苦労
「よし、着いた。ここがシュールバジー国の都市、シャラフだ。」
サイヤード国ほどではないが、そこと近いということもあって砂漠とサバナが広がっている。
「アクセル、ありがとう。じゃあ行くわよ。先に”生”を与えに行く。」
サイヤード国と同様、人々はヘルに釘付けである。この国を救ってくれる救世主を崇め称える。
「やっぱり、ヘル様は別格だな!」
まるで引きこもりのセシャトを蔑んでいるかのような言い方。実際にそう口にしている訳ではないが、心がそう言っている。どうしても比較してしまうのが生き物としての性だ。
”生”を授けたヘルは宮殿に向かう。宮殿の入り口には一人の若い側近が立っていた。
「お待ちしておりました。ヘル様。」
「セシャトちゃんの様子はどう?」
「今日も…。」
「ああ。そう。でも、神族である以上人と関わらないといけないからね。」
「ごもっともです。私の力不足で、すみません。」
神族がまともに動けないと国は成り立たない。特に発展途上国はその要素は大きい。ヘルはセシャトがコミュ障であることを問題視している。
「ということで、じゃ、イザベラちゃんおねがーい!セシャトちゃんのコミュ力を伸ばしてあげて!」
「全員では行けないのですか?」
「セシャト様は人が多いと隠れてしまいますので。」
「…わかりました。」
ベルとアルネは愛想がない。ヘルは家族と民衆以外には当たりが強い。頼れる者がイザベラしかいないのだ。
「では、案内します。」
「がんばってねー。」
イザベラはアーリムと共に宮殿の中に入っていく。
「私とアルネは町中歩くけど、あんたはどうすんの?」
「しつこい奴らの相手をする。」
「あー、あいつらね。ずっと付いて来てるし。いってらっしゃい。死なないでねー。」
「はいはい、心配どうも。」
ベルは二人を背に町から離れていく。
「申し遅れましたね。私はアーリム・サウワースと申します。」
「イザベラ・トゥルーハートです。よろしくお願いします。」
「セシャト様は生まれつき人前に出ることができない性格でして。」
「あー。ははは。」
「少しずつ克服していけるといいのですが。」
アーリムは宮殿の大広間に立つと、セシャトを呼ぶ。
「セシャト様!お客様ですよ!お出でになってください!」
アーリムの声が宮殿中に広がる。ところどころから足音が聞こえるが、それは使用人たちのものだった。
「…お手数をおかけしますが、手分けして探しましょう。セシャト様は宮殿からは出ません。必ずどこかにいらっしゃいます。部屋はどこに入っても構いません。」
「あ、はい。」
二人は左右に分かれてセシャトを探し始めた。
「セシャト様!どこにおられますか!」
アーリムの呼び声が聞こえる。イザベラは静かに探すことにした。
キッチン、物置、使用人部屋。使用人たちは横切るイザベラを見ても警戒することなく家事を続ける。強固なセキュリティ故の無防備さである。
イザベラは王の寝室に入った。いるとするならこの部屋の可能性は高い。イザベラは部屋の中央に立って目を瞑り、五感を研ぎ澄ませる。”隠蔽”を使う神族を見つけるのは至難の業。
「…女の子?」
カーテンの裏からセシャトがイザベラを見ていた。
「あー、えっと…勝手に入ってすみません。」
「え、あ、ちょ、いや、べ、別にだ、大丈夫…だよ。」
「私はヘル様の代行で挨拶に参りました。イザベラと言います。あの…カーテンから出ることはできますか?」
「あ!、えっと、は、はい、ごめんなさい、失礼だよ…ね。」
セシャトはカーテンから離れて身を晒す。小柄な体にドレスを身にまとっている。
「セシャト様は…どうしてそんなに人と話すのが苦手なのですか?」
「え、えっと…言いたくない。」
セシャトはずっと下を向いて視線を逸らしている。
「…とりあえず、こうやって対面で挨拶できて良かったです。」
「う、うん。」
沈黙が流れる。イザベラは頭をフル回転させてセシャトの警戒を解くための行動を探す。部屋には小さな机を挟んで椅子が2つ。
「…立ったままだと疲れませんか?」
「…べ、別に。」
図星ではあるのだろうが、イザベラに接近することをセシャトは躊躇している。
