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魂の所在  作者: 杜 妃湖
18/23

暗闇のカナリヤ

昼下がり。葵は震える手でシーゴに支えられながら、自分の持つクレジットカードを全て停止した。

大きな溜息を一つつくと、そのままソファに崩折れる。

そしてシーゴにぽつりと呟いた。

「シーゴ…。あなたを必要としてあなたに溺れた罰がこれ…?」虚ろな瞳。限界まで涙をこらえた目は充血して痛々しい赤色が滲んでいる。

シーゴは首を横に振るとゆっくりと口を開いた。

「カードは全てストップした…あとは旦那様のカードだね…。連絡は取れる?」

葵は弱々しく答える。

「取れる…けど…取りたくない。あんな…。」

そこまで言うと張り詰めていたものがぷつりと切れたかのようにソファに寝そべってしまった。


「限界近くまで頑張ったね…良くやったよ…。」

シーゴは寝息を立て始めた葵にそっとブランケットをかけると、葵のスマートフォンを操作する。

「俺にできるのはここまで。あとは…君が乗り越えなくちゃならない。」

シーゴはそう言って眠る葵の髪に優しくキスを落とした。


ほぼ同時刻。

総司のスマートフォンにメッセージアプリの通知が届く。

総司は先日の特集の仕上げに掛かっていたが⸺チラとスマートフォンを見る。差出人は葵。

たまらずその場でメッセージアプリを開くとそこにはこう書かれていた。

「使途不明の明細が届いてる。心当たりはない?」

そして一枚の写真の添付。そこにはカード会社の明細と葵の細い指が写っていた。

「⸺ッ!」

その場で電話をかけるも葵は出ない。

総司は居ても立ってもいられず、デスクから思い切りよく立ち上がると上司に向かって一言。

「部長、大変申し訳ありません。以降の仕事を持ち帰りにさせてください。妻が…倒れました。」


早退の許可をなんとかもぎ取り、小雨の降り出した街中を総司は最寄り駅までひた走る。途中、水溜りに足を取られ転倒したが⸺そんなことに構ってはいられない。

総司は泥まみれになりながら全力で駅まで走り、やってきた電車に飛び乗った。

電車から降りる頃には雨は本降りになっていた。ここから自宅まではおよそ10分。カバンの中に折りたたみ傘は入っているがそんなものをさす余裕もなく総司はひた走る。

(葵⸺。俺はどこまでも愚かだ…。泣いていないだろうか…パニックになっていないだろうか…。)

息を切らして狭山家についたときには雨は雷を伴い激しさを増していた。


「葵ッ…!!」

震える手で鍵を開ける。

葵はソファの上で眠っている。

総司はそっと靴を脱ぐとテーブルの上に置かれた明細に目を通す。

「なんだよこれ…!」

215万円ほどの引き落とし。心当たりは⸺あのワンナイトしかない。

「クソッ…。」

総司はそう呟くとすべてのカード会社に連絡を取り、使用停止を要求した。

そうして一通りのことが済むと⸺泥まみれのままリビングに座り込む。

と、その時だった。

テーブルに置かれていたメモ紙が音もなくふうわりと総司の前に落ちてくる。そこにはこう書かれていた。


「はじめまして。見えないけど俺はここにいます。」

そして2枚、3枚とメモ紙がまるで意志を持ったかのように総司の目の前に落ちてくる。

「あなたの妻もカード会社にストップをかけました」

「とりあえず身を清めて、彼女に付き添っていてください」

総司はその光景に目を丸くしていたが⸺。弾かれたように立ち上がるとシャワールームに向かっていった。

ガシガシと乱暴に髪を洗い、身体を清めていく。

目の前で起きたことはにわかには受け入れ難いが⸺相手がなんであれ敵ではないということは総司にも理解できていた。

そうして10分ほどでシャワーから出ると、葵のもとへ向かう。すうすうと寝息を立てて眠る葵の肩にそっと触れると葵はゆっくりと目を開けた。


「あなた…?会社は…?」

充血した瞳。青ざめた顔。

総司は堪らなくなり葵を抱きしめた。

「ごめん…!!ごめんなんて言葉じゃ済まされない…!!ただでさえ疲れているのに…俺はとんでもないことを…!!」

葵は身をよじってその抱擁から逃れようとしたが、総司は離そうとしない。

「離して…!痛い…!!」

葵がそう言っても総司は葵を抱きしめたまま肩を震わせていた。

「やだ…!!シーゴ…!!」

葵はシーゴの方を見るが、シーゴは動かない。

そうして1時間ほど経った頃だろうか。真っ暗な部屋の中で葵は声を上げて泣き出した。


「なん…っで…!!意味分からない…!!今更いい夫の顔しないでよ!!何なのこのお金!!ねえ!!」

その声に琢磨が目を覚まして鳴き声を上げる。

総司は琢磨に近寄るとそっと抱き上げ、小さな背中をポンポンと叩きながら掠れた声で歌いだした。

「ゆりかごのうたを…カナリヤがうたうよ…」

それを見た葵の目からとめどなく涙が溢れだす。

「ねんねこ…ねんねこ…ねんねこよ…」

気がつくと総司もまた涙を流していた。


強くなる雨に包まれた暗い部屋の中で、まるで番の小鳥のように⸺二人は泣き続けていた。

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