寄り道
「おいおい、ニュースで源流の神が復帰したって流れてたぞ。本当にやっちまうとはな。」
電話越しでもブレッドは絶好調だった。
「てか源流の神さん女の子じゃねえか。まさか殴ったのか?」
「んなわけねえだろ。」
「ははは!冗談だよ。お前はそんなことする奴じゃないのは俺が一番わかってるぜ。あー、そういや次はオウ国に行くんだっけ?あそこに”クイン・ガルシア”って名前の俺の古くからの友人がいてな。困ってるらしいからついでに手を貸してやってくれないか?なる早で頼む。」
「お前がやればいいだろ。」
「いやあ、俺もそうしたくて山々なんだが、ほら、俺実家暮らしじゃん?兄ちゃんたちはみんな他国で一人暮らししてるし、親も年で動けなくなってきてるから末っ子の俺が面倒見ないといけないんだよ。」
「ブレッド、お友達かい?」
ゆっくりとした老いた男の声がする。おそらくブレッドの父親だろう。
「え?ああ、そうだよ。今話してて…ちょっ!」
電話越しにドタバタ聞こえる。
「ブレッドのお友達よ。」
父親の声。ゆっくりと話している。ブレッドの声が遠くなっている。電話を取られたようだ。
「うちの子が君に迷惑をかけたりしとらんかね?」
「……大丈夫ですよ。」
「そうかい。まあこんな感じでいつも騒がしいけど、悪い奴じゃないんだ。」
「……はい。」
「うちの子と仲良くしてくれてありがとうね。こいつも昔は…」
電話が途切れた。
その友人とやらの場所を聞こうと思ったが、ベルは掛けなおす気にはなれなかったのでメールで聞いた。オウ国東側、ビン区に事務所があるらしい。
ブレッドの古い友人、クイン・ガルシア。あいつの友人なのだ、ただものではないだろう。
かなり急用らしく、ベルは少し急ぐことにした。
この世界にも車両や飛行機はあるが、レベル2以上の人間にとっては自分で走った方が速いため、休息しながらの移動以外で利用することはほとんどない。
”事務所”に着くと、玄関の前にサングラスをつけた図体のでかい大男がスキンヘッドをチラつかせながら仁王立ちで警備していた。見覚えのある黒服。嫌な予感しかしない。
「何の用だ。」
「クイン・ガルシアって奴の事務所であってるか?困りごとがあると聞いた。」
「お前が例の男だな。ブレッド様が言っていた特徴と一致する。」
「”ブレッド様”?あいつそんな偉い奴なのか?」
「クイン様のご友人だ。当たり前だろ。」
「俺がそのブレッドのご友人だって知ったら俺にも敬語で話すのか?」
「お前はクイン様とは初対面だろ。俺が敬語で話す義理はない。さっさと入れ。」
「はいはい。」
ただの都市の小さい建物群の一つ。そこらの2階建てに挟まれたこの場所に、こんないかつい奴らがいるとはベルは想像もつかなかった。大男の案内で2階への階段を上っていく。
上った先の突き当り。後ろに一列の窓が張られた、いかにも"ボス"がいそうな部屋にベルは入る。
「クイン様、ブレッド様が言っていた例の男です。」
「君がブレッド君が言ってた人だね。ベル・グレイ。」
座っていたのは、さっきの大男とは比べ物にならないような小柄、なんなら女だった。
「うちのヘンリーがお世話になったね。」
「…"ヘンリー"?」
「ああ、君の家に来ただろ?」
「あっ…。」
嫌な予感は的中していた。こいつはベルが殺したあの取り立て屋のボスだった。気まずい沈黙。
「その反応だと本当に君が彼を殺したんだね。いや、別に彼を殺したことを恨んでなんかはいないよ。僕たちの"仕事"はいつも危険が付き物だ。今回は彼の潮時だったんだろう。」
「金全部返せてないけど大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫、これから君がその代わりに僕たちの困りごとを解決してくれるからね。それでチャラだよ。」
顔は笑顔を作ってはいるが、どう見ても目が笑っていない。
「それで困りごとはなんだ?ブレッドからは内容を聞かされてない。」
「そりゃブレッド君には僕が裏社会の人間だなんて知られたくないし、困ってるとしか言ってないよ?そしたら彼はすぐに君を紹介してくれたんだ。ほら、彼優しくて友達多いじゃん?頼りになる人間の目星がついていると思って。君の話は聞いているよ。神族相手に勝利したとか。それで困りごとの内容なんだけど、まあ、簡単に言えば、"抗争"かな?」
「裏社会同士の殺し合いに俺も参加しろと?」
