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分からないまま、歩いていく 〜それが無理だと、誰が決めたんですか?〜  作者: ChikA


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第19話 共闘


巨大な魔物が咆哮を上げると、地面に積もった土埃が一斉に舞い上がった。エインは剣を構えたまま、その向こうに立つ巨体を見据えていた。先ほどまでなら、正面からぶつかれば押し切られる。実際、アインの大剣でさえ表皮を深く裂くには至っていない。それでもエインは焦っていなかった。隣にいるアインも同じだった。


「エイン」


「はい」


「いくぞ」


「ええ」


アインが大剣を握り直した。


次の瞬間、その身体から魔力が溢れ出した。


薄い光のような魔力が全身を包み込み、筋肉の動きに合わせて流れていく。腕、脚、背中、胸。身体の内側だけではなく、その外側にまで魔力がまとわりついていた。


エインも同時に魔力を巡らせる。


二人の姿が変わったわけではない。身体そのものが大きくなったわけでも、派手な光が周囲を照らしたわけでもない。それでも、二人を見ていた兵士たちは息を呑んだ。


「……魔纏」


誰かが小さく呟いた。


王国でも扱える者はほとんどいない。魔力を身体へ流すだけなら、それほど難しいことではない。問題は、その量だった。身体能力が魔力の出力についてこなければ、筋肉も骨も耐えられない。魔力が多すぎれば身体を壊し、少なすぎれば身体強化として意味をなさない。そのうえ、動きながら全身へ正確に魔力を配分し続けなければならない。


アインはそんなことを考えている様子もなく、ただ前を見ていた。


「行くぞ!」


アインが踏み込んだ。


地面が沈む。


次の瞬間には、さっきまでとは比べものにならない速度で巨体へ迫っていた。巨大な魔物が腕を振り下ろす。アインは真正面からそれを受けるのではなく、身体を沈めながら懐へ入り込んだ。大剣が振り上げられ、魔物の胸元へ叩き込まれる。


轟音。


巨体が僅かによろめいた。


その隙をエインは逃さなかった。


アインが開けた場所へ入り込み、魔物の脚へ斬りつける。先ほどまでは浅い傷しかつけられなかった刃が、今度は深く食い込んだ。


魔物が吠える。


身体を捻り、エインを薙ぎ払おうとする。


エインは一歩下がった。


その瞬間、横からアインが飛び込んできた。


「遅え!」


大剣が魔物の腕を弾き、そのまま肩へ叩き込まれる。


エインは再び走った。


二人の動きは、まるで最初から決められていたように噛み合っていた。アインが正面から押し込み、エインが空いた場所を狙う。エインが魔物の動きを読めば、アインはそれを考えるより先に利用する。子どもの頃から何度も競い合ってきた二人だからこそ、互いの動きに余計な確認はいらなかった。


巨大な魔物が身体を起こす。


まだ倒れない。


「エイン!」


「分かっています!」


魔物が地面を蹴った。


二人が左右へ分かれる。


その間を巨体が通り抜けた瞬間、エインは身体を反転させ、魔物の後ろ脚へ剣を振り抜いた。続けてアインが反対側から踏み込み、大剣を叩き込む。


片脚が崩れた。


巨体が大きく傾く。


「今だ!」


アインの声に合わせ、エインも踏み込んだ。


二人の刃が、ほとんど同時に魔物へ届いた。


大きな身体が地面へ倒れ、その衝撃で周囲の土が跳ね上がる。


しばらくして、魔物は動かなくなった。


エインは剣を下ろし、荒い息を整えながら倒れた巨体を見た。残っている。身体も、傷も、流れ出た血も、周囲の地面も。何も消えてはいない。


「……終わったな」


アインが大剣を肩に担ぐ。


「ええ」


エインは倒れた魔物を見つめた。


これなら調べられる。


なぜここへ来たのか。どこから来たのか。何が群れを動かしたのか。まだ分からないことは多い。それでも、調べるためのものは残っている。


エインは小さく息を吐いた。


その頃、王都では戦いの形が少しずつ変わり始めていた。


防護壁は機能している。空から侵入しようとした魔物は、壁へ触れた瞬間に身体が崩れ、黒い塵となって消えていった。防護壁を破ることはできない。だからこそ、地上から来た魔物の一部は、混乱に乗じて開かれていた門へ向かった。


