12 平和への修正
憎嶋を破って半年間は歪と羽愛羅のもとに異送局から刺客が送られ続けた。しかし憎嶋以上に苦戦を強いられることはなく、歪達は刺客を返り討ちにしていった。
そして刺客が送られてくるペースが急激に落ち始めたのを機に歪は攻勢に出た。
羽愛羅の能力を使い異送局の本部を奇襲すると、そこで局が保有していた能力の素質の判定方法を奪い、手中に収めた。
ついに歪は当初の予定通り能力者候補の人間を味方に引き入れて能力の覚醒を促し始める。
歪と羽愛羅は彼らと同じような境遇だったこともあって、彼らのほとんどと気が合った。そうして彼らをまとめ上げ、能力者のコミュニティを作り上げた。
——ある時、コミュニティ内でこんな意見が上がった。
「一人の能力者を戦力として育てるのに五人の生贄が必要だ。これは実にコスパが悪い。どうにかできないものか?」
「そもそも死体ではなくて殺したという意識が反応して能力が成長するんだから、脳を騙せば生贄なしで成長させられるんじゃねえか」
「その仮説は面白いが、その研究をするには人体実験が必要だな。だが被験体は能力者に限られる。現在判明している能力者のほとんどが我々に忠誠を誓っているのだ。そんな彼らを被験体にするのは倫理的ではない」
どこかズレた倫理観の会話、これがコミュニティでは当たり前の光景だった。
この議論を聞いていた歪はあることを閃いた。
後日、歪は自宅から一着の服を持ってきて、彼らの前に広げて見せた。
「これは俺が異世界から帰ってきた時に着ていた異世界の服だ。これを手掛かりに羽愛羅の能力でお前達を異世界に転送する」
一度歪が異世界の壁を越えて戻ってきた時点で、羽愛羅の能力による異世界との往来が容易になっていた。
能力者達から多数の賛同を得た歪は羽愛羅の力を使い、部下の能力者にも自分がしたような異世界での修行をさせて戦力を強化していった。
さらに異世界でかつて憎嶋達によって葬られた能力者の中にもこちらの世界へ戻ってくる者がおり、コミュニティの戦力は日に日に強大になっていった。
もう異送局や国など相手ではない。そもそも憎嶋のいない時点で覚醒した能力者に対抗できる者はいなかったのだ。異送局はいつしか刺客を送るのを完全にやめてしまった。それは人類の歪達に対する降伏宣言に等しかった。
その後もコミュニティの拡大は続いていく。
徐々に治安は荒れ始め、暴力が蔓延り始めた。能力者以外には一時の安息すらない時代が訪れた。
誰も口にはしない。しかし誰もが知っている。この世界は亥櫃歪に支配されたのだ。
歪に対抗できる可能性のあるコミュニティの能力者のほとんどは歪に敬意を払っていた。異送局という能力者共通の敵を倒し、自分達中心の世界を作ってくれたからだ。
しかも裏切ろうと考えた者がいたとしても、それを歪は未来予知で察知し先手を取って処罰できたのだ。
実際に歪への反逆計画を立てたとして捕まった男がいた。
「俺の家族はお前達に殺された。能力者は罪悪感もなく平気で人を殺す。何の能力も持っていない市民を平気な顔して殺す。そしてそんな奴らが支配している。世界は変わってしまった。俺にとってはこの世界こそ異世界だ」
最期に男は歪の前でそう言い、処刑されていった。
「お兄ちゃん、気にしないで。私にとってはここが理想の世界。お兄ちゃんが変えてくれたんだよ。他の人間達には窮屈な世界だと思われるかもしれないけど、家族が幸せならそれでいいよね」
「ああ」
羽愛羅は自分のお腹を撫でながらこう言った。
「生まれてくるこの子も喜んでくれるよね」
羽愛羅は歪の支配する世界がこの先も続くと確信していた。しかし一方で歪は近い未来の自身の破滅を予知していた。
それはいくら事前に予知しようとも摘むことができない。破滅への芽は羽愛羅の胎内から生まれようとしている。
十数年後、能力を持った子が生まれた。彼は母の力で異世界に留学し、そこから帰ってきてすぐに父に叛逆した。
相対した時父は子を殺すことはできなかった。もう家族を殺すことはできなかった。
「よくここまで来れたな」
「ヨコさんや協力してくれたみんなのおかげですよ。こんなところに閉じこもって息子にろくに顔を見せないあなたよりよっぽど家族らしい」
「利用されているだけじゃないのか?」
「だとしたらあなたの教育不足ですね」
息子である直の決意は硬い。
「あなたは未来予知の能力を持っている。この未来も見えていたはずなのになぜ僕を避け続けたんですか?」
「もっとお前と話していたら、こんなことにはならなかったと言いたいのか?」
「その口ぶりだとどのみちこうなったんでしょうね。でもそうだとしたら避ける意味もない」
愛情を持たないように息子を避けていたというのに、それでも歪は彼を殺すことはできなかった。一方で直は避けられたおかげで父に対する愛情もなく、決意は揺らがない。
「まあいいか」
直は歪に関心がなくなったようだった。歪の両親との関係に似ている。歪はいつの間にか疎遠になった両親のことを思い出す。
自分は両親にまったく関心がなかったというのに、どうして自分の子供を殺せない? 俺が愛するのは二人の妹だけだったはずなのに。
歪が疑問を抱いている間も直は歪に近づき命を奪おうとしていた。歪は抵抗する気も起きなかった。
「何故こんなことをする? どこで俺を殺すと決めたんだ」
「あなたの能力でも人の心の内はわからないか。向こうである人と出会ったんです。彼女と話し、あなたの過去を知りました。そして僕はあなたとは別の道を進むと決めた」
歪は直の顔に秤の顔が重なって見えた。
「まさかお前が出会ったのは……」
あの日、一度秤の死体を捨てた歪は、死体のことが気になって遺棄した林に見に行った。しかしそこに秤の死体はなかった。歪は秤が生きていたと思い込み、自分が殺した妹をずっと探し続けていたのだった。
——そこにいたのか……。
直の口から答えを聞く前に歪は事切れた。
一度転生を経験した者はもう二度と蘇ることはない。三時間経っても歪の死体は消えなかった。
これが亥櫃歪の最期だった。




