番外編 『火の国の娘』 なんじゃかんじゃ(米焼酎)
今回は番外編。
皆でツーリングとしゃれこむ様です。
でもおっちゃん、初めてのバイクは大丈夫?
『マグロ丼が食べたかったなぁ♪』
いや、でもそうでもないかな?
海鮮丼が食べたくもあるし。
そんな気持ちが募ったのかどうかは知らないけど、お友達の
御酒本桜子ちゃんから、次のお休みに三崎でマグロを食べよう、
とお誘いがあった。
同じくお友達の酒匂桂華ちゃんは残念だけどパス、との事。
連載中の漫画の締め切りが近く、修羅場ってるそうだ。
「悔しいけど、今回はむ~り~。
三人で楽しんで来るといいかしら…」
とは桂華ちゃんの言。
そう、三人。
桜子ちゃんと私こと飲酒盃小町、そして異世界から遊びに来る
ドワーフ、ヴァインのおっちゃんの三人で、次のお休みに三崎へ
日帰りツーリングを決行する事と相成った!
因みに、今のところ予報は快晴だけど、雨天の際は中止!
となると、おっちゃんの装備が要るわね。
ヘルメットとグローブ、最低限のプロテクターにシューズくらいでいいかな。
あ、ヘルメットにはインカムも付けなきゃね。
これがあると、道中の会話も出来るし音楽やラジオも聴けるのよ。
諸々準備を整え、当日の朝は私ん家の前の駐車場に集合!
後はその日の朝を待つばかり、だったんだ、だったんだよね。
まさか、その当日の朝に問題が起こるとは見抜けなかった…
この私の目を持ってしても!
・・・
「いやじゃ、いやじゃ!
こんなおっかないもんに乗りとうない、こんな高いとこに座りとうない!!」
ジェットヘルにゴーグル、プロテクター入りの革ジャンで決めた
ワイルドな中年のおっちゃんがいじらしく駄々をこねる姿がそこにあった。
…ちょっと可愛いじゃないか。
それは置いておいて、私も迂闊だったわ。
ドワーフの低身長と足の短さ、そして体重を甘く見てた。
私のバイクは大型のスポーツツアラー、シート高が結構高い。
おっちゃん、バイクによじ登ってリアシートに座ったところで怖気づいて
しまった。
そりゃそうだ、馬車ならともかく、馬に乗るドワーフなんて聞いた事ないし。
そして私もおっちゃんを乗っけた状態で跨ってみて気付いた。
こりゃヤバいかも…
普通に走る分には大丈夫だろうけど、万一急制動とかバランス崩した時、
私の足と腕力で車体を支え切る自信がないわぁ。
今日は来れないけど、桂華ちゃんでも駄目ね。
彼女のマシンはやっぱり大型のアドベンチャータイプ。
舗装路は勿論、砂利道や林道も何のその、道なき道も走れる旅バイク。
そして…私のマシンよりシート高が高い。
私より少し高身長で体格も良いけど、それでも足はつんつんだったから、
おっちゃんを乗っけて走るのは危険が危ないでしょうね。
これは、しょうがないけど中止かなぁ、と思ってたところに
『バルン、バルルルン…』
朝の住宅街に轟くツインエンジンの咆哮。
やって来たのは、言うまでもない、桜子ちゃん。
もう一度『バルン!』と軽くアクセルを煽ってエンジンを止め、
バイクを降りる。
「お早うなのだわ…小町、何揉めてるのかしら?」
妙齢の女性の腰にしがみ付いて、『怖い!降ろして!』と涙に暮れる
髭のおっちゃんと、しがみ付かれて動けない女性。
どんな漫才だ。
「あぁ、桜子、お早う…申し訳ないんだけど、ちょっと今日無理かも。
おっちゃん、バイクのシートが高くて怖がっちゃってぇ…」
「あぁ、そういう…」
得心した桜子ちゃんは自分のバイクに戻り、這う這うの体で私のバイクから
降りたおっちゃんに向かい、シートをポンポンと叩きながら声を掛ける。
「おいちゃん、ロマンスシートに乗りなぁ…
スピードの向こう側を見せてあげるのだわ。」
「…んむ?」
涙の溜まった目をこすりながら、桜子ちゃんのマシンを見やるおっちゃん。
彼女のマシンはこれも大型だけど、クルーザータイプ。
ひと昔前は『アメリカン』と呼ばれてた。
全体としては大きいんだけど、シート高はかなり低め。
桜子ちゃん、背が低いから教習所では足付きの悪さに随分苦労したみたいで、
『買うならクルーザーの一択、足付きは正義なのだわ。』とは彼女の言。
しかも、リアシートには彼女の趣味で『シーシーバー』も付けてある。
これならいけるかな?
