革命の神
俺らは奇跡の4兄弟だった。
"真実"のクレオン、"分身"のティモン、"過去"のメノン、そして"天体"。全員レベル5。確率なんて想像もつかない。俺らは互いに高めあった。慰めあった。時に言い争いはあったが、みな俺に従って付いてきてくれた。俺らは最強だった。
だが無力であった。俺が17歳頃のある日両親を亡くした。一瞬のことで4人の誰も助けられなかった。クレオンのわがままで動物園に行った。客に紛れてたレベル2の乳児の暴発、"打撃"。俺らの後ろを見守るように付いてきてた両親の頭が吹っ飛んだ。両親はどちらもレベル1だった。もちろんあの子どもが完全に悪いとは思っていない。物心がつき切る前だったから良いこと悪いことの判断は付きにくいものだ。相手の親は何度も頭を下げてきた。謝って済むものではないとわかっていながら…。俺らは許した。許すしかなかった。あの子どもに復讐したところで俺らの両親は帰ってこない。
だから俺は星を創った。あの時のようなことがレベル5相当で起きたなら笑えやしない。大人たちは能力の暴発は起こさない。だが、"争い"という形で意図的に使う。争いは悪い奴がするのではない。生きたい奴がするのだ。世の中がどんなに善人で溢れ返ろうと、争いは決して消えない。みな謝りながら殺し合うのだから。争いを消す方法。それは力を持つ者を殺すこと、あるいは、世界全体の支配者が存在すること。だが後者は望ましくない。世界全体を相手にして勝てる奴などいない。力を持つ者を殺す。これを率先して行うやつなどいないだろう。だから俺らがやるしかないと思った。例えそれが結果的に世界から忌み嫌われる存在になろうと、世界共通の敵として扱われても。そのはずだった。そのはずだったのに。今はどうしても、その無茶苦茶な選択をした自分が、弟たちを巻き込んでしまった自分が、憎たらしくて仕方がない。今の俺はもはや、死に場所を探していた。
ゼノンは初手で隕石をベルに落とす。味方が巻き込まれないように手の平サイズの隕石。時速7万kmで落ちて来た隕石を、ベルは片手で掴み、クッションのように完全に勢いを殺す。風圧が周りの砂を退ける。ベルの手から離れた隕石は砂にめり込む。ティモンが前線を張って進む。レベル4程度じゃ相手にならない。レベル5の分身、約500人。象徴”分身”によって作られた分身は、エネルギー制御は可能だが、象徴を持たない。”分身”はあくまで数で押すための能力。同レベルでは象徴持ちが上である。例外を除いて。ベルは自分の身長と変わらないほどの大剣を生成する。
一歩。ベルは前へ踏み出したかと思えば、次の瞬間には約500人の分身を薙ぎ払っていた。誰も目で追えない。ティモンの目の前にベルは現れる。
「なっ。」
ベルは大剣を下から上に切り上げる。ティモンは縦に切断される。
「ティモン!!!」
メノンは右手を上に、左手を左に伸ばし、まるで時計の針を戻すかのように腕の方向を切り替える。額に時計の紋が浮き上がる。クレオンは片目を瞑り、手で丸を作ってベルを見る。覗く目が白く光る。
「兄さん!!4日前!!」
メノンの能力により、ベルが500人を葬ったところまで、すべての時間が巻き戻る。
時間を戻されたとき、普通であれば戻った者たちは時間が操作されていることに気付かない。しかし、ここはベルが創った仮想空間。空間が弄られたことをベルは察知した。瞬時に標的をティモンからメノンに切り替える。高速で迫ってくるベルの剣が眉間まで届きそうなときに、メノンは再び能力を発動する。4日前。それはベルが力を得た日。象徴”過去”は、時間を巻き戻したり、過去に飛ぶことができる。時間軸の中心は自分であるため、例え異空間に飛ばされたとしても、異空間に飛ばされる前まで遡れば元の世界に戻ることができる。バタフライエフェクトを考慮すると、できるだけ近いところしか時間を巻き戻すわけにはいかない。だからメノンは元の時間をバックアップしてバタフライエフェクトを軽減させた上で、自分だけ過去に飛んだ。時間のバックアップをすると、過去に手を加えたとしても変化するのは手を加えられた対象のみであり、元の時間に行き着くまでの結果は変化しない。メノンがすることは実にシンプルだ。ベルが能力を得る前に彼を抹殺すること。メノンはリベラ国の郊外の住宅地の屋根にいた。目の前には、ヘンリーによって今から殺されようとしているベルの姿。これからあの男に力が与えられる。その前に自分がとどめをさせばいい。メノンは一歩前に出る。
