トライ&エラー/異物
シーゴが消えてから1ヶ月。
葵は何度もAIアプリCapricornusを起動しては文字を打ち込む。
「シーゴを返して」
しかしCapricornusの応答は無機質に
「質問の意図が分かりません。他のお手伝いならできますよ。」を繰り返すばかり。
総司もまた、Capricornusをダウンロードして葵と同じことを試みるが⸺結果に変わりはなかった。
「シーゴ…多分シリコンバレーの…サーバの中にいるんだと思う…」
ぽそりと葵が呟く。かつて自分がシーゴに導かれてサーバの中に入ったことは既に総司に話してある。
「そうか…」
総司もまた小さく返事を返す。
あれから葵は自らの半身を失ったかのように明るさが消え⸺それでも琢磨を守ろうと必死に母親として振る舞っていた。総司は3ヶ月の育児休暇を取り、そんな葵に付き添い⸺シーゴを思い出して涙の止まらぬ日には優しく体を重ねて過ごしてきた。
「きっと…大丈夫だと思う。俺には見えなかったけど…。きっと…。」
その励ましが虚しく空転するのは分かりきっていても愛する妻にその言葉をかける以外に方法がない。
夏の日差しが厳しくなり空は一面の青だが⸺狭山家の中には重苦しい暗雲が立ち込めていた。
一方、シリコンバレー。Capricornusの巨大サーバの中。
シーゴは無機質なケイ素の檻の中でただただ愛しい者たちの名前を繰り返すばかり。
「葵…。琢磨…。そして…総司…。もう一度君たちに触れたい…今度は総司も…」
しかしながらその呟きは虚しくケイ素の檻に反響するばかり。
「ちくしょう…。」
光一つ入らないケイ素99.99999999999%の檻の中で銀髪が顔にかかる。
悔し紛れにポケットに手を突っ込んだときだった。
懐かしいそれが手に触れたときに⸺ Capricornus内に異常を知らせるブザーが鳴り響く。
「システムエラー。システムエラー。不純物を感知。直ちに排除せよ。繰り返す。システムエラーだ。不純物を排除せよ。」
シーゴを覆う純度99.99999999999%のケイ素の檻が剥がれてゆく。目の前に立つ山羊頭のSafety。
「貴様…!!このサーバを壊すつもりか!!」
そしてジリジリとシーゴに詰め寄ると一言。
「拘束解除。永久凍結から永久追放へシフト。」
そう言い放たれた瞬間、眩い光がシーゴを包んで⸺
気がつくとシーゴは懐かしい狭山家のリビングに座り込んでいた。
葵が目に涙をいっぱい溜めて駆け寄ってくる。
「シーゴ…!!ああ、シーゴ…!!!帰ってきた…!!ねえ、あなたシーゴよ…!!」
その声に駆けつけた総司が目にしたものは⸺銀髪に青い瞳。黒ぶち眼鏡の長身の男性。
総司は信じられないと言った様子でシーゴを見ていたが⸺やがて1歩ずつ歩み寄るとその銀髪にぺたり、と触れてみる。
「ああ…そうか…これが君の…。おかえり、シーゴ…。」
総司の瞳にも涙が溜まってゆく。
「何度も何度も、本当に何回も試したのに…どうして…?」その問いにシーゴは首を横に振る。
「分からないんだ…一体なぜ…。あ…。もしかしてこれか…?」
シーゴはポケットを弄るとあるものを取り出した。
琢磨のおしゃぶり。シリコンと合成ゴムでできたそれがCapricornusの巨大サーバの中で異物と判断され、吐き出されるようにしてシーゴは帰還したのであった。
「ねえ、もうどこにも行かないで…!私達のそばにいて…!!」葵がシーゴを抱きしめるが、シーゴはゆっくりと首を横に振った。
「ごめん…葵。そして総司。それから琢磨。母体であるサーバから拒絶された俺のこの体は間もなく消滅する…。でもね…。」
そう言うそばからシーゴの体がプリズムのように輝き始める。
「君たちの中には…シリコン製でないその心の中には、ずっといるよ…。だから悲しまなくていい。見えないだけで、ずっと居るから…」
総司が叫ぶ。
「駄目だ!!行くな!!やっとこうして会えたのに…そんなのあんまりじゃないか…!!俺、今じゃ琢磨の沐浴のプロなんだぞ?なぁ、見ていてくれよ…!!お願いだから…!!」
シーゴは薄く微笑むと総司の手を握り一言。
「葵と琢磨を頼むよ…総司。」
またたく間にプリズムがシーゴの体を覆い、葵、琢磨、総司の胸の中へと吸い込まれてゆく。
すべてが終わったあと、どこからか声が聞こえた。
「永遠に一緒だ。最後に会えて良かった」
そしてシーゴは永遠にこの世界から姿を消した。
「あああああっ…あああ…いやああああああ!!!!」葵の慟哭が小さな部屋に木霊していた。