おっちゃんは、いそいそとよじ登り、シートに座ってみた。
「あ、地面が近い…これならそんなに怖くない。」
良かった、どうなるかと思ったけど、出発出来そうね。
「おいちゃん、どうしても怖かったら私の腰に手を回すと良いのだわ。
但し…胸に触ったり揉んだりしたら振り落とすから覚悟するのだわ。」
「うむ、気を付けよう。」
どこまで冗談か本気か分からない桜子ちゃんに、真剣な声で返すおっちゃん。
大体桜子ちゃんもプロテクター装備でしょうに、何を言ってるんだか…
インカムの通信状態も良好ね。
最初からひと悶着あってどうなる事かと思ったけど、それじゃあ出発!
・・・
国道16号から1号…通称『イチコク』へ抜けて、目指すは三浦海岸。
ざっくり50kmちょっとだから、混み様も鑑みて、1時間半くらいかな。
お天気は予報通りの快晴、バイクで切る風が心地よい。
「おぉぉ…儂、風を感じちょる、風になっちょる!」
「そうなのだわ、おいちゃんは今、埠頭を渡る風なのだわ。」
「どぅ? バイクも悪くないでしょぉ?」
「人間やエルフが馬に乗る気持ちが解った気がするのう!」
「男は度胸、色々やってみるのだわ。」
取り留めもない会話をしながら走る内に、左手の方向を眺めていた
おっちゃんが訝しむ。
「…しかし、でかい川じゃのう、向こう岸が見えんぞい。」
ぶっ。
私と桜子ちゃんが揃って吹き出す。
「おっちゃん…」
「おいちゃん…」
「「あれが、『海』なのよぉ!/なのだわ!」」
「……」
暫し無言になるおっちゃん、きっと目を丸くしてにこばんでいるんだろう。
「…そうか! これが『海』か、『海』なのか!!」
道路の左手には日の光を跳ね返しながら、見渡す限りの海が広がっていた。
・・・
三浦駅前に到着、バイクを置いて、海鮮料理のお店へ向かう。
おっちゃんは港町が珍しいのだろう、キョロキョロしてる。
道案内は桜子ちゃん。
どうやらブログか動画の取材がてら、私達を誘ったみたい。
桜子ちゃんは雑誌に記事を書く傍ら、自分のブログと動画配信をやってる。
その名も『火の玉サロン』。
小さくて可愛らしいお人形さんみたいな容姿に似合わぬ気風の良い
火の玉ストレートな取材っぷりが人気で、登録者数も伸びてる様だ。
Web掲示板やコメント欄は、彼女を『お姉様』と慕う女性フアンと
彼女を『姐さん』と慕う男性フアンが宮廷の貴婦人みたいな
お嬢様言葉で熱く語り合う、一種異様な雰囲気になってるらしい。
…どんな魔境よ?
と、どうやらお店に着いた様だ。
「ここなのだわ。」
あら、良さそうなお店ねぇ。
「先にご挨拶して来るのだわ。
二人は席を取っててちょうだい。」
桜子ちゃんはトコトコとレジへ向かったので、私達は奥の席へ。
「…取材のお願いをしておりました、御酒本と申します…
…はい、お店の外からの写真と、お料理の写真を数枚…
…店内やお客様は撮りません…はい、はい…ありがとうございます…」
そんな声が聞こえてくる。
「…お待たせなのだわ、注文は決まった?」
と言っても、ここは『海鮮丼のセット』一択だと思うけど、と桜子ちゃん。
「お勧めがあるなら、皆それにしましょうかぁ。
おっちゃん、それでいい?」
「名前だけ言われても分からんからの、嬢ちゃん達のお勧めなら、
それで構わんぞい?」
異存はない様なので、『海鮮丼のセット』を三つご注文。
結果から言えば、大満足だったわ。
さっぱり仕込みの漬けマグロと、とろっとしたネギトロ、釜揚げシラスに
イクラもたっぷりの海鮮丼。
赤身は身がぎゅっと締まってて歯応えもよく、強い旨みで舌が幸せ。
ネギトロは脂の旨みが強くて甘~い。
これにお出汁がたっぷりと出た蟹汁と、ポテトサラダ、ひじきの煮付が
付いて、まぁお得。
おっちゃんも、お寿司とは違う海鮮丼の美味しさに満足のご様子。
食後のお茶で口の中の脂をさっぱりと流して、「「「ご馳走様でした!」」」
お店を出たら魚市場を廻ってお刺身やら干物やら、海産物を買い込んで、
さぁ、家に帰るまでがツーリングよ!
