『それは最後のフロンティア』 ニッカ フロンティア
テーブルを挟んで何やら思案中の小町ちゃんとヴァインのおっちゃん。
大事に飲んでいたウイスキーがもう残り少ない様なのですが…
さて、今日二人が飲むウイスキーは?
「む~ぅ…少なくなっちゃったわねぇ…」
テーブルに置いたウイスキーの瓶を眺めて思わず愚痴を零す私は
飲酒盃小町、素敵なOLのお姉さん(『お姉さん』なの!)である。
「ぬぅ~ん…確かに残り少なくなったのう…」
腕組みをしてうんうんと相槌を打つのは異世界から来たドワーフ、
ヴァインのおっちゃん。
おっちゃんはこっちの世界で商売を始めたい、との事で、
今はインターネットでアクセサリーショップを開く準備をしてる。
今日もその相談やらでこっちに来てるんだけど、それはさておき、
今夜は何を飲もうか、と棚のウイスキーを物色する内に、もう残り僅かに
なった瓶に気が付いた。
もう空きそうなこの瓶は…『ニッカ フロムザバレル』。
前に私の会社の上司、佐渡島さんから頂いた、珠玉の一本だ。
これ、とっても美味しいウイスキーなんだけど、普通に買うとお高いし、
そもそも置いているお店も少ない。
本来の定価の2倍前後、所謂『プレ値』になってしまってる。
美味しいし飲みたいけど、定価の2倍出してまで買うのかって言われると、
それはどうなのよ、と思ってしまう。
だから、大事に大事に味わってたんだけど、とうとうここまで減ってしまった。
多分、もう一回私とおっちゃんで飲んだら空いちゃうだろう。
だから「む~ぅ」だし、「ぬぅ~ん」なのだ。
「…飲めば無くなるのは道理なのじゃし、無理して高いのに手を出す事も
ないと思うぞい?」
「そうなんだけどねぇ、ちょっと引っ掛かってるのよねぇ…」
ちょっと前に出たウイスキーで、良くフロムザバレルと比較されたり、
引き合いに出てた銘柄があったわよね…あれ、何だっけ…
ポクポクポクポク…
「そうだ、あれだわぁ!」
ティンと来た私は思わず叫ぶ。
「何じゃい、脅かしよる。」
びっくりしてこっちを見るおっちゃん。
「あ、ごめんなさいねぇ。
少し前に、良くフロムザバレルと比べられてたウイスキーがあったの、
思い出したのよぉ。」
「ほう? そんな『ういすきぃ』があるんか。」
「あったのよぉ。
確か、『似てない?』『似てるかも』『似て異なる』『いや別物だろう』
みたいな感じの評価だったと思うんだけど、折角だし、どうせ空けちゃうなら
この機会に飲み比べもいいかなぁと思って。」
私はおっちゃんに説明がてら、2つのお酒の飲み比べをご提案。
「飲み比べか、そりゃ楽しい飲み方じゃの。」
おっちゃんも乗り気である。
「そうと決まればスーパーへ買い出しに行きましょぉ。
晩御飯も用意しなきゃだし?」
「よしきた! 儂、荷物持てばええんじゃの?」
「頼んだわねぇ? それじゃぁ、レッツ買い出し!」
この辺はもう、阿吽の呼吸で、私達はスーパーへ出かけるのだった。
・・・
てくてくと歩いてスーパーへ到着した私達。
私は前から来てたお店だし、おっちゃんも最近ではパートのおばちゃん達
何人かに顔を覚えられ、『偶に良く見る異人さん』くらいのポジションに
収まったみたい。
それでも子供さんとか、まだちょっとびっくりしたりする人もいるけど、
私と二人連れというのもあって、これといった問題は起こっていない。
人間だろうがドワーフだろうが、お腹が減ったらご飯も食べるし
