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不老不死の魔女ですが、種を植えたら生えてきた美男子に求愛されるので困っています  作者: 鈴木 桜


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最終話 全てを〝愛〟に委ねよ


「……イデア」


 沈黙を破ったのはサムエルだった。イデアに縋りついていた腕を離し、箒の柄を握りしめたままの手に触れる。そして、彼女の細い指を一本ずつ丁寧に柄から引き剥がしていった。箒がポトリと地面に落ちる。


「こっち、来て」


 サムエルはうつむいたまま何も言わないイデアの手を引き、小屋の中に入った。彼が向かったのは屋根裏部屋だった。そこには本が山になっていた。彼が好んで読んでいた物語やラブロマンス小説ではない。


「魔術書?」


 王宮の地下図書館から持ち出してきたのだろう。


「うん」

「どうして?」


 彼は魔法を使えないのに。


「これ、調べてた」


 サムエルが差し出したのは、古びた魔術書だった。古代語で書かれているそれは、イデアが生まれるよりも、さらに数百年以上前に書かれたもの。サムエルはページをめくり、とあるページを指さした。そこには、三角帽子をかぶった黒いローブ姿の魔女が描かれていた。その手には、赤い石。


「この魔女はふろうふしになりたくて『けんじゃの石』をさがしたって」


 彼は『不老不死』について調べていたらしい。


「ボクも、ふろうふしになれば、イデアはけっこんしてくれるかもって」


 また、イデアの胸がぎゅっと締め付けられた。サムエルの心はイデアから離れたりしていなかった。彼は、イデアの心を手に入れるために、必死の思いで慣れない本を読み解いていた。この数か月、ずっと、そうやって努力していたのだ。


「別に、そこまでして私にこだわる理由はないでしょ」


 ノアもそう言っていた。別に相手はイデアでなくてもいいはずだ。だから、彼女は二人のために〝種〟を作った。


「やだ」


 サムエルがぎゅっと顔をしかめた。


「イデアじゃなきゃ、やだ」

「どうして?」

「イデアのことが、好きだから」

「だから、それは、どうして? 前にも言ったじゃない。私以外の女を知らないから、勘違いしてるんじゃないの?」

「ちがう!」


 サムエルは慌てた様子でイデアの前にひざまずいた。そして、彼女の両の瞳をまっすぐ見つめた。


「イデアの瞳が好き。黄金色で、キラキラしてて、世界でいちばんきれい」


 次いで、サムエルはイデアの髪を撫でた。相変わらず手入れをしていないごわごわの毛を、サムエルの大きな手が優しく撫でる。


「髪、ふわふわでかわいい。イデアの髪の匂いをかぎながらねむると、しあわせな気持ちになれる」


 今度は、イデアの小さな手をぎゅっと握りしめた。


「手、ちっちゃいのに、畑仕事がんばっててすごい。魔法でやっちゃえば簡単なのに、食べ物くらいは自分の手で作らなきゃって言ってたの、かっこいいと思った」

「も、もういい、もういいから……!」


 あまりの恥ずかしさに、イデアは思わず声を上げた。このままでは、サムエルは彼女の好きなところを永遠に語り続けそうで。


「もういいの?」

「大丈夫、もう、分かったから」

「ほんとに? ボクがイデアのこと好きって、ちゃんとわかった?」

「う、うん」


 あまりにもまっすぐに問われるので、イデアは思わずうなずいてしまった。


「そっか。よかった」


 サムエルが嬉しそうに微笑む。

 そして、少しの逡巡の後に彼がポケットから取り出したのは、金の指輪だった。


「プロポーズするならちゃんとしろって、ノアが言ってた。キレイな指輪を準備して、ちゃんとひざまずいて、こんがんしなきゃダメだって」


 ノア自身はそんなことは一度もしたことがないのに。年下のサムエルには、したり顔でプロポーズの作法を説いていたとは。イデアは内心で頭を抱えた。


 そんな彼女の心境など構いもせずに、サムエルがイデアの左手にそっと触れた。そのまま、ガラス細工にでも触るかのような優しい手つきで左手をすくいとり、その指先に唇を寄せる。唇が触れたところから温かい何かが伝わってきて、イデアの瞼がふるりと震えた。その様子を、碧い瞳がじっとみつめている。

 サムエルは改めてイデアの左手をぎゅっと握り、大きく息を吸い込んだ。ややあって、緊張で震える唇が開かれる。


「ボクと、けっこんしてください」


 まっすぐな声が、イデアの心にじわじわと沁みわたっていく。

 西向きの窓から夕陽が差し込んできて二人の姿を真っ赤に染め上げたが、二人の顔が真っ赤に染まっているのは夕陽のせいばかりではない。そんなことは、お互いに分かっていた。

