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2 能力の真価

 歪の部屋の窓と部屋がある建物の正面入口を見張ることのできる位置に停車しているその車内では二人の男が運転席と助手席に並んで座っていた。運転席に座る横渡という男は座席に体を預け、目を閉じている。一方で助手席の新村は車内から対象である歪の部屋を監視し続けていた。そこに男が一人近づいてきて、乗り込んだ。新村は男に向かって挨拶をする。

「お疲れ様です、憎嶋さん」

 横渡も目を開けて頭を下げた。

「ほら、夕飯だ」

 そう言って憎嶋はコンビニの袋を部下の二人に渡す。

「あ、すみません。ありがとうございます」

 二人が袋の中を漁る間、憎嶋は歪の部屋の窓を見つめていた。

「あそこが対象の部屋か」

「はい。対象の名前は亥櫃歪。大学生。家族構成は両親と妹が一人ですが現在は一人暮らし。一年ほど前に妹が失踪しています」

 新村は憎嶋に資料を渡す。資料には亥櫃歪の写真が何枚か添付されている。そこに写る歪はどこか危うい陰気さが漂っており近づきがたい雰囲気の男だった。

「妹が失踪?」

「ええ、妹の亥櫃秤は歪がまだ実家で暮らしていた頃に突然姿を消しています。当時十六歳だったそうです」

「高校生か。近親者ならそっちも素質持ちの可能性があるな。今後判定されたら厄介だ。念のために兄の部屋を調査しておくべきだな」

 そう言いながら憎嶋はカーテンの閉まった窓を睨んだ。



 背の高い男——憎嶋が車に乗り込んだのを、歪はカーテンの隙間から見つけていた。

 憎嶋の姿を見ると予知の中での銃口の冷たさが思い起こされ、自然と額を触ってしまう。歪はその恐怖からすぐに部屋を出ようとしたが、ドアに手をかけたところで止まって冷静になった。

 歪が見た予知では男達がやってくるのは夜だった。現在は夕方。焦る必要はないと思い直し落ち着いて作戦を練り始めた。

 今はとにかく敵の情報が欲しい。だからこそあえてすぐに離れずに部屋に潜むという決断をした。

 部屋にはいくつか隠れる場所がある。歪はその中の一つ、クローゼットの中に入り込んだ。中は当然広くはないが歪が入ってもあと一人入れる程度にはスペースがあった。クローゼットの扉を閉めてみると周りが暗闇に包まれた。

 しかしここで歪はふと思う。未来予知をするためには再び眠らなくてはならないのだろうか。眠っている時はどうしても無防備になる。憎嶋達の侵入は深夜のはずだが、何かのきっかけで早まる可能性もゼロではない。そうではなくとも憎嶋達が部屋のそばにいるということを知った状態で眠るのは気が引ける。

 どうにか眠らずに能力を使えないだろうかと試行錯誤で、歪は額を指の腹で叩いてみたりした。すると予知が歪の脳内に流れてきた。

***************

 クローゼットの中に隠れていると憎嶋達が部屋に侵入してくる音がした。

「憎嶋さん大変です! 対象がいません!」

「逃げられたか」

「コンビニとかに行ってるだけとかでは……」

「お前らは正面からずっと見張っていたんだろ。コンビニに行っただけなら見逃さねえよ。俺達の目を掻い潜って外に出たってことは後ろめたいことがあるからだ」

「ど、どうしますか?」

 憎嶋の部下らしき男の声色は困惑を隠せていない。しかし憎嶋の声は冷静だった。

「本当に逃げられたなら捜索班を呼ばねえとな。だが、おかしいな。リュックがある。お前の言う通りコンビニに行くだけだったらリュックは必要ないが……」

 部屋を歩き回る音がする。何かを探しているようだった。

「財布もあるな。スマホも。これなしでコンビニに行くことはないだろう。つまり……」

 そして憎嶋の足音が歪の方へ近づいてきた。

「おい、このクローゼットもう調べたか?」

「え、いえ、そこまでは」

 憎嶋はクローゼットを開けながら言った。

「こういう時、反抗的な奴はこういう択を取るんだ」

 歪を見つけた憎嶋は銃を取り出して彼の頭に向けて撃つ。そこで歪の意識は途絶えた。

***************

 予知とはいえ頭を撃たれるのは不快な感触だった。どうにか殺される前に予知を止められないかと試してみたが、予知の解除までには時差があったせいで間に合わなかった。

 しかしこの能力を使えばわざわざ夜まで待たないでも情報を得ることができる。しかもノーリスクで。

 これこそが未来予知の最も有用な使い方なのかもしれない。

 これでクローゼットに隠れるとすぐに憎嶋に殺されるということがわかった。今のうちに逃げてしまうのが一番なのだが、まだ十分な情報が得られていない。

 そこでベッドの下に隠れ場所を変えてみた。ついでにリュックに財布やスマホ、着替えなどの逃亡に必要なものを入れ、ベッドの下に持ち込み奥に押し込む。リュックの中に秤についての調査ノートは入れなかった。内容は全て頭の中に入っているからだ。他にも大切で持っていくべきか悩む物があったが、悩みに悩み抜いた末に本当に必要な物だけを持っていくことにした。

