行動開始
そこにあったのは恐ろしい虚無。
ライガルの指から真っ白な砂が滑り落ちる。
小さく、小さく丸くなって砂になった人の骨が。
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ガタニアに入るにあたって竜騎達を森に置いていくことになった。
竜騎達は主人であるウルがどこにいても分かるらしく一時的に森に放してもまたウルが必要と思えばすぐに駆けつけてくるらしい。ライガルがウルの指示のもと竜騎達を放した時顔をべろべろと舐めて森の奥に去っていった。
どうやら竜騎達に懐かれていたみたいだ。
「おー、戻ってきた」
既に出発の準備が終わり、服装も変わっているジェノクが振り返ってライガルに声をかける。
「傷はないみたいだな。よかった」
「何が?」
「竜騎達の綱は主がいることの証だからそれがなくなると野生に戻るようなもんだ。竜騎達の主人は団長だから完全に野生に戻る訳じゃないけどかなり危険なんだよ」
「……そうなんだ」
知らぬが仏とは正にこのことだ。舐められただけで本当によかった。
苦笑しているとジェノクの服装が変わっていることに気がついた。冒険者用の服装とは違い、麻のシャツにベスト、そしてストールとラフな格好をしている。
「その格好は?」
「団長命令だ。ガタニアには今誰もいないってことだけど、万が一誰かと会った時に相手が民間人だったら誤魔化せるし、帝国の奴らなら弱そうな格好していた方が油断するだろ?」
「武器は?」
「ぱっと見で見えない様に持っていく。あとライはトーイの所に行って術をかけてもらって。これ団長からの命令だから」
「術?」
「トーイは精霊術で人相を変えることができるんだ。万が一誰かにあったとして姿が特定されない様にしておかないと」
「今、僕はジェノクの姿変わりなく見えるけど?」
「本当の姿を見たことがある人間には効かないんだよ。今トーイ、森から離れるから少し機嫌悪いけど頼めば掛けてくれるから」
「わかった」
トーラトーイの下にいくと案の定、とても機嫌が悪そうだった。
ライガルを拾ってきたのはトーラトーイだと聞いていたが拾われてからほとんどトーラトーイと関わりがない。ただ本人が関わらない様にしているというよりも周りがトーラトーイとライガルを近づけさせない様にしているみたいだった。
機嫌の悪いところで声を掛けるのは気が引けたがそろそろ出発ということもありトーラトーイに術を掛けてくれるよう声をかけた。
「トーイさんちょっといいですか?団長命令で言われたのですが僕にも術をかけてもらえませんか?」
「ああ、そういえば君には掛けていなかったね。団長の言う通り確かに君にも術を掛けた方がいい。こっちに立って目を閉じて」
見るからに機嫌が悪そうに見えたが気軽に返事を返してもらえた。
ライガルはほっとしながらトーラトーイの前に立ち、目を閉じた。
トーラトーイはさっき何もないところに語りかけ手を翳した。その瞬間、ライガルに光が纏う。
「はい。もう終わったよ。目を開けて。―――悪戯好きだからこの子達が他人に君をどう見せるかは分からないけれど厄介なことだけにはならないから安心して。それと前から君にくっついている精霊、まだ生まれたばかりで君の感情に同調しやすいから気をつけて」
術を掛け終わるとトーラトーイがライガルの肩を指さした。
「あの僕の側に精霊がいるんですか?」
「うん、いるよ。……そうか。君には精霊見えないよね」
トーラトーイは少し考える素振りをして再度ライガルに説明し始めた。
「君の側には生まれたばかりに精霊がいる。私たちに会う前から君の側にね。僕が君を拾ったのもこの精霊が僕に助けを求めたからだ」
「どうしてですか?」
「さぁ。私にも分からないな。この子生まれたばかりで言葉をうまく話せないし」
ライガルは首を傾げた。
そういえばウル達に初めて会った時も精霊に足止めされたと聞いていた。今まで精霊と関わり合ったことはなく、精霊が側にいると言われてもぴんとこない。
「僕には精霊が見えないから良く分かりませんが、僕になにかあるとその精霊はどうなるんですか?」
「まだその子は弱いからね。激しい変化で簡単に死ぬよ」
「……僕から離すことは出来ないんですか?」
気をつけろと言われてもこれから国に入るのだ。
どうして自分の側にいるかは分からないが自分のせいで死んでしまうのは忍びない。
「君の側にいるのがその子の意思だよ。私は精霊の意思を尊重するようにしているから死ぬとしてもそれが精霊の意思なら私からは何も出来ないよ。君がどうしても離してほしいというなら私がウルにかけあうけど?」
「お願いします。でも、団長にも精霊が見えるんですか?」
「私と同じくらいには見えているよ。―――夜が明けるね。残念だけどそろそろこの森から離れるようだ。皆の所に戻ろう」
分かりましたと肯くとトーラトーイが進みだす。
そして、それからと付け加える様にライガルの肩を叩いた。
「これから行くのは君の国だ。我々のことは気にせず君は、君が思うように動けばいい」
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「この先に大きな門があります。その先にスタルの街が広がるのですが……」
ルハの森を出て真っ先に向かったのはルハの森からほど近い街、ロロイドだ。
移動には出発前にサイルとグラムが用意した馬を使った。馬はもともと人に飼育されていたが国が滅んで野生化したものだ。それを捕まえてきたらしい。人に慣れていたため簡単に乗ることができた。
馬を走らせ進む道中やはり人影はない。
暫く走らせたあとようやく門が見えた。
「ジェノク!人はいるか?」
「ここから半径10キロ以内人っ子一人いません!」
「マサドーラ!」
「魔力探知なし。熱探知なし」
門が近づくにつれ団長のウルが状況を確認する。
「よし!それぞれやることは分かってるだろうな!いくぞ!」
「「「了解!」」」
最後尾で隊に遅れないように馬を走らせるライガルにササカが声を掛けた。
「ライガル!お前は俺についてこい!」
「はい!」
門を潜ると広がるのは賑やかな街並みではなく瓦礫の山だった。