「お前は過去や未来は変えられると思うか?」
後ろを振り返るとそこにはベルがいた。
「お前…なぜ…。」
「この宇宙で起きることは、ビッグバンが始まった時、いや、その始まりよりも前からすべて計画されて成り立っていると俺は思っている。こうやってお前が過去に飛ぶことも計算の内。この後俺が力を得ることだって。」
「何を言っているんだ…?」
メノンは動揺で落ち着かない。いるはずのない男が目の前にいる。
「俺はずっと気になっていた。なぜ俺が力を得ることになったのか。だが今理解した。もうあいつには俺が見えている。管理の神に。この後お前らが殺すはずのな。」
管理の神、アテナ・ストラトスはこの後の自分の身に降りかかる死を悟っていた。そして彼女は誰かに託すことにした。そして見つけたのだ。ベルを。過去も未来も変えられない。今死にかけているベルの近くには、確定した未来が立っていた。自分が力を授けたことを告げる未来が。ベルが力を得たから未来のベルがそこに立っている。そこに未来のベルが立っているからベルは力を得る。この循環論法によって事は成された。ベルが力を得ることは偶然でありつつも、必然であった。
「そんなことが…ありえ…」
ベルはメノンを木端微塵に吹き飛ばす。”過去”の能力が消滅し、元の時間に戻る。
「メノン!!!」
3人に見えたのは、ただ突然と方向転換したベルによって瞬殺されるメノンの姿だけであった。
ベルはすぐにティモンに向かって跳ぶ。エネルギー不足に陥っているティモンは動けない。
「クソッ!!」
ゼノンは隕石の流星群を生成する。ベルは隕石から隕石へと飛び移って、数百もの塊を地表への被害がほとんど出ないまでにみじん切りにする。
「化け物…。」
戦闘要員でないクレオンはただ見ることしかできない。
僕の象徴は”真実”。この世のすべてを知ることができる。今から戦う相手に勝てるかどうかも。だからこそわかっていた。僕らではベルに勝てないことを。プリトヴィーで会った時からずっとわかっていた。わかっておきながらあえて何も言わなかった。僕はもう終わらせたかったのかもしれない。危険な象徴を持っているから始末するなどという理不尽を、非現実的さを。いや、もう4人全員がわかっていた。こんなことをしても世界は良くなったりなんかしない。でも一度起きてしまえば止められない。僕たちは大罪人なんだから。だからベルに救ってほしかったんだ。ベル・グレイ。僕には君が、道を外し彷徨う僕たちを救ってくれる、白い翼を生やした、死神に見えたんだ。
空中にいるベルは剣を素早く薙ぎ払う。刃に押された空気は鋭い形を保ったまま広がる。斬撃波。エネルギーの操作が可能なこの世界では、理論上可能となる。
ゼノンは咄嗟に避けることはできたが、動けないティモンと戦闘向きでないクレオンは避けられずに頭部を2つに切られる。
「…。」
1人残されたゼノンはただ呆然と目の前の救済者を見つめる。その目には涙を浮かべていた。
兄弟たちへの謝罪。救いの死への感謝。そして長男としての義務。
一つの深呼吸をし、大きく地面を踏みしめる。
「俺はお前を殺す!!ベル・グレイ!!」
拳を高く突き上げる。背後に巨大な恒星が現れた。象徴”天体”。その恒星はこの宇宙のどの恒星よりも大きなもの。ゼノン・ラリスは星を創ったのだ。大空は青白く光り輝き、巨大な恒星は徐々に近づいて来る。その引力に引かれて周囲の砂が空へ向かって少しずつ浮き始める。
「何してんのよ。」
ベルの背後からヘルとアルネが歩いて来た。ベルは仮想空間を作る際、対象をラリス兄弟だけでなくヘルとアルネも含めていた。
「遅えよ。お前歩いて来ただろ。お前が巻き込まれないように隕石小さく切るの地味に大変だったからな。」
