魔剣ハルクライム
小屋の窓から見える外の様子では、そろそろ夜が明けそうだ。
……すごく眠い。
シフォンは、今もグースカ夢の中だ。
俺の周りは、シフォンの寝息のほかは、黄金級の勇者の使い手のアグルが木槌を打ち付けられる音だけが響いている。
というか、木槌で剣が打てるってどういうことなんだ。……まぁ、黄金級の勇者っていうからには普通の木槌ではないのだろう。
確か、よく物語に出てくる世界樹がユグドラシルとか言う名前だったはずだ。世界樹の一部を使って作った木槌がユグドラシルじいちゃん……ありえそうな話だ。
「キョースケさん、集中力が乱れてますよ」
「おお、悪い!」
他のことを考えていたら、アグルに怒られた。
俺は、慌てて魔力を注ぐことに集中する。
俺は今、ハル復活の手伝いをさせられていた。
夜通しの作業のお陰で、ハルの復活まであと少しといったところだ。
魔王少女ミリーから受け継いだ魔力は膨大で容量の方は大丈夫でも、それを絶え間なく放出している俺の方の眠気が半端ない。
油断したら船をこいでしまいそうだ。
…………。
ほら、また言っているうちに眠たくなってきた。
俺が、頭を漕ぎかけたときだ。
腰のベルトの辺りが熱くなった。
「アチッ! なんだ?」
見ると、ベルトに括り付けてあった雫から貰った小瓶が発熱していた。
小瓶の中の水の色も赤く変色している。
これは……。
確か、何か町に異変があったら知らせるからと雫は言っていた。
ミリハイムの町に何かあったのだろうか?
「なあ、新しい剣は完成まで、あとどのくらいかかる? なんか、俺達が前にいたミリハイムの町ってところで何かが起こっているみたいなんだけど!」
「そうですね……どれだけ頑張ってもあと一時間はかかりますね」
視線は剣に向けたまま、アグルが答えた。
どうする……。
「私に任せなさい!」
俺が迷っていると、いつの間にか起きたシフォンが俺たちの話に割って入ってきた。
「恭介、あんたはここで変態勇者をしっかり復活させなさい。その間、私がミリハイムのみんなの様子を見に行くから」
「それは、ありがたいが、どうやって?」
ここからミリハイムの町までは、七百キロ以上の距離がある。
短いながらもテレポートできる俺でも数時間はかかる距離を、テレポートもできないシフォンが、おいそれと行ける距離ではない。
《それは、ワシが何とかしよう》
ユグドラシルじいちゃんが、念話で語りかけてきた。
《坊主、あの町にも倉庫がわりに亜空間を作っておったじゃろ? その亜空間とここで新たに作った亜空間を繋いで、一方通行の転移門を作成してやろう》
「おお、さすがは黄金級の勇者ともなると凄いな。そんなことまで出来るのか!」
《ワシは黄金級の勇者の中でも、ちと特別製じゃからな。攻撃力こそそこそこじゃが、その代わりに色んな能力を持っているんじゃ。……その能力の中の一つに世界で起こった事態を見通す千里眼という能力があるんじゃが、坊主たちの町を襲っとるのは白銀級の勇者じゃな。……悪いことは言わん。お嬢ちゃん一人じゃ、ちと厳しいぞ》
白銀級の勇者!
白金級の勇者や、黄金級の勇者に比べると大分武器としての性能も見劣りするだろう。
だが、使い手との相性次第では、そのものの強さ以上の力を発揮しかねない。
油断は禁物だ。
「ミリハイムの町が心配なのは私も一緒よ」
「いいのか?」
「任せて、レオナたちには指一本触れさせないから」
「……頼んだ。じいちゃん、シフォンを頼む」
《うむ、しかと届けよう》
俺は亜空間の入り口を作る。
ユグドラシルじいちゃんが何かあしてくれたのだろう。
空間が光った。
《準備はいいぞ》
「恭介、……待っているからね」
シフォンはそう言い残すと、亜空間の中に消えていく。
転移は成功したのだろうか?
