最強の神族
ここはサイヤード国。国土の9割を砂漠が占めているこの世界でも随一の発展途上国。こんなところから四神の気配を感じる。ここで一体何をしているのだろうか。
「暑いわね。」
歩くベルの隣をイザベラが並ぶ。
「…なんでいんだよ。」
「せっかく不象者仲間を見つけたって言うのに、すぐにお別れなんて嫌よ。それに、私にはその力の正体を知る権利があるはずよ。」
「管理の神が"付与"の力で与えたって言われただろ。」
「あんな胡散臭い男たちの言葉なんか信用出来るわけないじゃない。仮にそうだったとしても、どうしてあなたが選ばれるのよ。」
イザベラの言うことは筋が通っている。数多の人間がいるこの世界で偶然ベルが選ばれたというのはあまりにもおかしすきる。
「…俺に付いてきて何かあっても助けないからな。自分の身は自分で守れよ。」
「もちろん。私が一度でもあなたに助けを求めたことがあったかしら?」
不象者の中でも訓練を積んだレベル5。そう簡単にやられる器じゃない。足手まといになることはなさそうだ。
「相手は最強と言われた神族でしょ?戦う羽目になったらどうするのよ。」
「まあ、勝てるだろ。そのために力を得たんだし。」
「無計画すぎでしょ。」
オアシスを中心に発展した、サイヤード国最大で唯一の都市、ジャマール。申し訳程度には金属製の建物が立ち並んではいるが、やはり荒廃の方が目立つ。道は砂漠の砂で黄色くなっている。だが町に活気はあった。なんならありすぎるほどだ。資源不足に悩まされている国とは到底思えない。サイヤード国は他国からの支援や交易によって経済を補っている。だがここまでの支援を受けているような様子は数年前は見られなかった。
「異様な光景ね。ここの神族はこんな能力持ってたかしら。」
子供たちが楽しそうに走り回っている。そのうちの一人が気づかずにベルにぶつかってしまった。
「あっ。ごめんなさい。」
「気を付けな。」
軽くお辞儀をした子供は少し離れた友達の下へ走っていく。
「治安もいいな。」
町並みは酷いが、スラムのような生死を争う人々の緊張が全くない。
「じいちゃん、サイヤード国の神族はどんな人なの?」
「サイヤード国の神族は民衆の神、セト・クラシー。”混沌”と”秩序”を象徴としてるよ。」
「神族はみんなレベル5なの?」
「そうだよ。」
神族は例外なくレベル5である。これは、レベル5の形質の亜種として象徴の2つ持ちが存在するからである。
町のすぐ隣には砂漠が広がっている地平線の先まですべてが黄色に染まっている。
二人は商店街に入った。通気性のいい服を売っている服屋、サボテンを食用としている店もある。
「よう、そこの兄ちゃんたち。」
声を掛けて来たのは八百屋をやっている男だった。
「見た様子だとここに来るのは初めてのようだな。」
「よくわかったな。」
「いかにもな雰囲気が出てたんだよ。ザクロとか食ったことあるか?」
「私はないわね。」
「そうかそうか。じゃあ特別に割引して売ってやるよ。どうだ?」
「2つ貰うわ。」
「まいどありー。」
「気前がいいな。」
「この町は助け合いの町だ。あんたらも慣れておきな。」
「いつからこんな風になったんだ?前は荒れてたイメージが強いが。」
「はっはっは!!確かに昔は酷かったな。だが、四神さんが来てから大分よくなったんだ。」
随分と不思議な話だ。怠惰と称された神族が他国のために動いていると言うのだ。
「そいつが”ヘル・ニールセン”か?」
「そうそう。あの人ぁ優しい姉ちゃんだぜ。あっそういや、今日が定期的な訪問の日じゃなかったか?」
この国から気配を感じるのはその日だからなのだろう。ヘル・ニールセンがこの町を訪れるのだ。
「おーい!あの方が来てくださったぞ!!」
商店街の出口から声が聞こえてくる。周囲の人たちはそれを聞いて有名人を見に行くかのように足先を変えて行く。
「せっかくだから兄ちゃんたちも行って来たらどうだ?」
ベルは渡されたザクロを片手に、美味しそうにザクロを頬張るイザベラと共に人が集まる方向へ向かう。
「みんな元気そうじゃん!」
集う人々の隙間から見えたのは、ジャマールの市民たちと握手を交わす一人の少女と、それを傍から護衛する側近だった。
「ヘル。」
側近が少女に告げる。少女はそれを聞くと、目の前に広がる群衆を見渡す。ベルとイザベラの姿を見ると、目つきが鋭くなるがすぐに陽気な笑顔に戻した。