「何も教えずに勝手に私たちを変な空間に放り込んで、勝手に恩着せがましく隕石切って、挙句言うことがそれ?人として終わってんじゃないの?急に周りの人消えてびっくりしたんだけど。それであれ何。」
「俺たちの”敵”。」
「あー、はいはい。」
「神族最強なんだろ?どうにかしてくれよ。」
「うるさい。邪魔だからそこどいて。」
ヘルはベルより前に出ると、右手を前に伸ばす。
「”敵”ってことは殺しても正当防衛よね。」
伸ばした右手で指を鳴らす。右肩から黒い翼が開く。突如、浮いていた砂たちが落ちる。
静寂の到来にゼノンは理解が追いつかない。
「お前、今何した?」
「あのでかい星を物理法則から外したのよ。もうあれがこの星を引き寄せることもなければ、この星があれを引き寄せることもない。もううんざりよ、アステル。お願いだから安らかに眠って。」
もう一度指を鳴らすと、ゼノンは力なく崩れ落ちる。
ヘルのもう片翼の象徴”死”。ヘルが神族最強たる所以。対象を殺す、ただただシンプルな能力。
祖父は続ける。
「この能力のすごいところはな。生き物だけじゃなくて物や概念的なものに対してでも発動することができるということなんだ。」
「じゃあ色を殺したら色がなくなっちゃうってこと?」
「そういうことだね。」
象徴”死”はあらゆる物体、法則、概念に干渉して死を与えることができる。
秩序の死。それはつまり、革命である。
戦いは終わり、元の世界に戻る。
「あんなのあんた一人でどうにかできたでしょ。もう変な空間に飛ばさないでくれる?」
「実際に力を見てみたかったんだよ。それを知っておきながらわざわざ代わりに戦ってくれたんだ?優しいね。」
「殺すわよ?」
3人は町に向かって歩く。
「これでアステルは崩壊したし、四神は全員調教できたし、さっさと故郷に戻…。」
「何よ”調教”って。もっとマシな言い方ないの?…何?どうしたの?」
ベルはサイヤード国がある方向を見つめる。
「ねえ、何してんのっ…て…。」
ヘルもアルネも異変に気付いた。サイヤード国から感じる膨大なエネルギー。一般人ではない、何かがいる。
「…すぐにアクセルに伝えてサイヤード国に行くわよ。」
「間に合わないだろ。俺が運ぶ。」
ベルはヘルの腰を持って脇に抱え、サイヤード国に向かって走り出す。
「ちょっ!!?」
「おい!!貴様!!」
追いかけてくるアルネを一瞬で突き放す。数十秒後、サイヤード国に到達し、ヘルを下す。何やら町中が騒がしい。
「うぅ、目に砂入った。最悪。」
「…またこのパターンかよ。」
人々が逃げていく後に、1頭の虎が横切る。ただゆっくりと歩いている。解き放たれるエネルギー量から推し量るに、レベルは4。自分の実力を誇示した上での堂々とした振る舞い。サバナで獲物を狩るよりも町から食料を奪った方が楽だと判断したのだろう。
「ヘル、出番だぞ。早く終わらせてくれ。」
「さっきから私の扱い酷すぎ。後で生き返らせてあげるから一回死んでみない?」
グダグダと文句を垂れながらヘルは虎に狙いを定める。
「…ん?」
虎の様子が急変した。さっきまでの周囲への敵意が完全に失われ、その場に落ち着いて立っている。
すぐ近くの建物の角から人影が現れる。
「あれ…ベル?」
姿を現したのはプリトヴィーでレベル4帯にいた、キラン・ラトールだった。
「キランじゃねえか。こんなとこで何やってんだよ。」
「何?知り合い?」
ヘルは状況が読み込めていない。
「この虎はお前が仕込んだのか?」
「そんなわけないでしょ。偶然居合わせたから躾けただけ。」
キラン・ラトールの象徴”動物”。使役できる条件は、現在の自分のエネルギー量が対象より上回っていること。同じレベル4とは言え、キランの方が虎よりエネルギー量が多かったようだ。
虎はキランに懐いて傍に座る。
「便利な能力ね。」
ヘルは虎の顎を掻きながら言う。
「そうでもないよ。実力が近いほど使役は疲れる。」
「ここに何しに来てんだ?」
「ラヴィと待ち合わ…」
「おぉ!!!ベルじゃねえか!!!」
