『黒船来航』 カティーサーク プロヒビション
机に向かう小町ちゃん、テーブルに向かうヴァインのおっちゃん。
一つ部屋で黙々と作業する二人の男女、何も起こらぬはずもなく…
今回は、どんな奇天烈な事が起きるのか…!?
カリカリ…カリカリ…
机に向かい、洋書のペーパーバックを片手にノートへ和訳している私は
飲酒盃小町。
先日海外出張して来た際に、マイナーなSF小説を買ってきた。
私はイギリス留学の経験があって、英語なら読み書きも会話も出来る。
日常会話は勿論、結構突っ込んだビジネス会話も出来るから、会社では
便利に使われて、たまに通訳代わりでお偉いさんの出張に同行させられる。
ただねぇ…出来るからって人と話すのは苦手なのよ!
コミュ障舐めんな。
恐ろしい事に、同じくらい英語に堪能な同僚がホイホイ海外出張を
引き受けてたんだけど、結婚して子供が出来たと思ったら奥さん子供を
残して海外へ単身赴任、気が付けば現地の子会社の社長にされてた。
おぉ、怖い怖い。
日本で純粋培養されたヲタクに海外暮らしは無理よ、無理!
で、私はSF小説が好きで色々読むんだけど、マイナー処は
なかなか翻訳されないのよね。
酷い時にはシリーズの途中で翻訳・刊行が止まる。
私が買ってきたのも、そんな一冊。
最終巻の手前で刊行中止になって、続きが気になったまま早幾年。
出張先で最終巻の原書を見つけた時は小躍りして喜んだ。
ただ、原文のままでも読めるけど、どうせなら日本語で読む方が楽は楽。
なもんだから、こういう機会に出張先で本屋巡りをして、目ぼしい本を
買ってきては、ちまちま自分で翻訳して楽しんでる。
公開も出版社への持ち込みもしてない自分用だから、趣味の範囲よね。
そんな私の後ろのテーブルで黙々と何やら工作をしているのは
異世界からやって来たドワーフ、ヴァインのおっちゃん。
前に三浦半島へマグロを食べに行った時、初めて見る海や、大きな船なんかに
ご興味な様子だったのよね。
だから、海外出張のお土産に、ボトルシップ…洋酒の瓶の中で帆船とか作るアレ。
そのキットを買ってきてあげたのだが、
「ほぅ~、瓶の中で模型を作るんか。
瓶そのものも綺麗じゃし、完成した模型も美しい。
面白い事考えるもんじゃのう!」
となかなか気に入ってもらえた様で、タブレットで関連動画を見ながら
試行錯誤している。
「…今日はこんなもんでいいかしらねぇ。」
根を詰め過ぎて眼が疲れてきた私は一つ伸びをした後、目薬を点すと
おっちゃんの方へ向き直った。
「おっちゃんも今日はそれくらいにしたらぁ?
何も一日で完成させる必要はないのよぉ?」
透明な瓶の中にピンセットを突っ込み、器用に動かしていたおっちゃんも
眼をシパシパさせながらこっちを向いた。
「おぉ、もうこんな時間か…今日はこのくらいにしとくかの。」
私はおっちゃんに目薬を放りながら、組み立ての進み具合を眺める。
「あら、随分進んでるみたいねぇ。
でも変な処で失敗すると後戻り出来ないみたいだから、ゆっくり確実に
作るのがいいわぁ。」
「うむ、『急いては事を仕損じる』と言うしの。
慎重に進めておるわい。」
受け取った目薬を点しながらおっちゃんが応えた。
おっちゃんが作っている船の名前は『カティサーク』。
19世紀に造られて、紅茶や羊毛を運んだイギリスの快速帆船だ。
この手のボトルシップでは定番と言っていいんじゃないかしら。
因みに、この帆船の舳先には魔女の像がついてる。
この魔女が身に着けているのが『カティサーク』…
『短い(cutty) シュミーズ(sark)』なのだそうな。
なお、『魔女は流れ水を渡れない』なんて伝承があるのだけど、何で
そんなのを船名にした挙句に舳先に飾ったのか、謎だな、イギリス人。
ブリティッシュジョークは良く分かんないわ。
『モンティパイソン』なんかは好きだけど…
カティサークかぁ。
あ、そう言えば、こないだディスカウントショップで買ったのよね。
黒いボトルの『カティサーク プロヒビション』。
今日はこれ飲んでみましょうかね。
・・・
今日の夕食はバターチキンカレーで「「いただきます!」」
付け合わせに用意したシャキシャキの野菜サラダにはシーチキンを
トッピングして、ドレッシングはイタリアンをチョイス。
もう一品、揚げ豆腐には鰹節と刻んだネギを豪快に乗っけた。
「今日のウイスキーなんだけどねぇ、おっちゃんが作ってる船、
あるでしょぉ?」
「うん?…あの瓶に酒入れるのか?