「ヘル様。いいスイカが収穫できたので是非お召し上がりください。」
1人の女性が二切れのスイカを少女と側近に渡す。
「えー!まじー!?ありがとう!!」
団欒が広がる。人々は支配されているわけではない。これは正真正銘の勝ち取った信頼だ。あれが神族最強の姿である。
「みんなありがとう!でも私はやることがあるから、ごめんね?」
人々は邪魔にならないように捌けていく。
お前らは残れ。言葉もなければ目配せもないが、そう言っているような雰囲気が少女から滲み出ている。少女は手を振って人々を送ると、ベルたちの方を向く。
「それで?あんたたちが噂の人?」
「噂?」
「そう、最近言われてんのよ。”四神に打ち勝つ猛者”。」
「なんだそれ。」
流石に暴れすぎてしまっているようだ。ベルの姿を見た人々が噂を流し始めている。あのやかましい記者の女もこの拡散に関与しているのだろうか。
イザベラは弁明する。
「私たちは別にあなたたちと戦うために来たわけじゃないのよ。」
「じゃあ何が目的?」
「”怠惰の四神”を取り締まってんだよ。」
「ふーん。じゃあ私がそれを断ったらあんたらは力尽くでも私を働かせるの?」
「まあ、そういうことにはなるな。」
「…。」
沈黙が続く。気まずいというより、緊張感である。
「…わかったわ。言うことを聞いてあげる。」
「いいのか?」
「だって、あんたと戦いたくないもん。あんた強いでしょ?」
「お前だって神族最強とか言われてるだろ。」
「みんなが勝手に言ってるだけ。とりあえず、私が国に戻ればいいんでしょ?でも条件がある。」
「”条件”?」
「手伝って。」
「何を?」
「貧しい国を助ける。」
「なんでそんなことやってんだよ。」
「逆に聞くけど、何でどうにかできる力を持っておいて何もしないの?」
「めんどいだろ。」
「あんたみたいな奴が人のために動いている人を冷笑するのよ。気持ち悪い。」
「…。」
「あなた、見事に言い負かされてるじゃない。」
「ほら、早くついて来て。」
後に続いて街中を歩く。街の人たちは少女を見るなり笑顔で声を掛け、食べ物を分けてくれる。
「そういや名前を聞いていなかったね。あんたたち名前は?」
「ベル。」
「私はイザベラ。」
「そう…。私はヘル。で…。こっちがお兄ちゃんのアルネ。」
ヘルは隣に並ぶ側近を示す。
「そこ兄妹だったのか。」
側近はこちらを睨みつけるようにちらりと見る。まだベルを認めてはいないようだ。
「着いた。」
4人の前に広がるのは大きな宮殿。ヘルは警備を顔パスでスルーし、門をくぐってズカズカと中へ進んでいく。大きな噴水が庭の中央にあり、砂漠気候でも涼しさを感じる。大扉の前に立つと、扉はそれを待っていたかのように開く。
「セト。来たよ。」
「ヘルさん!いやー、いつも助かってます!」
開けた玉座の間の奥に座っていたセト・クラシーは、ヘルを見るやいなや立ち上がって寄ってきた。
「あんたの国なんだからしっかりしなさいよ。」
「いやいや、私の力では、どうしても…。」
かなり下手に回っている。自分の国の荒廃を止めてくれた恩人なのだから当然だろうか。
「…この方たちは?」
セトはベルの方を見る。
「この人たちは私の手伝いをしてくれるの。」
「そうですか!どうもありがとうございます!」
セトは頭を下げる。
「まだ何もしてねえよ。」
「いやいや、でもこれからするのでしょう?」
「…さあな。」
神族2人とベルの会話。イザベラは見事に人見知りを発動して隅っこで肩を窄めていた。
「じゃ、もうそろ行くね。」
「見送りますよ。」
セトは庭の門まで付いてきた。4人に向けて、見えなくなるまで手を振った。
「毎回こうやって挨拶に行ってるのか?」
「当たり前でしょ。外交の基本。」
「外交どうこう言うならまず自分の国をどうにかしろよ。」
「だからやるって言ってんでしょ。殺すわよ。」
今の段階では、これが冗談なのか本気なのか全くわからない。
「…私の国は裕福な方だから、何もしなくてもある程度安定してんのよ。自分の国に引きこもるくらいだったら死んだ方がマシ。」
ヘルは迷いなく道を歩いていく。アルネは従うように無言で横に並び、澄ました顔をする。どこへ向かっているのかもわからないが、ベルたちはとりあえず付いて行く。
「ここね。」
ヘルは町の端、砂漠と建物の境目の大通りで止まる。
「邪魔だから離れて。」