「そんなところだ。」
「相手は?」
「"ルオレイ"。オウ国で最も力をつけてる組だ。うちがリベラ国からオウ国に活動範囲を増やしたら向こうがいちゃもんをつけて来てね。最初、向こうは僕たちを舐めて少人数で押し入って来たから簡単に対処できたんだけど、今度は宣戦布告をしてきたんだ。オウ国一であるだけに僕たちだけだと少し心細くて、確実な勝利が欲しいんだ。」
どう見ても勝手に領域内に侵入してきたこちら側に非があると思うが…。
「…わかった。手伝おう。いつ殺り合うんだ?」
「話が早くて助かるよ。ちなみに今日なんだけど。」
「なるほど、だから"なる早"か。場所は?」
「こっちが送るよ。君には体力を温存しておいてほしいからね。」
「そうか。」
外に出ることには日が沈み始めていた。クインと共に事務所を出ると、前には黒のセダンが数台止まっていた。
「これだけで挑むのか?」
「まさか。事務所はここだけじゃないよ。他のところからも派遣させてる。」
2人は中央の車に乗る。運転手と2人の3人構成。
「セダン積むほど威厳あるのに、他人である俺に助けを求めるんだな。」
「背に腹は代えられないよ。」
「そんなにルオレイは面倒なのか?お前一人でもどうにかなりそうだが。」
「確かに手下程度なら僕一人で十分だよ。でも向こうには”イーハン・リン”がいる。」
「リーダーか?」
「そう、これは僕と奴のタイマンだ。君には僕の部下が危険な目に合わないよう守ってあげてほしい。」
「事務所で”危険が付き物”って誇らしげに言ったばかりだろ。」
「それは死ぬ時だけ。生きるためには手段を選ばないさ。」
「先に言っておくが、俺は不必要に殺さないからな。無力化するだけだ。」
「それで十分。」
車が着いた場所はとある繁華街。まだ日中の盛りが残って人で賑わっている。
「こんなところでおっぱじめる気か?」
「それは向こうに言ってよ。場所を指定してきたのはあっちなんだから。」
突如、人々がこっちに向かって逃げ出して来た。奥の方を見ると、縦縞のスーツ。ルオレイが到着したようだ。
「ルオレイは有名なのか?」
「そりゃあね。この人たちの逃げ具合いで大体察しが付くでしょ?」
「もうそれ、”裏”社会とは言えないだろ。」
ルオレイの中から、唯一上着を羽織った男が出てきた。紛れもない”イーハン・リン”である。サングラスが繁華街のネオンを反射してギラつく。
先にベルの口が開いた。
「もっと落ち着いた場所ないのかよ。」
「悪いな。広い場所がここくらいしか思い付かなかったんだ。だがもう一般人は逃げた。これでいいだろ?それはそうと、随分と俺らに喧嘩を売ったようだな、クイン・ガルシア。となりのそいつは助っ人か?一人だけ風情が違う。」
クインは変わらない口調で話す。
「そうだよ。何か悪い?」
「いや、別に構わん。俺には俺の、お前にはお前のやり方がある。俺はそんなことに文句を言うほど器は小さくない。…だが勝手に俺の領域に侵入してくるのは話が別だぞ。」
「もう少ししたら挨拶に行く予定だったんだ。」
「それ嘘だろ。お前がこの国に来たという噂を聞いてからもう数週間経ってるんだぞ。てかそもそも挨拶したらいいとかじゃないわ。俺の領域に入ってくんなっての。俺はリベラ国に足を付けたことはないからな。」
会話を聞いていても、10:0でクインが悪いことがよくわかる。こんな奴に付いてしまったことにベルは後悔し始めた。クインは少しバツが悪そうな顔をして、すぐに戻した。
「細かいことはどうでもいい。さっさと始めようか。」
「いや、細かくはないだろ。」
「それで?お前とお前、どっちから来る?それとも両方か?」
「あー、俺は2人の戦いには参加しないよ。援護役だ。2人で好きなだけ殺り合ってくれ。」
両軍一歩前へ、さらに一歩前へ…徐々に速くなる。
「クインとイーハンは何の象徴を持ってたの?」
「クインは”氷”、イーハンは”雷”の象徴を所持してたんだ。イーハンの組が落雷なのに対し、クインの組は凍傷、シンプルな能力のド派手な殴り合いだ。」
クインは胸の前で両手首を交差させ、イーハンは左手の拳を右肩に叩きつける。威圧だけで近づいてはいけないとわかるレベル3同士のぶつかり合い。雷の轟音と氷の冷気が繁華街、いや、町全体を包み込む。
