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4 それは鎖のよう

 歪は羽愛羅の部屋から出ていくと勝手に彼女の家の中を見て回り始めた。そこで羽愛羅の生徒手帳を見つけた。そこの記述から羽愛羅の通っていた高校と彼女をいじめた主犯格三人の名前を確認することができた。

 さらに歪はキッチンに向かう。

 武器はこれでいいか。

 歪は包丁を拝借すると、スマホで彼女の通う高校までの道を調べ始めた。羽愛羅自身に直接聞ければ楽だったが彼女に高校のことを思い出させるのは憚られた。

 そして歪は高校近くの服屋で男子の制服を盗んで着た。羽愛羅の高校では学ランが採用されていた。歪が高校生の頃はブレザーだったので学ランには少し違和感があったが、これから行うことの障害になる程でもない。歪はなるべく人目につかないように学校に近づいていった。

 学校への侵入は一番の関門だった。

 しかし歪は未来予知の能力を応用することである行動を選択したときの結果をシミュレーションできることに気がついていた。ある未来を予知し不都合な結果に終わったとしても、別の行動をすると意識して予知に入ることで別の未来を見ることができる。

 歪は侵入のために校門から堂々と入るルートの予知をした。しかしその予知では警備員に止められて懐に持った包丁を見つけられてしまった。次に学校の塀を登り侵入する方法を試した。周辺は住宅街なので何度か目撃されてしまう結果に終わったが、最終的に目撃者が現れないポジションを見つけて侵入に成功した。

 さらに職員室への侵入の予知もした。教員に不審がられながらも生徒名簿の中に目標となる三人の名前を見つけ、内容を暗記して予知から抜け出した。幸いにも三人は同じクラスだった。

 このように能力を上手く活かせると万能感に支配されそうになった。憎嶋が狙う理由もわかる。こんな能力を持つ人間が一人でもいたら社会は十分に混乱する。

 目的の教室に入ると現在は授業間の休憩時間だった。もちろんこれは予知によって歪が狙った時間帯だった。授業中ではクラス外の侵入者は警戒されるが休憩時間かつ制服を着ていれば警戒されることはない。

 歪は目的の生徒達を呼び出した。彼女らは不機嫌そうに歪を向く。普通の高校生のように見えた。彼女達に向かって歩いていく。一歩一歩、不自然にならないように。

 仕方ない。仕方ない。歪はそう自分に言い聞かせる。羽愛羅の憎しみが増大しきってしまったんだ。

 歪は彼女達の前に辿り着くと心臓に向けて隠し持っていた包丁を一刺しした。素早く抜くと次の標的に移っていく。

 グロテスクなのは見たくない。君達が羽愛羅から憎まれているとしても。

 一人一刺し。確実に心臓を狙って、できるだけ凄惨にならないように。来世では善人に生まれますように、と願いを込めながら。

 目的の三人の生徒を刺し殺してから歪は笑った。

 ——来世ではなく異世界かもな。

 あまりに現実離れした光景はクラスにいた生徒達を一瞬沈黙させ、歪はその間に教室から出ていった。歪の去った後の教室に悲鳴と絶叫が響いたのは言うまでもない。



 歪が高校での殺人を実行していた頃、新村と憎嶋の二人はとある場所でとある人物を待っているところだった。

 その人物が来るまでにはまだ時間がある。新村はその間に憎嶋に尋ねたいことがあった。

「本当に亥櫃歪は能力が覚醒していると見ていいんですよね?」

「ああ。身辺調査で歪には俺達以外で追われるような相手はいないとわかっている。それに捜索班からの報告では歪は監視カメラなどを避けて動いている。つまり俺達のような大きな力を持った組織を想定して姿を消しているってことだ。普通不審な車を見つけた程度じゃそこまで警戒はしねえ。何らかの能力で察知したと考えるのが自然だ」

