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魂の所在  作者: 杜 妃湖
13/23

躓き

ほぼ同時刻。

総司は大急ぎで24時間営業のディスカウント・ストアに寄るとワイシャツとネクタイ、それから消臭剤をカゴに入れて会計を済ませる。

そのまま店の店内で着替えると、消臭剤をスーツの上から満遍なくスプレーしてゆく。

今日の取材相手は子役上がりの若手女優。

子役に甘んじることなくスキルの向上を磨き続け、年間に100冊のミステリを読破する才女、芦屋佳奈、22才。

失敗は許されない。

総司は店を出るとタクシーを捕まえ、一路会社を目指していった。


10時40分。取材時刻ギリギリで会社に駆け込む。

上司が詰め寄ってきたが、息を切らしている総司を見ると、一言。

「先方はもう来ている。くれぐれも失礼のなきように。」

応接室に行くと、芦屋佳奈は上品に脚を揃えて、紅茶を啜っていた。

総司は深々と頭を下げると芦屋に名刺を渡す。

「角山出版、芸能部の狭山です。本日はお忙しいところ足をお運びいただきありがとうございます。」

芦屋は名刺を受け取ると総司に微笑みかける。

「こちらこそ。で、今日の取材内容なんですけど…子役から女優への道のりと…ミステリ好きな理由でしたっけ?」


芦屋との取材は淡々と進んで行った。

総司は一言も漏らすものかとPCをタイプしていく。

「⸺で、ですね。わたしは…」と芦屋が言いかけたときだった。芦屋は顔を顰めると明らかな嫌悪感を顔に出す。

それに気づいた総司が不思議に思い、

「芦屋さん…?」と声をかけると、芦屋はソファごと後ずさりしてこう言った。

「狭山さん…昨日は沢山飲まれたの…?わたし、お酒って得意じゃなくて…」

その一言に総司は凍りつく。

しまった。服はなんとかなってもブレスケアを忘れていた。

芦屋は鼻をつまみ嫌悪感を隠そうともしない。

そして立ち上がるとスマートフォンを取り出し、マネージャーに電話をかける。

「ああ、マネージャー?うん。角山出版さんにいるわ。ごめんなさい、気が変わったの。途中だけど⸺帰る。迎えに来て。」

総司は慌てて引き留めようとするが、芦屋はそんな総司を軽蔑を隠し得ない表情で睨みつけるとこう言った。


「狭山さん、わたしが子役をやっていたのはね…酒に溺れてお金を使ってしまう父がいたからなの。母も苦渋の選択でわたしを2歳からキッズアカデミーに入れた。そこからは泥水を啜るようにして⸺とにかくキャリアをつんだ。子役のときのドラマがヒットしてお金には困らなくなったけど…わたし、お酒が大嫌いなのよ。後日改めて…担当を変えてくださったら…お伺いするわ。」

そう言い放つと芦屋は踵を返しドアへ向かう。

総司は焦りながら引き留めようとするも芦屋に一言、

「来ないで。」と言われ引き下がらざるを得なかった。


とぼとぼとデスクに戻ると上司⸺部長の金山が怒りの表情で待ち構えていた。

金山の手のひらがデスクに打ち付けられる。

バァン!という重たい音に皆が振り返る。

「狭山…お前…このままで済むと思うなよ…?国民的女優を怒らせておいて…お咎め無しだと思うなよ…?」

総司は体をビクリ、と震わせると掠れた声で一言。

「申し訳ありませんでした…」

周りから痛いほどに注がれる視線。

まるで自分の周りから酸素が消えてしまったような息苦しさに耐えかねて総司はデスクをあとにするとトイレへと駆け込んだ。

鏡を見る。そこには⸺

もはややり手の編集者でも父親でもない、1匹の枯れた⸺死に場を探すような顔をした肉食獣のような自分が写し出されていた。


水道の蛇口からぽたり、と水滴が落ちる。あたかもそれが涙であるかのようであったが⸺泣く権利など自分にはないことを総司自身が一番良く理解していた。

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