荷物は私のバイクのパニアケースに放り込み、再び二台のバイクに乗った
私達三人は一路横浜を目指して走り出すのだった。
・・・
日の入り前にはお家へ到着!
「桜子、今日は泊まってきなさいよぉ?
晩御飯出すし、折角のお魚でお酒も飲みたいでしょぉ?」
正直、お昼の海鮮丼はバイクでなければビールでも飲みたいくらいだった。
桜子ちゃんもきっと飲みたかったに違いない。
おっちゃんは…まぁ言う迄もないだろう。
「実はそのつもりでね…これを持ってきたのだわ。」
桜子ちゃんはバッグから白いボトルを取り出した。
おっちゃんの目の色が変わる。
「これは…磨りガラスか? 飾り気ないが、面白い表情をしとる。」
「米焼酎…『なんじゃかんじゃ』なのだわ。」
「『しょうちゅう』とな? 『ういすきぃ』ではないんかの?」
「いいのを持って来てくれたわねぇ。
おっちゃん、前にウォッカを飲んだでしょぉ?
焼酎って言うのはあれと同じ、蒸留酒…これも火酒のお仲間ねぇ。
わーくにでは色んな所の焼酎があるんだけど、桜子の地元、熊本のは
『球磨焼酎』って言って、お米の焼酎が有名なのよぉ。」
「まろやかな口当たりなのにキレがあって、美味しいのだわ。
お刺身や魚料理にはウイスキーより合うと思うのだわ。」
「料理に合わせて酒を選ぶ、か…奥が深いというか、面白い考え方じゃのう。」
そんな話をしながら皆で夕食の用意。
ご飯を炊き、刺身や何やをお皿に盛り、大根をおろし、お味噌汁を作り、
テーブルに食器を並べ、さぁ、席について「「「頂きます!」」」
海鮮丼があんまり美味しかったから、マグロの切り落としや漬けは
当然買ってきた。
後は干物に、お味噌汁に入れたアオサ、そして『まぐろ酒盗』!
まぁ塩辛なんだけど、日本酒や焼酎には最高のお摘みよね!
桜子ちゃんは皆の分のロックグラスに氷を入れて、焼酎を注いでる。
「さぁ、おいちゃん、お試しなのだわ。」
「ほぅ~、まるで水の様に澄んどる…うっすら花の様な香り立ち…」
「ちょっと酒盗を摘まんでから飲むと味が引き立つわよぉ?」
「そういうもんか、では…おぅ、しょっぱい!
しょっぱいがコクがあって後を引く味じゃのう、ここで酒を…」
おちゃんは言いながらグラスを傾け、ぐびりと一口飲んだ。
「! 清水じゃ! 口当たりは柔らかい清水そのものじゃが、喉から腹に
降りてゆくのは間違いなく酒じゃないか…これが『しょうちゅう』か…」
「で、焼酎を流し込んで、酒盗の後味がさっぱりしたでしょう?
そしたらまた、酒盗に手が伸びるのだわ。」
「むぅ…『しゅとう』に『しょうちゅう』に、また『しゅとう』に…
こりゃ手が止まらんわい!」
ドワーフ式永久機関の誕生である。
「『酒盗』って、読んで字の如く、『酒泥棒』なのよねぇ。
ホントに美味しくて、手が止まらなくなるわぁ。」
「まったく、けしからん! けしからんのう!」
おっちゃんも口調とは裏腹にお酒にご飯にと大忙しだ。
おっと、この食いしん坊に根こそぎやられる前に、私達も食べなくちゃ…
・・・
粗方ご飯を食べ終わり、干物を齧りながら焼酎を頂く至福の時間。
「馴染んでくると、清水の清らかさに馥郁な酒の旨味が感じられるのう。
同じ蒸留酒と言いながら、これ程違いがあるもんなんか…」
おっちゃんはロックを飲りながら、いたく感心した様子で一人ごちる。
こちらもおっちゃんを眺めつつロックを傾けていた桜子ちゃんが、
何やら思いついた様子で台所へ向かう。
「…小町、梅漬けあったわよね?
