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7 情報奪取

 憎嶋と横渡が急いで戻るとすでに憎嶋達の車は消えており、新村だけが狼狽え、立ち尽くしていた。

「す、すみません。人質を取られてしまって。すぐに撃とうと思ったんですが研咲さんを盾にされて……」

「新村、お前は優しすぎるな。でもそれでいいぜ」

「えっ」

「お前はあいつらと一緒になるな。俺達はその一線を越えないからこそ、この仕事を許されているんだ」

 新村は「はい」と返事をする。

「さて、ヨコ、増岡隊の車は使えないか?」

「ダメです。タイヤがパンクさせられてます」

「用意周到だな。俺達が余程恐ろしいと見える。ははっ、気分がいいな」

「でも、どうするんですか?」

「ヨコ、お前は代わりの車を用意してこい。俺と新村は走って追いかける」

「走ってですか?」

 新村は信じられない発言に耳を疑った。一方横渡は平然と憎嶋の指示に従って動き始めた。

「あいつらはきっと車の運転に慣れてない。急げば事故を起こすかもしれないし、慎重になればスピードは出ない。それにあれは珍しくない車種だがそんな運転なら聞き込みをすれば向かった方向がわかるかもしれないだろ」

「そ、そうですね。ここで三人立ち往生しているよりは」

 そうして憎嶋と新村は走り出した。



 歪は奪った車の中を調べ、憎嶋達が使う装備を発見していた。今回の襲撃はこれが目的だった。

 未来予知では情報は手に入るが、物資は手に入らない。物資を手に入れるには実際に行動するしかなかった。もちろんその行動の計画を立てた段階で予知は行われていた。失敗はなかった。

 羽愛羅が車を運転し、歪が研咲に銃を向ける。まだ高校生の羽愛羅に運転を任せたくはなかったが、彼女に銃を任せることの方が避けたかった。

「さて、まず“お前は何者か”から教えてもらおうか。言っとくと彼女は嘘を見破る能力を持っている。嘘をついたら、わかっているな」

 ハッタリだった。羽愛羅はまだ能力に目覚めていない。しかし研咲はそれを確かめる術を持っていない。予想はできるかもしれないが、あくまで予想だ。そして少しでも可能性が残っている限り銃口を向けてくる相手に逆らうということは賢い行動とは言えない。

「名前は研咲、異送局能力開発課研究員……」

 研咲が正直に話したというのは歪から見ても明らかだった。

「異送局……それがお前らの組織の名前か」

 研咲は歪に促されて異送局の成り立ちを説明し始めた。

「半世紀前に異世界から交信がありました。その交信によって異世界や能力者の詳細が伝わったんです。もちろんこのことはごく限られた人間以外には伏せられました。世間に公表していたら混乱は必至だったでしょう。

 当時交信をしてくるのは一人だけでした。彼によると世界の壁を越える能力を持つ者は非常に珍しいそうです。ちなみに最近噂になっていた交信をしてきた能力者というのは最初の交信者とは別の異世界の人間みたいです」

「別の異世界ということは異世界は複数あるのか?」

「ええ。確認できているだけでも三つ。ただそれ以上あってもおかしくはない。というか見つかってないだけでもっと多い可能性の方が高いです」

「つまり能力者の転生先は決まっていないのか」

「現段階では法則性は見つかっていません」

「なるほど。それじゃあ話の続きを」

「さらに能力について研究を進めていくと、情報源である交信相手の情報に間違いがあることがわかったんです。転生と能力の発現には素質が必要ということです。当初能力の影響は異世界だけと考えられていましたが、その事実が判明したことによってこちらの世界にも重大な影響が及ぶ可能性があることがわかり、その対策を行う異世界転送局、通称異送局が極秘に作られたのです」

「局内に能力者は?」

「かつてはいましたが二十年前に改革があり、残念ながら全員異世界に送られたそうです。いい研究対象になったのに……」

「憎嶋ってのはどんな奴だ?」

「詳しくは知りませんけど非常に優秀な隊員だとは聞きました。発現した能力者は彼の担当だそうです。ただ上層部は厄介に思ってるようでしたけど」

「そうか」

 異送局について聞き終えたので、次に歪は研咲を試すように尋ねた。

「ところで、俺の能力が何かわかるか?」

「あなたの行動の迷いのなさ、おそらく情報収集系の能力。例えば周辺の人間の思考を読み取る能力とか……あっ、予知という可能性もありますね」

「さすがは研究者。詳しいようだな」

「私でなくても局の人間ならある程度は想像できますよ。想像できたところで対策は難しいですけど」

「そうだな。確かに俺は未来予知の能力を持っている。ちなみに予知したのは車を奪うところまでだ。だからちゃんと真剣に答えてくれよ。

 まず、一つ。この能力が覚醒したのは数日前だが、憎嶋の話では異世界に行かないと能力は目覚めないはずだ。それなのに何故俺の能力は覚醒したんだ?」

「それはですね、あの人の説明が悪いんだと思いますよ。いや、能力を悪用されないように意図的に隠していたのかもしれません。この世界でも能力が発現することは稀にあるんです」

