神々の秘密基地
リベラ国のある都市、スライブ。その町中にある一つの店"Divine Bell"。そこには何でも屋を営む一人の男、ベル・グレイがいた。彼は実に平穏が好きだった。山頂に上って昇る太陽を眺めたり、海辺で水平線に消えていく夕日を望んだり。時には来客の依頼を叶える。地味ながら幸せで趣深い生活。今日も彼はその平穏を謳歌する…予定のはずだった。
「このソファめっちゃ座り心地いいじゃん。あんたにしてはセンスある。」
「…ここ好き。」
「おいベル!頼むから俺に稽古をつけてくれ!」
「ベルよ!なかなかいい店じゃないか!!まあ私のプリトヴィーには劣るがな。ふはははは!!!」
地獄絵図である。
ベルの思い描いた平穏とはこれではない。怠惰の四神が人の家に遊びに来るなど誰が想像できようか。ベルは四神たちと連絡先を交換していない。普通に考えれば店をやっていることなど知るはずがないものなのだが…。コトハは約束通りベルのことは公表していない。よって消去法により、元気そうなシユウを微笑ましく眺めるハオラン・セン、このジジイが犯人である。コトハとただ二人のベルの現状を知る人間。四神たちも暇ではないが、探偵などを使ってベルを探すほどの気力はなくても、ベルがここにいると伝えられれば冷やかしに来たがるのだろう。
四神たちは意外と互いに縁があるようで、初めましてではないようだ。シユウはベルにコテンパンにされた後、その実力を認め、自分を強くするために今度は執拗にベルに稽古をねだってくる。ちゃんと仕事はしているらしい。ヒノカは近くの店でアイスを買ってきたらしく、行儀よくソファに座っては美味しそうに食べている。ヘルはソファに横になって偉そうにこの家を評価している。ヴァラーハはただただうるさい。害はない。側近たちは自分の主人の身を守るため、常に四神の近くに立っている。
不幸中の幸いなのだろうか。この家が広いおかげで、四神とその側近たち、ベルの計9人が同じ空間にいても物理的な窮屈さはない。物理的には。暖炉の前に大きな机があり、それを挟むように対照的に2つの長めのソファが設置されている。この時期は暑いため暖炉は動かしていない。
今日は偶然四神たちみな休日らしい。だからこの状況なのだ。
「…もう死のうかな。」
ベルはソファに背もたれて天井を見上げる。
「死なないでください。謝礼金が無駄になります。」
サキはそう言う。気にするのはそこらしい。
「…1個あげる。」
ヒノカはベルの前にアイスを一つ差し出す。
「…どうもー。」
今はとても食べる気にならない。
「…いらないなら私もらっていい?」
ヘルはアイスを手に取る。
「おい!ヘル!それはベルの物だぞ!」
シユウは勇敢にもヘルに立ち向かう。
「うるさいわね。雑魚が騒がないで。」
「はあ?!雑魚って決めつけんなよ!」
「雑魚でしょ。私が指1つ鳴らすだけであんたなんか一撃よ。」
「やってみろよ!お前が指鳴らす前にその腕切り落としてやるわ!」
「おお!其方ら戦うのか?!ならここは狭い!もっと広い場所でやろうじゃないか!この私が闘技場を造ってやる!ふはははは!!」
玄関のベルが鳴る。その場にいた全員が静まり返ってその方向を見る。そこには一人の女性が立っていた。ベルが口を開く。
「ん?…依頼か?」
この殺伐とした空間に女は一瞬固まる。
「…は、はい。猫を探してほしくて。」
「いいぞ。とりあえず座れ。」
「最近私のペットの猫がいなくなっちゃったんです。名前はナンシーって言うんですけど。本当に何でもやってくれるんですか?」
「やるよ。猫探しだろうが何だろうが。」
「…この人数で?」
女は四神と側近たちを見渡す。
「…こいつらは…部外者かな。」
「え?全然協力するけど。」
ヘルは言う。
「せっかく来たんだし?手伝ってあげてもいいわよ?私のも手伝ってくれたお礼。」