《転移は無事に成功したぞ。ただ、悪い報告もある。今、あの町に来ておる白銀級の勇者は一人じゃないようじゃ。二つの気配を感じとる》
「! シフォンは……」
《一応、嬢ちゃんにも亜空間を出る前には伝えたが、少しだけ考えたあと、フッと笑って飛び出していきおった》
「あの馬鹿っ!」
「キョースケさん、どこいくつもりですか!」
今にも飛び出していきそうだった俺を諌めたのは、アグルだった。
「どこって、シフォンのとこに決まってるだろ!」
「今は我慢してください! じゃないと、せっかくのシフォンさんの気持ちが無駄になってしまいます!」
「!」
俺は自然とアグルを睨んでしまっていた。
だって、そうだろ。
それでなんかあったらどうするつもりなんだ。
相手は勇者。
しかも二人はいるのだ。
シフォンが殺されない保証はどこにもない。
あと一時間なんてとても待ってられない。
「あと、十分の辛抱です」
「あと、十分? さっきはあと一時間はかかるって話じゃなかったか?」
俺は当然の疑問をぶつける。
「そりゃあ、普通に打ったら一時間はかかりますよ。……でも、キョースケさんの大事な人たちのいる町と、それを先に助けにいった愛する人がピンチかもしれないんですよね? だったら、僕だって命をかけてでも十分で仕上げてみせますよ!」
いや、別にシフォンは……愛するとか、そういうんじゃ……。
ただの大事な……こういう場合、なんというのが正しいかわからない。
だが、大事な奴なのは確かだ。
見ると、アグルの口から血が垂れてきている。
まだ幼いアグルの体には相当な負荷がかかっているようだ。
命をかけるといったのは嘘ではないのだろう。
シフォンが、アグルが、ユグドラシルじいちゃんも皆が頑張ってくれている。
ここで俺も頑張らないでどうするよ!
十分、たった十分我慢するだけだ。
俺も作業に集中する。
この十分間は今までの人生の中で、一番長く感じた十分間だった。
こうして、十分後。
「で、出来た!」
アグルが一振りの剣を完成させた。
両刃の長剣。
刀身が紫に煌き妖しい輝きを放っている。
「これが……」
「はい、新しいキョースケさんの剣です」
俺はアグルから剣を受け取ると、勇者の核を柄にあった窪みにはめた。その瞬間、剣が鼓動を開始したような錯覚に陥った。
魔剣ハルクライムの本当の意味での完成だ。
「…………!」
《……ここは?》
剣から漂って出たものが形を成していく。
それは俺の知っているものだった。
ダークブラウンの瞳に茶色の髪。
そのあどけなさも漂う十歳くらいの外見とは裏腹に、成人男性をも上回るスケベさを内包するいやらしい顔つき。
間違いない、ハルだ!
《あれ? 兄貴、なんでこんなところに? というか、なんで俺は無事で? しかもなんか、スッゴク兄貴に失礼な思い出されかたをしたような……?》
「ハル、感動の再会はあとだ。シフォンを助けにいくぞ!」
《シフォンの姉御を! 理由はわかりませんが了解です》
「転移門の準備もばっちりじゃ。キョースケ、行ってこい!」
いつの間にか、ユグドラシルじいちゃんは人型に戻っていた。
俺たちの移動の準備も終わらせてくれていたようだ。
アグルは精魂尽き果てて、幸せそうな寝息をたてている。
「キョースケ、そっちが片付いたら、また顔を出せよ」
「わかりました。ハル、行くぞ!」
《了解です!》
この先に待っているのは白銀級の勇者。
しかも二人。
だが、俺はこのとき気負いもなければ、恐怖もなかった。
あるのは、皆が無事でいてほしいという気持ちだけだ。
最後にシフォンと交わした言葉を思い出す。
シフォン、今行くからな!
俺たちは転移門に飛び込んだ。