買い物にだって来るってもんよ。
…獣人とかオークとかだったらえらい事になってただろうなぁ。
「今日はどうしよう…おっちゃん、カレーはどう?」
「『かれぇらいす』か…うむ、久々に食べたいのう。」
「じゃ、今日はカレーにしましょうねぇ。」
「うむ、『かれぇ』じゃぞ!…今日は『はやし』の口ではないぞ?」
おっちゃん、前にカレーのつもりで食べたらハヤシだった事があって、
今ではハヤシも嫌いじゃないんだけど、まだちょっと警戒してるみたい。
「はいはい、ちゃんとカレーにするわよぉ?」
私はクスクス笑いながら答える。
牛と豚の合挽肉に、ピーマンと茄子にエリンギも入れようか。
付け合わせにトマトサラダとアスパラのおひたしもいいかな。
あ、ジャワティーの白が売ってる。
これ、美味しいんだけどあんまり見ないのよね。
買っとけ買っとけ。
おっちゃんが押してくれるカートの籠にポイポイと放り込む。
そしておっちゃんにはお待ちかね、洋酒のコーナーにやって来た。
「おんやぁ? 『ぶらっくにっか』、何か変わったかの?」
「目ざといわねぇ、そうなのよぉ、ロゴとマークがちょっとねぇ。」
私はどっちかと言うと前のが好きだったんだけど、と返した。
どこか古風な感じのある前のデザインに較べて、今回のデザインは
モダン過ぎるかなぁと思う。
何より、今回の変更に併せて、またブラックニッカスペシャルが
品薄気味なのが頂けない。
値段も少し上がっちゃったのよねぇ。
「で、今日買うのはニッカなんだけどブラックニッカじゃないのよぉ。」
「ほう?」
「ブラックニッカの並びの横に、そう、それよぉ。」
おっちゃんが手を伸ばした先の瓶を指差す。
「ほほう、これか…飾りっ気ないが飽きの来ない、良い形じゃわい。」
「それ籠に入れてねぇ、後は炭酸水にレモン果汁と…」
いつもの通りに諸々買い込んで、私達はスーパーを後にしたのだった。
・・・
家に帰ると、私は炊飯器を仕掛け、カレーやらサラダやらを作り始める。
おっちゃんはテーブルにアクセの商品サンプルを並べると、タブレットで
写真を撮り始めた。
試しに自分で撮ってみたら?と勧めてみたんだけど、後で桜子ちゃんにも
見せて意見をもらおう。
彼女はブログに載せる画像なんかも自分で撮ってるから、きっと具体的な
アドバイスがもらえるはず。
サラダにはラップを掛けて冷蔵庫へ、カレーのお鍋をかき混ぜる合間に
おっちゃんの様子を覗きに行ったら…ちょっとうわぁ、となった。
テーブルにビロード?か何かの布を敷いて、電気スタンドでライティングも
工夫して、真剣な表情でタブレットを睨みながらサンプル写真を撮ってる。
布の上に並んだアクセは、スタンドの光を反射してキラキラ輝いていた。
多分、シルバーかな?
純度の高そうな銀の指輪やペンダントトップには繊細な彫刻が施され、
象嵌された宝石は美しくカットされ、或いは丸く磨かれて、
屑石では収まらない立派なものに見える。
すごい綺麗。
おっちゃん、こんなアクセ作るんだ…
思わず見入っていたら、炊飯器がピーッと鳴った。
おっといけない、ご飯が炊けた。
て事はカレーも煮えてるぞ、火を止めて混ぜなきゃ混ぜなきゃ!
「おっちゃん、御飯出来たからねぇ、テーブルの上、片してちょうだぁい?」
「おぅ、もう出来たのか…ほい、片付け片付け、と…」
テーブルの上の『綺麗』が片付けられ、替わって並ぶのは『美味しい』。
花より団子、じゃないけど、ここからは晩御飯の時間なのよ!