ヘルは左手を前に突き出して指を鳴らす。左肩から白い翼が開く。夕日が降りていく町に突然とエネルギーが満ちる。ヘルの片翼の象徴"生"。あらゆるものに対して活気や生気を与える。死んだ者も生き返る。これは自身に対しても例外ではない。
「…すごい。」
イザベラは呆然と見る。これこそがこの町の活気の正体。ヘル・ニールセンは自分の力を人のために使い続けた。
「定期的にこれをやってるのか?」
「そう。この国が自立するまでね。他もあるから、明日にはここを出るよ。とりあえず全部の国を廻るまで付き合ってもらうから。」
「後何個だよ。」
「後3つかな。ちゃんとその後は自分の国に戻るよ。あんたうるさいから。」
「これ俺らいる意味ないだろ。」
「あるよ。私が”生”の力を使ってる国の一つに極度のコミュ障の神族がいるの。どうにかして…って言おうと思ったけど、あんたじゃ絶対無理でしょ。そこの人。あなたに頼むわ。」
ヘルの指先にはイザベラがいた。
「え…。私はちょっと…。」
「何?あなたもこのだらしない男と一緒に来たんでしょ?じゃあ手伝ってくれるよね?」
”何かあっても助けないからな”。この言葉が見事にイザベラを襲った。
「…はい。」
「とりあえず今日は宿で泊まるわよ。」
「泊まる必要あるか?走ればイェンセン国なんて一瞬だろ。」
「レベル5だからってみんながみんな高い身体能力をもってると思ってるの?単純な脳みそね。私は生まれつき運動が苦手なんだよバーカ。」
「運動が苦手なのはお前が鍛錬を怠った結果だろ他責野郎。自分の汚点を生まれつきの一言で言い訳すんじゃねえよヘドロ。」
「あんたの言葉じゃ説得力ないよ運が良かっただけの腐れ陰キャ。そんなこと言うなら努力でどうにかなった例を出してよ?」
「隣のイザベラは不象者だぞ。」
「…うそでしょ?」
その反応になるのも当然のことだ。イザベラのエネルギー制御の技術はそこらの象者よりも遥かに高い。不象者でここまでの技術は歴史上存在しなかった。
「…でもそれってイザベラちゃんの話でしょ。あんたじゃないじゃん。」
「じゃあイザベラ、俺の代わりに同じこと言ってくれ。」
「え、嫌よ。」
「ははっ!あんた味方にも裏切られてるじゃない。無様だね。あんたいくつよ?」
「18だけど。」
「げっ…私と同い年じゃん、だる。」
「え、私も18。」
その日は町一番の人気ホテルに泊まった。もちろん奢りはなかった。ヘルの分はアルネが出していたようだったが。全員別々の部屋だったが、途上国ともあって物価は安かった。
「予想外だな。俺的にはあの二人は争うものだと思ったんだがな。」
「全然仲良しじゃねえか。」
町から少し離れた砂漠の丘の上。メノン・ラリスとゼノン・ラリスは望遠鏡でベルたちがホテルに入っていくのを確認していた。沈みかけの夕日が横から照らす。”絶好のチャンス”を探してベルを観察していた。
「予定だと二人が殺り合って弱ったところを漁夫の利するはずだったが。どうする?ゼノン。」
「あのベルとかいう奴はもっと好戦的だと思ったんだが、違うか。気長に待つしかないな。」
「ゼノン。あの二人は本当に危険だと思うか?俺はどうもそうには見えないんだが。」
「性格は関係ない。あの力を持ってること自体が天災に等しい。どうにかしないと、いつ暴走するかわからないぞ。俺らで世界の均衡を保つんだ。」
「はいはい。」
深夜中の深夜。他の者たちが眠りについているであろう時間。ベルは寝れなかった。ではなく、有り余るエネルギーで寝る必要がなかった。ホテルの屋上の端に腰かけ、町の夜景を見下ろす。夜でも町の盛り具合は変わらなかった。人々は酒を飲み、笑い、明日に希望を持って今日を謳う。
「眠れないのか?」
ベルが横目で後ろを確認すると、ヘルの側近で実兄のアルネが立っていた。
「何だ、昼間の俺の態度への説教に来たのか?」
「最初はそう思っていたが…。」
アルネはベルの横に立ってヘルの言動を思い起こす。
「ヘルは…妹は責任感が強いんだ。表面上は好きでこんなことをやっていると言っていたが、最強の神族として生まれてしまったあいつは、ずっと自分の使命に駆られている。お前の言いたいことはわかる。俺はヘルの側近だ。俺の役目はこんなことは止めろとあいつをイェンセン国に連れ戻すことだ。わかっている。だが俺はあいつのやり方を尊重してしまった。その結果あいつは疲れ切っている。無理して笑顔を作っている。お前が来るまではな。神族相手にあそこまで無礼な態度をとったのはお前が初めてだ。だが皮肉にもその態度があいつを救っていたんだ。お前と口喧嘩をしているヘルがここ数年で一番楽しそうだった。本物の笑顔を見せてくれた。実に腹立たしいが、感謝はするぞ。」