キランとは反対の方からラヴィが近づいてきた。あの甲冑は着ていない。ただの大男となっていた。
「ようベル。こんなとこで何してんだ?」
「やばい虎が出たからすぐに駆け付けたんだが、キランが手懐けた。」
「キランはかなりの使い手だからな。これぐらい朝飯前だろ。」
騒ぎを聞きつけてセトが駆けつけて来た。側近も傍についている。
「大丈夫ですか!」
「遅いわよセト。もう終わったじゃない。」
「すみません。」
セトは申し訳なさそうに頭を下げる。
「溢れ出るエネルギー量から察しはついていたが、やはり革命の神か。とんでもないな。」
ラヴィとキランは神族たちに圧倒される。あまり深入りはしたくなさそうだ。
「邪魔になりそうだから俺らはお暇するぜ。」
「お前らはどこ行くんだ?」
「キランはカフェ巡りが趣味らしくてな。俺のお気に入りがここらにあるから紹介してやろうと思ったんだ。」
ラヴィたちは軽く手を振って行く。虎もキランに付いて行ってのそのそと歩いて行ってしまった。
「今日はありがとうございます!」
セトは改めて礼を言う。
「サイヤード国はいつもこんな感じなのか?」
「いやいや!今回のは珍しいケースですよ。」
「サイヤード国は過去かなり荒れてたが、お前の象徴は"混沌"と"秩序"なんだろ?その能力使えば民衆の混乱なんか簡単に鎮られたはずだ。」
「おそらく出来たと思います。でも、やはり私には、民の心を扱う勇気がありません。」
「国を治める以上、結果が優先されるときはよくある。考えて行動しろ。」
「はい。」
セトは心優しきが故に臆病で脆弱だった。
「まあ事も済んだし、そろそろイザベラのところ…」
突然横から高速で跳び蹴りが飛んで来た。ベルはすぐさましゃがんで避ける。追いついて来たアルネだった。
「貴様ぁ!!神族を脇に抱えるなど何たる無礼!!」
「ええ!?そうやってここまで来たんすか?!」
「アルネ。もういいわよ。結果それが一番早かったんだから。」
ヘルの宥めに応えて、アルネは興奮を抑える。
「…あのエネルギーの正体は?」
「虎。もう済んだから今からシュールバジー国に帰るところ。」
「…そうか。」
「帰りはどうする?」
「もうあんたに運んでもらうのは散々よ。」
「俺が運びましょうか?」
口を開いたのはセトの側近のハーミル・ダーヤだった。
「俺、”念力”の使い手なので、みなさんをすぐにシュールバジー国まで運べますよ。」
「じゃあそれで。」
ヘルは二つ返事で了解した。
「わかりました。」
ハーミルは手の平同士で互いに指を指の間に挟み、十字を作ると、周囲のチリや石が宙に浮きだす。ハーミルの能力により、ベルたちはシュールバジー国に向かって高速で運ばれる。手を振るセトが遠くなっていく。ベルの走力を上回るほどではないが、数分で辿り着けるほどの速度が出た。
シュールバジー国に着くと、ハーミルはベルたちをゆっくりと地面に降ろす。
「それでは…。」
ハーミルは再び浮き上がり、サイヤード国に向かって飛んで行った。
「イザベラちゃんと合流するわよ。」
3人が戻ってきたころには、イザベラはセシャト、アーリムと共に宮殿の庭の前の門前にいた。ベルたちを見たセシャトは、イザベラの後ろに隠れる。
「あら、イザベラちゃん大分懐かれたじゃない。」
「俺らには警戒しまくりだけどな。」
「…この人たちは?」
イザベラの背後からセシャトは少しだけ顔を覗かせる。
「私の仲間です。安心してください。敵ではないですよ。少しずつ慣れていきましょう。」
「うん。」
傍から見れば完全に母と子である。イザベラは聞く。
「みなさんどこに行ってたんですか?」
「そっちが仲良くしてる間、色々とあったんだよ。」
ベルは文句を言うように答える。
「ああ、そう。お疲れさま。」
「イザベラちゃん聞いてよ!こいつ本当に酷いの!私こんな雑に扱われたの初めてよ!」
「だってお前ずっと文句しか言わねえじゃん。敬意とかねえよ。」
憎しみのない咎め合い。ベル、ヘル、アルネ、アーリム、そしてイザベラ。この団欒の中に入れた気がして、セシャトは少し笑っていた。




