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3 凶行へ

 夜のうちに電車を使い歪は自分の住む街を出た。

 電車の中で歪は記憶を呼び起こし、羽愛羅の住む家の場所を思い出す作業を始めた。

 どこの街であるかは覚えていた。ただ詳細な住所までは曖昧だった。実家に連絡して尋ねることも一瞬頭をよぎったが、関係が希薄な息子が突然そんなことを訊いてきたら不審に思うはずだ。素直に答えてくれるかはわからなかった。それに加えて歪の逃亡に気付いた憎嶋がすぐに実家に手を回す可能性も高いと考えた。その場合羽愛羅のもとに歪がいるとバレることになる。

 結局ある程度の範囲までしか思い出せず、足を使ってその範囲内の表札から「夢方」の文字を探すことにした。

 そのような苦労の上でようやく羽愛羅の居宅を見つけたが、時はすでに深夜だった。

 こんな時間に行っても仕方ない。憎嶋が来るのは次の夜だということはわかっていたので、歪は大人しく近くのホテルなどで過ごして朝を待つことにした。

 そして朝になり、再び歪は羽愛羅の居宅に向かった。

 着くや否や歪は羽愛羅の家のインターホンを鳴らす。

 通常の高校生であれば家を出ているか微妙な時間だが、羽愛羅が不登校だという情報を歪は持っていた。

「どなたですか?」

 羽愛羅の声が聞こえる。歪と羽愛羅は幼い頃以来だ。彼女が歪のことを覚えているとも限らない。そんな相手をいきなりの訪問で迎え入れてくれるとも思えない。

「えーと……」

 どう切り出せば上手く説得できるかと歪が考えている間に羽愛羅の方から話しかけてきた。

「もしかして歪さん? 歪さんですか?」

「そうだ。羽愛羅、話があるんだ。中に入れてくれないか」

「ごめんなさい。私は……」

「入れてくれ」

「すみません」

 何度か問答が続くが羽愛羅は断り続けた。追われる身である歪は焦る。こんなところで時間を使いすぎるわけにはいかない。

「俺の話を聞いてくれないか!」

 焦りから歪はインターホンに向かって少し強めに叫んだ。

「頼む……君のためでもあるんだ」

 歪の真剣な様子に羽愛羅は折れたようだった。玄関ドアが内側からゆっくりと開けられる。

 ドアの奥にいた少女は髪が跳ね、目に隈があり、顔色も悪かった。

「あの、どうぞ……」

 羽愛羅は歪を家の中へと招き入れた。家の中に入るとすぐに羽愛羅の生活が荒れているのがわかった。

「見られたくなかったです。歪さんには……」

 羽愛羅は悲しそうにそう言った。

「叔母さん達はどうした?」

「二人ともあんまり家に帰ってこないです。私に興味ないみたいで」

「食事はどうしてる?」

「置いていってあるカップ麺とか」

 キッチンの端にカップ麺の容器が積まれて捨てられているのを歪は見つけた。

「部屋に行ってもいいか?」

 羽愛羅は嫌そうだったが諦めたように歪を案内する。

「そういえば……あの……秤ちゃんはまだ見つかってないんですか?」

「ああ……ずっと探してるんだ」

「早く見つかるといいですね。大丈夫ですよ、秤ちゃんなら。おしゃれで友達も多くて頭も良くてスポーツでもなんでもできて、私にも優しい。そんな子がいなくなるはずないんです」