でもまだ船は完成しとらんぞ?」
いや、ボトルシップの瓶にお酒は入れんて…
「やぁねぇ、そんな事しないわよぉ。
おっちゃんが作ってる船の名前、『カティサーク』って言うんだけどぉ、
今日飲むウイスキーの名前も同じ『カティサーク』なのよぉ?」
「ほう、同じ名前…何か繋がりがあるんかの?」
「えぇ、船の名前がお酒の名前の由来になってるわぁ。
このお酒が出来た頃、イギリスのテムズ川にこの船が来ててねぇ…」
と、私は先に挙げた船の来歴や名前の由来といった蘊蓄をご披露した。
「ほぅ~…『魔女』、のう。」
言うて、向こうじゃ男女に拘わらず、魔法使いは珍しくもないんじゃが、
とおっちゃん。
そうよね、そっちには魔法あるのよね。
魔女だからどうこうって事もないのか。
「…まぁ、そっちではそうなんだろうけど、こっちでは
ちょっと怖い存在だったりもするのよぉ。
で、ノンエイジは鮮やかな緑色の瓶で度数は40度、ハイボールを筆頭に、
何で割っても軽やかでまぁまぁ美味しい軽やかな感じなんだけど、これは
真っ黒の瓶で、50度あるわぁ。」
言いながら、ウイスキーの瓶をテーブルへドン!
「『カティサーク プロヒビション』よぉ。」
おっちゃんはタブレットでノンエイジの画像を開き、テーブルの瓶と見比べる。
「ふむぅ、『のんえいじ』は透明感のある緑なのに、こっちは真っ黒じゃの。
じゃが、ラベルの船はおんなじ…小洒落た帆船が描いてある。
成程、『ぼとるしっぷ』と同じ船じゃわ。」
見比べながら、うんうん頷くおっちゃん。
「この『プロヒビション』なんだけどねぇ、前に『ジャックダニエル』を
飲んだ時に禁酒法のお話ししたでしょぉ?
そのものズバリ、『禁酒法』っていう意味なのよぉ。」
「なんと、また禁酒法か!?」
「お酒の『カティサーク』ってねぇ、禁酒法の時代にイギリスから
アメリカに密輸してたのよぉ。
粗悪な密造酒じゃない『本物のスコッチ』って事で、ギャングに大人気だった
そうよぉ?
で、2015年に禁酒法解禁80周年を記念して、その頃の瓶のデザインや
色をそっくり再現して売り出したのが、この『プロヒビション』って訳。」
「密輸とは驚いたの!
だが、止められたって止まるもんじゃないのが酒ってもんじゃ!」
「そうよねぇ…さぁ、まずはストレートでどうぞぉ?」
テイスティンググラスに注いだ液体は真っ黒な瓶から出てきたとは思えない
綺麗な琥珀色。
二人でグラスを掲げて「「かんぱ~い!」」
「どれ…50度と言う割に、酒精の香りは鼻を突く程でもないのう。
一瞬葡萄かと思うたが、これはオレンジじゃの。
後はバニラやカカオが香るかの…さて、お味は…ほう!
カカオ…いや、チョコレートの苦みと甘さに…これは上等なオレンジと
スパイスの味わいが…スパイシーさにほんのり木炭の様な煙っぽさが
残って、何とも贅沢な余韻が続くわい。」
私もストレートを頂いてみる。
「そうねぇ、度数の割にきつさは感じないわねぇ…
! チョコとオレンジの味が際立ってるわぁ!
スパイシーで力強い余韻も素敵。
デュワーズとは違う方向性でこれも当たりだわぁ。」
一通りストレートを味わって、次はハイボールへ移行。
ワンステアしたジョッキをおっちゃんに手渡した。
「『はいぼぉる』じゃと、香りは落ち着いたかの…どれ、お味は、と…
おぉ!? オレンジじゃ! 瑞々しいオレンジが前面に出て来よる!
…奥の方に微かな煙っぽさが残って、これは独特じゃのう!」
オレンジが入っとる訳でもないのにオレンジの味がする、銘柄毎に
こうも表情が違う、飲み方でも違う顔を見せる、『ういすきぃ』って
不思議じゃのう!とおっちゃんは感想を漏らした。
「カティサーク、オレンジが合うみたいねぇ。
ロックやハイボールにオレンジ絞るとすっごく合うみたい。
買っておくんだったわぁ。」
今更ながらタブレットで情報を浚って、失敗した、と唸る私に、
「なぁに、今夜一本空けてしまう訳でもなし、また次に試せばよかろう。
『ぼとるしっぷ』と同じよ、じっくりと、な?」
ガハハと笑うおっちゃん。
「そうねぇ…一本取られたわぁ。」
そんなおっちゃんに、私も笑って返すのだった。
・・・
数日後、おっちゃんのボトルシップは完成した。
素人目にはなかなかの出来栄えと見えたのだけど…
「嬢ちゃん、申し訳ないが、また『ろぼっと』の『ぷらもでる』、
一つ買って来てくれんかの?
