イレギュラー
私はコトハ・ヒジリ。シラヌイ国で記者をやってる。最近世界情勢が大きく変わりつつある。そう、怠惰の四神の復帰。ヒノカ・イカルガが復帰したと聞いた時、私は最初は単なる気まぐれとか、偶然とかだと思ってた。でも、もう一人の四神、シユウ・レイが復帰したと聞いた時、これには裏に誰かいると確信した。数日で四神二人が復帰。流石に不自然すぎる。これは記事を書くチャンスと思った。だから関係者に聞いた。ヒノカ・イカルガの側近、サキ・カグラのプライベートに突撃したけど、全然応じてくれなかった。何か隠しているに違いない。シユウ・レイの復帰報告の前日、ビン地区で大きな騒動が起きた。私はそこに何かあるんじゃないかって思って、そこの修復工事現場に取材に行ったら、”近くに巨大な獣の死体があった”って言われた。解剖による分析では、レベル4の犬であることがわかったらしい。レベル4の化け物を仕留めることができるのはシユウ・レイか、あるいは…。私の数年の記者魂の直感が告げている。これは今回の件と無関係ではない。
もしこのまま裏の人間が怠惰の四神に干渉するのであれば、次にターゲットになるのは、残りのヴァラーハ・ナーヤルか、ヘル・ニールセン。どちらかに行くだろう。二分の一…というわけじゃない。近頃起きた原因不明の事件を統合すると、レベル2の男性の死亡、レベル3の爆発バチの突然死、レベル4の怪獣犬の死体。少しずつリベラ国から離れるように発生している。ヘル・ニールセンの所在は不明なのに対し、ヴァラーハ・ナーヤルはシャルマ国にいることがわかっている。もし探し求めている人がリベラ国出身だとしたら、ヘル・ニールセンの管轄国であるイェンセン国よりも、四神の場所がわかってかつリベラ国により近いシャルマ国に行くはず。ならプリトヴィーに顔を出す可能性が高い。よし。さっそくシャルマ国に向かおう。
プリトヴィーに着いた。今日は月一の闘技が行われる日。シユウ・レイの国務復帰から2日、まだヴァラーハ・ナーヤルの国務復帰の声明は出されてない。これは、今までにないチャンス!プリトヴィー周辺は闘技の日というのもあって人がたくさん集まってる。かなりの苦労にはなるけど、それっぽい人がいないか探すしかない。近くの建物の屋上を借りよう。
持ってきた望遠鏡でプリトヴィー入口を観察しよう。9割9分シャルマ国民。そりゃそうか。こんな血生臭いイベントを好んでみる人なんてそうそういないよね。ん?あの人、服装が全くシャルマ国民じゃない。髪が黒くて一部が赤い。んー、あまりぱっとしない。神族と戦える人だもん。もっとこう、がっちりしてて屈強そうな人のはずだよ。私の数年の記者魂の直感が告げている。あの人は今回の件とは関係ない。
一通り見たけど目ぼしい人はいなかったな。試合の観客席に紛れ込んでる?試合を観戦してるヴァラーハ・ナーヤルの隙を突くとか?ありそう。…まさか闘技に参加するとかはないでしょ。そんな変なことしないはず…。とりあえず中に入ってみないと…。
ここはプリトヴィー、何も考えずに向かったベルはちょうど月一の闘技の日にぶち当たった。運がいい。周囲の人間の熱気を見ればいかにプリトヴィーが人気かわかりやすい。今月は誰が出るとか、誰にいくら賭けるとか。武器を装備した人々もいる。きっと参加者だろう。ベルの近くで男の声が聞こえて来た。今日の優勝者候補の話をしているようだ。
「やっぱ、イザベラ一択だろ!」
「イザベラ?誰だそいつ?」
ついベルは聞いてしまった。
「ん?お前シャルマ国の人間じゃないな。イザベラ・トゥルーハートを知らないのか?シャルマ国じゃ有名で、突如としてリベラ国からやって来たレベル4の名闘士だぞ。」
「レベル4の奴らが暴れたら闘技場どころか国一つが破壊されるだろ。」
「お前本当に何も知らないんだな。あの闘技場はヴァラーハ様が建てた土製のものだ。レベル3程度の威力なら傷1つ付かないし、仮に傷がついても瞬きする間にすぐ元通りになるんだよ。プリトヴィーの外に出た攻撃も全部吸収しちまうんだ。」