「じゃあ俺も。」
「猫好き。」
「暇つぶしにはなりそうだな。ふはは!!」
「…らしい。その…ナンシーだっけ?特徴は?」
「白毛のマンチカンです。よく手入れしてあげてるので家猫とすぐわかると思います。」
「いつもは家にいるのか?」
「ナンシーは散歩をよくしていて、今回も散歩に出たようなんですけど、戻って来なくて。」
「わかった。じゃあ家まで案内してくれるか?」
「え?」
「なんの痕跡もなしに一から探すのは無理がある。信用できないなら家の近くでもいい。」
「いいえ。家まで案内します。」
今日は曇りだ。もう少ししたら雨が降ると予報は言っている。
「この家です。」
都市から少し離れた場所の小さい一軒家。外装は真っ白で明るい。後ろを四神たちが付いて来る。鬱陶しい。
「ナンシーは散歩に行くときいつもどこから出る?」
「玄関です。いつも散歩に行くときは自分では扉を開けられないので、玄関で鳴いて私や家族にねだるんです。帰ってくるときも同じです。」
「今回扉を開けたのは?」
「私です。」
ベルは家の玄関の前に立って、しゃがみ込む。
「…猫の匂いはまだ消えてない。まだ追える。」
「えっ、何その嗅覚。キモ。」
ヘルはいちいち何かと罵倒してくる。ベルは聞き慣れて来た。
「雨が降ったら難しくなる。さっさと見つけるぞ。」
ベルを先頭に他の者たちは付いて来る。手伝うとは言っても、ベルの予想外の感覚の鋭さにみな手伝えるものもない。
「いつもそんな感覚鋭いの?」
ヘルは不思議そうに聞く。
「そうだが?」
「じゃあ俺らが気付けないこともベルなら気付けるのか。」
シユウは感心する。
猫の散歩道というのもあってかなり狭い。路地裏の中の路地裏まで突き進む。
「…匂いが止まった。近くにいるな。ナンシーのレベルは?」
「1です。」
「ならエネルギーで感知するのは無理そうだな。全員喋るな。」
ベルは耳を澄ます。生物には鼓動がある。そしてそれにはわずかながらに音を発し、生物の体重に比例して心拍数が変化する。これによりその生物の場所と体重を特定することができる。死亡していなければ。
「…いた。」
異様に鼓動が早い。ベルは家の反対の路地裏まで移動し、そこにあった段ボールの山を動かす。するとそこで丸なって震えている白毛のマンチカンがいた。
「ナンシー!」
女はナンシーを抱きかかえる。ナンシーは助けが来てくれたことに歓喜するように鳴く。
「間違いないか?」
「はい!首輪に名前が書いてます!」
「…様子がおかしい。何かに怖がってる。」
ヒノカはナンシーを撫でながら言う。
「こいつにとっての脅威が近くにいる。」
ナンシーは小柄な猫だった。外の世界は天敵だらけだろう。
「お?戦いか?戦いなのか?なら私が行こう!」
「ご自由にどうぞー。」
「どっちが先に殺せるか勝負しようぜ!」
ヴァラーハとシユウはその”脅威”とやらを探しに向かった。
「あいつらに任せて、とりあえずナンシーを家まで帰すぞ。」
四神とその側近、ベルが近くにいることで、”脅威”がナンシーを襲うことは一切なく家まで辿り着いた。これほど安全な移動は他にない。
「ありがとうございます!」
女は何度も頭を下げる。
「じゃあ、依頼料をもらうぞ。」
「はい。本当にありがとうございます。」
「もう散歩に出すなとは言わないが、気を付けろ。」
「はい。」
女はナンシーを連れて家に入って行った。扉を閉じる前に再び一礼をして。
「…あの二人どうする?」
ヒノカはヴァラーハとシユウが行った方向を指さす。
「とりあえず合流…」
突如遠くで爆発音が聞こえる。あの二人だろうか。
「…暴れすぎだろ。」
ベルはヘルとヒノカを置いて爆発の方向へ走る。予報通り雨が降り始める。
「…行っちゃった。」
「私たちじゃ追い付けないわよ。雨も降って来たし、先にあの家に戻りましょ。」