門番たちが必死に応戦していたが、すべてを止めることはできなかった。


王都の中へ入り込んだ魔物が、人々の間を駆け抜けていく。


その途中で、巨大な影が道を横切った。


ルカだった。


大きな身体を低くしながら、逃げる人々の流れに合わせて歩いている。いつものような巨体では、人の多い場所を走れば危険になる。だからなのか、ルカは妙に慎重だった。


魔物の姿を見つけると、ルカは足を止めた。


魔物がこちらへ向かってくる。


ルカは一歩前へ出た。


巨大な身体が道を塞ぐ。


魔物が飛びかかった。


ルカの前脚が動いた。


次の瞬間、魔物は道の端まで吹き飛ばされていた。


「ルカ!」


誰かが叫ぶ。


ルカは振り返らなかった。


その視線の先には、まだ逃げている人々がいる。


一人の子どもが転んだ。


ルカはすぐにそちらへ向かった。


子どもの前まで来ると、巨大な身体をゆっくりと低くする。


子どもは何が起きたのか分からず、ルカの背中と顔を交互に見た。


周囲の大人たちも、すぐには声をかけられなかった。


ルカは何も言わない。


ただ、じっと待っている。


やがて子どもが恐る恐る背中へ手をつき、よじ登った。


それを確認すると、ルカはゆっくりと身体を起こした。


子どもの小さな手が、ルカの身体を掴む。


ルカは歩き始めた。


いつもよりずっと遅い。


一歩進むたびに、背中の子どもが揺れていないかを確かめるように、何度も首を動かす。


「……ルカ」


子どもが小さく呼ぶ。


ルカは振り返った。


「いたい?」


「ううん」


子どもが首を振る。


ルカはそれ以上何も言わず、また前を向いた。


その姿を見ていた人々の表情が、少しずつ変わっていく。


最初は恐れていた。


巨大な魔物なのだから、それは当然だった。


けれど、今は違う。


魔物から人を守り、転んだ子どもを背中に乗せ、危険な場所からゆっくりと運んでいる。


通りの角まで来ると、ルカは子どもを降ろすために再び身体を低くした。


子どもが背中から降りる。


「ありがとう」


ルカは首を傾げた。


意味は分からない。


それでも、子どもが笑っていることは分かったのか、ルカはその場にしばらく立っていた。


少し離れた場所では、別の子どもがルカを見ている。


その子どもが一歩近づく。


ルカは動かない。


もう一歩。


ルカが鼻先を少し下げる。


子どもが恐る恐る手を伸ばし、その大きな身体へ触れた。


「……あったかい」


ルカは何も言わない。


ただ、嫌がることもなかった。


その光景を見た別の人々が、少しずつルカの周りへ集まり始める。もちろん、まだ距離を取っている者もいる。だが、以前のように誰もが恐れて逃げるわけではなくなっていた。


誰かがルカの名前を呼ぶ。

ルカはそのたびに振り返る。


そのうち、遠くから子どもの声が聞こえた。


「ルカ!」


ルカが顔を上げ、声のした方向へ歩いていく。


その先では、また別の人々が避難していた。

ルカはその列の後ろにつき、大きすぎる身体が人の流れを塞がないように少しだけ端へ寄りながら、それでも離れずについていく。


子どもがまた一人、ルカを見上げた。


ルカは何も言わない。


ただ、その子が歩きやすいように、自分の歩く速度を少し落とした。


王都の人々は、そんなルカを見ていた。


いつの間にか、誰かが言った。


「……あの魔物がいれば、ルカがいれば、大丈夫かもしれないな」


その言葉を聞いた者が、黙って頷いた。


ルカはそんなことを知らない。人間たちが自分をどう見ているのかも、まだ分からない。ただ、目の前で困っている者がいれば近づき、危険があれば立ちはだかる。


そして、子どもが背中に乗りたそうにしていれば、何も言わずに身体を低くする。


それだけだった。


戦場では、エインとアインが倒した巨大な魔物の周囲に兵士たちが集まり始めていた。


そして王都の中では、巨大な魔物であるはずのルカの周りに、人が集まり始めていた。


二つの場所で起きていることは、まったく違う。


それでも、そのどちらにも、以前にはなかったものが生まれている。



エインは倒れた魔物を見つめた。

まだ分からない。だから、調べる。


ルカは人々の後ろを歩いている。

まだ、言葉は少ない。だから、行動する。


それぞれが、それぞれのやり方で前へ進んでいた。

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