第45話 防衛
机の上に広げた地図を前に、エインとアレシアは向かい合っていた。
「まず、王国内の防護から決めよう」
アレシアが王都を囲む防護壁の内側を指した。
「第一期生と第零期生。それからルカとリナ。ここはこの四つに任せる」
「王国内まで敵を入れないことが前提なら、ここに大きな戦力を割く必要はありませんね」
「そう。ここは戦う場所じゃなくて、最後に何かあったときのための場所だ」
「第一期生と第零期生だけでも、役割を決めておけば十分対応できると思います。ルカとリナも、二人で一組として動かしたほうがいいでしょう」
「うん。そこはそれでいい」
アレシアは指を防護壁の外側へ移した。
「問題は、その手前だ」
「防護壁までの最終防衛ラインですね」
「ここを第一陣にする」
「誰を置きますか?」
「レイとヴィタ。それとレイシアの魔物軍団」
エインは少し考えた。
「魔物軍団をここに置く理由は、数ですか?」
「それが一番大きい。敵の数が分からない以上、少ない人数で正面から受けるより、広い範囲を数で埋めたほうがいい」
「それなら、魔物軍団には敵を倒すことより、周囲の警戒もさせたほうがいいですね」
「そう。敵の進行方向が分かれば、前線にも伝えられる」
「第一陣は、敵を完全に止めることを目的にしない」
「うん。ここまで来られた時点で、前の陣が押し切られてるってことだからな」
「なら、ここでは時間を稼ぐことを優先しましょう。第一陣が耐えている間に、第五陣から戦力を戻せるようにする」
「そう考えてる」
アレシアは第一陣の位置を決めると、そのまま一つ外側へ移った。
「次は第二陣」
「軍の後衛ですね」
「ノエンに取り仕切ってもらう」
エインは地図を覗き込む。
「ここは第一陣とは役割を分けたほうがいいですね。第一陣が数で受けるなら、第二陣は魔法で敵そのものを近づけない」
「そう。敵を見てから一体ずつ倒してたら遅い。まとまって来るなら、まとまっているうちに削る」
「ただ、魔力を使いすぎると後がなくなります」
「だから、殲滅じゃなくて阻む」
「敵の進行速度を落として、できるだけ第三陣まで抜かせない」
「そういうこと」
エインは少し考えた。
「第二陣が突破された場合、第一陣へ直接敵が流れ込む形になりますね」
「だから、その前に第三陣で止める」
アレシアはさらに外側へ駒を置いた。
「第三陣はアイン。軍の前衛と中衛」
「ここを実際の戦闘の中心にするんですね」
「うん。第二陣が魔法で削って、それでも抜けてきた敵をここで抑える」
「それなら、第三陣は敵を倒すことだけを考えるより、敵の進行を止めることを優先したほうがいい」
「第五陣が前に出るなら、第三陣まで押し込まれる前に戻ってこられる可能性もある」
「そうですね。第三陣を維持できれば、第二陣も立て直せます」
「アインなら、ここで押し返せる」
アレシアは第三陣の駒を置いた。
そして、そのさらに外側へ目を向ける。
「第四陣」
「セドリックですね」
「そう。一人」
「やっぱり一人ですか」
「何人か前衛を置こうとはした」
「でも断られた」
「うん」
アレシアは呆れたように息を吐いた。
「味方がいないほうが仕掛けを使いやすいんだと」
「それなら、無理に人を置かないほうがいいですね」
「私もそう思う。仕掛けを使うたびに味方の位置を気にしてたら、セドリックの強みが消える」
「敵が第四陣まで来たときに、セドリックが自由に仕掛けを使えることを優先する」
「そう」
「ただ、第四陣を最後の防衛線にはしないほうがいいですね」
「どうして?」
「セドリック一人だからです。敵の数が多かった場合、仕掛けを突破された時点で、そのまま第五陣へ流れてしまう」
「なら、第四陣は最初から長時間戦う場所として考えない」
「はい。第五陣から第三陣へ抜けてくる敵を減らすための場所、と考えたほうがいいと思います」
「それでいい」
アレシアは最後の駒を手に取った。
地図の最も外側。
敵が来る方向へ置く。
「第五陣」
「最前線ですね」
「ここが一番の肝になる」
アレシアは第五陣の周囲を指でなぞった。
「敵を侵入させない。それは当然。でも、ここでは待たない」
「先に攻撃する?」
「そう。敵が前線を作る前にこっちから崩す」
