ラッキースケベ
物探しのため俺の住処にいた奈央の探し物が無事見つかった。
ならもう帰らせればいいだけなのでは。いや、相手は女性だ。こちらが不審な人物ではないのだとアピールする必要があるのでは。だからこそ奈央の家に送らせてくれ。挨拶もさせてくれ。という俺の願いに了承してくれた奈央と一緒に電車に揺られていた。
彼女の手には懐中時計。銀縁で高価なクラシック時計だ。
そして目的の家の最寄り駅に到着した。そこから歩いて二十分。古い木造住宅が軒を連ねていた。そこの表札に片桐とある。門扉を開けて靴を脱ぎ、薄の床を歩くと浴衣姿の六十過ぎのおばあさんがおいでになられる。懐中時計と奈央の件を話すと、すみません、すみません、と何度も頭を下げた。
「僕はこれで――」
「しぃ、ちゃん?」
俺の名を呼んだ人物の正体は声だけで判った。
名前をそんなくだけた愛称で呼ぶ奴はただ一人。麗美だけだ。
スーツ姿の麗美は昔と違ってしっかりと化粧を施している。
それだけでも時間の流れというのは残酷なほど過ぎているというわけだろう。
麗美との間で微妙な空気になったところ、片桐家の計らいで夕食の席を一緒にすることになった。
なあ、なんで目を合わせてくれないのだよ。麗美。
片桐大三郎は酔い知らずになのか瓶ビール三本をすでに開けているのに、顔が赤くなる気配すらない。
片桐は昭和の文豪で芥川賞作家だ。
……でもまさか麗美と奈央が文豪と血縁関係を持っていたとは。そんな風には見えないのだが。
夕食のあと、三十分ほどお風呂をいただき、ラノベなどでよくあるラッキースケベなんかあるわけなく。さっさと浴衣に着替えさせてもらう。
今気づいたがなぜか泊まることになってしまっているのはいかほど。まあいいか。そんなことを考えながら用意された部屋へと向かう。
そこには文机にライトを灯しなにかを書いている、奈央。
あと、浴衣が少しはだけている。
「こんなところで何している?」
「あっ、すみません。すぐにお暇しますね」
「そうしてくれ」
俺は彼女にはもう一瞥もくれず布団にもぐった。
ごそごそと誰かが布団に入ってくる衣擦れの音が響いた。
「何している?」
「麗美さんと仲良さげでしたね」
「……お前と彼女はどういう関係だ?」
「ただの叔母と姪ですよ。気になりますか?」
何か温かい感触が……まさかっ。
俺は咳払いをすると奈央は大笑いした。
「じゃあ帰りますね」
「ああ。さっさと帰れ」
彼女はすたすたと去っていく。その後ろ姿を見ながらつい呆ける。
なんだったのだ。ほんと。
というか、俺のオスの部分が隆起しているのだが、誰がどう責任取ってくれる!
ひとり悶々とした夜を過ごす羽目になった。
明朝。先生は新聞を読みふけっていた。
「ガーターベルト殺人事件、か。世の中には陳家な事件が多いな」
多くてたまるか。
「事実は小説よりも奇なり、か。どれ、椎名くん。愚連隊でもやって懲らしめたらどうだい?」
「それを言うなら自警団だと思いますけど……」
「細かいことを言うな。そんなことを言うなら麗美はやれんぞ」
「……」
麗美を一瞬見てしまったが気恥ずかしさから顔を逸らしてしまった。
「がはは。若い者は存分にちちくりあってくれ」
片桐は去っていく。俺は神妙な空気に耐えかねて奈央のことを呼んだ。だが、一向に来る気配はない。あいつ、こういうときだけ空気を読まなくてもいい。
「私……買い物行ってくるから」
「ああ。俺もそろそろ帰るよ。いろいろありがとう」
玄関に行き靴を履くと、
「ねえ」
と声を掛けられる。
「ん?」
「どうして……私を――ううん。なんでもない」
「……そっか。分かった」
俺は外に出た。木漏れ日が射し込んで清々しかった。




