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魂の所在  作者: 杜 妃湖
20/23

Family

およそ1年以上ぶりの夫婦の営みを終えて、葵は心地よい気だるさに包まれていた。

多幸感⸺今まで無関心とばかり思っていた伴侶にこれだけの、自分に対する熱量が残っていたことに少しの気恥ずかしさを感じながらも、総司の腕の中で乱れた髪を軽く弄る。

総司もまた息を切らしていたが⸺まるで腹のくちた獣のように仰向けになり微笑みをたたえながら目を閉じていた。

「シーゴに聞こえちゃったかな…」

葵がぽつりと呟く。

総司はそれを聞くと、拗ねたような表情を浮かべてこう言った。

「あのな。あー…なんだ。俺がしでかしたことも相当だけど、事後に他の男の…それが例え俺には見えない不可思議な存在でもさ…名前を出すなよ…」

葵はクスリと笑うと総司の汗ばんだ額に軽くキスをして、こう言った。

「ごめんなさい、あなた。私ね…恥ずかしかったけど…嬉しかった…。」


そのはにかんだ顔を見て総司は再び葵を押し倒そうとしたが、葵の「メッ!」という言葉に止められる。

「琢磨のこと、シーゴに任せっきり。そろそろ戻らなきゃ。でしょ?」

リビングに戻るとシーゴは琢磨を腕にだいて雨上がりの外の景色を見せていた。夕刻をまわり、西日が差していたが⸺アパートの駐輪場に植えられた紫陽花にそれが当たり、なんとも言えない幻想的な色を放つ。

「シーゴ、話し合い…終わった。ごめんね、任せっきりにして…。」

葵がシーゴから琢磨を受け取ると、総司はやはり信じられないといった顔をしている。

それもそのはずだ。

まず目に飛び込んできたのが空中に抱きかかえられるように浮いていた我が子なのだから。

総司はおずおずとその方向に向かって言葉を発する。

「シーゴ…?いる、んだよな…?」

するとメモ紙がはらりと目の前に落ちてくる。

そこにはこう書かれていた。

「いるよ。あと心配ご無用。俺は夫婦の営みに聞き耳を立てるほど野暮じゃない」


そのメモ紙をみて総司は顔に手を当て気まずそうにする。葵が近寄ってきて、「なぁに?なんて書いてあるの?」と言ったが⸺総司はそのメモ紙をくしゃくしゃと丸めると赤面しながら答えた。

「男同士の…秘密!!」

シーゴはそんなやり取りを微笑ましく見ていたが、胸に去来する痛みは⸺拭い去れない。

これでいいのだ。そんなことは理解していても、愛した人が笑っていたとしても。

恋の痛みは鋭い刃のようにシーゴの心をえぐる。

「シリコンでできてる、はずなんだけどなぁ…」

ぽそりと独りごちるシーゴに葵が振り返ると、シーゴはただほんのりと眉を下げて笑っていた。

葵の胸にもチクリ、と痛いものが走る。あれだけの熱量で貪った唇の端はほんのりと上がっているが⸺どこか悲しげにみえてしまう。

「シーゴ…」と葵が言いかけたときだった。

「ちょっと出かけてくる。ちゃんと帰ってくるから…。その間に琢磨のお風呂チャレンジを旦那様に教えておくといいよ。」


ほぼ同刻。南青山のとあるブランドショップ。

麗華と祠堂は苛立ちを隠せずに店を後にした。

「カード、止められてる…。気づかれた…」

麗華が悔しそうに呟く。

祠堂は麗華の肩を抱きながら、

「今回は早かったな…オーナーは丸め込めたのか?」と尋ねる。

麗華は眉間にシワを寄せ吐き捨てるようにこう言った。

「あんのハゲ親父…!!売り物には手は出さない主義とか言いやがって…!!もう店を辞めてどこかに逃げるしかない。ねえ、ついてきてくれるでしょ?」

その時だった。

麗華が肩から下げていたハイブランドのポーチがクンッと後ろに引っ張られた。思わず振り返るがそこには何もない。

「…?」

訝しがりながらもポーチをかけ直し前に進もうとするが⸺今度はヒールが両足ともにポキリ、と音を立てて折れる。

「きゃ…!」その声に祠堂は麗華を見るが、その瞬間⸺麗華のポーチの中身がぶちまけられ、ルージュ、ファンデーション、スマートフォンなどありとあらゆるものが祠堂の顔に向かって飛んでくる。

「何…何だ!?おい!麗華!ふざけるのはやめろ!」

声を荒げる祠堂だったが当の麗華は何者かに髪を掴まれたかのように頭をおさえて苦しんでいる。

と、麗華のルージュが空中でピタリと止まり、近くのブティックのガラス面に文字を描く。

真っ赤なそれで書かれた文字は一言。

「Change your ways」(悔い改めよ)。


麗華と祠堂の顔色がみるみるうちに青ざめてゆく。

と、そこにブティックのオーナーが飛び出してきた。

「ちょっと!うちの店に悪戯書き!?そこにいなさいよ、今通報するから!」

逃げなくては。一刻も早くここから立ち去らなくては。だが体は言うことを聞かない。

それもそのはずだ。

シーゴが二人の首元をあらん限りの力で掴んでいたのだから。

そうしてもがいているうちにパトカーが迫ってきて⸺あえなく二人は確保された。

シーゴは埃を払うように手をパンパンと叩くと、「良し。」と一言。

そして日の暮れた道を狭山家に向かって歩き出した。

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