「お前、シスコンだろ。」
「黙れ。」
兄妹揃って口が悪い。良くも悪くも。
「あと、お前は気づいているだろうが、付けて来ている奴らがいる。気を付けろ。」
「わかってる。」
「心当たりはあるか?」
「確信はないが、あるとするなら”アステル”だな。」
「やはりお前も狙われているんだな。ヘルもそうだ。」
「俺とヘルの殺し合いを待ってたんだろ。浅はかだな。」
「ふん、そうだな。」
アルネは話が終わると降りて行った。アルネも疲れていないわけじゃないだろう。
そこから夜明けまでの数時間、ベルはずっと外を眺めていた。活気があればこの町は発展する。発展すれば自立する。するとヘルの支援は不要となる。彼女はそれを狙っているのだろうと。
「あっ、いた。」
空が白みきった頃、屋上にいるベルをヘルは見つけた。
「何黄昏てんの。それがかっこいいと思ってんの?」
「…もうお前死ね。」
「はぁ?!!!」
都市、ジャマールを背にして4人は歩く。
「次はどこに行くんだ?」
「シュールバジー国。」
「そこの神族がコミュ障って話だっけ?」
「そう。だからイザベラちゃんに頑張って貰わないとね。」
イザベラは実に嫌そうな顔をする。レベル5ほどの境地に立っていても神族を目の前にするのはかなり躊躇するらしい。
「あーあ。ヘルがこーんな毒舌嬢じゃなかったら、もっと外交上手くいってただろうに。」
「…殺すわよ?」
それが口癖のようだ。表情や声のトーンで冗談で言ってることがよくわかる。
「もっと速く移動できねえのかよ。日が暮れるぞ。」
「歩きで行くわけないでしょ!バカなの!?」
「何か乗り物があるのか?」
「あるわよ。今合流地点に向かってんのよ。」
「先に言えよ。俺はエスパーじゃねえんだぞ。」
「はいはい、ごめんなさいねー。」
都市から離れるということは、それなりに大きな乗り物なのだろうか。
「ほら、来たよ。」
遠くから空飛ぶ巨体が見えてくる。合流地点に降り立ったのは全長30mほどのドラゴン。背中には男が乗っていた。
「悪い、待たせた。」
「時間通りだよ、アクセル。」
祖父は言う。
「アクセル・エーリクセン。レベル3の"竜"の使い手で、ヘルの昔からの幼馴染だよ。」
「この世界には竜がいたの?」
「いや?いなかったよ。これはあくまで竜を創り出して操る象徴だからね。ベルの"仮想"と少し似たところがある。」
「連絡してくれた通り、4人だな。乗りな。」
「シュールバジー国までお願い。」
「了解。」
合計5人を背中に乗せても、巨大なドラゴンは平気そうに大きな翼を広げて空を舞う。
「あんたら、名前は何て言うんだ?」
「ベル。」
「イザベラよ。」
「そうかい。ヘルと仲良くしてくれて助かるよ。こいつは友達ができにくい性格だからな。」
「はは。”仲良く”ね。」
喧嘩するほど仲がいいとは言ったものだろうか。ベルは苦笑いしかできない。ヘルは”友達”という言葉に反応して、照れくさそうにそわそわしている。
「…何だこいつ。」
「何よ!!こっち見ないで!」
本当に友達という言葉とは縁がないのだろう。これほどの毒舌に生まれてしまったのなら当然のことではあるが。
「ていうか、このドラゴン結構速いな。」
生物でありながらヘリコプターと大差ない速さで移動している。
「運搬に特化した巨体のドラゴンだからな。シュールバジー国程度なら数時間で着くさ。」
「セシャト様!セシャト様!どこにおられますか!隠れないでください!」
宮殿の中、側近のアーリム・サウワースが呼ぶ。
「今日はヘル様がこの国のために訪問してくださる日ですよ!一度だけでも顔を合わせてもいいじゃないですか!」
廊下を探し回るアーリムの背中を、柱から顔を覗かせて見る。秘密の神、セシャト・サーニウ。”暴露”と”隠蔽”を象徴するシュールバジー国の神族。彼女は極度のコミュ障である。唯一心を開く相手がこのアーリムであるが、アーリムが赤の他人と自分を会わせようとして来るなら話は別だ。セシャトは国務をサボっているわけではない。アーリムが鼓舞して褒めてあげると、外交を除いて嬉しそうにせっせと働いてくれる、ギリギリ怠惰には数えられなかった神族。




