番外編 『おさかなワイン』 ペッシェヴィーノ ビアンコ
※2026/5/15 一部単語の間違いがあったので修正しました。
今回は小町ちゃんにお友達の桂華ちゃんからお電話の様です。
世はゴールデンウイークも終盤、桂華ちゃんは何のお誘いでしょうか?
小町ちゃんに桂華ちゃん、そしておっちゃんのGWは如何に?
『…で、明日なんだけど、おじさまも誘ってどうかしら?
行くなら車出すわよ?』
ゴールデンウイークも終わりが近い金曜の夜に電話を受けている私は
妙齢の美人(そこ、『残念』って付けるな!)OL、飲酒盃小町。
電話の相手はお友達の酒匂桂華ちゃん。
彼女は漫画家さんなんだけど、出版社から美術館のチケットを何枚か
頂いたそうで、目玉がガラス工芸の特別展との事。
折角だから彼女の言う『おじさま』…ひょんな事から足繁く私の家に
通ってくる様になった異世界のドワーフ、ヴァインのおっちゃんも連れて
出かけてみないか、というお誘いだった。
「ちょっと待ってねぇ、聞いてみるから。」
私はテレビを見ているおっちゃんに向き直り、かくかくしかじか、
まるまるうまうま。
「ほう、そんなのがあるんか!
見たい、見たいぞ! いっぱい行く!!」
こっちの世界の珍しいものには目がないおっちゃん、
それにおっちゃん自身が宝石や貴金属加工の職人だから、良い工芸品が
見られるのに嫌も応もなく、二つ返事で了承である。
「…聞こえたかしらぁ、是非行きたいってよぉ?
ところで、桜子はどうしたのぉ?」
桜子というのは私達の共通のお友達、御酒本桜子ちゃん。
雑誌でライターをやる傍ら、動画配信やブログでも結構人気の
火の玉ガールだ。
『それは良かったかしら、桜子ちゃんは今回パスだから。
桜子ちゃん、熊本の実家に顔出した後、今は四国で取材なんですって。』
あらら、四国か、それは物理的に無理ねぇ。
彼女はゴールデンウイーク早々に熊本まで突っ走り、今は四国でうどん
食い倒れツーリングの真っ最中だそうだ…タフな娘ねぇ。
『じゃぁ小町ちゃん、また明日かしら。』
「えぇ、楽しみにしてるわぁ、お休みなさぁい。」
そんな訳で、私達はゴールデンウイークの最後を充実させるに相応しい
お出かけの機会に恵まれたのだった。
・・・
「小町ちゃん、おじさま、おはようかしら!」
ピーカンの土曜日の朝、桂華ちゃんが車で迎えに来てくれた。
5月ともなると日中は結構暑い。
おっちゃんはダボッとしたアロハシャツにカンカン帽という小洒落た
コーディネートにしてみた。
うん、外国人のお上りさんに見えなくもないかな…ないわよね?
桂華ちゃんの車はちょっと大きいSUV。
運転席の位置が高くて、大きさの割に取り回しは見た目より楽なんだと。
人も荷物もたくさん乗せられるし、こういう車もいいわよねぇ。
「折角だから、おじさまが助手席でいいかしら?」
「いいわよぉ、私後ろねぇ。」
「儂が前に乗るんじゃな? よろしく頼みますぞい。」
んしょ、んしょと席によじ登るおっちゃん。
あぁ、流石にドワーフの脚だと乗り降りはちょっと大変かな?
