Divine Bell
アステルの崩壊、セシャトの氷解。
その後の動きは早かった。残り2個の国を回り、約束通りヘルはイェンセン国に帰って行った。イザベラはセシャトの世話係として、定期的にセシャトの下へ通うことになった。”怠惰の四神を玉座に戻す”その役目を終えたベルはリベラ国に帰り、またいつもの喫茶店でブレッドと向かい合って座っていた。
「お前とんでもねえな!1週間もかからなかったんじゃないか?」
「そうだな…。」
ベルは天井を見上げゆったりと回っているシーリングファンを眺めながら考える。ヒノカ・イカルガ、シユウ・レイ、ヴァラーハ・ナーヤル、ヘル・ニールセン。途中ギャングの交戦に巻き込まれたり、アルテルに狙われたりと散々ではあったが、旅行の経験がほとんどなかったベルには新鮮だった。
「これからどうすんだ?もうやることないんだろ?」
「そうだな。家を借りるにしても仕事と金が…」
「お困りのようでいらっしゃいますね。」
1人の老人が空いた席に腰掛ける。シユウの側近のハオランだった。
「どうやってここを見つけた?」
「オウ国の探偵さんの力を借りて、ベル様の行きつけの喫茶店を特定してもらいました。ヘル様がご復帰なさったので、もうリベラ国に戻っているだろうと。この度はシユウ様がお世話になりました。本当にありがとうございます。」
「ベル。お前どこまでもお偉いさんとの関わりが厚いよな。」
「…何の用だ?」
「連絡先を教えて貰えないでしょうか?」
「は?」
「あなた様のおかげでオウ国の治安はかなり改善されました。ヒノカ様の側近、サキ様からも礼の言葉が届いています。"プリトヴィーではおもしろいものを見せてもらいました。ありがとうございます。"とのことで。お金に困っておられるのでしょう?どうかお礼をさせてください。」
「…まあいいけど。」
ベルはハオランに電話番号を教える。
「ありがとうございます。後ほど謝礼金をお送りいたしますので、ご自由にお使いください。」
用が済むとハオランは立ち上がる。
「一応聞くが、あいつもお前が連れてきたのか?」
ベルが指さす方向には、客に紛れて盗撮する記者のコトハがいた。
「えっ…。」
まさかバレてるとは思っていなかったコトハは固まる。
「…いいえ。あの方は自力であなた様を探し出したようですよ。私を付けて来たなら気づきます。」
「仕事熱心な女だな。」
「ベル。お前追っかけもいるのかよ。モテモテじゃねえか。」
「そんないいもんなわけないだろ。」
「では。」
ハオランは特に注文することなく店を後にして行った。コトハはそれにより空いた席を奪うように速やかに座って来た。
「…お前のために用意した席じゃねえぞ。」
「えーー。別にいいじゃないですかー。ところであなたはこの方とお知り合いなんですか?」
コトハはブレッドに狙いを定める。
「そうだぜ、姉ちゃん。ベルに興味があるのか?」
「そうなんですよー。この方すごいですからね。」
ベルは今までを振り返る。周囲からの自分の認知。それが一気に広まり出したのはこの女と会ってからだ。
「”四神に打ち勝つ猛者”。この名前つけたのお前だろ?」
「知ってるんですか!?認知してもらえて嬉しいです!」
「しばくぞ。」
この女はベルの情報を広めている主犯である。四神と関わっている以上、多少の認知は許容していたが、この女のせいでそれに加速がかかっている。記者というのは時に大敵となる。
「俺はお前のせいで困ってる。」
「目立ちたくないってことですか?」
「そうだ。」
「…。」
記者は黙り込んで考えている。一応こちらに配慮はしたいらしい。
「…どうして目立ちたくないんですか?」
「お前、有名人のプライベートとか見たことないのか?」
「そりゃあ、見たことありますよ。」
「なら気持ちはわかるだろ。”怠惰の四神をねじ伏せた”などという称号をつけられて報道されれば目立たないわけがない。外も自由に動けなくなるだろ。」
「…。」
記者は再び考える。どうにか説得する方法を探っている。
「…報道しなければいいですか?」
「それ、仕事が成り立たないだろ。」
「それでいいんです。つまり、私個人の記録として残せば、あなたはこれ以上目立つことはないわけですよ。」
「…。」
言ってる意味が分からない。それでは記者として記録する意味がないのではないか。
「これからあなたを”取材対象”ではなく、”観察対象”とします。仕事の記事の内容は他のにします。」
「…。」
この女には何か算段があるのだろうか。しかし、その案は十分、”目立たない”を満たしている。
「…本当だな?」
「はい。記者に嘘はタブーです。」
「はぁ…まあいいだろう。」
「やった!」
「それでなんだ?俺はどうしたらいいんだ?」
「定期的に私と会ってください。」
「それだけか?」
「はい。私の象徴は”記憶”なので。」
象徴”記憶”。自らが見た風景や聞いたことの保管はもちろん、対象の記憶を探ることもできる。より鮮明に読み取るほどエネルギー消費は大きい。レベル2のコトハは、プリトヴィーでベルと会った時にこっそり記憶を探っていた。
「…わかったよ。」
「それならよかったです!ちなみにギャラの件なんですけど…」
「いや、金はもういい。お前が一歩退いてくれるならそれで十分だ。」
「そうですか。わかりました!ありがとうございます!」
