第46話 限定
エインとアレシアは、レイの前に一枚の紙を広げていた。
紙には、先ほど二人で決めた布陣が書かれている。
敵側から第五陣、第四陣、第三陣、第二陣、第一陣。その先に王都の防護壁があり、防護壁の内側には第一期生と零期生、そしてルカとリナを置く。
第五陣にはガルドを中心とした前衛、中衛、後衛。
第四陣にはセドリック。
第三陣にはアインと軍の前衛、中衛。
第二陣には軍の後衛を中心に、ノエン。
第一陣にはレイ、ヴィタ、そしてレイシアが率いる魔物の軍団。
さらに第五陣と共に動く遊撃隊。
敵が第五陣へ到達する前にできるだけ数を減らし、第五陣で進行を止める。そこで突破された場合は第四陣、第三陣、第二陣、第一陣と順番に対応する。
それでも抜けてきた敵がいた場合に備え、防護壁の内側にも戦力を残しておく。
考えられる限りのことを考えて作った布陣だった。
エインは紙の上を指でなぞりながら、レイに説明していく。
「僕たちが考えているのは、この形です。第五陣を最前線にして、ガルドさんを中心に前衛、中衛、後衛を置きます。ただ受け止めるのではなく、こちらから攻撃を仕掛けて、できるだけ敵を前へ進ませないことを目的にします」
「第五陣が押し切られた場合は?」
「第四陣へ敵を流します」
「セドリック一人に?」
「はい」
アレシアが横から口を挟んだ。
「第四陣は普通に戦う場所じゃない。敵の進路を妨害するための場所だ。セドリックなら、味方を巻き込む心配が少ない分、罠や仕掛けを使いやすい」
「なるほど」
レイが頷く。
「その次が第三陣です」
エインが指を移した。
「アインと軍の前衛、中衛を置きます。第五陣で止めきれなかった敵をここで受けます。ただ、ここでも敵を全滅させることを目的にはしません。第二陣へ近づけないことを優先します」
「第二陣は?」
「軍の後衛を中心に、ノエンさんに魔法を使ってもらいます。前の陣で敵の数や位置をある程度絞れれば、魔法も集中させやすくなると思っています」
「そして第一陣か」
「はい」
エインは第一陣を指した。
「ここにはレイさん、ヴィタさん、レイシアさんの魔物軍団です。もしここまで抜けられた場合は、魔物軍団の数を使って敵の進行を止めてもらいます。その間に、前の陣が戻る時間を作ります」
「防護壁の内側には?」
「第一期生と零期生、それからルカとリナです」
「戦わせるつもりか?」
「できれば戦わせたくありません」
エインは防護壁の内側を指した。
「ここまで敵を入れないのが前提です。ただ、万が一入られた場合に、何もできない状態にしておくのは危険ですから」
レイはしばらく黙って紙を見ていた。
視線が第五陣から第四陣、第三陣、第二陣、第一陣へと移っていく。
やがて、レイは紙の上に指を置いた。
「布陣としては悪くない」
アレシアが少し身を乗り出す。
「本当に?」
「ああ。敵の侵攻を遅らせるという目的なら、十分に意味がある。前から順番に戦力をぶつけるのではなく、複数の場所で敵の動きを止める。どこかが崩れても、後ろに別の陣がある」
「なら、これでいける?」
「ただし、敵を倒しきれるかは別だ」
エインは黙ってレイを見る。
「……火力ですか?」
「そうだ」
レイは即答した。
「圧倒的に足りない」
エインは紙へ視線を落とした。
自分でも、それは分かっていた。
人数は限られている。
敵の数も正確には分からない。
竜や幻獣がどれほどの力を持っているのかも分からない。
そのうえ、死霊までいる。
「この布陣なら、竜や幻獣の侵攻を遅らせることはできるだろう」
レイが続けた。
「だが、敵を倒す速度が足りない。止めても、倒せなければまた進んでくる」
「死霊も、ですか?」
「ああ」
レイの視線がエインに向く。
「死霊は術者を殺さなければ完全には止まらない」
アレシアが眉を寄せた。
「倒しても?」
「一時的には止まる。だが、しばらくすればまた命令の通りに動き出す」
「つまり、前線で死霊を倒し続けても、術者が生きている限り終わらない」
「そういうことだ」
「なら、死霊を相手にするだけでこっちの戦力が削られる」
「その通りだ」
アレシアは腕を組んだ。
「術者を探して殺すしかない?」
「それができれば早い」
「でも、どこにいるか分からない」
「そうだ」
「死霊の中に隠れている可能性もある?」
「あるだろうな」
アレシアは顔をしかめる。
「……面倒だ」
「だからこそ、火力が必要になる」