「乗ったらシートベルトを締めるかしら…そうそう、その帯を引っ張って…
そこのバックルに『カチン』と鳴るまで金具を押し込むかしら。」
「ふむぅ、『ばす』にはなかったが、これは何じゃの?」
「万一事故が起こった時に、これがあるとないとじゃ大違いかしら。」
「そぉよぉ、どんなに気を付けてても『事故は起こる』のよぉ?」
車に乗ったらシートベルト、安全の為に法律で決まっているのだと説明する。
「おっかないのぉ、ともかく、備えよう。」
「私のはあるから、二人共、好きな飲み物を取るといいかしら。
小町ちゃんの横にクーラーボックスがあるから…では、出発かしら~!」
クーラーボックスを開けると…あら、この瓶…成程、言わんとこ。
車はするすると走り出した。
「ほぉ~、座り心地がえぇのう、まるで『映画館』の椅子の様じゃ。
それに眺めもえぇ、桂華の嬢ちゃんの車は大したもんじゃのう!」
『おーとばい』もいいが、この車はもっと楽だし、安心感が違う!と
おっちゃんはお茶のペットボトルを片手にご満悦である。
ドワーフのおっちゃんは言うに及ばず、桂華ちゃんも割と大柄で、その、
お尻が大きいから、そういう意味ではこの車はベストチョイスなんだな。
「おじさま、映画も観に行ったのね? 何を観たかしら?」
あれを観た、これを観た、どこが面白かった、ここが良かった、と
他愛もない感想に花が咲く。
そうこうする内に、車は横浜から東京を抜け、埼玉に入り…
前方に、何とも不思議な形の建物が見えてきた。
削り出した岩の塊の様な…或いは岩のお城の様な…
「見えたかしら、あれが今日の目的地かしら!」
そうか、あれが美術館か!…すごい形だな。
「おぉぅ…何とも面妖な建物じゃのう!」
良かった、私だけの感想じゃなかったのね。
ともかく、私達一行は無事に目的地へ到着したのだった。
・・・
「ふぉぉぉ…素晴ら! 素晴らじゃぁ…!!」
チケットをもぎり、展示場に入るや否や、おっちゃんが目を輝かせる。
会場内に所狭しと並べられた古今東西、絢爛豪華なガラス工芸品の数々。
『特別展 ~絢爛たるガラス器の世界~』
これはその名に偽りなし、見事な展示だわ。
「今からじっくりだと…お昼前にそこの物販のコーナーで集合かしら。」
「お昼じゃな? 相分かった。」
もうおっちゃんはそわそわし通しである。
「おっちゃん、気を付けてねぇ。
展示品やショーケースは触っちゃだめよぉ?」
こんなん万一にも壊したら大変な事になる。
「儂とて職人の端くれじゃからの、そのくらいの分別はあるぞい?」
「そうだといいんだけどぉ? じゃ、好きに見てまわりましょぉ!」
まずは各自、散開!
思い思いに気に入った展示品を鑑賞する。
バカラのアンティークグラス、素敵ねぇ。
こんなのでウイスキー飲んだら美味しいでしょうねぇ。
お値段は…考えたくないわねぇ。
桂華ちゃんはガラスそのものもだけど、歴史の流れに興味があるみたい。
エジプト・メソポタミアから始まって、イスラム・ビザンチン・ボヘミア・
ヴェネチア、そしてアールヌーヴォーからアールデコに至るまでの
年表や説明文と首っ引きで、撮影許可のあるものは写真も撮りまくってた。
そして、うちのモジャ公は、と言えば…いた。
江戸切子と薩摩切子のショーケースに貼り付いてる。
まるでショーウィンドウのトランペットを眺める黒人少年もかくや、
という姿で、目をキラッキラさせてる。
片や江戸切子はシャープで緻密な彫刻が身上、一方薩摩切子は、
色彩の鮮やかさとグラデーション、独特な柄が特徴的。
どっちも素敵だし、お値段は…まぁちょと覚悟はしておけ。
やっぱりドワーフの職人って審美眼と言うか、趣味はいいんだなぁ。
妙な感心をしつつ、勿論ガラス器の美しさもたっぷりと堪能し、
私達は物販のコーナーに集まったのだった。
・・・
「それじゃ、物販コーナーで欲しいもの買ったらお昼にするかしら。」
「と言ってもねぇ、このレベルのガラス器ってちょっと手が出ないし。
そうねぇ、図録と小物くらいかしらぁ?」
「ぬ? そんな高いもんなのかの?」
訝しむおっちゃん。
やっぱりグラスの一個も買ってくつもりだったんだな。
「お高いわよぉ? ちょっとそこの切子のグラスとか、値札を
見てごらんなさぁい?」
何気なく値札を覗き込んで、おっちゃんが固まる。
「ひょえ!?」
おっちゃんの想像より、きっとゼロが一個は多かったろうな。
「おじさまには申し訳ないけど、ちょっと気に入ったから一つ買おうか、
とは行かないお値段なのかしら。」
「だから図録なのよぉ。載ってる画像を眺める分には割れもしないし、
ほら、ここの図録は写真の印刷もかなり綺麗に出てるわぁ。」
「仕方ないのう、図録なら一つと言わず、全部載っておるしのう。」
「そういう事。
切り替えて、図録買ったらお昼にしましょうねぇ!」
こうして、私達はそれぞれ図録を購入し、お昼は館内のレストランで
軽く済ませると展示場を後にしたのだった。
・・・
「…道路、結構混んでるかしら。
小町ちゃん、今のうちにテイクアウトの電話入れてもらえるかしら?」
帰り道はゴールデンウイークらしく、結構な渋滞。
私は家の近所のイタ飯レストラン、『サルーテリヤ』へ電話を入れる。
リーズナブルで結構美味しいイタリア料理が楽しめる、人気のお店だ。
私達も集まる時にはお店なりテイクアウトなりで、良く利用していた。
「今日は泊まってくのよねぇ? お酒も入るだろうし、がっつり目に
注文しとくわよぉ。」
「がっつりとは嬉しいの。 何食べるんじゃ?」
「おじさまには馴染みがあるか分からないけど、イタリア料理かしら。
パスタとか、ピッツァとか…」
「おぉ、『ぱすた』か! うむ、あれも美味かった。」
電話を終えて、私も会話に参加する。
「色々頼んどいたからねぇ、楽しみにしててぇ。
お酒も桂華ちゃんが用意してくれたみたいだしぃ?」
「あら、小町ちゃん、見つけちゃったかしら。」
「何じゃ? 何持ってきたんじゃ?」
酒と聞いてはこのモジャ公が黙っているはずもない。
「そんな高いお酒じゃないかしら。
お味も普通だろうから、あんまり期待されると困っちゃうかしら。」
桂華ちゃんは運転しながらもじもじする。
おいおい、危ないぞ?