「敵がこちらに向かってくるのを待ってしまうと、数を揃えられる可能性がありますね」
「だから、敵が集まりきる前に叩く」
エインは第五陣の幅を見る。
「ただ、前へ出すぎると危険です。第五陣が敵の中へ入り込んでしまえば、後ろの陣との連携が切れます」
「そこはガルドに任せる」
「前衛で正面を押さえて、後ろに中衛と後衛を置く」
「うん。規模を縮小した軍を作る」
「大きく広げるのではなく、ガルドを中心に一つの戦線として維持するんですね」
「そう。敵を押し返すことはする。でも、追いすぎない」
「戦線を維持できる範囲で先手を取り続ける」
「それが第五陣の役割だ」
エインは頷いた。
「それなら、遊撃隊は第五陣の戦線を基準に動かしたほうがいいですね」
「そう思う」
アレシアが第五陣の左右に印をつける。
「遊撃隊は二班。エインとアインが声をかけた旧友たちを分ける」
「一班ずつ左右に?」
「最初はそう。ただ、固定はしない」
「敵の動きに合わせて変える?」
「うん。ガルドが正面を維持しているなら、敵の意識はそこに集まる。なら、その後ろや横を叩く」
「敵が側面を警戒し始めたら?」
「反対側へ回る」
「上下へ動けるなら、そこも使う」
「そう。遊撃隊は場所を守るための部隊じゃない。敵の戦力が薄いところを探して、そこを壊す」
エインは第五陣と遊撃隊の位置を見比べた。
「ガルドたちが正面で敵を引きつける。その間に遊撃隊が後ろや横、場合によっては上下から攻撃する」
「それで敵の前線を崩す」
「敵が遊撃隊を警戒して戦力を分ければ、今度はガルドたちが押し込める」
「うん」
「逆に、敵が第五陣へ集中してきたら、遊撃隊が動きやすくなる」
「だから二つを組み合わせる」
アレシアは地図を見下ろした。
「これなら、ただ五つの壁を作るよりは戦える」
「はい」
エインも地図全体を見る。
王国内。
防護壁。
第一陣、第二陣、第三陣、第四陣、第五陣。
その先には、敵がいる。
「ただ……」
「分かってる」
アレシアが先に言った。
「敵のことが分からない」
「はい」
「数も、強さも、どんな攻撃をしてくるかも分からない」
「そうなると、どこを厚くするべきか判断できません」
「第五陣を厚くして最前線を固めるのか、それとも第三陣以降に戦力を残すのか」
「第五陣が強ければ、後ろの陣はほとんど必要なくなる可能性があります。逆に第五陣で止められない相手なら、第四陣以降を厚くしておくべきです」
「でも、今はそれを判断する材料がない」
「はい」
エインは第五陣の駒を見た。
「敵がこちらの想定より弱ければ、戦力を分散させすぎることになります」
「強ければ?」
「第五陣が崩れる可能性が高くなります」
「だったら、最初から第五陣を厚くする?」
「それも危険です」
エインは首を横に振った。
「第五陣に戦力を集めすぎれば、そこが崩れたときに後ろが薄くなります。敵がどこまで来るか分からない以上、一つの陣に賭けるのは避けたいです」
「じゃあ、均等にする?」
「それも違います」
「どうして?」
「それぞれの役割が違うからです。第二陣は魔法、第三陣は正面での防衛、第四陣は仕掛け、第五陣は攻撃。必要な戦力が同じではありません」
アレシアは黙って地図を見た。
「……結局、敵を知らないと決めきれないか」
「はい。準備はできます。でも、これが最善かどうかは判断できません」
しばらく二人の間に沈黙が落ちた。
アレシアが地図を見たまま口を開く。
「レイに聞こう」
「僕もそう考えていました」
「少なくとも、私たちが知らないことを知ってる可能性はある」
「はい。敵について何か知っているなら、それだけでも配置を変える理由になります」
「知らなかったとしても、今の布陣を見てもらえばいい」
「第三者に見てもらうだけでも、僕たちが見落としている部分があるかもしれません」
アレシアは地図を畳んだ。
「じゃあ、行こう」
「はい」
二人は立ち上がった。
五つの陣は、ひとまず決まった。
王国側に第一陣。
敵側に第五陣。
その間に、それぞれ異なる役割を持つ三つの陣を置く。
あとは、この配置が本当に敵を止められるのか。
その答えを知るために、二人はレイのもとへ向かった。