エインが聞く。
「火力を増やす方法はありますか?」
「単純な話なら二つだ」
レイが指を二本立てた。
「人数を増やすか、一人あたりの出力を上げる」
「人数を増やすのは難しいですね」
エインが答えた。
「今から大幅に増やすのは間に合いません」
「そうだな」
「一人あたりの出力を上げるほうも、同じです」
アレシアが続ける。
「訓練を始めたばかりの兵士を、あと数日で大幅に強くするなんて無理だ」
「そうだ」
レイは二人を見る。
「だから、今ある戦力でどうするかを考えるしかない」
アレシアが紙を見る。
「……なら、敵の数を減らすんじゃなくて、敵が来る場所を減らす」
「そうだ」
レイが頷いた。
「敵にルートを限定させろ。進める場所を減らし、そこへ戦力を集中させる」
エインは紙の上に並んだ陣を見る。
「敵が来る場所をこちらで選ぶ、ということですね」
「正確には、敵が選べる場所をこちらで減らす」
「全部を塞ぐわけではない?」
「全部を塞げば、こちらもそこを守る必要がなくなる」
レイは第五陣を指した。
「敵が一つの場所へしか進めないなら、そこへ戦力を集めればいい。だが、そこを完全に塞いでしまえば、敵は別の場所を探す。ならば、通れる場所を一つ残し、それ以外を通りにくくする」
「通れる場所をわざと作る?」
「そうだ」
アレシアが紙に線を引いた。
「例えば、この辺りを通れるようにして、他を塞ぐ」
「その場合、敵が本当にそこを通るかが問題ですね」
「通りやすければ選ぶだろ」
「地上の敵なら、可能性は高いと思います」
「竜は?」
その一言で、二人の手が止まった。
「……飛びます」
エインが答える。
「そうなんだよ」
アレシアが紙を見つめる。
「地上の道を一つにしても、竜は関係ない」
「はい」
「ここを塞いでも飛び越える」
「そうですね」
「ここも塞いでも?」
「飛べます」
「じゃあ、こっちも?」
「飛べます」
「……全部飛べるじゃないか」
「はい」
アレシアが頭を抱える。
「地上なら道を作れる。壁も置ける。罠も仕掛けられる。でも空はどうする?」
「空を塞ぐ方法を考える必要があります」
「魔法で?」
「広すぎます」
「ノエンなら?」
「一人で維持するのは難しいと思います」
「複数人なら?」
「敵がいつ来るか分かりません。長時間維持するなら、今度はそちらに魔力を使うことになります」
「それじゃあ、火力不足がもっと酷くなる」
「はい」
アレシアは線を消した。
「だったら、空を全部塞ぐ必要はない」
エインが顔を上げる。
「どういうことですか?」
「竜が通る場所を一つにするんじゃなくて、通られたら困る場所だけを減らす」
「……防護壁の上を?」
「そう」
「そこを塞ぐだけなら、範囲はかなり狭くできます」
「でも、そこまで飛ばれてしまったら遅い」
「そうですね」
エインは考え込んだ。
「もっと手前で、竜が進みにくい場所を作る必要があります」
「でも、竜は飛ぶ」
「はい」
「じゃあ、空中に道を作る?」
「道……」
エインは紙を見た。
「空中に、通りやすい場所と通りにくい場所を作る」
「どうやって?」
「それが分かりません」
「だよな」
アレシアがため息をついた。
地上なら簡単に考えられる。
道を狭めればいい。
障害物を置けばいい。
敵が避けたくなる場所を作ればいい。
だが、空には地面がない。
竜にとっては、地上に引いた線など意味がない。
「……竜の動きが分かれば」
エインが呟いた。
「何が?」
「竜がどこを避けて、どこを選ぶのか。それが分かれば、そこから逆算できます」
「でも、今まで竜と戦った経験なんてない」
「僕たちにはありません」
「レイなら?」
二人の視線がレイへ向いた。
レイは少し考えてから答えた。
「竜にも種類がある。全てが同じ動きをするわけではない」
「つまり、一つの方法で全部を誘導するのは難しい?」
「難しいだろう」
「じゃあ、竜を誘導すること自体が無理なのか?」
「そうとも限らない」
「どういうこと?」
「飛べるからといって、どこでも同じように飛ぶわけではない」
エインが聞き返す。
「竜にも、避ける場所や選ぶ場所がある?」
「あるだろう」
「それは、何で決まりますか?」
「種類による」
「……」
エインは黙った。
情報が足りない。
それは、これまでと同じだった。
敵のことを知らない。
だから、こちらがどれだけ細かく布陣を考えても、確実な答えにはならない。
