第4話 水流
翌朝、エインは町の北東にある水路へ向かった。
昨日の調査では、何も見つからなかった。
地下水の流れに異常はない。地層にも、目立った変化はない。古い水路図と現在の流路を照らし合わせても、そこに不自然なずれは見当たらなかった。
同行した水利技師たちは、調査結果を前にして首を傾げていた。
「少なくとも、今の状態を見る限りでは問題ありません」
そう言われたとき、エインも反論はしなかった。
問題がない。
確かに、その通りだった。
だからこそ、引っかかった。
防護壁に異常が出始めたのは三週間前。魔物の侵入も、その頃から北東側に偏っている。森の奥には、本来ならここにあるはずのないダンジョンまであった。
それなのに、地下水には何もない。
昨日までなら、それを「手がかりがなかった」と考えていた。
だが、一晩考えてみると、少し違う気がした。
異常がないのではなく、見ている場所が違うのではないか。
水路の脇にしゃがみ込み、エインは流れていく水を眺めた。
陽の光を受けて、水面が細かく揺れている。
昨日も同じように見た。
ただ、そのときは水そのものを調べていた。温度や流速、地下からの流入量。どこに異常があるのかを探していた。
では、その水は――いつから、ここを流れているのだろう。
エインが水面に手を伸ばそうとしたときだった。
「エインのお兄ちゃん!」
背後から声が飛んできた。
振り返ると、水路の中で子供たちが騒いでいた。靴を脱いで浅瀬に入り、互いに水を掛け合っている。
「何してるんですか?」
「魚探してる!」
一人の少年が胸を張った。
エインは少し笑って、水路へ近づいた。
「魚、いるんですか?」
「いるよ。前より少ないけど」
「前より?」
何気なく聞き返すと、少年は水面を覗き込みながら頷いた。
「うん。ここ、前はもっとぬるかったもん」
「……ぬるかった?」
「そう。今は冷たい」
隣にいた少女も口を挟んだ。
「流れも速くなったよ。雨降ってないのに、この前すごく水が増えてたし」
エインは黙った。
子供たちは気にせず遊びを続けている。
「いつ頃からですか?」
「んー……」
少年が考え込む。
「三週間くらい前?」
エインの視線が、水路の上流へ向いた。
三週間。
防護壁に異常が出始めた時期と重なる。
けれど、まだ何も決まってはいない。
「水が増えたのは、一度だけ?」
「何回かあったよ」
「雨が降った後じゃなくて?」
「うん。晴れてた」
そこまで聞いて、エインは立ち上がった。
昨日まで調べていたのは、現在の地下水だった。
異常があるかどうかを見ていた。
けれど、本当に知りたかったのは、そこではない。
三週間前と今で、何が変わったのか。
エインはもう一度、水路を見た。
流れている水は、何も知らない顔をして下流へ向かっている。
「……水路を、もう一度調べてもらおう」
誰に聞かせるでもなく呟いた。
昨日の調査をやり直すつもりはなかった。
今度は、水がどこから来ているのかだけではなく、いつ、どこで、その流れが変わったのかを調べる。
そのためには、もう一度あの二人に来てもらう必要がある。
エインは踵を返した。
「お兄ちゃん、どこ行くの?」
少年の声に、エインは振り返る。
「ちょっと、聞きたいことができたので」
「また調べるの?」
「はい」
そう答えてから、エインは少しだけ考えた。
「今度は、昨日とは違うところを」
子供たちは意味が分からないらしく、顔を見合わせた。
エインも、それ以上は説明しなかった。
ただ、歩きながら頭の中では、昨日見た地図がもう一度広がっていた。
地下水の流れ。
水路。
北東の森。
そして、そこにあるはずのなかったもの。
まだ一本の線にはならない。
けれど、昨日までばらばらだったものの間に、ほんの少しだけ隙間がなくなった気がした。




