11 彼がしたこと、彼女がしたこと
憎嶋を殺した歪は近くで待っていた羽愛羅と合流した。
「憎嶋を倒したんだね。お兄ちゃん」
「ああ。これでもう憎嶋の脅威はない」
それを聞いて羽愛羅は安心した表情を見せる。
「よかった。もうっ、復活してすぐに憎嶋と対決なんて無茶しすぎだよ」
「復活といっても異世界に行った時点で怪我も治っていたし、むしろ異世界で体を動かして帰ってきたから調子がいいんだ」
「それならよかった」
「それもこれも全部羽愛羅が頑張ってくれたおかげだ。本当によくやってくれた。流石は俺の妹だ」
歪は羽愛羅の頭を撫でた。
異世界に転生したはずの歪の復活。それを叶えたのは羽愛羅の転送能力だった。
——二人は憎嶋との戦いの前にこんなことを話し合っていた。
「もし俺が転生したとしても、羽愛羅の能力で戻ってこれないかな」
歪が最初に見た予知の中で、憎嶋は転生と言うのは不確かで、転移や転送と言うべきと話していた。そして羽愛羅の能力も転送だった。歪の頭の中でその二つが繋がった。
「もし二人とも憎嶋に殺されたとして、同じ異世界に行ける確率は低い。だから俺達が一緒にいるためにはやはりこの世界の脅威を排除することが最善だ。そのために憎嶋に戦いを挑むんだが……、もし負けて殺された時のために俺がこの世界に戻ってくる方法を探したいんだ」
「保険ってことだよね。どうだろう? 飛ばされた先の異世界を指定できたら可能性はあるかも。お兄ちゃんの指定自体は難しくないし」
「異世界の指定か。どんなものが手掛かりになる? 異世界の物などあるはずもないし」
「あいつらが持っている銃は? あの銃で殺して何人も異世界に送ってるんだよね。だったら異世界と繋がりがあると言ってもいいんじゃないかな。というか、銃だけじゃないよ。あいつら自身が何人も異世界に送ってきてるんだから、あいつらの身体そのものが異世界への手掛かりになるんじゃないかな」
「確かに手掛かりと言えなくもない……。可能性は低いが、賭けるしかないか」
成功するか不安な策だった。
しかし羽愛羅は歪の転生後にその策に一つ手を加えた。
羽愛羅は歪の喪失を実感し、計画をより確実にしなければならないと考えた。そこで彼女はあえてギリギリまで憎嶋達を引き寄せ、彼らの身体を手掛かりに異送局の施設に侵入した。
大博打だった。転生能力の発動が遅れれば憎嶋に撃たれて彼女も異世界行きだっただろう。
しかしリスクをとったことで彼女は異送局に出入りし、そこのデータを盗み見することができるようになった。それはつまり局本部から憎嶋への命令を確認することができるようになったということだった。
異送局のセキュリティの甘さ、そして憎嶋達が局の指示に従順であることで、彼らの行動は羽愛羅には筒抜けだった。
つまり歪が復活したあの日あの時間に新村がホテルの部屋に突入してくることも羽愛羅は知っていた。
そして歪がホテルのバスルームに転送された瞬間に見たのは徐々に消えていく髪の毛の束。それについて新村を殺した後の歪に羽愛羅は説明した。
「あれは美心ちゃんの髪だよ。あ、美心ちゃんっていうのは能力の素質がある女の子ね。憎嶋に今朝転生させられた子。異送局に潜入して情報を盗んで知ったんだ」
「しかしその子の髪の毛がどうしてバスルームに?」
「それはね、転生する死体は死後三時間経つと消滅するってことと、その死の直前一時間以内に体から離れた髪の毛も消えるってことに関係するの。それってつまり異世界に転送されるってことでしょ。つまりね、消える瞬間あの髪の毛は異世界に繋がっているってことだよ」
「そうか、転送の手掛かりになるのか」
「うん。繰り返し能力を使っているうちに気づいたんだけど、転送は手掛かりが多いほど確実性が高くなるんだ。だから手掛かりを増やそうと思って。でも死体を手掛かりにするのは難しかったの。憎嶋達は死体をすぐに回収しちゃうから。だから憎嶋がその子を殺す一時間ぐらい前に髪の毛をもらって、それが消えるタイミングで——」
憎嶋と新村の仕事のタイミングが三時間ズレているという都合のいい日がその日だった。
「憎嶋が殺す時間が少しでもズレたらいけないから、本当は確実に時間調整できるよう美心ちゃんにも協力して欲しかった。だけどあの子は昔の私に似ていた。異世界に行くことを拒まなかった。でも私はもう違うから、お兄ちゃんと一緒にこの世界で生きたいと思えたから……。だから頑張れたんだ」
羽愛羅はもう歪に頼り切っていた頃の彼女ではなかった。歪んだ愛のために倒錯者として自ら考え動いたのだった。
「それで説得して髪の毛を少しだけもらうのには了承してもらえたんだ」
そして予定通り美心は髪を羽愛羅に切って渡した一時間後に憎嶋に転生させられた。
新村が突入したホテルの一室にあったのは、羽愛羅が遺品として持っていた歪の服、転生に関わる異送局の人間と銃を含めた彼の装備、そしてホテルのバスタブに置かれた美心の髪の毛。それらが手掛かりになった。
羽愛羅はそこで歪という人物と、異世界という場所を指定して能力を使った。
転送は成功し、異世界で修行した歪が帰還したというわけだった。
「もちろん美心ちゃんの転生先がお兄ちゃんと別かもしれないけど、転送を試すのは何回でもできるから、成功するまで繰り返すつもりだったんだ。まさか一回目でお兄ちゃんの異世界を指定できるなんて……、お兄ちゃん、これって運命だよね」
羽愛羅は歪に微笑んだ。かつての彼女からは想像できない天使のような笑みだった。
「ああ。でもすごいな。まさかそんな手があったなんて」
歪としては羽愛羅の能力で異世界から帰ってくるというのは最後の手段だった。
何故ならこの方法は博打だったからだ。羽愛羅の能力が異世界の壁を越えられるかどうかは不確かだった。
歪にとっては何か奇跡が起きて実力差をひっくり返し憎嶋に勝つことが最善だった。しかしそれは叶わなかった。
そこでその博打的な方法を取らざるを得なかった。
異世界に転生しないためにすべきことは全てしてきた。その上で負けた。どれだけ予知を見ても憎嶋に勝つことはできなかった。だから転生しないことは諦めた。諦めて転生してからこっちに戻ってくる方法を考えた。
「来世に期待」という悲観的な考えの言葉を現実的な策として計画していたのだ。
羽愛羅を異世界に転生させないために。
そしてその方法を羽愛羅自身が確実なものにした。
「俺じゃ思いつかなかった。羽愛羅のおかげだ。羽愛羅を信じたおかげでこの世界に戻ってこれた。だから次は俺の番だな。待っていてくれ。憎嶋を倒してくる。それで奴を倒したら、その後は——羽愛羅、お前のためにこの世界を変えてやろう」




