第8話 不足
ルカとともにダンジョンへ潜ったエインは、前に訪れたときとの違いを感じながら、長い通路を進んでいた。
魔物の数は多い。こちらを見つければ襲ってくるものもいるが、ルカが近くにいると妙に距離を取る魔物もいた。以前に見た、飢えに追われるような様子もない。
「前に来たときと魔物の動きが違うな」
そう声をかけても、ルカは答えない。ただ、ときおり後ろを振り返っては、エインがついてきていることを確かめるようにして先へ進んでいく。
「こっちで合ってるのですか?」
問いかけると、ルカは少し先まで進んでから振り返った。そしてエインが追いつくのを待つように立ち止まり、再び歩き出す。
その動きは何度も繰り返された。
どうやら、ルカには進むべき場所が分かっているらしい。
エインはそれ以上問いかけず、その後を追った。
階層を下りるにつれて、周囲の魔力が濃くなっていく。壁に埋まった鉱石から漏れていた淡い光も次第に少なくなり、代わりに足元から重い感覚が伝わってくるようになった。
やがて、最深部へ続く通路を抜ける。
エインはそこで足を止めた。
目の前に広がっていたのは、これまでの階層とは明らかに異なる空間だった。壁も床も自然にできたものとは思えないほど滑らかで、その中央には巨大な塊が鎮座している。
石にも見える。
だが、石ではない。
その表面を流れる光は、これまで見てきた魔力の流れとは明らかに違っていた。周囲の魔力を吸い寄せるように集めながら、同時にダンジョンの奥へ送り出している。
エインはゆっくりと近づき、手を伸ばした。
触れる直前で止める。
「……これですか」
何が、とまでは言わなかった。
それでも、ここまで来れば分かる。
ダンジョンの各所で感じていた魔力の流れが、すべてこの場所へつながっている。
エインはその場にしゃがみ込み、床へ目を落とした。魔力の流れを追い、壁へ視線を移し、再び中央の塊を見る。
「ダンジョンがこれを作ったのか。それとも、これがあるからダンジョンができたのか……」
答えは出なかった。
さらに調べていくうち、エインは別のものに気づいた。
これまで魔物の身体から感じていた、あの奇妙な魔力。それと同じものが、この塊から流れ出している。
魔物の身体に残っていた異常も、行動の変化も、もしかするとこれが原因なのかもしれない。
だが、エインはすぐには結論を出さなかった。
原因らしきものが見つかったからといって、それを壊していい理由にはならない。
エインは核と思われる塊から少し離れ、周囲を見渡した。
壊した場合、何が起こるのか。
ダンジョンが消えるのか。魔力の流れが止まるだけなのか。それとも、溜まっている魔力が一気に外へ流れ出すのか。
そもそも、これが本当に魔物を変えているのかさえ、まだ確かめきれていない。
「情報が足りないな」
剣には手をかけなかった。
原因を取り除くための方法を考えることならできる。
だが今回は、取り除いた結果が分からない。
それだけで、エインにとっては十分だった。
もう一度、核へ近づこうとした、そのときだった。
背後で、何かが倒れる音がした。
振り返ると、ルカが膝をついていた。
「ルカ?」
呼びかけても、顔を上げない。
肩が大きく震えている。
エインがすぐに駆け寄った、その瞬間だった。
ルカが跳ね起きた。
咄嗟に身を引く。目の前を爪が通り過ぎ、床が大きく抉られた。
「……どうしましたか?」
返事はない。
低い唸り声を上げながら、ルカが再び飛びかかってくる。
エインは身体を捻ってかわした。
攻撃は速い。だが、これまでのルカとは明らかに違っていた。
動きが荒い。
力任せで、周囲を見る余裕もない。
まるで何かに追い立てられているようだった。
エインは距離を取りながら、ルカの目を見る。
そこにあるものが、動きとは噛み合っていなかった。
怒っているわけではない。
殺そうとしているわけでもない。
怯えている。
苦しんでいる。
そして、その奥には――何かを訴えるようなものがあった。
「……助けてほしいですか?」
ルカの動きが、一瞬だけ止まった。
その目が、エインを捉える。
けれど次の瞬間には、また襲いかかってきた。
エインはその攻撃を受け止めた。爪を避け、腕を取り、勢いを利用して身体を床へ倒す。それでもルカはすぐに起き上がろうとした。
「すみません、少しだけ我慢してください」
力を込め、腕と脚の動きを封じる。
殺すつもりはない。
傷つけるつもりもない。
ただ、これ以上ルカ自身が傷つかないようにする。
ルカはなおも暴れ続けた。
エインは押さえ込みながら、何度もその目を見る。
やはり同じだった。
身体は攻撃している。
けれど、目は違う。
何かを訴え続けている。
エインはゆっくりと息を吐き、視線だけを動かした。
中央にある核。
そして、目の前で苦しんでいるルカ。
エインは二つを交互に見た。
「……あなたが苦しんでいる理由も、これが何なのかも、まだ分からない」
ルカの身体が、わずかに震えた。
「だから、今は壊さない」
核に手を出すことはしない。
分からないものを、分からないまま壊すことはできない。
けれど、ルカをこのままにしておくこともできなかった。
エインは拘束したまま、静かに言った。
「まずは、あなたをどうにかします」
その言葉が届いたのかは分からない。
それでもルカは、ほんの少しだけ抵抗を弱めた。
エインは、その目を見つめた。
そこにはまだ、助けを求める光が残っていた。