ベルは闘技場を見上げる。プリトヴィーは高さ70m、長径300m、短径185mの楕円形闘技場である。土に含まれる金属の割合が大きいのだろうか、黄金色に見える。
「ねえ、じいちゃん。闘技は違うレベルの人とも戦うことになるの?低いレベルの人不利になっちゃうよ。」
「大丈夫。闘技はレベル1から4のそれぞれでトーナメントが行われたよ。」
「でもレベル4って少ないんでしょ?人足りるの?」
「それがシャルマ国のすごいところで、古代からずっと戦いを求めてた国だったから、進化してレベル2以上の人の割合が他の国よりも比較的多いんだ。」
「レベル5の人はどうして参加できないの?」
「レベル5ともなるとさすがのシャルマ国でも国宝扱いになる。レベル5同士で試合をして死者でも出るなら国全体にとって大きな損失になるから、レベル5同士の試合は禁止になっていたんだ。でも民の一部にはレベル5同士の試合を望んでいる人がいたらしいよ。」
「これも知らないだろうから一応教えておくと、この闘技のトーナメントで優勝した者は願いを一つ叶えられるんだ。」
「何でも?」
「できる範囲で。」
「じゃあヴァラーハに働けって言ったら働いてくれるのか?」
「多分働いてくれるんじゃないか?何だ?お前ヴァラーハ様を奴隷にでもしたいのか?」
「いや、そうじゃないけど。」
ベルは思った。もし本当に優勝した者の願いを何でも叶えてくれるというのなら、自分が優勝して国務復帰を頼めば大人しく戻ってくれるはずだ。
「参加って当日にできるのか?」
「できるぞ。あそこに人が集まってるだろ?まさかお前参加する気か?」
「そのつもりだが?」
「実力試し気分で参加するなら止めときな。普通に死人が出る。」
「大丈夫だ。俺は遊びで参加するわけじゃない。」
「叶えたい願いがあるのか?」
「まあな。」
「そうか。死なないように頑張りな。」
男に肩を軽く叩かれてベルは受付までの道のりを歩いて行く。途中、見覚えのある白髪が見えた。
「やっぱり、ここに来られると思っていました。」
ベルの顔を見ると、その白髪の持ち主であるサキ・カグラが話しかけてきた。
「何でこんなところにいるんだ。」
「あなたの活躍を見てみたかったんです。ヒノカ様に勝ったあなたの実力を。ヴァラーハ様目当てできっとこの闘技に参加なさるだろうと。」
「ヒノカはどうしたんだ?」
「私もヒノカ様も今日は休日です。ヒノカ様は今頃カフェでスイーツ巡りをなさっていると思います。一緒にプリトヴィーの闘技を見に行きませんかと誘ってみたのですが、断られました。”暴力は嫌い”とのことで。」
「そりゃそうだろうな。」
「私は観客席で楽しませてもらいます。頑張って来てください。」
最初に会った時よりずっと感情が読み取りやすかった。人が暴力の場に出るというのにウキウキしている。
「あ、それともう1つ。」
「なんだ?」
「四神に干渉する者としてあなたを詮索している者がいます。お気をつけて。」
「なら目立ったらまずいな。闘技は止めとくか。」
「え…。いや、闘技には参加してほしいです。」
「は?なんだそれ。」
「…とりあえず頑張ってください。健闘を祈ります。」
何と無責任な言葉。サキは業務でないならここまで雑になるのだ。ベルは仕方なく闘技に参加する。受付に着くと、女性が対応してくれた。
「闘技に参加なされますか?では、この書類に名義とレベルを記入してください。」
「…レベル5枠はないんだな。」
「レベル5の方の闘技への参加は禁止されています。」
「じゃあ、レベル4か。」
「”じゃあ”?」
「あ、いや、普通にレベル4。」
「……。」
「…書くだけでいいのか?レベルを偽ってたらやばいだろ。」
「これまで100年以上の記録で、レベルの偽装は発生しておりません。」