「やっぱり覚醒済みなんですね……」

 新村は不安を隠せずに呟いた。しかしそれも仕方ない。彼はこの仕事に就いてまだ一ヶ月も経っていなかった。

「憎嶋さんはこれまで覚醒済みの能力者と戦ったことあるんですか」

「あるが、十回いくかいかないかぐらいだな。俺はその手の事案にはすぐ呼び出されるからな、特に多いんだ」

「そんな憎嶋さんでもたったそれだけなんですか」

「ああ。そう考えると新村、お前運が悪いな」

「本当ですよ。俺はまだ転生させることにも悩んでいるっていうのに」

「だろうな。やってることは側から見れば殺人だからな」

「本当に今やっていることが平和に繋がるんでしょうか」

 新村は市民を守りたいという気持ちが人一倍強い人物だった。憎嶋の組織には元々大きな責任のある仕事とだけ聞かされ、具体的な内容は知らずに配属された。転生と能力者という大きな秘密を知らされたのもそれと同時だった。だから彼は未だに転生業務に納得せずにいた。

「能力者の厄介なところは能力そのものに加えて、一度死んでも転生できるという精神的な優位だ。どうせ死んでも転生できる、だからこの世界では何をやっていいっていうのは不自然な考えじゃない。

 それらを与えられた人間が集まれば世界を支配することだってできる。その過程で滅茶苦茶になるだろうけどな。そうなったときに真っ先に被害を受けるのが弱き市民だ」

 憎嶋がそう語るも新村の顔の曇りはまだ晴れない。

「覚醒した能力者と相対すれば俺達のやってることの意味もわかるはずだ」

「……これまでに被害が出たんですか?」

「俺の班の仲間には出てない。一人として死なせたことはねえ。これは俺の自慢なんだ」

「…………」

「迷ったままでいいさ。普通現場で迷う奴は死んでいく。でも俺が死なせない。だから存分に迷え。お前が覚悟を決めるまで俺とヨコが守ってやるよ」

「憎嶋さん……はい、わかりました!」

 新村は新人としての明るさを取り戻した。

 話が一段落すると、帰宅する高校生が現れ始めた。まだ正午前だがこの近くの高校は現在テスト期間中のため半日で終わることを憎嶋達は知っていた。

「あ、来ましたよ。彼女ですよね」

 新村と憎嶋は車から降りて一人の女子生徒に話しかけた。不審がる少女に二人は刑事と名乗って安心させた。彼らはこのような調査活動のときのみ刑事の身分を名乗ることが許可されていた。

 桜井理桜——彼女は亥櫃秤の友人であり、失踪した日に秤と最後に会ったとされる一人だった。

「その日、あなたは秤さんを含めた五人のグループで学校を出た」

「はい」

 憎嶋が尋ねると彼女は不安そうに答えた。

「秤さんはそのグループの中では一人だけ自宅の方向が別だったため、途中であなた達と別れて、その後に失踪した」

「そう……みたいです」

「そして、あなただけが失踪直前に秤さんからメッセージを受け取っていたんですよね」

「はい。『ごめん』と一言だけですけど」

 理桜はスマホのメッセージアプリを開いて秤とのやりとりを見せる。秤から『ごめん』と送られて以降は、理桜が彼女の安否を心配するメッセージしか表示されていない。

「失踪することを仄めかしているようにも読めますね」

「確かにそうなんですけど……」

 理桜が言い淀む。

「何か気になることが?」

「もしそうなら、そのメッセージを送ってくるのがなんで私なんだろうって。秤ともっと仲のいい子はいたし、グループに向けてでもなくてどうして私だったんだろう……」

 理桜は疑問を口にしたが、その答えはこの場にいる誰にもわからない。

「最後に彼女を見た時の様子はどうでした?」

「少し機嫌が悪そうでした。私へのいじりもキツくて」

 理桜は少し具合の悪い顔をした。新村がその様子を心配すると理桜は焦りだした。

「あっ、でも私いじめられてたとかじゃないですから。普段は優しくて勉強とか教えてくれたり。だから私があの子を……」

「殺した」という単語が出てくる前に止まった。刑事と名乗る男達が来たので、自分が疑われているんじゃないかと警戒したようだ。それを察したようで憎嶋は落ち着いた声色で語りかけた。