「…ま、真面目な人だね。ずっと私のコミュ障をどうにかしようと動いてる。お、お姉さんはただ挨拶にき、来たわけじゃない。」
読まれてた。気付けなかったが、セシャトはすでに能力を発動していた。象徴"暴露"の前では隠し事も小細工も通用しない。イザベラは考えるのを止めてセシャトとただ話すことに集中した。遠くからアーリムがセシャトを呼ぶ声が聞こえてくる。
「アーリムさんは苦手なんですか?」
「…苦手じゃない。私が幼い頃からずっと傍で仕えてくれた、や、優しい人。」
少し首がこちらに動いた。少しずつ警戒が解かれている。
「何故隠れるのですか?」
「アーリムは真面目な人。優しいけど、無理やりにでもあなたのようなお客さんと会わせようとしてくる。それは嫌。」
「今こうやって話せてるじゃないですか。」
「う、うん。それはお姉さんが、私に対して嫌な印象を持ってなかったから…。…私だってこのままじゃダメなことくらいわ、わかってる。私がみんなを困らせてる。」
「そんなこと…。」
イザベラは否定できない。否定が嘘になるからだ。実際シュールバジー国の民たちはセシャトに対して失望の念を持っていることに違いはない。
「…なら、今からそれを覆せばいいんです。セシャト様がどうにかしたいと思っているなら何とかなります。まだ間に合います。」
「ど、どうしたら…。」
「今大きなことをする必要はありません。小さなことから慣れればいいんですよ。じゃあまず、私の手を触ってみてください。」
イザベラは手の平をセシャトに向ける。セシャトは躊躇しながらも、その手から目を離さない。まるで片足分しか道幅がない崖際を横歩きで渡るように。ついにセシャトの指先はイザベラの手に触れる。イザベラは微笑んでその手を両手で包み込む。
「セシャト様ならできますよ。」
その言葉を聞いてセシャトは頬を濡らす。新しい拠り所に縋るようにイザベラに抱きつく。白い髪が黒色に染まる。セシャトは能力を解いた。
「ごめんなさい。…ごめんなさい。」
イザベラは少し驚いたが、子を宥めるようにセシャトの背に腕を回す。
「大丈夫ですから。大丈夫。」
イザベラは世の苦労を知っている。だからセシャトに寄り添うことができた。"なぜこんなこともできない。"、"これでは先が思いやられる。"、そんな念を一瞬たりとも持たなかったイザベラの純粋な優しさをセシャトは見抜いた。何せイザベラも同じ苦労人の、不象者に生まれた身なのだから。
一直線にこちらに向かってくるベルに対して、アステル4人組も姿を表す。
「これ以上待っても無駄だな。やっぱり俺らで殺らないとダメか。」
ゼノンはそう言う。
「俺を追っかけ回す以外にやることねえのかよ。てか誰だよ。」
「ティモンとクレオンが世話になったな。」
「ほんとだよ。」
「俺はゼノン・ラリス。こいつがメノン。」
「結局お前ら何人兄弟だよ。」
「4人だ。」
「…何がしたいんだよ。」
ティモンが一歩前に出る。
「言っただろう?お前のその力は世界を崩壊させる。」
「またカルト宗教みたいなこと言ってるじゃねえか。」
「今自害してくれるなら俺たちは最大の敬意を払う。」
「知らねえ奴から尊敬されても大して嬉しくねえよ。」
クレオンが口を開く。
「町が巻き込まれるのは嫌だからさ、早く使ってよ。"仮想"。」
「やっぱり知ってんだな。」
「僕の"真実"はこの世の全てを知ってるんだ。」
"真実"と"暴露"は似て非なるもの。どちらも相手の嘘や思惑を見破れるが、"暴露"はこの世の隠されたものしか顕にできない。ただ知らずは対象外。その点で"真実"の方が優れている。その分エネルギー消費がより大きい。それが想像可能性の代償なのだ。
「はいはい、わかったよ。」
ベルは能力を発動し、仮想空間を生成する。町も砂も何も変わりやしてないが、ただ生き物の気配だけがさっぱりと消えた。
ゼノンは地面を強く踏みしめる。手の甲に北斗七星の痣が浮かび上がる。
「ここでお前を殺す。」
「じいちゃん。結局アステルってどんな組織なの?」
「長男ゼノン、次男メノン、三男ティモン、末っ子クレオンの4人兄弟だけで構成された組織だよ。ティモンの"分身"を個人と勘違いした人が集団だと言ったんだ。」