小さいのでいい…いや、小さいのがいいんじゃが…」
あら~?
船はイマイチだったのかな?
今回は海外出張のお土産って事でチョイスしたんだけど、まぁ、船は
向こうにもあるもんだし、やっぱり向こうにはない物の方がおっちゃんの
琴線に触れるのかも。
メカの方がお好みならしょうがない。
おっちゃんがタブレットでご希望の商品を見せてくれる。
ほぅ~ん?
SD…『スーパーデフォルメ』って言われる、例のアニメ作品の
ちんまりしたカッコ可愛いシリーズね。
ある意味ドワーフっぽい体型なのかしら?
このくらいのプロポーションだと親近感があるのかも。
「分かったわぁ、近いうちに時間があったら、買って来るわねぇ。」
「すまんの、よろしく頼むわい。」
なぁに、いいって事よ、気にすんな!
…そう、その時はそう思ったんだ。
・・・
「おぅ~い、嬢ちゃん見てくれ、出来たぞぉい!」
SDのプラモデルを買い与えた数日後、おっちゃんがドタドタと部屋に
やって来た。
あぁ、早速作ったのね。
また凄まじい表面処理でもやらかしたんでしょうねぇ。
どれどれ…
「!?」
何じゃこりゃ…何じゃこりゃ~!?
おっちゃんが自慢げに私に見せびらかしたのは…
凄まじい表面処理を施したSDモデルが、あろう事か、透明なウイスキーの
空き瓶にすっぽりと収まっていた!
「ちょ…何よこれ? 何をどうしたら、このプラモが瓶に入るのよぉ!?」
「驚いたろ?…苦労したんじゃぞ?
一度組んだ『ぷらもでる』を瓶の口を通る大きさに部分部分でカットしてな?
瓶の中で組み直したんじゃ!
カットして再組立てするから、ポーズは変えられないんじゃが、
その分装飾と固定ボーズの付け方には拘ったぞい!」
満面の笑みでフンスするおっちゃん。
すげぇ…パーツの合いが線を引いた様だ…可動ラインが見えない。
じゃなく、どこでカットしたのか分からない。
あぁ、おっちゃん…あんたすげぇよ、凄すぎるわよ!
…誰がこんなオーパーツをこの世に顕現させろと言った!?
驚きと呆れは置いておいて、私は心を無にして写真を撮り、
画像をシャベッターにアップした。
謎の凄腕モデラ―『ワイン樽』氏の新作画像と、それに伴う噂が
再びホビー界隈を賑わせたのは言うまでもない。
…これ、私悪くないわよねぇ!?
今回は『カティーサーク プロヒビション』でした。
『カティサーク』、ノンエイジは一頃どこでも買える、
軽くて飲みよいスコッチ、と言う印象だったのですが、
最近はスーパーやコンビニではなかなか目にしないのです。
ですが近所のドン・キホーテではノンエイジもプロヒビションも
ひょっこり売っておりまして、今回は先日購入したプロヒビションの
レビューとなりました。
カカオ・チョコレート感は小麦由来の穀物感の延長と理解出来なくも
ないのですが、オレンジを、それも強く感じるの不思議な気分です。
『上手に出来たサイレージはオレンジの香り』と言いますが、
その類なのでしょうか。
これ、かなり美味しかったので、ご興味の方は是非お試し下さい。
城内はリサーチが甘く、今回は試せなかったのですが、オレンジを
絞るのも公式がお勧めしておりますので恐らく間違いない美味しさかと。
SF小説の下りですが、邦訳無しならまだしも、途中まで出していた
シリーズが中断してしまうのは、とても悲しいものです。
デイビット・カイルの『Zレンズマン』!
東京〇元社、お前の事だ!!
もう何年待ってるか分かりません。
ペーパーバックで洋書の購入は可能な様ですが、当然、
城内は自分で翻訳など出来ません。
ボトルシップ、ひと昔前は結構高尚な趣味として流行った時期が
あった様に思いますが、現在はどうなのでしょうね?
ガンプラでボトルシップですが、ネットを浚ったら本当にやってる人が
いてビックリだよ!
城内は目を悪くしてプラモデル作りやイラスト・漫画を描くのは
諦めてしまいましたが、その分完成品のふぃぎゃーとかは大好きです。




