第11話 偏屈な人間
翌日からは元通りの日々を……とはいかなかった。
サムエルは相変わらずイデアと一緒に暮らしてはいるが、彼女と一緒に過ごす時間が少しずつ減っていった。一人で出かけては夜遅くまで帰ってこない日も増え、夜は一緒に眠ることをしなくなった。
(今まで通りにしてほしいって言う方が、無理な話よね)
気持ちには応えられないとはっきり言ったのだ。距離を置かれるのは当然のことだと、イデアは彼の態度を黙って受け入れた。
そして、ノアが頻繁にイデアのもとを訪ねてくるようになった。彼は王都の跡に棲家を構え、そこから三日おきくらいの頻度でイデアの小屋に通ってくる。
「結婚してくれ」
「いやよ」
「そうかぁ、いやかぁ」
といった調子で、イデアの顔を見た途端に求婚しては振られることを繰り返した。だが、それでもめげずに彼女のもとに通い続けるのだから殊勝なものだと、イデアは感心していた。
イデアが二人を呼び出したのは、そんな暮らしを続けて数か月ほど経った頃のことだった。
「なに、これ?」
二人が座るテーブルの上に、イデアがコロンと転がしたのは〝種〟だった。あの〝種〟と同じ、親指の先ほどの大きさの黒い種。だが、中身が違う。
「人間の女の〝種〟よ」
サムエルとノアが驚きに目を見開く。イデアは二つ、三つ、四つと〝種〟を取り出してはテーブルの上に転がしていった。
「試してはないけど、土に植えて、肥料と水を絶やさなければひと月ぐらいで生えてくると思うわ」
「つまり、この〝種〟から生えてきた女と結婚しろってことか?」
ノアが難しい顔で唸った。
「そうよ。これで問題は全て解決でしょう?」
問題なく人間と同じ姿形で生えてくるように魔法をかけた。予言の書に書いてあることとは少し違う結末にはなるが、人間の子孫を残すことが目的ならこれで全く問題ないはずだ。
「まあ、たしかに」
「あなたも」
〝種〟を凝視していたサムエルが、弾かれたように顔を上げた。
「一人が寂しいなら、これを植えてね」
イデアは淡々と告げてから、杖と箒を手に小屋を出た。
「イデア⁉」
彼女の後ろをサムエルが慌てて追いかけてきて、さっさと箒で飛び立とうとしたイデアを縋りつくようにして引き留めた。
「どこ行くの⁉」
「どこでもいいでしょ」
イデアは彼を振り払うように箒に魔力をこめたが、サムエルはそうはさせまいと箒に体重をかけた。途端、箒はイデアの魔力に反応しなくなった。あまりの重さに臍を曲げてしまったのだ。
「離して!」
「やだ!」
「私がいなくたって、暮らせるでしょう!」
「やだったらやだ!」
「私は、あなたと一緒にいたくない」
イデアの冷たい声に、サムエルの喉がひゅっと鳴る。それでも、彼はイデアに縋りつく手を離さなかった。
「一人になりたいの」
今度は小さな声で言って、イデアは下を向いた。二人の間に沈黙が落ちる。
イデアは今にも泣き出しそうだった。サムエルの心はすっかりイデアから離れたと思っていたのに。今にも泣き出しそうな顔で自分に縋りつく彼の腕を、無理やり振りほどくことがどうしてもできない。
「……あー、お二人さん」
沈黙を破ったのは、気まずそうな表情で頬をかくノアだった。
「俺、帰るから」
ノアは〝種〟を手に、ヒラヒラと手を振った。
「この〝種〟は、ありがたくもらってくわ」
「う、うん」
イデアは箒にまたがった間抜けな格好のまま、返事をした。
「あんたらは、とにかくちゃんと話をした方がいい。サムエルもカッコつけてないで、ちゃんとイデアに話すんだぞ。いいな?」
今度はサムエルが気まずそうにノアから視線をそらしてしまう。なにやら二人だけの秘密があるらしい。
「どういうこと?」
怪訝な表情を浮かべるイデアに、ノアは小さく肩を竦めた。
「男同士の秘密の話だ」
「は?」
「それより、本当にいいのか?」
ニヤリと笑うノアに、イデアの眉間の皺が深くなる。
「この〝種〟もらっちまったからな。俺はあんたにこだわる理由がなくなった。だから、もうあんたに求婚することもない」
「それが?」
「こんなに良い男、本当に振っちまっていいのか?」
彼の言っている意味がよく分からず、イデアは首を傾げるばかりだ。
「別に」
「そういうことだよ」
「どういうことよ」
「本当に自覚がないのか?」
「なにが言いたいの?」
イデアは苛立たしげに舌を打った。彼が何を言いたいのかさっぱり分からない。
「ははは! 何百年も生きてると、こんなにも偏屈な人間ができあがるんだな」
ノアが可笑しそうに笑うので、さらにイデアの苛立ちが募っていく。そんな彼女に構わず、ノアは軽く手を振ってくるりと踵を返した。
「あんたが別れを惜しむ相手は、そいつだけだ。いつか来る別れを想像して胸が痛むのも、一人になりたいなんて強がって遠ざけたのに、本当は離れたくなくて泣きたくなるのも、そいつだけ。……それが愛じゃないなら、何なんだって話だよ」
可笑しそうに笑いながら丘の向こうに消えていくノアの背を、二人は何も言えずに見送った。
再び、沈黙が落ちる。
イデアは、顔を上げることができなかった。焼けるように熱くなった頬は、きっとリンゴのように真っ赤になっているから。