「…。」
「…。」
シャルマ国の民たちはかなり誠実な者が多いようだ。受付の懐疑的な眼差しが痛い。ベルは視線を逸らす。ベルは力をもらってからの自分のレベルを把握していないが、レベル5の神族相手に勝利できる実力がレベル4なわけがない。
「…レベル4は珍しいですね。現段階でレベル4の参加者はベル様を含めて5人です。」
「他のレベルはどれくらいの人数いるんだ?」
「レベル3は13人、レベル2は24人、レベル1は40人ですね。闘技の参加人数の上限は40人です。それを超えしまうと抽選により参加者が決定されます。」
「奇数だがシードはあるのか?」
「ありますよ。レベル4帯のシードはイザベラ・トゥルーハート様です。」
「よく聞く名前だが、どんな奴なんだ?」
「象徴、”高速”の使い手と言われている女性闘士です。イザベラ様はこれまで3回に渡り闘技に参加なされましたが敗北したことはありせん。全勝しています。」
「どんな願い事をしてたんだ?」
「優勝者の願い事の内容は公開されていません。」
不敗のイザベラが願うことがあるとするなら、さらに強さを求めることだろうか。
「ご質問は以上ですか?」
「もう大丈夫だ。」
「控室はあちらになります。レベル1帯からのトーナメントとなりますので、出番までお待ちください。」
指された場所へとベルは歩いて行く。部屋の中に入ると、中には4人の闘士たちがいた。同じレベル4帯の人間だろう。全員ちらりとベルを確認してはすぐそれぞれの試合の支度に戻る。強固な土でできた部屋には、荷物置きの棚、少し大きめの机、休息用のベンチ程度しかない。明かりも少なく、窓から差し込む日光程度で薄暗い。
「お前、シャルマ国の人間じゃねえな。シャルマ国以外から参加者が出るのはかなり珍しい。イザベラ以来か?」
入って来たベルに早速声を掛けて来たのは、全身に銀色に輝く大きな鎧と、一振りの大斧を携えた巨漢。兜越しで顔が見えない。名前を呼ばれて部屋の奥の方で剣を磨いていた長髪の女性がこちらを見てはすぐに剣磨きに専念し出した。巨漢は気にせず続ける。
「まさかその装備で出るつもりか?闘技舐めてるだろ。」
「身軽な方が動きやすいんだ。」
身軽どころの話ではない。ベルは薄めの長ズボンとパーカーを着た、完全に私服の格好だった。
「まあ、それで戦えるならいいとは思うが。」
「そこ2人、静かにしてくれ。瞑想の邪魔だ。特にそこのデカブツ。歩くたびに金属音がして気が散る。」
ベンチの上であぐらをかいている男が一人。”デカブツ”は首だけ動かして男を見るがすぐにベルに向き直す。
「まあ、こんな感じでみな愛想がないんだ。」
「愛想がないのは俺もだ。安心しろ。」
「それぐらいの気概があればなんとかなる。」
レベル4ともなると道具が最大の武器とは限らなくなる。さまざまな個性を帯びた人たちだ。この3人とは別に、もう一人部屋の隅で猫を撫でている女もいた。
ベルが部屋を見渡していると、受付の服装をした男が紙筒を持って入って来た。
「参加者が決定したのでトーナメント表を公開します。」
男は机の上で紙を広げる。もちろんイザベラはシードだった。
「お前、ベルっていうのか?俺の対戦相手。」
巨漢が指さす先にはベル・グレイの文字。隣を見ると”ラヴィ・パテル”の文字、それがこの巨漢の名のようだ。ラヴィはニヤニヤしながら言う。
「最初はお前が相手のようだな。手加減はしないぞ?」
「当たり前だ。逆に相手に手加減する方が冒涜だろ。」
イザベラの動きが少し止まったように見えた。他の試合を見るとキラン・ラトール、アーヴァ・グプタの文字。それぞれあの猫を撫でていた娘とあぐらをかいていた男のことだろう。外ではもう客たちの盛り上がりと実況の張りつめた声、もうすでにレベル1帯の試合が始まっているようだ。
レベルは高いほど派手で見ごたえが出てくる。だからこそレベル4帯は最後だった。