「なら、最初から一つに決めるのは危険ですね」
「どういう意味?」
アレシアが聞く。
「敵が想定通りに動くことを前提にすると、外れた瞬間に布陣そのものが崩れます」
「じゃあ、どうする?」
「最初の段階では、敵の動きを見る余裕を作ります」
「戦いながら?」
「はい」
アレシアが眉を寄せる。
「敵を見ている間に、こっちがやられない?」
「だから、五つの陣を使います」
エインは第五陣を指した。
「最初から敵を倒しきろうとしません。第五陣で敵を止めながら、どこへ向かおうとしているのかを確認します」
次に第四陣を指す。
「第五陣だけでは対応できない方向へ進もうとしたら、第四陣で進路を妨害します」
第三陣、第二陣、第一陣へと指を移す。
「それでも抜けた場合は、後ろの陣で時間を稼ぎます。その間に、敵の動きから次の判断をします」
「つまり、最初の布陣を完成形にしない」
「はい」
「敵を見て、変える」
「そうです」
アレシアは少し考えた。
「それなら、最初から戦力を分散させすぎないほうがいい」
「僕もそう思います」
「第五陣に主力を置く」
「はい」
「第四陣は最低限。セドリックに任せる」
「はい」
「第三陣も必要以上には増やさない」
「そうですね」
「第二陣は魔法を集中させるために、後衛をまとめる」
「はい」
「第一陣は最後の時間稼ぎ」
「その通りです」
「だったら、遊撃隊も第五陣の近くに置いておいたほうがいい」
「はい」
「敵がどちらへ流れるか分からないから、最初から分けて配置しない」
「そうします」
アレシアは頷いた。
「敵が右へ行ったら右へ。左へ行ったら左へ」
「はい。ただ、全部を追う必要はありません」
「どういうこと?」
「危険度の高いほうを優先します」
「敵の数が多いほう?」
「それだけではありません。防護壁までの距離と、進む速度も見ます」
「なるほど」
「例えば、敵が多くても遠くて遅いなら、すぐには対応しなくてもいい。逆に、少数でも防護壁へ向かう速度が速いなら、そちらを優先します」
「数だけ見ない」
「はい」
アレシアは紙に小さく書き込んだ。
「距離、数、速度」
「それと、敵の種類です」
「竜や幻獣、死霊か」
「はい。敵によって、止め方が違いますから」
「死霊なら術者を探す」
「ただ、最初から術者を探しに戦力を割くのは危険です」
「じゃあ、まず止める」
「はい。止めながら、術者の位置を探します」
「術者が見つかったら?」
「その時点で、遊撃隊を向かわせるか判断します」
「第五陣の主力を動かすんじゃなくて?」
「できれば動かしたくありません」
「主力を動かすと、そこが薄くなる」
「はい」
アレシアが頷く。
「そう考えると、遊撃隊の役割はかなり重要だな」
「はい」
「でも、遊撃隊だけで術者を倒せる?」
「状況次第です」
「そこも敵を見て決める」
「そうです」
レイが二人の話を聞きながら、静かに口を開いた。
「今の話なら、最初から勝とうとしないほうがいい」
エインがレイを見る。
「……どういう意味ですか?」
「敵の数も力も分からない。ならば、最初の戦いで全てを決めようとするな」
「情報を取る?」
「ああ」
「でも、戦いながら情報を取るのは危険です」
「だから、後ろに陣を置いているんだろう」
エインは紙を見る。
五つの陣。
これまでは、それぞれが別々の防衛線だと思っていた。
だが、考え方を変えれば違う。
敵の動きを見ながら、使う場所を変えるための余裕でもある。
「……分かりました」
「何が?」
「この布陣を、固定された五つの壁として考えないようにします」
アレシアを見る。
「敵の動きによって、使う陣を変える」
「うん」
「敵が一か所へ集中したら、こちらも集中する」
「うん」
「敵が分散したら、危険度の高い場所を優先する」
「そう」
「そして、できるだけ敵が一か所へ集まるように、地上の進路を調整する」
「そこはまだ方法が決まってない」
「はい」
エインは紙に視線を落とした。
「特に竜です」
「空をどうするか」
「はい」
「……ここが一番難しいな」
アレシアが腕を組む。
「地上なら、道を塞ぐ。罠を置く。敵が通りやすい場所を作る。それである程度は誘導できる。でも竜は空を飛ぶ」
「はい」
「しかも、どんな竜なのかも分からない」
「はい」
「幻獣だって同じだ」
「そうですね」
「だったら、敵が来てから判断するしかない?」
エインはしばらく考えた。