「うん。」
側近たちの傘の内へ入って、2人は、店を目指して歩き出す。
「ふはははは!!!見つけたぞ脅威ぃ!!あの猫を怖がらせてたのは貴様だろう!」
「おい待て!!俺の獲物だ!!」
二人は一羽の烏を追っていた。神族の、しかも四神の二人に追い掛け回されるのはかわいそうである。シユウとヴァラーハは烏に向かって乱射する。
「おい。」
ベルは二人の後頭部を掴んで地面に叩きつける。
「痛ぇ!」
「其方!酷いではないか!」
額から血を流しながら文句を垂れる二人。
「暴れすぎだ。ここは町中だぞ。」
「これでも抑えた方だわ!」
「なら足りねえよ。」
周囲の人間が騒ぎを聞きつけて集まってきている。
「確かにあの烏が脅威で間違いなさそうだな。だがあのエネルギー量はレベル5クラスだろ。よく今まで隠れていたな。ナンシーがレベル1で逆に助かった。1歩間違えれば今頃食い殺されてた。」
烏は賢い生き物である。自分が暴れまわると人間に狙われることを理解している。今回も目立つつもりはなかったのだろうが、狙った猫が悪かった。
「クソッ。あの烏全然当たらねえ。」
「お前ら明後日の方角に向かって攻撃してたぞ。」
「おかしいとは思っていたが、やはりあれは”幻覚”だな。」
象徴"幻覚"。幻覚に惑わされれば、五感を失ったのと何ら変わりない。
「おい!お前ら!さっきの爆発の犯人だな!手を上げろ!」
騒ぎを聞きつけて警察が来た。街中はこれだから面倒である。
「おいベル。あの異空間みたいなやつ使えないのか?」
「そうしたかったが…。」
烏の"幻覚"により、ベルの目にはすべての生物が烏に見えている。これでは対象を絞り込めない。おそらく二人にも同じように見えているだろう。
「やはり烏は賢いな。俺らが一般人を巻き込めないことを知っている。」
「ベルよ。どうするというのだ?」
「おい!聞いているのか!手を上げろ!」
警察は怒鳴る。
「悪いが、今はそれどころじゃない。俺にはお前が烏にしか見えないんだ。」
「何を言っている!…なっ、なんだ!」
烏は警察にも幻覚をかけたようだ。
「なっ、なんだお前ら!動くな!」
警察には何が見えているのかわからないが、周囲の一般人にも銃を向け出した。悲鳴が上がる。
「洒落にならなくなってきたな。だがまだ烏が近くにいることがわかった。逃げていない。」
ベルたちを弄んでいるのか、はたまた慎重に動こうとしているのか。
側近たちが動く気配がない。ベルへの信頼を置いているのか、四神と渡り合うその力、やれるものならやってみせよと言わんばかりの圧をどこからか感じる。
「目立ちたくないが、さっさと終わらせた方がいいな。」
ベルは左腕を地面につける。"仮想"。右腕に1本の槍が生成される。
「おお!それはプリトヴィーの時とは別の!」
「何だその槍?俺見たことないぞ?」
見るはずもなかろう。これはこの世に存在しない武器なのだ。神器、グングニル。必中の槍。
「みな烏に見えておるのだろう?どうやって狙うのだ?」
「目視で狙う必要はない。俺は一度烏本体を見ている。」
ベルが二人と合流する際に見た烏は幻覚でもない本体である。人が一人一人姿が違うように、烏も一羽一羽姿が異なる。幻覚の烏は一羽一羽姿が異なる。必要によっては本体と全く同じ見た目にできただろうが、それはエネルギーの無駄遣い、何よりあの烏は"烏の個体差から本体を遠隔で狙うことができる攻撃"が存在するなど思いもしないだろう。ベルは目を瞑って本体を想起し、槍を振りかぶって投げる。ベルの手から放たれた槍は進行方向とは真逆に方向転換し、真っ直ぐに飛んで行く。そして、幻覚に紛れ透明となっていた本体の頭部を見事に貫く。ベルの危険性を察知した烏はすぐに離れたようだが、手遅れだった。"幻覚"の能力は消え去り、みな元の姿にもどる。
「…何が起きていたんだ?そうだ!あいつらは?!」