「ほらほら、運転中は危ないから集中してぇ。
おっちゃんも帰ってからのお楽しみにしてちょうだぁい?」
「む、危ないのはいかんな。」
そうこうする間に車も進み、お店が見えてきた。
さぁ、さくっとお料理受け取って、とっとと帰るわよぉ!
・・・
『ただいまぁ! おかえりぃ! いらっしゃぁい!』
帰り着いたら順番にシャワーを使い、汗を流し、化粧を落とし、部屋着に
着替え、手の空いた人からテーブルに料理を並べ始める。
シーフードパスタにピッツァ、ドリア、チキンにチョリソー、サラダにソテー、
エトセトラ、エトセトラ…
そして、背の高いグラスが三脚。
「おんや? 見た事のないグラスじゃの。」
華奢で折れちまいそうでおっかないの、とおっちゃんが零す。
「これねぇ、『ワイングラス』って言うのよぉ。
まぁ名前通り、何の捻りもなくワイン用のグラスねぇ。」
「そいや、美術館にもあったのう、こっちはつるんとして飾り気はないが。」
「あぁいうお高いグラスはうちじゃ無理ねぇ、そこは我慢して欲しいわぁ。」
「あ、いや、腐した訳ではないんじゃがの…」
何せあれは凄かった、眼福じゃった、と、まぁ悪気がないのは分かるから
許そう、寛大な心で!
「じゃが、『わいんぐらす』と言う事は…」
「ほとんどバレちゃったかしら、でもきっとおじさまはこの瓶、
とっても気に入ると思うかしら。」
言いながら、桂華ちゃんはクーラーボックスから瓶を取り出す。
「うほっ! こりゃぁ見事な…!」
おっちゃん、瓶を見て眼を丸くする。
じゃじゃん、と取り出しテーブルに置かれた瓶は…お魚!
「イタリアワイン…『ペッシェヴィーノ ビアンコ』かしら。」
中身は普通のテーブルワインなんだけど、と桂華ちゃんは皆のグラスに
明るく淡い黄色の液体を注いでいく。
「「「それでは、かんぱ~い!」」」
グラスを合わせ、思い思いの料理を頬張る。
「あらぁ、意外にもフローラルでフルーティ。
ちょっと辛口だけど、悪くないわねぇ。」
お安いテーブルワインと言っても馬鹿にしたもんじゃないな。
「『白』は特にシーフードに合うっていうかしら。
このピッツァやパスタとは相性ぴったりなのかしら。
軽やかな味わいで食事の邪魔もしないからすいすい飲めるのかしら~。」
桂華ちゃんも唇に着いたチーズを舐め取りながらニコニコ顔。
「繊細な酸味に、しっかりと葡萄の味わいとコクが感じられるのう。
何より、こっちのワインは『雑味』がないんじゃな、飯と一緒に
するすると入りよる。」
おっちゃんも上機嫌で半分程中身の減った瓶を手に取って眺める。
「…この凝った造りの瓶が良い! 目にも楽しく食事が美味くなるわい。
これ、本当はお高いワインじゃないのかの?」
「いいえ、おじさま、これ本当にお手頃価格のテーブルワインかしら。」
喜んでもらえたなら嬉しいけど、と桂華ちゃんはテレテレ。
「この瓶、空いたら持って帰ってもいいかの?」
「勿論! 是非お持ち帰り下さいなのかしら~!」
こんな瓶が作れる様になったら、さぞ嬉しかろうなぁ、と
おっちゃんは瓶をぺちぺちと優しく叩くのだった。
・・・
「いい機会だし、嬢ちゃん達に相談があるんじゃがの?」
ご飯も食べ終わり、沢庵をお摘まみにお茶をしばきながら、
おっちゃんがおずおずと切り出す。
「儂、こっちで『商売』をしちゃいかんかの?」
むむ、これは由々しき問題だぞ?