およそ数時間後、ついにレベル4帯の出番が来た。
全員で闘技場に出る。世にも珍しい5人中2人が異国民の試合。客たちは沸き上がる。
「あれ、あいつレベル4だったのか?」
初め入り口付近であった男はベルの姿を見て驚愕する。実況は声を張り上げる。
「さあ、ついにやってまいりました!!レベル4帯の試合です!!」
毎月の闘技の一番の山場、レベル4帯。
「ラヴィ・パテル、ベル・グレイ、キラン・ラトール、アーヴァ・グプタ、そして!3回連続優勝し続けている。イザベラ・トゥルーハート!!」
客たちの黄色い声は一層強くなる。
「まずは一回戦目!キラン・ラトール対アーヴァ・グプタ!!」
2人を残して、ベルたちは舞台袖に捌ける。
「試合を観戦することはできるのか?」
「できるぞ。こっちだ。」
ラヴィの案内に従ってベルは参加者用観戦席まで行く。2人の後ろをイザベラは静かについて来る。
「ルールは通常通り!相手を戦闘不能、または降参させると勝利になります!!それでは、レディー!!ファアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」
実況の掛け声と同時にゴングが鳴る。控室ではわからなかった故にベルはこの二人がどのような能力を持っているのか気になっていた。開始と同時にキランは人差し指を曲げて第二関節を噛む。八重歯が鋭く尖る。キランの象徴は”動物”、あらゆる動物を使役、生成できる。
象徴のエネルギー消費速度は、その象徴の想像可能性に依存する。動物を使役することを想像するのは容易だが、動物を生成することを想像することは容易ではない。骨格、筋肉、臓器の一つ一つの細胞よりももっと小さい粒子をパズルピースのようにはめていくことで、ようやく生成は成立する。象徴は概念的であるほど強力だが、逆に概念的であるほど想像が難しくなり、エネルギー消費速度は大きくなる。ベルが使っている”仮想”は概念そのものだ。本来はそう易々と操ることができるものではない。
キランはエネルギー節約を図り、周囲の鳥たちや野良犬、野良猫を闘技場まで集結させる。レベルはほとんどが1でところどころ2や3がいる程度。この動物たちではアーヴァに致命傷を負わせることはできない。
「時間を稼いで。」
動物たちは一斉にアーヴァ目掛けて突撃する。
「少し多いな。」
対してアーヴァは、追手から逃げて距離をとっては口の前で人差し指を立てる。左耳に赤いイヤリングが浮き出る。アーヴァが口笛を吹いたと同時にアーヴァを始点に前方に大きな衝撃波が発生する。アーヴァへと向かった動物たちは一瞬で粉砕される。アーヴァの象徴は”音”。観客席まで届いた衝撃波は闘技場全体に吸収された。ヴァラーハのエネルギー制御だ。ヴァラーハ本人は特に苦の表情をすることもない。
「この程度の囮じゃ俺のエネルギーをまともに削ることすらできな…」
衝撃波で立ち昇る土煙の中から大きな巨体の影が迫ってくる。
「うわっ!」
薙ぎ払う腕を地面すれすれまで伏せてかわす。土煙から露わになったのは、虎、蛇、鷲、キランは稼いだ時間でレベル4の動物を生成した。
「1対4か。」
アーヴァは再び構えをとる。この動物たちの持つ象徴がわからない以上、迂闊に近づくことはできない。
虎の背中に乗っていた鷲が翼を大きく広げ羽ばたく。突如蛇が体を大きくねじり、ドリルのような体勢になった直後、緑色の体が赤く変色したと同時にアーヴァ目掛けて猛スピードで突進した。アーヴァはかろうじて急所への軌道をかわしたが、右腕が吹き飛ばされた。立て続けに頭上の鷲が、足で物を包むような形を作ると、翼に炎の模様が浮き出てきて、光る塊を投下する。アーヴァは危険を察知してその場から走り去る。地面に着弾した光弾はプリトヴィー全体を包む大爆発をした。爆発を避けたアーヴァの着地点を狙ってキランが前に出る、同時に虎が口を大きく開き、頭から一本角が生える。”動物”を象徴するキランは”音”を象徴するアーヴァよりも近接が得意。長爪を生成してアーヴァに向けて振り回す。アーヴァの右腕はとっくに再生しているが、動物の生成でエネルギーが大きく失われてもなお、能力を発動するタイミングを作らないほどの勢いをキランは保つ。虎の口内が黄色く光り出す。