警察が気付いた時には、もうあの三人の姿はなくなっていた。
「ビショ濡れね。」
店戻った三人は情けなくも雨水を滴らせていた。側近たちは傘を差していたため無事だ。ヘルはその姿を嘲る。
「乾かす?」
「頼む。」
ヒノカの"発熱"の能力により、雨水は一瞬で蒸発する。
「熱っ!」
三人の中で一番耐久力がないシユウは騒ぎ立てる。
「熱くても我慢して。」
「結局その"脅威"って何だったのよ。」
「烏。」
「あははははは!!!」
その答えを聞いてヘルは笑い転げる。
「烏1匹に男3人がかりで苦戦するとか!見てらんないわよ!」
「てめぇ!殺すぞ!!現場見てねぇ分際で!」
「だってベルが置いて行ったんだもん。」
「ただの言い訳だろ。」
「ああ?!殺すわよ!」
また始まった。側近たちは止めない。楽しそうに騒ぐ神族たちが微笑ましいのだろう。なんならハオランはハンカチでちょっと涙拭いてる。さながらとんでもないバカ親である。
そんなこんなで時間が経ち、さすがに泊まるのは不可能ということで夕方頃になるとみな帰って行く。
「また遊びに来るねー。」
各々別れの言葉を告げて店を後にした。後にはベル一人の静寂が訪れる。あの人数はやかましかったが、独りというのも少し寂しいものだ。
そしてベルは思い立った。ペットというものを飼ってみるのもありだと。
しかし何でも屋という仕事柄、店を留守にすることは多い。出て行かれてそれっきり帰ってこないというのも今回で苦であることがわかった。よって求められるのは自衛能力と賢さを同時に持つ店の看板ともなりそうなペット。そんなものはペットショップを探しても見つかることはないだろう。だからベルは自分の手で作ることにした。
ベルの努力の末誕生したのは、見るからにどんくさそうな三毛猫である。
「…なんかデブくね?」
腹が出てることに加え、手足が短い。四足で立つと腹が地面に届いてしまう。二足歩行がディフォルトになってしまった。
ベルは作る際に脳へ常識のほぼすべてを詰め込んだ。言葉が通じるどころか、コミュニケーションも取ることも容易だろう。ベルは試してみることにした。
「じゃあ、リンゴ買ってきて。」
猫は敬礼をするとベルから小銭を受け取っては腹に隠し入れ、扉を自力で開けては出て行った。数分後、再び扉が開くと、猫が入ってきた。ベルの前に寄ってきては腹からリンゴを取り出す。この腹にはまあまあ物が入るようだ。猫がリンゴを買いに来るとは店主も思わなかっただろう。
「よくやった。」
猫は誇らしげに腰に手を当てる。これは猫と呼んでいいのだろうか。ベルはリンゴを小さく切って猫に渡す。猫は腹に対して口は小さめで、少しずつモグモグと食べる。
この猫に名前をつけなくてはならない。ベルはこの猫を雄として作った。最終的にベルの考えついた名前は"ココア"であった。
「お前の名前は"ココア"だ。」
猫はリンゴを口に押し当てたままその話を聞いていた。特に喜ぶことも嫌がることもない。聞き入れたと言わんばかりの頷きだけして再びリンゴを食べ進める。
「自由にしな。」
それを聞くとリンゴをすべて平らげ、足早にフロアを後にする。トイレに向かったようだ。どんな体勢で行うのかはわからないが、あの猫は人間用のトイレでできるらしい。トイレから戻って来た猫はフロアのソファに横になる。
猫の寝る場所の決定はよくわからない。ここで良いのだと言うように穏やかな顔で目を閉じる。ココアが寝たのを確認した後、ベルは店の屋根に座って沈みかけの夕日を見ていた。何かを考えているわけではない。
ふと下を見ると、誰かが店に入って行くのが見えた。ベルは寝ないのでDivine Bellは24時間対応である。ベルは屋根から降りて扉を開ける。
「…デブ猫?」
1人の男が立っていた。ベルは背後から声をかける。
「依頼か?」