 歪は再び額を叩く。脳内に予知が流れてきた。

***************

 途中までは前の予知と同じような内容だった。

 しかし今回は憎嶋がリュックを見つけることはない。リュックは歪と共に隠れ場所にあるからだ。

 どうなるのかと潜みながら聞き耳を立てていると憎嶋が、

「ここに教科書とかの大学で使う道具がまとめて置かれているな。歪は真面目な学生のようだ。しかしそれを入れていたはずのカバンがない」

「カバンですか?」

「お前、歪が帰宅した時の様子も見てたんだろ。その時にどんなカバンを使っていたかわかるか?」

「リュックです。ごくごく普通の」

「なら、それに必要なものを入れて外出したんだ。当分は帰らないつもりかもな」

 しかし前回の予知と同じようにクローゼットが開けられた音がした。

「流石にいないか。やっぱり逃げられたか」

「俺達のことがバレたってことですか。でもどうやって」

 部下らしき男が再び狼狽えている。監視が歪にバレて逃げられたのだとしたら彼の失態だ。それを否定したようにも聞こえた。

「……いや、能力が覚醒している可能性もある。だとしたら仕方ないことだ、お前のせいじゃない。ヨコ、本部に連絡しろ」

 部下の一人が部屋を出ていく。ヨコと呼ばれた男だろうと歪は考えた。

「さて俺達はこの後どうするか」

「それなら先に明日行く予定の能力者の所に行ったらどうですか」

夢方ゆめかた羽愛羅はあらのことか」

 憎嶋が口に出した名前に歪は反応した。

「いや、今はそれよりもこの部屋を調べよう。歪の逃亡先、素質持ちの可能性がある妹のこと、調べることはまだあるぜ」

「わかりました」

「夢方のところには予定通り明日の夜行く。それまでは歪の方に集中しようぜ」

「はい!」

 そして憎嶋達は部屋の捜索を始めようとする。当然歪の隠れるベッドの下にも捜索の手は及ぶだろう。

 でもどうせ死なないんだ。それならここで……。

「うおおおお!!!!」

 男の一人にベッドの下を調べられる直前、歪は自ら飛び出して男に襲いかかった。男は不意をつかれギョッとした表情を見せたものの、武術の経験があるような動きですぐに歪を制圧した。そして彼に拘束させたまま憎嶋は銃で歪を射殺した。あっという間の出来事だった。

***************

 再びの不快な体験。しかし歪は笑みを浮かべていた。

 今回の予知で出てきた「夢方羽愛羅」という名前を歪は知っていた。彼女は彼の従姉妹だった。幼い頃は親戚の集まりでよく顔を合わせたが最近は会っていない。それでも両親から羽愛羅についての噂は流れてきていた。

 この情報は使える。予知をした甲斐があった。

 これまでの憎嶋達の話から推測するに敵は組織だ。しかも人ひとり殺しても、それをもみ消せる程度には強大だ。未来予知があるとはいえ歪一人では戦えない。仲間が必要になる。そして最初の仲間として歪と多少なりとも関係がある羽愛羅は最適だった。

 予知により十分な情報を得たと判断し歪は部屋から出た。あとはこの建物自体からも出なけらばならない。

 建物の正面には憎嶋達の監視の目がある。少し無理をして彼らの死角となる裏側から道に出た。幸いにも人と鉢合わせることなく脱出することができた。そして歪は慎重に尾行されていないことを確認してから駅に向かった。



 深夜、歪の部屋に侵入した憎嶋達は歪がいなくなっていることに気づいていた。彼らは歪が予知した通りの流れで部屋を調査を始める。

 歪の部屋は物が煩雑に置かれているわけではないが、ミニマリストというほど物が少ないわけでもなかった。整理整頓がしっかりしているというのが最適な評価だろう。

 早速小さな本棚の中に数冊のアルバムを見つけた。手に取りやすい場所に置いてあり頻繁に開かれていたような様子だった。

「これが妹? 美人だな。芸能人みたいだ」

 開いてみると中には歪の妹である秤の写真が貼ってあった。

「ですね。あれ、だけどこの写真……」

 憎嶋達は亥櫃秤が写った何枚もの写真を眺めていった。

「ああ。隠し撮りだな。カメラ目線じゃない写真ばかりだ」

「家庭内ストーカーってやつですね、これは」

 写真は秤が幼い頃のものから失踪する直前のものまであった。幼い頃の写真は歪自身も写りカメラの方を向いているいたって普通の家族写真のようだった。しかし歪が思春期に入ったであろうあたりから隠し撮りが増えていく。

「かわいそうに。肉親にこんなことをされているなんて……」

「憎嶋さん、もしかして亥櫃秤の失踪の理由って……」

 憎嶋は神妙な面持ちでアルバムを調べる。何かに気づき、アルバムの一冊を二人に見せた。

「一枚ここにあった写真が取られているな。せめて一枚だけと持っていたのか」

 アルバムはそれなりの大きさで携帯には向かない。写真一枚というのは苦渋の決断だったのだろう。

 さらに手分けしていると部屋の調査を続けていると、横渡が憎嶋を呼んだ。

「憎嶋さん、こっちにノートが」

 横渡はデスクに隠されていたノートを憎嶋に手渡した。憎嶋はそのノートをパラパラと見ていく。

「秤はどこに?」「家出だとして誰のもとに?」「男はありえない、ありえない、ありえない」「高校の友人の家、秤がいる様子なし」「せめて秤のスマホがあれば」

 そんな感情のままに描き殴られた言葉の後ろのページには秤の失踪についての詳細な情報がまとめられていた。

「こいつはこいつで独自に妹を探していたようだな。必死さが伝わってくるぜ」

「確かに。これを見ていると転生させるのも躊躇いますね。ストーカーであることを無視すればですけど」

「だから逃げたんだろうな」

 憎嶋はノートを読むのをやめ、閉じてデスクの上に置いた。

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