「おいおい。」
アーヴァはキランを盾にするように立ち回る。キランが伏せた瞬間再び蛇が突っ込んできた。死角からの急襲。アーヴァは避けられず、体に大穴が空く。隙ができたアーヴァに対して虎が口からビームを放つ。アーヴァは最後の力を振り絞って能力を発動し、合掌する。ビームとそれが当たる直前で放った大きな音の衝撃波が互いに押し合う。”貫通”の蛇、”爆撃”の鷲、”光線”の虎、レベル4が複数いる時点で勝敗はほとんど決まっていた。大きな爆発の後に残ったのは、上半身が完全に消滅したアーヴァ・グプタ。間違いなく死亡している。
「勝負ありいいいいいいいああああああああ!!!!!!」
実況の声でゴングは鳴り響く。ド派手な戦いに観客たちの熱声は他のレベル帯の比じゃない。アーヴァの死体は回収された。
「ありゃあ、相性が悪いな。」
ラヴィはベルの横で呟く。ベルはラヴィの方向を見る。
「お前なら勝てそうか?」
「当たり前だろ。」
おそらく強がっている。または何かしらの算段があるのだろうか。何にせよ、この男は弱音を吐くつもりがなさそうだ。誇り高き白金に輝く甲冑。これは身ではなく、自らの誉れを守るためにあるのだとベルは悟る。
「さて、次は俺らの番だな。」
ラヴィは立ち上がる。ベルも続けて立ち上がって後をついて行く。
「”手加減をする方が冒涜”だっけ?いいだろう、殺す気で行ってやるからな。」
「好きにしろ。」
この後殺し合いをするとは思えない雰囲気である。2人は闘技場に出て、定位置に着く。
「続いて二回戦目!ラヴィ・パテル対ベル・グレイ!レディイイイイ!!ファアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
ゴングが鳴る。軽装の男と重武装の巨漢。この世界において体格差は一切関係がない。だが、この圧倒的な威圧差には観客も誰もがラヴィの勝利を予想した、ただ一人を除いて。期待に満ちた顔でこちらを見てくるサキをベルは横目で確認する。
ラヴィは大斧を逆様にして地面に突き立てる。甲冑と大斧が輝く。印による変化は身体のみならず、その生物が生成した武器や防具にも表れる。ラヴィは大斧を振り上げて構える。ベルは不思議に見る。
「この距離は間合いの外じゃないのか。」
ラヴィは渾身の一撃を地面に叩きつける。ラヴィからベルへの距離70mを大きな衝撃波が一直線に迫ってくる。ベルは体をひねって紙一重でかわす。ベルの後ろの門まで大きな亀裂が入ったがすぐに修復される。
「まあ、当たらんよな。」
ラヴィは跳ぶように前方に突っ込む。その動きに合わせてベルも同時に前に出る。ベルは一本の直刀を生成する。
上から振り下ろすラヴィと下から突っ込むベル。
”これまで100年以上の記録で、レベルの偽装は発生しておりません”。ある程度の信用が存在するとは言え、明らかに圧倒的な試合を作ってしまえば間違いなくバレる。冒涜とも言った行いを自らするというのは気が引けるが、ある程度の茶番は必要だ。
ラヴィの象徴は”力”。レベル4同士の筋力勝負でこいつに勝てる者はいない。故にベルはこの男に力比べで勝ってはいけない。ベルは攻撃を受け止めずにかわす。地面に当たった大斧がエネルギー制御をされてもなお大きな衝撃を生む。砂埃の中で金属と金属がこすれる。シユウの時と同様、ベルはラヴィの斧の軌道をずらす。シユウほどの力はないが、それでも”力”を象徴するだけの強靭さはあった。一振り一振りで風圧が観客を襲う。大斧を振り回しながらラヴィは問い詰める。
「うすうす感付いてはいたが、お前、レベル4じゃないだろ?」