今日のカレーは挽肉だし、ちょっと水気を飛ばしたキーマカレーっぽい
仕上がり。
付け合わせのサラダとおひたし、飲み物はジャワティー。
ご機嫌なお料理を並べたら、両手を合わせて「「頂きます!」」
「トロトロの『かれぇ』もええが、こういうボテッとしたのもまた、
美味いもんじゃのう!」
「そうでしょぉ? こういうカレーは生卵を落としても美味しいのよぉ。」
「生卵! 牛丼にかけたのが美味かった!
そうか、『かれぇ』でもいけるんか…卵、あるかの?」
「あるわよぉ、ちょっと待っててねぇ。」
「この茶も良く冷えて、脂切れがスッキリとして美味いのう。」
最初は『冷たい茶』には驚いたもんだが、とおっちゃんは言う。
そう言えば、父や母も冷たいお茶や烏龍茶が出始めた頃は驚いたそうだ。
でも、わーくにには冷えた麦茶、なんてのもあった訳で、すぐに
気にならなくなったみたい。
私なんかはもう熱いのも冷たいのも普通にある世代だから、その辺の
感覚は分かんないなぁ。
おっちゃんは渡した生卵を溶いて、カレーにかけると一口頬張る。
「おほぅ、辛さにまろやかさが加わって、ええのう、これもええのう!」
「気に入ったみたいで、何よりだわぁ。」
今日の晩御飯も大満足のご様子で、お粗末様でした!
・・・
ご飯が終わって、白菜の浅漬けを齧りながらジャワティーの
残りをしばく私達。
テーブルの上にはフロムザバレルと今日買ってきたボトルが並んでいる。
「そっけない形と思ったが、よう見ると色々手が込んどるのう…」
ここの丸い飾りや、底の文字のレリーフやら、と瓶を撫でるおっちゃん。
成程、瓶の後ろ側にしめ縄が、袴には『NIKKA WHISKY』の
文字がレリーフされていた。
四角い瓶と丸い瓶、どっちも一見素気ないが、実は色々と手の入った瓶、
なかなかに対照的で、どこか雰囲気のある佇まいだ。
「丸いのは『しめ縄』って言うのよぉ。」
前に行った神社にもあったんだけど、覚えてるかしら?
「おぉ、あったあった。」
お酒って神様に奉納する事も良くあるけど、あっちでも
ポピュラーな風習なのかしらねぇ。
「名前は何というんじゃ? ふる…ふろ…ふろん…?」
「『ニッカ フロンティア』っていうのよぉ。」
『辺境』とか、『開拓地の最前線』っていう意味なのだ、と言葉を継ぐ。
そう、今回買ってきたのは『ニッカ フロンティア』。
こいつをフロムザバレルと飲み比べるっていう寸法よ!
テイスティンググラスを二つずつ並べ、二種類の琥珀色の液体を注ぐ。
フロムザバレルはこれできっかり無くなった。
さらば地球よ旅立つ酒は、宇宙戦艦フロムザバレル!
「「では、かんぱ~い!」」
色合いはどちらも少しダークな琥珀色。
香りを比べてみよう、フロンティアは…
「シェリーかしらぁ? 樽熟成っぽさと蜜、いえ、マーマレード?
後からほんのりチョコレート?ピート感と煙っぽさがあるかしらねぇ。」
おっちゃんはフロムザバレルを香る。
「ふむぅ、酒精っぽさはこっちの方が強いんじゃの。
シェリーと言うか、樽感とフローラルな花…蜜の香りじゃぁ。
そしてピートや煙の感じはほとんどないのう。」
続いてフロンティアを口に含んでみた。
「アルコールのアタックはそれなりにあるわねぇ。
でも飲み口はスムースでコクが感じられるわぁ。
熟したフルーツ…蜜?の甘さに潮味とウッディさもあるかしらぁ?
