第13話 安寧
ルカは、ダンジョンの奥を指すようにして歩き始めた。
エインは何も言わず、その後を追った。先ほどまで核の前で苦しみ続けていたルカが、自分から動き出したのだ。どこへ向かうのかは分からない。それでも、今のルカが何かを求めていることだけは分かる。ならば、確かめるほかなかった。
通路を曲がり、さらに奥へ進む。ルカは時折足を引きずるようにしながらも、迷うことなく進んでいった。分かれ道に差しかかっても立ち止まらず、まるで何度も通った道を辿るように右へ曲がり、細い坂道を下りていく。エインはその背中を見ながら、核から離れるほどルカの震えが少しずつ弱くなっていることに気づいた。
やがて、前方の通路が途切れ、広い空間がにたどり着いた。
何もない。魔物が暮らしていた痕跡も、食べた獲物の骨も、何も痕跡がない。壁も床も天井も、他の場所と変わらない岩肌が続いているだけだった。それなのに、ルカはその空間へ入ると、迷うことなく中央まで進み、そこでゆっくりと身体を伏せた。
エインは入口から様子を見ていた。
すると、ルカの呼吸が少しずつ落ち着いていった。核の前にいたときには身体を震わせ、苦しそうに爪を立てていたのに、今は目を閉じ、ただ静かに横たわっている。完全に苦しみが消えたわけではない。それでも、明らかに先ほどまでとは違っていた。
エインはルカから視線を外し、空間を見回した。
何もないように見える。
だが、壁際まで歩いたところで、岩肌の奥に細い線が走っているのが目に入った。近づいてみると、それが魔力回路だと分かる。エインには見覚えのある構造だった。古い型ではあるが、魔力を一定の経路へ流すために使われる、特別珍しいものではない。
ただ、この場所では一つの回路だけで終わっていなかった。
壁を走る線が床へ伸び、床を横切って別の壁へ入り、そこからさらに天井へと続いている。エインは目でその流れを追った。一本の回路が独立しているのではなく、複数の回路が互いに繋がりながら、この空間そのものを囲むように配置されている。
エインはしゃがみ込み、床へ手を当てた。
魔力を流す。
指先から入った魔力が、床の回路を伝って壁へ向かう。そのまま上へ昇り、天井を通って反対側へ回っていく。エインは流れを追いながら、途中で外から入り込んでくる魔力に意識を向けた。
そこで、違和感に気づいた。
外から来た魔力は、そのまま空間の中へ流れ込んでいない。途中にある回路へ引き込まれ、別の方向へ流されている。逆に、空間の内側から外へ向かう魔力は、ほとんど妨げられていなかった。
エインは手を離し、ルカを見た。
核の近くでは苦しむ。ここでは落ち着く。そして、この場所には外から入ってくる魔力を逸らす回路が張り巡らされている。
偶然とは考えにくい。
エインは再び壁へ近づいた。回路そのものは知っている。構造も読み取れる。ならば、同じものを作ってみればいい。
床に魔力を集め、壁に刻まれた回路をなぞるように線を組み上げていく。最初の一本を作り、魔力を流した。光は線に沿って走ったものの、途中で流れが途切れた。エインはすぐに回路を消し、分岐の位置を変えてもう一度組み直す。
今度は最後まで繋がった。
しかし、ルカには何の変化もない。
エインは作った回路を見つめ、それから壁に残された回路へ目を向けた。一本だけではない。複数の回路が重なり、それぞれが別の方向へ魔力を逃がしている。
一つで足りないなら、増やせばいい。
エインは二本目を作った。続けて三本目を繋ぎ、壁と床を結び、さらに天井へと伸ばしていく。回路が途中で乱れれば消してやり直し、魔力が流れすぎれば量を調整する。少しずつ構造を重ねながら、空間を覆うように回路を組み上げていった。
何度目かの調整を終えたところで、エインはもう一度魔力を流した。
淡い光が床を走り、壁へ上がる。その光が天井を横切り、反対側の壁へ流れていく。
ルカの身体が、わずかに沈んだ。
エインは手を止めた。
呼吸が先ほどより穏やかになっている。
まだ完全ではない。核から届く魔力のすべてを遮ることはできていない。それでも、確かに影響は小さくなっていた。
エインは回路を一つ追加した。
魔力を流す。
今度は、ルカの身体からさらに力が抜けた。
エインはそこで止めた。
これ以上増やせば、何が効いたのか分からなくなる。今は、この程度でいい。
ルカは目を閉じたまま、静かに横たわっている。
エインはその姿をしばらく眺めた。
この場所が何のために作られたのかは分からない。誰が作ったのかも、なぜダンジョンの奥にこんな空間があるのかも分からない。ただ、ルカはこの場所を知っていた。そして苦しくなったとき、自分からここへ来た。
理由を理解していたわけではないのだろう。それでも、身体は覚えていた。ここに来れば、少しだけ楽になる。
エインは床を走る魔力の光へ目を落とした。
核を壊さずに、その影響だけを抑える。今のところ、それができるのはここだけだった。けれど、ここにあるものを理解できれば、同じものを作れるかもしれない。
エインは壁へ視線を戻した。
まだ分からない。だからこそ、調べる価値があった。




