前線の神
この世界は生まれた瞬間に自分の価値が決まる。どんな象徴を持っているか、どれほどのレベルなのか。幸い、俺は勝ち組だった。神族と言う奴だ。2つの象徴を操る俺を、止められる奴はいなかった。俺以外にも神族がいるが、あいつらはみな互いに不干渉を決めている。だからオウ国においては俺こそがルール。俺に敵う奴はいない…はずだった。はずだったんだ。なのになぜ、なぜこの男は。俺の動きを全て見切れる?
剣と剣が火花を散らす。ベルはシユウの剣撃を逸らして受け流す。目にも止まらぬ速さの攻防。障害物があろうとシユウの連撃は止まらない。周囲の建物ごと切り刻む。右上、左、下、突き。切る構えをとった瞬間にベルは反応して対応する。それどころか、連撃の隙をついて蹴りを入れた。シユウは大きく吹っ飛び、建物を5つ貫通する。
瓦礫の中から起き上がったシユウは目をつむり、上を向いて深呼吸をする。怒りを抑えるためではなく、自分自身と相対するため。このままではいけない。プライドを捨てろ。力を使え。
「…お前を認めてやる。…もう見下しはしない。」
ベルの右側から音が近づく。建物を次々と貫きながら大きな槍が高速で飛んで来た。ベルは剣で受け止める。今度は踏ん張ってその場で耐える。速度、力、軌道。すべてがシユウと瓜二つの剣撃だった。槍はシユウの下まで飛んで行く。その様は、まるでシユウが二人存在しているように錯覚するほどの威圧があった。だがそれで終わりではなかった。シユウの後ろから次々と武器が出てくる。サーベル、刀、鎌、薙刀、斧、レイピア、その数、300以上。これがシユウの真価。誰にも見せる機会のなかった秘技。ベルの手にある剣も動き出すが、ベルは握力1つで抑える。
「渡さねえよ。」
「化け物め。」
武器たちの一斉攻撃。同時にベルは後方を向いて走り出す。全方位から飛んで来る刃を、ベルはすべて受け流して走り抜ける。その隣をシユウも並走して襲い掛かる。もはや300以上のシユウを同時に相手しているこの状況で、ベルは服にすら一切傷を受けない。神族でもトップクラスのスピードと噂されたシユウの動きのさらに上を行く。3300、4200、6500、徐々に速度が上がる。
だがこれで終わりではなかった。シユウの顔に龍の刺青が現れたと同時にシユウの周囲に次々と銃器が生成される。ハンドガン、アサルトライフル、スナイパーライフル、ミニガン、砲筒まで。音速さえも比ではない速度で走るベルを追跡しながら一斉射撃を行う。剣撃、銃撃、ベルはすべてを暴れる剣一本で流す。
神族の中には稀に2つの象徴の印が共通している者がいる。シユウはその一人だった。最初の印の時点で2つの象徴の能力を発動させる準備ができていた。
「シユウは色んな武器を作り出せるの?」
「武器を作るのは象者なら大抵の人間はできる。だがシユウの生み出す武器はそれよりもさらに洗練された良質なものだったんだ。シユウはレベル5で象徴は”刃”と”弾”。圧倒的な物量。それがシユウの真骨頂で、シユウに一対一で勝てる生き物は存在しないとまで言われたよ。」
武器一つ一つにシユウが宿り、最大の能力を引き出すことができる。ほぼ無限に作り出せる剣と銃弾が飛び交う様は、さながら戦争の最前線である。
