勇者と同等かそれ以上だ。
「なあ、あんた、魔王ベルと言ったか? なんで俺たちを見逃すんだ?」
「う~ん、ここでお前らを殺すんはいいんだが、何だかお前らから懐かしい奴の匂いがしたからな。ちょっと、様子見だ。メンドイのは嫌いだが、面白そうなのは嫌いじゃないしな♪」
魔王ベールールが言った懐かしい奴というのは、きっと、うちの魔王少女こと魔王ミリ―ヒルクライムのことだろう。
ここでもミリ―に助けられたような感じだ。
「じゃあ、また夜な♪」
深紅の眼をした男が消えるようにいなくなった。
それを確認して、俺たちは巫女服のような物を着た少女に駆け寄る。
少女は気を失っていた。
「大丈夫そうか?」
「命に別状はなさそう」
「そうか」
見たところ首筋以外に傷はなさそうだ。
ここは、シフォンやソニアに任せていいだろう。
俺は、地下に閉じ込められているという人たちを探しにいく。
礼拝堂の奥の奥の部屋に、地下へと続く階段を見つける。
魔剣状態のハルを握りしめ、薄く発光する紫の明かりを頼りに、一段一段階段を降りていく。
「暗くて不気味だな……」
《なんか、でそうっすね》
「そういう話、まじでやめてくれよ」
幽霊なんてのは魔王や白金級の勇者なみにごめんだ。
階段を降りていくと、扉があった。
そこを開けると、
「なんだこの臭いは!」
今だかつて嗅いだことのないムセ返るような臭い。
原因はすぐにわかった。
《……》
「……」
扉の中は大きな空間になっていたが、そこにあったのはうず高く積まれた死体の山があったのだ。
その数は百や二百じゃきかない。
俺とハルは絶句してしまった。
「これは!」
足元を見ると、勇者の核がいくつも転がっていた。
その数、全部で7個。
青や銀の色をしているということは、青銅級や
白銀級の勇者のものかもしれない。後で鑑定してみよう。
ただ、一つ言える重大なことは、勇者とその使い手が7組と、その他の兵士や冒険者が数百人いて、全滅しているという事実だ。
おそらく、魔王ベルの仕業なのだろう。
閉じ込めてあるなんて言い回しだったが、すでに死体と化している人達をと言っていないあたり、なかなか性格が悪いのだろう。
同じ魔王でもミリーと違い、絶対に友達になれないタイプだ。
とりあえず、上に戻ってシフォンたちと合流しよう。
「どうだ、その子、気が付いたか?」
「まだね。恭介、閉じ込められているって人達は?」
「……」
俺は無言で首を振る。
それでシフォンは理解してくれたようだ。
「そう」
沈黙が少し訪れる。
「あいつを夜まで待つ必要なんてない。その子も連れて、来たときと同じ方法で脱出しようぜ」
「そうね」
「たしかにその方がいいみたいね」
ソニアもシフォンも納得してくれた。
そうと決まれば、
「ちょっと待ってください」
巫女服のような物を着た少女が俺たちを止めた。
気が付いたようだ。
「自分は水上都市アクアの学術師エクアと言います。助けてくださってありがとうございます。ですが、自分は皆様と一緒には行けません」
「なんで?」
「あの魔のものの言っていた通り、この水上都市には魔性石と言われる石があります。それに秘められた魔の力により、この水上都市は水面の上に存在できるのです」
「成る程、でもそれとあなたとどんな関係があるの?」
シフォンがきいてくれた。
命より大事な石なんてあってたまるか!ってのが持論の俺もシフォンと同意見だ。
「自分の一族は代々魔性石の管理と研究を任されてきました。その過程の上で、魔性石をうまく扱うために魔力の高いものとリンクさせるということが提案されました」
「それってどういうこと?」
「つまりは、自分のこの体の中に、この水上都市アクアの魔性石があるのです」
エクアがそんなことを言ってきた。
だが、それがどうしたのだろう?
