シャンパンの罠
「麗華。シャンパン…入れるぞ…!おい、モエだ!」
クラブ胡蝶。泥酔した総司はやや呂律の回らない声でオーダーを入れる。
麗華は大げさに⸺それでもその大げささすらも武器にして総司に擦り寄る。
「やったぁ!わたし、モエ大好き!」
運ばれてくるピンク色の液体。それが2つのグラスになみなみと注がれると麗華はそっと総司の胸元に手を当て、妖しく微笑みながら「乾杯、狭山さん」と耳元で囁いた。
総司の視界が揺れる。さんざん飲んだ上に、妖艶な美女とのひととき。
それが総司の瞼を重くさせるのに、そう時間はかからなかった。
「ん…。いて…飲みすぎたな…。あれ、ここは…?」
総司が目を覚ましたときに目に飛び込んできたものは見知らぬ天井。チープなイミテーションのシャンデリアと鏡張りのそれに自らの姿が写し出される。
ガウンを着て顔を顰めているだらしのない姿。
その時、すぐ横から声がかかった。
「おはよ、狭山さん⸺いえ、総司さん?」
総司が声のした方を向くとそこには、紫色の総レースのランジェリーを身に着けた麗華がクスクスと笑っていた。
麗華はそのまた近寄ると総司にこう話しかける。
「ね…総司さん、すごかった…私…トロットロに蕩けちゃった…」
その言葉に総司は必死に過去を振り返ろうとするが⸺記憶はクラブ胡蝶のシャンパンのときのままだ。
「ね…責任とってくれるんでしょう?」
そう言いながら麗華が総司の首に手を回す。
総司はやや青ざめながら⸺必死に口を開いた。
「麗華…その…俺達…しちゃったんだっけ…?飲みすぎて…記憶がなくて…」
その言葉を聞くやいなや麗華が眉を顰めて俯き、涙を流す。
「ひどい…あんなにめちゃくちゃにしたのに…覚えてないなんて…。」
それを見た総司は慌てて麗華を抱き寄せてこう言った。
「ごめん…ごめんな麗華…。その…俺はひどいことはしなかったかな…。」
そう言う総司の顔を見て麗華は派手なネイルの施された指先でそっと涙を拭うと儚げに笑ってこう言った。
「いいえ、ちっとも。でも…覚えてないなんて、それがショックかな…」
総司は思わず麗華をぎゅっと抱きしめるとこう言った。
「ごめん!!本当にごめん!!次があるなら…必ずその時はもっと満足させるし…泣かせたりしないから…」
それを聞いた麗華はクスリ、と笑って立ち上がると備え付けの簡素な冷蔵庫からビールを取り出してこう言った。
「飲み直しましょ?ね…?」
総司は躊躇ったが⸺一気にその缶を煽る。
再び景色が歪んでゆく。
「麗華…。」そう呟くと総司は、再び深い闇の中に落ちていった。
それを確認した麗華は手慣れた手つきで総司のスーツから財布を抜き取り何枚かのクレジットカードを手にして、自分のポーチを開ける。
何やら怪しげな機械にそれを通すと⸺口を歪めて嗤った。
「中堅どころの出版社の平社員なんて、たかが知れてるもの…。シたと思って夢の中に行ってらっしゃい…私の肌はそんなに…安くないんだから…」
そうして麗華は服を身にまとうとホテルのドアを開ける。ヒールをカツカツと鳴らして外へ出ると店のボーイが一人、待ちわびたように座り込んでいた。
「済んだか?」ボーイ⸺祠堂が声をかける。
麗華は微笑みながら祠堂の首に手を回し、
「バッチリ。ね、ご褒美は…?」とメスの顔を隠すことなく祠堂の顔を見つめる。
祠堂はフン、と鼻を鳴らして笑うと麗華の真っ赤なルージュの塗られた唇に深く深く口付けた。
「今回もバッチリ…でもオーナーにはバレないようにな。そこのところ気をつけろよ?」
唇を離した祠堂が麗華に囁く。
「わかってる。問題ないわ。いざとなればオーナーとも寝ちゃえばいいだけ…。違う?」
麗華がそう答えると祠堂は余裕のある笑みを見せ、一言。
「全く末恐ろしい女だよ…」
深夜2時すぎのホテル街。オスとメスが腕を組み歩き出す。
ヒールのコツコツという音がマンホールに反射して、暑さの厳しくなった6月の夜空に消えていった。




