探偵を志したきっかけ
深夜の歌舞伎町。
歩を進めていながらも這い上がってくる恐怖心に屈してしまいそうだった。
パパ活事業の裏では暴力団がケツ持ちをしているというのか。だとしたら素人の俺がずかずか入っていけば殺されるな……
仕方がない。そもそも今回は相手が悪かったのだ。
その瞬間、俺が探偵を志すきっかけとなった事件を思い出した。
中学時代。俺の机の引き出しに煙草の箱が入っていた。きっと悪ふざけで入れられたのだろうけど、担任はそうは思えなかったみたいだ。親を呼び出し、俺のことを散々悪童や不良だと罵った。一ミリもいたずらだという風には考えなかったみたいだ。
「悪戯じゃないの」
そう言ってくれたのは親でも友人でもなく、初恋の人であった天沢麗美だった。停学後に出席したバスケ部において部員からの「試合がなくなった」「もしかしすると今期のインターハイも危ない」と叱責をされ、校舎裏で泣いていた。そんな孤立した状況で手を差し伸べてくれたのが、麗美だというわけだ。
救われたのと同時に怒りも沸いた。虚栄から来る正義感、とでも言ったほうが正しいかもしれないが。
この世の悪が許せなくなった。俺を蹂躙した悪を。
そうして俺は現在探偵風情ではあるのだが、活動を行っている。
――やるだけやってみよう。
相手に暴力団がいるのなら、こちらも腰を据えないといけない。
貰った名刺のことを思い出してポケットから取り出した。
『姫島探偵事務所』
「行ってみるか……」
翌日の昼。土曜日。中型テナントビルの前に来ていた。前方には蔓が生い茂り、花壇の花は枯れている。俺はビルに入り、目的の部屋をノックした。
「うっす……仕事?」
男が俺を爪先から頭のてっぺんまでじろりと見てから、不躾に「入れ」と言われる。
お茶を入れることすらせず、窓側の席で昨日の夕刊を読みふけりだした。
俺が咳払いを一度するとそいつはこちらを見据えて、
「なんだ?」
と問うてきた。
「あの……話があって来たんですけど……」
男は立ち上がりコーヒーポットで湯煎を始めた。缶に入っているブレンドを吟味しているようだ。
「で、お前はいったいどうしたい?」
「……いま、ラブホテル階層事件について自分たちなりに追っています。なので、お力添えをいただけませんか?」
「タバコ失礼するね」
タバコの火はライターではなくマッチで点けるタイプらしい。ジュポっと点けたマッチに煙草を近付けて紫煙をくゆらせた。
「もしかするとその、えっと、ラブホ階層事件? 後ろ盾がついているかもね」
「はぁ」
「半グレだとナチュナルの残党。はたまた聡流会か。どちらにせよナチュナルが根幹だ。面倒なことになる前にガキは首を突っ込まないほうがいいい」
「手を引けと……」
「その方がいい。フクロになってからでは遅いんだ」
「……脅しですか?」
「なに? 忠告だと思ってほしいね」
俺は肩を竦めた。「そうですよね。すみません。でも、俺もこのままじゃあ引き下がれないんですよね」
「そんなの俺の知ったこっちゃないよね。勝手に困ってろ、という話だ」
俺はもう観念して部屋から去ろうとしたとき、アルバイト募集の張り紙があるのが見えた。
「バイト募集しているんですか?」
「え? ああ。うん」
「お願いできないですか。次来るときは履歴書持ってきます」
男こと姫島斉藤が思いっきり険悪な表情を見せた。