見たところ健康そうだし、体の中に魔性石があるのならそのまま持ち出しやすいんじゃなかろうか?
「自分の中の魔性石がこの水上都市から離れたら、水上都市に魔力を供給出来なくなって、この街は沈みます」
「それで?」
「あなたは馬鹿ですか?」
うおっ!
俺はエクアにもバカって言われた!
「この街には、まだ大勢の生き残った人達が隠れているかもしれないんですよ。その人達を見殺しにして自分だけ逃げるなんてできません!」
エクアは生真面目な性格のようだ。
「じゃあ、みんなで逃げる方法を考えればいいだろう?」
「あなたは本当に馬鹿ですか? この水上都市に何人の人達がいると思うんですか。もう橋はないんですよ」
なんだろう。
俺ってこの世界に来てから美少女に馬鹿って言われ続けている気がする。まあ、いいけどさ。
たしかにエクアのいう通り、橋のない今、脱出手段は限られている。
俺たちが使った手段も、大勢を移動させるという面では無理だろう。だが、方法はないわけではない。
「なあ、エクア。生き残った人達をここの前の広場に集めることはできるか?」
「でも、外には水竜が……」
「大丈夫だ。シフォンとソニアを護衛につけるし、広場には俺がいとくから」
「私たちに任せて」
地竜グランドに乗って、シフォンたちが街の生き残りたちに声をかけにいった。
俺は作業にかかる。
建物を出たところにある広場に、大きな門のような転移ゲートを2つ作成する。
それぞれ亜空間で、黄金都市ユグシルと魔都ミリハイムに繋ぎ、生き残った人達を転移させるという脱出プランだ。
これでいいだろう。
あの魔王が言っていた夜までは、まだまだ時間がある。
だが、気まぐれで俺たちを見逃した、あの魔王のことだ。また気まぐれで、すぐに戻ってこないとも限らない。
一応、保険をかけておく。
俺は検索の魔法で、拾った勇者の核のlevelを調べる。
それらを全部足すと315だった。
「ハル、今からお前のlevelを上げようと思うんだが、いいか?」
「兄貴、俺もまた強くなれるんですね♪」
「じゃあ、魔剣形態になってくれ」
「了解です」
俺は接収で、集めた勇者の核のlevelを魔剣ハルクライムに吸収する。
魔剣ハルクライムのlevelが上がったようだ。
感じる圧力が跳ね上がったのがわかる。
検索の魔法で確認する。
魔剣ハルクライム、level 501
ありゃ、いつの間にかハルのlevelが白金級まで上がったぞ?
大丈夫なんだろうか?
「ハル、大丈夫か?」
《…………》
返事はない。
やっぱり、いきなり元の倍以上のlevelになって大丈夫じゃないのかもしれない。
しばらく、ハルの沈黙が続く。
「ハル?」
《主よ、我は……》
「テイッ!」
いきなり我なんて言い出したハルを地面に向かってぶん投げる。
慣れないもんを喰わせ過ぎておかしくなってしまったのかもしれない。
これで治ってくれたらいいんだが……。
《痛ー! あれ、兄貴、どうしたんですか?》
よし、治ったようだ。
やっぱり、道具の調子が悪いときはショック療法にかぎる。
「ハル、お前もついに伝説の仲間入りをしたみたいだぞ」
《えっ、ついに……って、いつの間に!? 俺も伝説の白金級になったんですね♪》
メッチャ嬉しかったのだろう。
人間形態になったハルが俺に抱きついてくる。
今までは10才くらいだった外見が13才くらいに成長している。
俺は無邪気に喜んでいるハルを見て、少し気になることがあった。この勢いで成長させた姿でセクハラなんてはたらいたらコイツ世間的にアウトなんじゃね? ということだ。
まあ、心配ではあるが水上都市から無事に脱出できたあとに考えよう。