記者は立ち上がる。
「今回で十分記憶は探れましたので、私はここらで。」
少し息が荒れている。ここ最近のベルが見て来たものは情報量が多すぎた。
「ありがとうございました!」
元気そうに店を出て行った。かと思えば、すぐに戻って来た。
「すみません!まだ名乗っていませんでした!こういうものです!」
ベルとブレッドに名刺を渡す。コトハ・ヒジリ。今度こそ彼女は店を後に去って行った。
「コトハちゃんだってよ。いいなぁ。俺も女の子に取材されたーい。」
ベルはブレッドを睨みつける。
「ははは!お前どんだけあの子を煙たがってんだよ!いい子そうじゃねえか!まあ、お前が苦手そうなやつではあるがな。」
「…。」
机を挟んで静寂が訪れる。この店のすべての人間の会話が聞こえるほどの静寂だ。
「それで、お前あの側近の爺さんから金貰ったろ?家はどうすんだ?」
「…やる事ねえし、店でも開こうかな。」
「ええ!まじ?!なんの店だよ?」
「…何でも屋?」
「ははは!!…めっちゃいいじゃん。どこでするんだ?」
「まあ普通にリベラ国でいいだろ。」
「いいじゃねえか。」
「できるだけ都市近くがいいな。もらえる謝礼金の額にもよるが。」
そんなことを言っているとベルのスマホに通知が届く。ベルは内容を確認する。”ベル様、先ほどお会いしました、ハオラン・センでございます。謝礼金の送金が完了したことを報告いたします。私、ハオラン・セン、並びにサキ・カグラ、あなた様のご協力に今一度感謝申し上げます。”
「金送ったって?」
「ああ。」
ベルは口座の残高を見る。
「…まじか。」
「ベルさん。設計図はこんな感じなんすけど問題ないですか?2階は居住用で1階は仕事用の空間になってます。作業場ではないとのことなので、全体的に会議や契約の際に適したゴシックよりの雰囲気にしてます。」
「これで頼む。」
「わかりました。合計100坪。しかもリベラ国屈指の都市、スライブ。こんなド派手な金遣いする人なんてそうそういませんよ。ベルさんかなりリッチな方なんすね。」
「いや、貰った。」
「…お金を?」
「金を。」
「…なんと太っ腹な人も世の中にいるもんですねぇ。」
「…まあな。」
「じゃあ、早速建築しますね。」
「一人でやるのか?」
「一人でやりますよ。それがこの私ですから。」
彼はリベラ国、いや、世界屈指の建築家だ。ベルがハオラン、サキからもらった額は想像を絶するものだった。ベルはその9割を使ってこの建築家に、この都市に、この大きさで家を作ってもらう。
象徴”建築”。建造物の生成に特化したこの象徴は、レベル5ともなるとその技術は世界を渡るほどとなる。できるのは一瞬だ。細部まで頭で考えて家を生成する。
「できましたよ。」
「…神業だな。」
「プロですから。家具や家電もすべて設計図通りの配置にしてます。位置調節はご自由にしてください。」
「わかった。助かる。」
「どういたしまして。…あっ。」
「?」
「店やるんですよね?看板どうします?」
「あっ。」
完全に忘れていた。看板のない店などわかるはずもない。
「名前だけ決めてもらえばすぐに付けられますよ。」
「うーん。」
何でも屋、人助け、依頼、願い事。
「神の呼び鈴…ディバイン・ベルかな。」
「いいっすねそれ。厨二病みたいで。」
「まあ、インパクトあった方が目に留まりそうだしな。」
「じゃあそれで看板作りますね。」
Divine Bell、Divine Bellと建築家は何度も口にしながらデザインを考える。語尾が所々震えている。笑っているようだ。かなりバカにされている。
「できました。」
玄関の上に大きく"Divine Bell"と書かれている。この都市で特に異彩を放つ店、それがベルの営む何でも屋である。
「ようベル!店はできたか?」
ブレッドには事前に店を建てる場所を教えていた見に来たようだ。
「…ディバイン・ベル?」
ブレッドはその名前に圧倒される。
「…めっちゃいいじゃねえか!かっこいいやん!」
ブレッドは肯定が多いタイプの人間だ。これが本心なのかどうかはわからないが、ベルは少し助けられた気がした。
実際、この"Divine Bell"という名前は店の名前としてかなり優秀だ。たった2語という読みやすさ、覚えやすさ、"神の呼び鈴"というユニークさを兼ね備えた質の良い名前なのだ。
「念の為、中を確認してください。修正は全然利くので。」
ベルたちは中に入って確認する。全体的にスタイリッシュに造られていて、メインフロアには暖炉が設置されている。1階、2階ともにベルの理想とした姿そのものだった。これがプロである。
「うっひょー!!!」
ブレッドは豪華な装飾に飛び跳ねている。
「大丈夫そうだ。」
ベルも満足し建築家にそう告げる。
「わかりました。最初の1ヶ月まで建築変更の要望があればサービスしますので、メールで教えてください。」
「わかった。」
建築家は仕事を終えて帰って行く。ブレッドはフロアのソファで横になって天井で回るシーリングファンを見る。
「もう電気通ってんのか?すげえな。」
建築家は一律して電気会社やガス会社と連携する。事前に伝えておけば、当日にガスや電気を送ることが可能だ。
「後は…。」
ベルは木製のスタンド看板を生成し、玄関の隣に置く。
"困り事なら何でも"。