おっちゃんが言うには、こっちでの買い物が私の持ち出しになってるのが、
如何にも心苦しいとの事だった。
最初に貰った金貨は価値こそ高いけど、記念品だし換金する気はない
もんなぁ。
それに、今日の美術館でも気に入った切子のグラス、かなり欲しかった
らしいんだけど、金額を見てあきらめざるを得なかった。
こういう時に、自由になるお金を自分で稼いでおきたい、というのが
おっちゃんからの相談の主旨だった。
それに、自分の腕がこっちで通用するか、いや、させてみたい、
という野心もあるんじゃよ、とおっちゃんは続ける。
成程、職人さんだもんな、プライドってもんがあるよなぁと納得。
「かと言って、おっちゃんがお仕事で作る様な宝飾品って、すご~く
お高いんじゃないかしらぁ?」
路上販売でごっつい石の嵌った金無垢の指輪なんぞ売ってたら、
何に巻き込まれるか分かったもんじゃない。
その時、桂華ちゃんに電流走る!
「…アクセサリーの通販サイトをやってみたらどうかしら?」
アクセサリー! 通販サイト! その手があったか!
「『カトケ』でも手作りアクセサリーの販売してるサークルさんが
沢山あるし、お手頃価格の天然石をあしらった銀のアクセサリーとか、
需要があると思うかしら。」
タブレットでポチポチしてみると、成程、通販サイト結構あるなぁ。
こんな感じだけど、出来そう?とおっちゃんに画像を見せる。
「ふむぅ…こんな屑石でいいんか?
お値段は…成程、こっちの若い子達が小遣いで買えるくらいの物で、
相応の良品を数揃えて売りに出せればええんじゃの。」
流石に職人、その辺の勘所は異世界でも共通らしい。
「うむ、やれるぞ、やりたい!…が。」
通販サイトとやらは協力してもらわんとだが、とちょっと語尾が弱くなる
おっちゃん。
「…そうねぇ、いっそ桜子も巻き込んじゃいましょうかぁ?」
あの娘はこっち方面に強いし、そもそもこんな話、噛ませなかったら
絶対拗ねる。
「それなら、サイトを作る段階になったら私に連絡くれるかしら。
サイトで使うイラストやカット、用意するかしら。」
プロの漫画家さんの絵でサイトを飾る!
そりゃ喉から手が出る程欲しいけど、お値段が、お値段が…
「お仕事だからお代はちゃんと頂くけど、お支払いはお友達価格で、
売り上げが上がってからで構わないかしら。」
だから、ちゃんと準備して欲しいかしら、とその辺は桂華ちゃんもプロ。
しっかりしてる。
「小町ちゃんもしっかり手伝わないといけないかしら。
そもそも、おじさま、こっちで銀行の口座作れないだろうし、
収支の管理や税金のお支払いは小町ちゃんのお仕事になるかしら。」
それにサイトの運営と商品の発送も、と桂華ちゃんは手厳しい。
うっへぇ、でもそりゃそうよねぇ。
私だけ横で見てるって訳には行かないわよね。
いいわ、敏腕管理職の手腕、見せてやろうじゃないの!
「しょうがないわねぇ、やるからにはビッシビッシ行くわよぉ!
おっちゃん、覚悟はいいわねぇ!?」
「うへ、おっかねぇ!
だが、嬢ちゃん達、ありがとう、ありがとうなぁ!」
おっちゃんは気のせいか赤くなった目を擦りながら、
私達に何度もお礼を言うのだった。
…この時の私達はまだ知らない。
後に大量の商品発送と相次ぐ品切れへの対応で地獄を見る事を。
今回はお安いイタリアワイン、
『ペッシェヴィーノ ビアンコ』の紹介でした。
学生の頃、サークルのお仲間とリーズナブルなワインを
楽しんだ時期がありまして、ドイツワインだとリープフラウミルヒ、
イタリアワインだとカルロロッシ辺りが定番だった記憶があります。
ペッシェヴィーノは特徴的な瓶で子供の頃から存在は知っていましたが、
意外にも飲んだ事はなく、今回初めてのテイスティングとなりました。
割と辛口で飲み口は軽く、成程イタリア料理、魚介料理に合わせるのが
良いだろうなぁ、という味わいで、結構美味しく頂けました。
何よりお値段が懐にお優しい!
皆様も是非お試し頂ければ幸いです。
イタ飯屋のモチーフは皆大好きサイゼリヤ。
美術館は所沢の角川武蔵野ミュージアムがモチーフです。
永野護デザイン展の時に初めて行ったのですが、何とも衝撃的な外観でした。
城内はイタ飯並びにイタリアワインをを超応援しております。
スーツなんかも憧れる処であります。
だがイタリア製の工業製品、てめーはダメだ!