戦場は海上にまで広がる。高速で動き回る二人にとっては、水面でさえも地面と変わらない。ベルはさらに速度を上げる。ここまで来るとシユウでも銃弾でも追いつくことはできない。ベルは飛んで来た大槍を掴み取る。シユウとの距離を大きく開いて時間的余裕を作る。ベルは大波に足をつけてブレーキをかけ、大槍を構える。ベルとシユウの距離はおよそ500㎞。ベルが海で足を止めて槍を投げるまで0.02秒。そこから槍がシユウの目の前まで来るのに0.003秒。もはやシユウの制御で抑え切れる速度ではない。シユウはかろうじて槍を目で追うことはできた。だが咄嗟に構えた剣で、時速16万6000kmの、さらにベルの高度なエネルギー制御のかかった槍を防ぐことはできなかった。槍は剣を砕きシユウの心臓を貫く。シユウはそのまま槍に押されて浜辺の堤防に突き刺さり、その衝撃は遥か後方の山にまで届く。ベルが本気で投げた槍は、この星の反対側にまで、深さ500㎞の渓谷を作った。
「クソッ!!」
シユウは血を吐きながら、抵抗のために槍を抜こうとする。だが次の瞬間には、シユウの首元にベルの剣先が着いていた。
「…降参だ。」
プライドと恐怖が葛藤した一言。
「じゃあ、もうサボんなよ。」
ベルが剣を下ろしたと同時に元の夜だった世界に戻る。
「…わかったよ。」
「迷惑かけた奴らにも謝っとけ。」
「…はい。」
仮想空間は本来存在しない空間。必ずどこかに居るはずの人間が突如として姿を消した元の世界はバグを検知し、一切の時間経過を止める。仮想空間にいる時間は元の世界では存在しない。
「おお、いつの間にあそこにいるぞ。」
イーハンが見た時には、さっきと変わらないベルと、さっきまで放っていたとてつもない威圧が完全に萎れてしまったシユウがいた。
「何があったの?」
クインは何が起きたのか全くわからず首を傾げている。
「躾をしただけだ。」
明らかに情報不足。もちろんこれだけでクインに説明できるわけがないが、クインは諦めて知ろうとするのを止めた。ベルはシユウを見る。
「お前側近呼べ。ここまで来てもらう。」
「…はい。」
シユウはスマホを取りだして側近に連絡をする。一応繋がってはいるらしい。
「シユウ様、どうなされましたか!?」
珍しすぎるシユウの連絡に白ひげを生やした翁の側近は急いで飛んで来た。
「お前がこいつの側近か?」
「左様でございますが…。シユウ様、体調が優れないように見えますが…。」
明らかに様子がおかしいシユウに側近は聞く。腐っても神族。酷い扱いを受けてもなお、この側近はシユウを心配してくれるのだ。
「…すみませんでした。」
「ええ!?」
情けなく深々と頭を下げるシユウに側近は驚くしかない。
「シユウ様!お顔をお上げください!もうわかりましたから!」
それでもシユウはまだ顔をあげない。この獰猛な男をここまでにした隣の男を、側近は信じられないような顔で見る。シユウはようやく顔をあげた。
「王宮に戻る…。仕事する…。」
俯いたシユウはそう言うと、王宮の方角にゆっくり歩き出す。
「シユウ様お待ちください!お迎えを呼びますから!」
シユウは迎えの車に乗せられて行ってしまった。それを見送った側近はベルの方を向く。
「申し遅れてすみません。私はシユウ様の側近をやっている、ハオラン・センという者でございます。シユウ様があのようになられたのは恐らくあなた様が原因でしょう。ご迷惑をおかけしました。あの方は子供の頃はもっと素直で良い子でおらしたのですが、お父様との喧嘩を機にすっかり変わってしまって。」
「何かあったのか?」
「あの方は子供の頃からお父様の威厳や力に憧れを抱いておられたのです。しかしシユウ様が成長するにつれてお父様との立場が変わってしまいまして、自分に対して膝をつくお父様に失望してしまったんです。」
「あいつの父親も神族だったのか?」
「いえ。しかしお父様は昔からの剣術の達人でした。シユウ様に剣術をお教えになられたのもお父様なんですよ。」
日が昇り始める。カラスたちも鳴き始めた。
「おっと。こんな時間に長々と失礼しました。これを。」
ベルはハオランから名刺を受け取る。