「なるほど。それならこの世界での能力を発現には何が必要なんだ?」

「能力の発現または成長に必要なこと、それは命を奪うことです。

 原理は未だ不明ですが特に知能が高い種ほど殺したときほど発現・成長します。この世界で知能が高い種といえば……やはり人間ですね。

 ということでこの世界で能力を発現させるためにはまず人を殺す必要があるんです」

 歪は自分が最初に人を殺めたその時のことを思い出した。

「それじゃあ人を殺したことがない者は絶対に能力が発現しないのか?」

「いや、直接手をかけなくても場合によっては共犯や教唆によっても間接的に目覚めることはあります」

「なぜ?」

「詳しくはわかりませんが、能力の活性化のために殺人の意志が必要であることと関係があるのではないかと考えられています」

「その場合いつまでに能力は発現する?」

「直接手を下したか否かに関わらず能力発現までの時間には個人差があります。早い時は殺してすぐに、遅い時は数年かかるとも」

「能力の成長というのは具体的には?」

「……より複雑な能力を使用できるようになります。最初に発現する能力がレベル1、次に使えるようになるのがレベル2という具合に呼ばれています。確認されている最高はレベル3。ただしそれは異世界の記録で、こっちの世界ではそこまで辿り着いた者はいません」

「レベル2まではいってるんだな。そいつはどれくらい殺した?」

「個人差はありましたが、一番少なかった被験者では五人殺したところで成長しました」

「五人か。多いな。そもそも能力の素質のある奴はどれくらいの人数いるんだ?」

「半世紀前からのデータしかありませんが年々増加しています。特にここ数年の増加は爆発的ですね。研究者としてはありがたいことですけど」

「その爆発的な増加が比較的平和な時代で良かったな」

「いや、戦争で発現することはほとんどないんです。自発的なものでないからか、集団対集団だからか、詳しくはまだわかっていませんが」

「なるほど。よし、他に能力者についてなんでもいいから喋れ。口が止まった時に俺が不十分だと判断したら殺す」

 研咲は怯えながら研究者として調べてきた情報を話し始めた。それによって歪は転生の時に起こる死体や痕跡の消失について知ることができた。

「十分だ。貴重な情報ありがとう。じゃあな」

「えっ——」

 バンッ!

 研咲の口が止まると、歪は拳銃の引き金を引いた。そしてもう銃を構え続ける必要がなくなったので羽愛羅と運転を代わった。

「殺しちゃってよかったの?」

「憎嶋にとってこいつは人質としての価値がないようだからな。その前のやり取りでわかった」

 歪は車を奪う前のシミュレーションとしての予知で偶然聞いた憎嶋と研咲の会話を思い出す。憎嶋が少年院に入る前の会話だ。

「ああ、人体実験してるっていう。険悪そうだったね。だからか」

「能力の成長にも繋がるしな。ただたくさん人を殺してレベルを上げるというのは現実的ではない。理由なく人を殺すわけにもいかないからな」

「へえ、お兄ちゃんにしては倫理的だね」

 そう言いながら羽愛羅は車のドアを開けて研咲の死体を放り捨てた。



 憎嶋は少年院内での戦闘を終えたばかりだというのに汗一つかかず追走していた。世界記録も余裕で取れるのではないかという速さの憎嶋に新村は置いていかれ、諦めかけたとき、憎嶋の背中が見えた。彼は足を止めていた。

「に、憎嶋さん……はあ、はあ、どうしたんで——」

 憎嶋の見つめる先には羽愛羅によって車から捨てられた研咲の死体があった。

「そんな……人質なのに……殺す必要なんてなかったはずなのに……」

 新村は疲れを忘れ、動揺していた。

「倒錯者に常識を求めるな。あいつらはすでに三人殺している」

 憎嶋は研咲の死体に手を合わせる。新村もそれを真似する。

「ただこいつに関してはこれでよかったのかもな」

「どういうことですか?」

「お前は、異送局にこいつのような研究者が所属していることをおかしいとは思わないか? そもそも能力の研究は人体実験をしてまで行なうべきことなのか?」

「確かに社会の混乱を防ぐだけなら俺達みたいな部隊で転生させて回るだけでいいですよね」

「それなのにこいつらは——いやこいつら研究者は好奇心だったのかも知れねえが、増岡やそれを命じている奴らは違う。そいつらは能力を軍事転用したいと考えているんだろう」

「でもそんなのって」

「わかるぜ。倒錯者の軍事転用、俺も絶対に反対だな。俺達は社会の混乱を避けるためにこれまで奴らを送ってきたんだ。そんな奴らをこっちの世界で利用するってのは異送局の本来の理念に反する。もっとも末端の俺にどうにかできることじゃないけどな」

「憎嶋さんなら上を動かすことができるのでは?」

「……そんな簡単じゃねーよ」

 その憎嶋の表情が新村にはどこか寂しそうに見えた。

 迷っているのは自分だけじゃないのかもしれない。

 研咲の死体を調べる二人のもとに横渡が代わりの車を用意して追いついた。二人はそれに乗り込んで歪達の追跡を再開する。

「よし、追いかけるぞ」

「検問もすでに配備されているようです。高校の事件で警察がすでに動き始めていましたから協力を要請したみたいで」

「はっ、自分で自分の首を絞めてら」

「でも歪は能力が覚醒しているんですよね。普通の検問で捕まるんですか」

「確かにさっきのガキが増岡達を全滅させたのを見ちまったら、能力者相手に検問は意味ないと感じるのも無理はない。でもな、能力者には弱点があるんだよ。そいつがどれだけ素晴らしい能力を持っていようともな。ヨコ、本部に連絡してくれ。奴らの逃げた方向に人員を偏らせろってな。二重三重の罠を張るんだ。奴らを安心させるな」

 憎嶋の指示は異送局を通じて警察に伝わり、それを考慮して検問の指揮が取られた。

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