 羽愛羅は秤の話を楽しそうにする。同い年だったが羽愛羅は秤に懐いていた。未だにその時の印象を覚えているのだろう。もしくは、

「もしかして羽愛羅は秤と連絡をとっていたのか?」

「えっと、たまにです。実は中学の時に偶然会って、その時から本当にたまにですけど、メッセージのやり取りを」

「そうか……」

 秤の交友関係は調べ切ったつもりだったが、まさかこんな隠された関係があったとは思わなかった。

 歪は秤について詳しく聞きたいと考えたが、憎嶋に追われている状況であることを思い出し踏みとどまった。

 そして歪は羽愛羅の部屋に入れてもらうと、自分のこれまでの状況を丁寧に説明し始めた。羽愛羅は黙ってベッドに座り、それを聞いていた。

「つまり憎嶋って奴が俺達を異世界に捨てるために殺しに来るんだ」

「殺しに……」

「頼む。この先あいつらと戦うためには同じような能力を持った仲間がいるんだ。俺と一緒に戦ってくれ」

「む、無理です。ごめんなさい……」

 歪の想定通りの返答だったが信じていないというわけではないようだった。それはきっと歪の鬼気迫る様子から判断したのだろう。

「このままだと今日の夜にはあいつらが来て君を殺すんだぞ」

「別にそれならそれで……。どうせこの世界にうんざりしてましたから。それに異世界なら、もう少しマシかもですし」

 羽愛羅はか細い声でそう答えた。この世界に絶望し、転生を望む悲しげな眼をしていた。

 しかし彼女は最も信用できる仲間だ。逃したくなかった。

 歪はそこで気づいた、羽愛羅の腕に自傷の痕があることを。

「この世界に許容しきれないほどの不満があるんだな。何があった? 教えてくれ」

「別に珍しいことじゃないです。いじめにあったってだけ」

「いじめ……です」

 羽愛羅の不登校については他の親戚達のくだらない噂が情報源だった。

 だがその理由であるいじめのことは彼らは話してはいなかった。彼らはただ羽愛羅を貶し情けないと嘆くばかりだった。噂話なんてそんなものだ。その裏にある事情を削り落とし、その場で語りやすい形で出力されるだけ。

 それでも歪はある程度の事情は想像できていた。いじめというのは不登校の理由として真っ先に思い浮かぶことだ。歪は目の前の少女が受けたといういじめの内容を想像し、気分が悪くなった。

 羽愛羅も自分の受けた卑劣な行いを言葉にしたことで思い出してしまったのか、涙目になっていた。そんな羽愛羅の顔に何故か歪は見惚れてしまった。

 ——悲しく、美しい。

 その顔は秤に似ていた。失踪するまで毎日見つめていたあの顔に。失踪してからも毎日眺めていた写真の中のあの顔に。

 幼い頃は雰囲気が違うので気づかなかったが、秤と羽愛羅は少し顔が似ていた。従姉妹だから当然といえば当然だ。

 しかしその事実を改めて認識した歪は羽愛羅のことをいっそう愛おしく感じた。そしてそれと同時に歪の心の中にドス黒い感情が湧き上がる。自分の大切なものを傷つけられたときの黒い感情。

「ごめんなさい。私は力になれないです……」

「そんなことない。俺には羽愛羅の力が必要なんだ」

「でも……」

「わかってる。この世界が生きづらいんだろ。なら俺がこの世界を羽愛羅の望む異世界にしてやる。だから羽愛羅の望む世界を言ってみてくれ」

「私をいじめた奴らがいない世界……」

「わかった」

 それだけ言って歪は羽愛羅の部屋を出て行った。


 歪が去った部屋で羽愛羅は自分のスマホを目的もなく眺めていた。しかし視線は画面に向けながらも羽愛羅はずっと歪のことが心に引っかかっていた。彼の手を取らなかったことを少し後悔していたが、それでも自分にできることはないと自虐的に自分を慰めた。

 ——突然、スマホの画面に緊急ニュースの通知が表示された。

 その通知に書かれた見出しは『〇〇県の〇〇高等学校で生徒三人殺害』

 書かれていたのは羽愛羅の通っていた高校だった。羽愛羅は恐ろしい予感がして、慌てて通知をタップしてニュースの詳しい内容を確かめる。

『〇〇県の〇〇高等学校で刃物を持った男が現れ、生徒三人が襲われる事件が起きました。被害者の生徒はいずれも搬送された病院で死亡が確認されました。犯人の男は現在も逃亡中です』

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