極楽ピエロ
東京池袋に「極楽ピエロ」という格安ラブホテルがあったそうだ。休憩が二九〇〇円ほどの。
まぁかく言ってもそんな情報知りえたところで俺こと攻城椎名は縁もゆかりもないだろう。そう強く思っていた。
だがしかし、いつの間にか薄桃を基調としたライトアップされた室内で俺はベッドに腰掛けている。何故だ?
近くからはシャワーの音が聞こえる。きっと“あいつ”が入浴しているのだ。
意識しないようにしていても無理だ。出来っこない。
湯煎がキュッと締まる音がする。
そして湯気とともにバスローブに身を包んだ片桐奈央が現れた。
「本当に私でよかったの?」
「それはこっちのセリフだ。俺でよかったのか?」
奈央はけらけらと笑い、
「質問を質問で返さないで」
としんなりとした口調で言ってくる。
「よかったのかもしれないな」
なにしろ記憶がない。
「どういうこと?」
奈央の眉が上がる。まずい、と思い必死に言い訳を考えようとも思ったがここは白状するしかない。もう、ラッキースケベイベントは諦める方向で行こう。残念だ。誠に残念だ。
「記憶が無いの? えっ、本当に?」
「ああ。厳密に言うとなぜラブホにお前といるのかがさっぱりなんだ」
「なんで、って。そりゃあ男と女がこの場所に来る理由は一つしかないじゃない」
「……そうだな」
「そうだなって話聞いているの?」
「――とりあえず帰るよ。もしかしたら俺はラブホテルに入ると起こる記憶喪失なのかもしれない。……次は自宅でゆっくりと」
俺はラブホの頑丈な玄関の扉を開けた。その背に彼女は、
「次があるのね! 期待してる!」
とまぁ健気なことを言ってくれたので内心嬉しくなった。
ラブホの廊下を闊歩していると、鍵が開く音がした。
俺は邪魔にならないように反対側の通路を歩こうとしたその瞬間――ドアから女性の刺殺遺体が押し出されてきたのだ。俺は目を見張った。
すぐにエントランスに連絡を取り、そこから警察にも通報する。
俺は偶然、その事故現場の部屋のナンバープレートを見てしまう。
「392番」とあった。
犯人がまだホテル内に潜伏中の可能性もあったため、行動をするときは奈央と一緒に行った。
刑事からの事情聴取も終わり、奈央を家に送ったあと俺はぼんやりと歩いていた。
「あっ、そういえば……」
友樹に渡された写ルンですがポーチに入っていたのをいま思い出した。
奈央の裸体でも撮っておけば……って、俺は中年親父か!
――どことなく寒い。まだ六月だというのに。