奥から出て来るチョコレートっぽいピートの苦みが味を引き締めてる。
喉越しはちょっと荒さ?若さを感じるけど、柔らかで甘い余韻が
スーッと溶けてくわねぇ。」
おっちゃんもフロムザバレルを一口啜る。
「こっちも舌や喉に結構な酒精感はあるのう。
じゃが、花と蜜の甘みに豊かな穀物感…ピートや煙っぽさはなく、
甘やかな余韻が緩やかに溶けていくわい。
ちょいと言葉にし辛いが、『強いが丸い』とでも言うのかのう。」
二人して顔を見合わせる。
「「似てはいるけどしっかり違いもあるわねぇ/あるもんじゃのう。」」
私はケラケラと、おっちゃんはガハハと笑う。
「な~によぅ、同じ様な感想じゃなぁい!」
「然り、儂ら種族は違うても、同じ飲んべぇの感想じゃもの!」
「フロムザバレルの『代わり』、なんて失礼だったわよねぇ。
若くて荒々しいけど、しっかり個性のある良いウイスキーだったわぁ。」
「うむ、『ふろんてあ』か…『開拓者』に相応しい酒じゃぞい!」
そうよねぇ、『宇宙、それは最後のフロンティア』って言葉があったけど、
何のSF作品だっけか。
21世紀、令和の時代に踏み出した、新しいウイスキーの『開拓者』なのねぇ。
この後ハイボールも試したけど、りんごっぽい爽やかなフルーツ感と、
蜜やバニラの甘み、炭酸に割り負けずに残るチョコレートのほろ苦い
ニュアンスが後を引く美味しさだった。
ニッカ フロンティア、これはニッカウヰスキーの立派な『新定番』だわ!
…それはそれとして、フロムザバレル、何とか定価で買えないものかしら。
乙女座の私は我慢弱いのよ!
諦め切れない私はニッカの仙台工場の見学について、日程やら予約方法やら
いそいそと調べ始めるのだった。
・・・
数日後、私は桜子ちゃんと桂華ちゃんにおっちゃんが撮ったアクセの
画像を送りつけ、アクセのデザインや画像の撮り方なんかについて、
意見を求めてみた。
二人ならきっと適切なアドバイスをくれるだろう。
ややあって、桜子ちゃんから返信が届いたんだけど…
『おいちゃんはこれ、いくらで売り出すつもりなのだわ?
予定価格を教えるのだわ。
後、〇番と、出来れば△番を取り置き希望なのだわ。』
…ちゃっかりしてるわねぇ。
桂華ちゃんからも返事があった。
『おじさまに、オーダーメイドは出来るか聞いてみて欲しいかしら。
デザイン画を送るから…』
…いや、欲しいのはアドバイスであって、注文じゃないんだけど。
でも、私だけじゃなく二人もこれ、素敵だと思ったんだよね。
おっちゃんのアクセ、きっと人気出るわよ!
今回は『ニッカ フロンティア』でした。
登場した頃は『フロムザバレル』の後継になるか?という
期待感が高く、買い占め等もありましたが、『これは違うんじゃないか』と
解ってからは徐々に出回りも安定しました。
当時は高い期待の分、割を食った形にもなっていたと思います。
現在は『それはそれ、これはこれ。』でその独自性が評価されて、
新定番の地位を確立しているんじゃないかと。
城内もフロンティアはこれはこれで、まぁ美味しいウイスキーだと思います。
フロムザバレルの『マリッジ』による丸さを楽しむのに対して、
フロンティアは『若さ』『荒々しさ』を楽しむ的な。
特にハイボールは『らしさ』の感じられる飲み口かしら。
そして今回の執筆の際のテイスティングで、手持ちの『フロムザバレル』は
空いてしまいました。 ('A`)
こっちはこっちで美味しいんですよ。
ただ、定価の倍は出したくないのも事実です。
ニッカの仙台工場、見学に行きたいなぁ。
過剰なウイスキーブームは最近落ち着きつつある様で、買い占め・転売も
徐々に収まるのを期待しているのですが、一たび上がった価格は、
二度とは…二度とは…( ノД`)
城内はフロンティアはフロンティアで楽しみつつも、
フロムザバレルが定価で買える日が再び来るのを心待ちにしております。