「なんでそう思う?」
「その余裕。なにより俺が構えをとった瞬間にお前は俺の斧を完全に見切って防御の姿勢をとっている。何が目的だ?」
「…俺は自分の願いを叶えるためにここに来ていない。」
「ほう?」
「悪いが、優勝を譲るわけにはいかないな。」
「わかったよ。負けてやる。だがその”手加減”は気に食わないな。」
「本気でやれと?」
「当たり前だろ。」
「…どうなっても知らないぞ?」
「そんな簡単に死ぬほど貧弱な鍛え方はしていない。」
その言葉を聞いたベルは大斧を完璧に弾き返し、隙ができたラヴィの胴体に刀を貫く。ラヴィの口から血が流れる。
「へへ、この甲冑を貫いた奴はお前が初めてだぜ。」
貫かれてもなおラヴィは攻撃を止めない。腹を貫かれた状態で斧を持ち直し、ベル目掛けて振り下ろす。ベルが刀を抜けないよう腹筋に力を入れて刀を固定した。
「受けてみろ!」
ベルは刀から手を離して、振り下ろされた大斧の柄肩を人差し指の爪先一つで薙ぎ払い、見事に切り落とす。切り離れた斧の刃はベルの後ろの地面に突き刺さる。
「ははは、バケモンかよ、お前。」
ベルは回し蹴りでラヴィの首を打ち込む。その勢いで切り飛ばされたラヴィの頭は闘技場の壁までぶち当たる。衝撃でその方面の観客席全体に亀裂が大きく走る。殺してはいない。だが、その衝撃で脳震盪を起こし、完全に気絶した。戦闘不能である。
「勝負ありいいいいいいいああああああああ!!!!!!」
終わりのゴングと同時に観客たちの黄色い歓声がプリトヴィー全体を包む。首を失ったラヴィの胴体は、なおも立ち続ける。ベルの攻撃が速すぎたからなのか、それとも、これが誉れとでも言うのか。サキはベルの力の片鱗を見て身を乗り出す。だがそれはサキだけではなかった。参加者用観戦席から見ていたイザベラとキランも前のめりのまま動きが止まる。そして。
「あの男…。」
ヴァラーハが凝視する。その隣に立っていたその側近も驚いた顔をする。
「アルカナよ。あれが見えたか?」
「はい。」
普通の人間は戦いの規模が大きすぎて何が起きているのかさえもわからない。だがこの上位の五者はベルの技が見えていた。ラヴィは意識が戻ったらしく、首から胴体と甲冑が再生される。
「いやあ、これは勝てんな。」
ラヴィはベルの下まで歩いて行く。
「マジかよ。まだ倒れてないじゃないか。」
立ったまま死ぬ自分の胴体を見てラヴィは感心する。
「初めてレベル5の奴と戦えたよ。ありがとな。」
「俺の行いは別に褒められたものじゃないだろ。」
「別にそれでもかまわん。この国は戦いの国だ。自分よりレベルが上の奴と戦えるのは本望なんだよ。」
「そうか。」
「さっさと席に戻るぞ。次が控えてる。」
2人は席に戻りにその場を後にする。ラヴィの胴体は回収されていった。観戦席に向かう途中にイザベラ、キランとすれ違った。イザベラは疑いの目でベルをちらりと見る。ベルは気にせずに歩いて行く。
「さあ!次はみなさん待ちに待った三回戦目!!あの名闘士の登場です!!キラン・ラトール対イザベラ・トゥルーハートおおお!!!」
観客たちの熱気に圧倒されながら、ラヴィとベルは観戦席から二人を見る。
「さて、キランはどれくらい持つかな。」
「そんなに圧倒的なのか?」
「ああ。とんでもないぞ。」
「レディイイ!!!ファアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
キランはアーヴァ戦での動物たちを引き継いでいた。加えて休憩によるエネルギー回復。普通であればイザベラは圧倒的不利で勝つことは困難。イザベラはキランと動物たちを前にして腰に携えていたレイピアを引き抜き、レイピアを顔の前に垂直に立てる。あれが印なのだろうか。
「本人は公言してないが、イザベラは”高速”の使い手だと言われている。お前から見てどうだ?」
「あれが印だとして、体に変化が出てないぞ。」