「安心してください。あなたを疑ったりしているわけじゃありませんよ。そもそもただの家出かもしれないですし。それに私達はあなたが不安に感じているような物騒なことの担当ではないんですよ」

「そうなんですね……」

「秤さんのことが見つかったらあなたにも連絡をします。その時はきっとまた楽しく話し合えますよ」

 死んでいるという残酷な可能性など示さずに憎嶋は理桜を優しく励ました。そんな理桜を見て新村は心の底から秤を心配しているのがわかった。彼女は本当に秤の失踪に関してこれ以上何も知らないようだ。

 それにしても残酷なことだ。もし亥櫃秤が生きて見つかったとしたら、いつか憎嶋さんは彼女を殺すかもしれない。能力者の血縁者は能力者になりやすいからだ。その時もこの少女や他の友人は悲しむだろう。それでも憎嶋さんや自分は彼女達に何も伝えることはできないのだ。

 なんて残酷な仕事だろうか。



 羽愛羅の家に戻ってきた歪は片手にビニール袋を持っていた。その中身は黒い服のようだった。羽愛羅はそれが何か確かめたかったが、歪が袋の口を縛ってしまったので、開けてまで見る気にはならなかった。

 目が血走っていた歪に向かって羽愛羅は尋ねた。

「歪さん、あの、さっきのニュースって本当に……」

「ああ、もうニュースになってたか。そう、俺だ。わかってくれたか? 俺はお前のために世界だって変えてやれる。お前の望む世界に」

 歪の顔が少しずつ落ち着いてきた。羽愛羅に優しい顔で語りかける。

「これで協力してくれるか?」

「それは……」

「どうせ奴らに負けても異世界に飛ばされるだけだ。お前にとってはどちらについても損はない」

「でも……」

「秤のためなんだ! だから俺はこの世界を離れるわけにはいかないんだ」

「少し……考えさせてください」

「わかった。そうだ、食材を買ってきたんだ。待ってろ、まともな食事を作るから」

 歪は羽愛羅にキッチンを借りて簡単な料理を作った。料理は別に得意ではなかったが、カップ麺ばかりの生活の羽愛羅にはそれでも十分だった。

 羽愛羅は歪の作った料理を一口すると「美味しい」と呟いた。

「そうか、よかった」

 羽愛羅は涙を零しそうになりながら食べ進める。歪はその様子を眺めながら自分も食事をとった。幸せそうに食べる羽愛羅のことが愛おしかった。

 食事を終えると羽愛羅は歪に近づいて彼の手をとった。

「歪さん、私、協力します」

 羽愛羅の返答はどこか力強かった。

「本当か?」

「歪さんが私のためにあそこまでのことをしてくれたのが嬉しくて、だから歪さんの力になりたい。でも一つだけお願いが……。私が秤ちゃんの代わりじゃダメですか? 私、昔から歪さんの妹になりたくて……」

「妹? 秤の代わり?」

 考えたこともない羽愛羅からの提案を歪は上手く咀嚼できなかった。

「歪さんはこの世界を私の理想に近づけてくれました。だから私も歪さんの理想に少しでも近づけたい。だから私を妹として扱ってくれませんか」

 歪は目を手で覆って考え始めた。そして数分の沈黙の後にようやく口を開いた。

「お前を秤とは思えない。羽愛羅は羽愛羅だ」

「そうですよね。秤ちゃんに比べて私は——」

「確かに秤は理想の妹だった。あいつが褒められるたびに俺も誇らしく思っていた」

「…………」

「でも——でもな、失って初めて気づいたんだ。俺が求めていたのは理想の妹なんかじゃなかった。ただの俺が生きる理由になる家族だったんだ」

「歪さん……」

「羽愛羅、俺のもう一人の妹になってくれ。羽愛羅を妹として守りたいんだ。俺はもう間違えない」

「わかりました。お願いします。えっと、……お兄ちゃん」

 羽愛羅は照れを見せながらも歪を「お兄ちゃん」と呼び始めた。

 歪と羽愛羅との間に奇妙な絆が結ばれた。この絆が羽愛羅をこの世界に縛りつけることになった。

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