「……それだけでは遅いと思います」
「じゃあ?」
「敵が来る前に、いくつかの条件を用意しておきます」
「条件?」
「敵がここを通れば、こちらが対応しやすい。別の場所を通れば、こちらが遅らせる。その二つを最初から作っておくんです」
「敵がどこへ行っても対応できるようにする?」
「違います」
エインは首を振った。
「全部に対応するのではなく、どちらへ行っても、最終的にはこちらが対応しやすい場所へ流れるようにするんです」
アレシアは黙って考えた。
「……敵が選んだ道の先に、別の道を用意しておく?」
「はい」
「一回で誘導するんじゃなくて、何段階かに分ける」
「そうです」
「地上ならできそうだ」
「空も同じ考え方が使えるかもしれません」
「どうやって?」
「まだ分かりません」
「そこは分からないのか」
「はい」
アレシアは呆れたように笑った。
「でも、今はそれでいいか」
「はい。分からないなら、分からないままにしません」
エインは新しい紙を一枚取り出した。
「まず、地上のルートを決めましょう」
「三つくらい?」
「最初は三つでいいと思います」
「一つを主ルートにして、残り二つは通りにくくする」
「はい」
「でも、完全には塞がない」
「はい」
「敵がそちらへ進んだ場合は、第五陣の一部ではなく、第四陣や遊撃隊で時間を稼ぐ」
「そのほうが主力を動かさずに済みます」
「そして、敵が主ルートへ集まったら、第五陣と遊撃隊を集中させる」
「はい」
「第三陣は?」
「第五陣が止めている間は待機です」
「敵が抜けたら動く」
「そうです」
「第二陣も同じ?」
「はい。魔法を撃てる状況になってから使います」
「最初から撃たない?」
「敵が散らばっている状態で撃てば、魔力を分散させることになりますから」
「なるほど」
アレシアは頷いた。
「じゃあ、戦力を使う順番も決めておく」
「はい」
「最初は第五陣」
「必要なら第四陣」
「突破されたら第三陣」
「さらに抜けたら第二陣」
「最後に第一陣」
「はい」
「ただし、敵が別方向へ進んだら、陣の順番に関係なく必要な場所へ動かす」
「その判断は現場に任せます」
「ガルド、アイン、セドリック……」
「はい」
「それぞれが自分の判断で動けるようにしておく必要があるな」
「そうですね」
エインは紙に書き込んでいく。
少しずつ、先ほどまでただ並んでいた五つの陣が意味を持ちはじめていた。
敵を止めるための壁ではない。
敵の動きに合わせて、こちらの戦力を移動させるための基準。
そして、最終的には敵を一か所へ集める。
そこへ火力を集中する。
それが、今の戦力でできる数少ない方法だった。
「でも……」
アレシアが空を見上げるように顔を上げた。
「竜だけは、本当にどうする?」
エインも答えを出せなかった。
地上のルートをどれだけ整えても、竜は空を飛ぶ。
敵の進路を限定したい。
だが、空には道がない。
竜がどこへ向かうのかも分からない。
そのうえ、こちらにはそれを止めるための十分な火力がない。
「……敵が来るまでに、空についても考えないといけませんね」
「うん」
「地上だけ決めても、竜が別の場所から入ってきたら意味がありません」
「そうだな」
二人は再び紙へ視線を落とした。
そこには地上の三つのルートと、五つの陣が描かれている。
けれど、その上には何もない。
空から来る敵に対して、まだ一本の線も引けていなかった。
「レイさん」
「なんだ?」
「竜と幻獣について、知っていることをもう少し教えてください」
「ああ」
「特に、どういう場所を避けるのか。どういう場所を選ぶのか。そこが分かれば、敵を集中させる方法を考えられるかもしれません」
アレシアも頷いた。
「敵が何をするか分からないまま、こっちだけで正解を作るのは無理がある」
レイは二人を見た。
「そうだな」
そして、紙へ視線を落とす。
「ならば、分かっていることから整理しよう」
エインは新しい紙を広げた。
まだ何も書かれていない。
しかし、今度は先ほどとは違う。
何を知らなければならないのか。
何を決めなければならないのか。
二人には、それが少しずつ見えてきていた。
敵を倒すために必要なのは、ただ強い力ではない。
限られた力を、どこへ集めるのか。
そして、どうすれば敵自身に、その場所を選ばせられるのか。
その答えを見つけるために、エインとアレシアは再びレイへ向き直った。