「あなた様には恩がありますので、困ったときはご連絡ください。」
ハオランは会釈をするとシユウの後を追って去っていった。
「ベル。」
背後からクインに声をかけられた。ベルは振り返る。
「君は約束通り僕の部下たちを守ってくれたからね。借金はチャラでいいよ。」
「ちなみに残りいくらだったんだ?」
「500ドル。」
「払えそうだったじゃねえか。」
「ふふっ。」
クインはベルに手を振って部下たちと一緒に帰って行った。イーハンも同様反対方向に向かって行った。
巨大な凹みができた繁華街にはベル一人だけが立っていた。カラスたちが建物の屋上からベルの様子をうかがっている。
「お前はこの世界の異物だ。」
そう言っているようにも感じる。気のせいだろうか。
ベルは近くの山の頂まで跳んだ。エネルギーの扱いに慣れると、あえてエネルギーを分散させて地形や建物の破壊を防ぐことができる。ベルが跳んだ跡にはヒビ一つなかった。
頂上の一つ大きな岩であぐらをかいて登りかけの朝日を拝んだ。ベルは無心で眺める。
「綺麗ですよね。」
振り返ると登山服を着た女性が立っていた。この人も朝日を見に来たのだろう。
「かなり身軽な服装ですね。ここ麓から3000m以上あるんですよ?もしかして高レベルの方ですか?」
「まあ、そうだな。」
朝日を眺めながらベルは答える。
「私もあなたのように軽々と動き回りたいものですよ。」
「止めといた方がいい。レベルが高いと目立つ。面倒ごとに巻き込まれやすい。」
「そうですか…。人の気持ちはその人にしかわかりませんからね。」
「…神族になってみたいと思うか?」
「うーん。どうでしょう?あの人たち王宮では高級料理を食べて、身の回りの世話は側近に任せて楽そうには見えますが…、そんなこと聞くってことはそうでもないんでしょう?」
「わからん。俺は神族じゃないからな。”人の気持ちはその人にしかわからない”。」
「神族の方に会ったことが?」
「一応。」
「その人たちはどうだったんですか?」
「悩みを抱えてた。結局は平穏が一番正解だったりするのかもな。」
「まあ…確かに私の暮らしは安定してはいますけど。」
そこから会話は途切れた。しばらくの無言の後女性の後ろの方から声が聞こえてきた。登山仲間だろう。ベルは立ち上がる。
「あら、もう行くんですか?」
「俺にはまだやることがある。」
「そうですか、頑張ってください。」
「…結局幸せは何だと思う?」
「…”普通”じゃないですか?」
ベルは上を向いてその言葉を考え耽る。ベルは普通を知らない、そのうち考えるのを止めた。そして朝日に向かって跳び降りる。女性はその後姿を見送っていた。
「いけー!!殺せー!!!」
シラヌイ国方面のとある国、シャルマ国。そこには大きな闘技場、”プリトヴィー”があった。賞金を懸けて殺し合う戦士と、それを熱狂的に観戦する民たち。ここは戦いの国。国の力は三本指に入るほどだった。プリトヴィーの皇帝席に座るは輝く甲冑を着た、大きなマントをたなびかせる、怠惰の四神が一人、ヴァラーハ・ナーヤル、命母の神。戦いに勤しみ、戦いを求め、国務を放棄した戦闘狂。
プリトヴィーの闘技にルールはほとんどなかった。殺すも良し、戦闘不能にするのも良し。ただ一つ。”優勝者の願いを一つ叶える”。
「この条件目当てにベルはプリトヴィーに参加したと言われているよ。」
「へー。ヴァラーハは仕事をしていなかったの?」
「実際は国の思想が統一されてて、国力があったから他国との共同がなくても安定していたらしい。それでも放棄は放棄。世界は許してくれなかったんだ。」
「世界のルールってなんか面倒くさいね。」
「秩序を重んじるのが世界なんだよ。」