 イデアはやはり何も言えなかったが、彼が自分の薬指に指輪をはめるのに抵抗もしなかった。ピカピカに磨き上げられた金の指輪が、イデアの指にピタリとはまった。


 二人の間に沈黙が落ちたが、先ほどまでのような気まずさはない。あるのは、気恥ずかしさだけだ。

 イデアは空いている右手で、サムエルの髪をそっと撫でた。不器用な仕草だが、彼には伝わっただろう。彼女の気持ちが。

 サムエルはたまらないと言わんばかりに、イデアの身体を掻き抱いた。その背を、イデアがおずおずと抱きしめると、また彼女を抱く腕に力がこもる。


「イデア、あいしてる」

「……うん。私も」


 日が沈み、夜になっても、二人はそうして抱き合っていたのだった──。


 * * *


 翌日、相変わらず飄々とした様子のノアが小屋にやってきた。早々にイデアの左手に金の指輪を見つけて、ニヤリと笑う。


「うまくいったみたいだな!」

「うん!」


 サムエルは嬉しそうにうなずいたが、イデアは真っ赤になった顔を隠すように顔を俯かせるしかできなかった。散々強がっている姿を見られていたので、今更恋人同士になったところを見られるのは恥ずかしくて居たたまれない。


「俺もさっそく〝種〟を植えたよ。いやぁ、どんな子が生えてくるのか、楽しみだなぁ」


 ノアはイデアの方をニヤニヤ顔で見つめながら、やけに芝居がかった声で言った。その様子があまりにも憎らしくて、イデアは思わずその足を踏んづけた。


「いたたたたた!」

「ふんっ!」


 その様子を見たサムエルが腹を抱えて笑っている。


「あなた、本当にそれでよかったの?」

「ん?」

「〝種〟を作った私が言うのも変だけど、予言には『銀の髪の魔女を花嫁に迎え入れろ』って書いてあったんでしょ?」


 そもそも彼は、最初から予言に従うつもりはなかったようだった。適当な言葉でイデアに求婚していた裏では、サムエルを手伝っていたのだから。プロポーズの作法を教えただけでなく、指輪のつくり方を教えたり、図書館での調べものを手伝ったりしていたらしい。


「ああ、あれかぁ」


 ノアはいつもの背嚢の中から、例の予言の書を取り出した。そして、その最後のページを開く。サムエルも一緒になって、そのページを覗き込んだ。


『ただし、銀の髪の魔女が〝真実の愛〟を手にしていたなら。全てを〝愛〟に委ねよ』


 その一節に、イデアは思わず呆れた声を漏らした。


「なによ、これ」

「予言だなぁ」

「こんな尻切れトンボが?」


 ノアはくつくつと喉を鳴らして笑っただけで、それ以上は何も言わなかった。

 イデアは、もう一度その一節を心の中で読み上げた。


(『〝愛〟に委ねよ』、か……)


 そんなことをしても、何も解決しない。今もイデアは不老不死でサムエルは普通の人間で、二人はいつか死に別れる運命は変わらない。本当は、もともとの予言にあるようにノアとイデアで子孫を残すべきなのかもしれない。

 無意識のうちに強く握りしめていたイデアの拳に、サムエルの手がそっと触れた。


「だいじょうぶ。ボクはイデアを愛してる。……それでいいでしょ?」


 にこりと笑ったサムエルに、イデアは毒気を抜かれてほっと息を吐いた。


「そうね」


 今のこの結果も予言の言う通りだと言えなくもない。だが、二人が愛し合っているからこそ、誰も予想し得なかった新しい未来の扉が開かれたとも言える。

 イデアは握りしめていた拳を解いて、代わりにサムエルの手をぎゅっと握りしめた。


「うん。これが、私たちの正解なのよね、きっと」


 サムエルが目を見開いた。その様子に、イデアが首を傾げる。


「どうしたの?」

「あんた、そんな風に笑えたんだなぁ」


 ノアまで感心してうんうんと頷いている。


「イデア、かわいい」


 サムエルが頬を紅潮させてうっとりと微笑むのを見て、ようやくイデアは彼らの言っている言葉の意味を理解した。


 彼女は、嬉しくて嬉しくて、無意識のうちに心からの笑みを浮かべていたのだ。


「イデア、だいすき!」


 照れて顔を真っ赤にさせるイデアを、サムエルが抱き上げた。そして、いつかと同じように彼女を高い高いの要領で抱き上げてくるくると回る。


 二人が微笑み合いながらくるくると舞う様子を、ノアはいつまでも優しい瞳で見つめていた──。





おしまい


最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

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