ちょっとお湯沸かしてくるのだわ。」
梅漬け…桜子ちゃん、まさかやるのね!? 今ここで!!
程なくポットとジョッキ、梅漬けのタッパーを持って桜子ちゃんが戻って来た。
「おいちゃんに、美味い焼酎の飲み方を教えてあげるのだわ。」
何が始まるのか、とおいちゃんは興味津々。
少年の様な眼差しで桜子ちゃんの手元に集中してる。
桜子ちゃんはジョッキに梅漬けを落とし、焼酎を注ぐ。
続けてお湯をなみなみと注ぎ、お箸で梅漬けを潰す!潰す!潰す!
ワンステアして、ジョッキをおっちゃんに差し出した。
「こぃは、美味かとよぉ?」
にへらっと笑って告げる桜子ちゃん。
あ、お国訛りが出てる、結構酔ってるな?
普段はクールビューティな桜子ちゃん。
酔った姿やお国訛りはよほど気を許した間柄でないと出てこない。
おっちゃん、良かったな。
彼女の中では親友認定レベルだぞ?
「…まぁ、見た目やお行儀は良くないし、あんまり身体に良い飲み方でも
ないんだけど、これ、美味しいのよねぇ。」
焼酎のお湯割り、梅漬け和え。
アルコールと塩分のダブルアタックで、身体に良い訳はないんだけど、
美味しいんだからしょうがない。
「嬢ちゃん達から勧められて、不味かったもんなどないからの。
そこは信用しとるわい。どれ…
ほぉ~、流石に温まると酒精が立ち昇って来るの…
ふむぅ、すっぱみとしょっぱみが同居して、米由来の旨味も合わさって…
原料由来の旨味を残すのが火酒や『うぉっか』との違いかのう。」
「そうねぇ、米・麦・芋・蕎麦…それぞれの旨味が感じられるのが
わーくにの焼酎の面白さ、かしらねぇ。」
「私も焼酎は米ばっかりじゃなく、芋焼酎も好きなのだわ。」
「ほ~ぅ、色々あるんじゃのう…また違ったのも飲んでみたいわい。」
「あ、焼酎、余る様なら『割り水』がお勧めなのだわ。」
「『割り水』とな?」
「水と焼酎、一対一で割って、冷蔵庫で2~3日馴染ませる、だったかしらぁ?」
「それでOKなのだわ。
まろやかさとすっきり感が相まって最強に見えるのだわ。」
「そんなのがあるのか…嬢ちゃん達は、いったい儂をどこまで喜ばせれば
気が済むんじゃ…」
お酒や、おっちゃんが初めて乗ったバイクの感想に花を咲かせながら、
宅飲みの夜は更けて行った。
・・・
『…ツーリング、随分とお愉しかったみたいかしら…』
電話の主は桂華ちゃん。
桜子ちゃんのブログや動画を見て、今更ながら参加出来なかったのが
悔しかったみたい。
だって貴女、締め切りだって自分でパスしたんだから、しょうがないじゃない?
後、桜子ちゃんがおっちゃんとタンデムしたのも悔しいっぽい。
何事も拾って漫画のネタにする彼女としては、美味しいネタを逃した、
って思いが強いんだろうなぁ。
『次は絶対私も参加するかしら! 首を洗って待ってるがいいかしら~!!』
はいはい。
スケジュール調整は、自己責任でお願い致します。
でも、おっちゃんは桂華ちゃんとタンデムはしないと思うわよ?
だって、シートの高いバイクはおっかないんだもん。
今回は日本が世界に誇る、『焼酎』の回でした。
城内自身は焼酎の原料にはそこまでこだわりませんが、
敢えて言えば『霧島』『一刻者』『赤兎馬』といった
芋焼酎が好みです。
今回の『なんじゃかんじゃ』はとても口当たりが良くて飲みやすいのと、
桜子ちゃんのパーソナリティを構築するに当たり、『火の国の女』という
昔の唄から着想を得て、熊本出身にした事から焼酎回やるなら球磨焼酎かなぁ、
と思ったのがチョイスの理由です。
『割り水』は焼酎が飲み切れなかった時にやると色々捗るので、
是非お試しあれ。
城内は産地や原料を問わず、焼酎が大好きです。