「服の下に変化が出てるかもしれない。」
「…いや、あれは印じゃない。エネルギーの挙動に変化がない。」
「だよな。俺もそう思った。イザベラの象徴は”高速”じゃない。きっと何か隠してるぞ。」
アーヴァ戦同様、鷲は上空に飛び立つ。蛇は”貫通”の蜷局。虎はもうすでにビームを放つ準備をしていた。先行は蛇だった。動きを止めようとイザベラの足を狙って跳ぶ。レベル4のアーヴァでさえ速すぎて避け切れなかった突進。だがイザベラは落ち着いて蛇の軌道に刃を置く。レイピアの細い針に触れた蛇は無残にも自分の突進の力で縦に真っ二つに切断された。鷲は爆弾を落とすが、イザベラはレイピアでキラン側に弾き返す。爆弾が起爆せず、かつキランとの距離およそ100mを詰める力で。
「なっ…」
キランは想定外の攻撃に動けなかった。しかし、虎が身を挺して爆弾を防いだ。血だらけになって疲れている。虎は再び”光線”の構えをとる。
「後少し持ちこたえて…。」
虎はイザベラを狙ってビームを放つ。それに対してイザベラは避けもせず、ただレイピアを振り下ろした。イザベラに放たれたビームはイザベラの目の前で二股に分かれる。虎とイザベラの押し合い。彼女は苦の表情っぽいものをしている。隙を見計らって鷲が爆弾を落とす。イザベラは咄嗟にジャンプして爆弾とすれ違うように避ける。その勢いのまま鷲の首を貫く。刃を上に振り払い鷲の頭部を抉る。
「…できた。」
キランは象を生成した。象は大きな咆哮をあげると、牙が刺々しく変化すると同時に、体が巨大化していく。レベル4"巨大"。象は高さ70mのプリトヴィーを優に超えた。直径13mの足でイザベラを大きく踏みつける。プリトヴィー全体に亀裂が走る。イザベラへの対策はちゃんと考えているようだった。だがそれでは不十分。踏みつけた象の足が根まで十字に切られる。圧倒的速度。イザベラはすでに象のうなじにまで登っていた。右手に持っていたレイピアで高速に切り刻む。象の頭は粉々になって重力に負けてはずらりと落ちる。
「そんな…」
次の瞬間にはキランの目の前にまでイザベラは迫っていた。庇いに前に出た虎の頭ごとキランの胴を真っ二つに切る。転がり落ちたキランの上半身の頭の間近にレイピアを突き立てる。
「…。」
キランは何も言わなかったが、目は降参を示していた。
「勝負ありいいいいいいいああああああああ!!!!!!」
イザベラは無傷でキランを圧倒した。ベルのラヴィ戦と変わらない。ラヴィは口を開く。
「結局能力を使わなかったな。」
「そうだな…。」
「次はお前だぞ、勝てそうか?」
「問題ない。」
ベルは立ち上がって闘技場の中心へと向かう。
「頑張れよ。」
ラヴィの声が背後から聞こえてくる。
ヴァラーハを狙ってプリトヴィーに紛れ込んでると思ったのに、全くそれらしき人が見当たらない。
コトハは試合そっちのけで本命を探す。
あれ?あれは、サキ・カグラ?どうしてこんなところに。闘技観戦の趣味が!?意外だ、メモしておこう。
コトハがベルを見つけるより先に、闘技場の真ん中に向かって歩いていたベルはコトハに気付いた。
「あいつか。サキが言ってたのは。」
数万人がこの会場にいるとは言え、1人だけ明らかにこちらに興味を示さない人間がいるとさすがに目立っていた。
目線を目の前のイザベラに向ける。
目が合った時、2人は互いに気付いた。互いに嘘をついていることを。今回の大会でたった二人だけの異国民、リベラ国からの参加者。それが二人とも大嘘つきだったことを。100年以上続くシャルマ国民たちの伝統を、信頼を汚す者ども。この惨状に、もはや笑いがこみあげてくる。
その場にいた上位五者を含み、一部の客たちは気づいただろう。目の前の二人から放たれる異質な雰囲気に。そして望む者たちは喜び跳ねるだろう。待ち焦がれていた、レベル5同士の決闘なのだから。
「お前、”不象者”だろ?」