部下たちも一斉に衝突する。銃撃、打撃、伸展、飛行、刀、さまざまな能力が飛び交う。ベルはその様子を眺める。ベルは最低限クインの部下たちが安全に終われるよう助太刀をするつもりだった。だが意外と優勢で、ベルは助太刀の必要はないと判断し、遠くから見る。
ベルのポケットに入っていたスマホが鳴る。見るとブレッドからだった。
「もしもし。」
「よお、ベル。クインの困りごとは解決してくれたか?」
「今その最中だが。」
「そうだったのか。悪い、掛けるタイミング間違えた。…なんか騒がしくないか?」
「思ったより大規模でな。色んな人を集めてみんなで作業してるんだ。」
「へー。クインってどんな仕事してるのか言ってくれないからなあ。まさかどっかの会社の社長とかやってる?」
「…まあ似たようなもんだな。」
「ほえー。あいつってすげえんだな。俺と遊びに行くときは全然ラフな格好してたから想像つかないよ。」
「そうなのか?」
「あいつファッションセンス抜群だぜ?男からも女からもモテてやがる。」
「へえー。」
「ワンッ!!」
怒号が飛び交う中、1つの鳴き声が聞こえた。組長共然り、その場にいた全員が攻撃の手を止めて鳴き声の方向を見る。そこには路地裏から体を出す1匹の野良犬がいた。
ベルの目つきが変わる。ブレッドは状況を掴めていないようだ。
「ん?どうした?なんか急に静かになったぞ。」
「悪い、一旦電話切る。」
「了解。終わったら連絡して。」
電話を切ったベルは注意深くその犬を見る。
「ワンッ!!ワンッ!!ワンッ!!」
犬は無差別に周囲に吠え渡る。普通なら無視してもいい存在。だがその場にいた全員が違和感を覚えた。
犬がその牙を大きく咬合した瞬間、体が大きく変形し始めた。
レベル4、”怪獣”。変わり果てた犬の姿は、元の原型がないほどの巨体の、何かの獣であった。獣の体に押された建物が大きく崩れ出す。
「全員撤退だ!!」
イーハンの言葉一つで敵味方すべての人間が獣から背を向けて走り出す。もう抗争どころではなくなった。獣は一番最初に目についたクインの部下目掛けて走る。レベル4の超大型の獣相手に普通の人間が逃げ切れるわけがない。追いつかれて食われそうになった瞬間、獣の目の前に氷の柱が立った。クインの能力。獣は少し驚いてたじろいだが、すぐに今度はクインに標的を変えて突撃する。全長約33m。クインの氷では全く獣の足を止めることはできなかった。イーハンも足止めのために雷を放つが全く効かない。
獣がその右腕を大きく振りかざし、クインに向かって振り下ろした時、ベルがクインの前に現れた。ベルは右腕で受け止める。"怪獣"。その名の通り理性のほとんどを失っている。エネルギー制御などという高度な動きはできない。ただその有り余る莫大な身体能力で相手を周囲の地形ごと潰す。全体重を乗せたその一撃は、ベルの周囲半径10mを大きく抉る。その衝撃で発生した地震は、隣の隣、さらにその隣の町まで届く。とてつもない風圧で周囲の人間は立っていられない。
「ベル!」
怖気と心配が入り混ざる声でクインは叫ぶ。
「下がっていろ。」
ベルは呼吸が乱れることもなくただ落ち着いて返事をする。
この場で唯一この怪物と張り合えるベルを、周囲はただ呆然と見ることしかできない。
獣は右腕を離し、今度は左腕をもう一度叩きつける。同時にベルは防御から攻撃に移る。振り下ろしてきた左腕に対し、ベルは拳を突き上げる。ふざけた筋力の拳同士のぶつかり合い。だがベルには業がある。獣の手の平に伝わったベルの一撃は、そのまま肘、肩、首を超えて獣の脳天に集中する。獣の頭部が一気に破裂した。吹き飛んだ獣は力なく後ろに倒れる。
「…倒したの?」
クインが恐る恐る獣の下に近づく。さっきまで暴れ回っていた怪物はもうただの死体となっていた。
「お前、ベルと言ったか?」
イーハンは死体を見つめるベルの背中に向かって言う。ベルは首だけを動かして後ろを見る。イーハンはこれでもかと深々とベルに頭を下げた。
「俺の部下たちを守ってくれて感謝する。」
周りのルオレイの組員たちも一斉にベルに向かって頭を下げる。
「続きはしないのか?」
ベルはイーハンに尋ねる。
「いや、もういい。調子が狂った。クイン、俺の組の邪魔をしないことを条件にオウ国での活動を許してやる。好きにしろ。」
イーハンは部下たちを連れて帰ってゆく。意外な対応にクインは驚いた目で呆然と立ち尽くし、イーハンを目で追うことしかできなかった。
「おい、お前ら、何をやっている。」
ネオンに輝く2階建ての屋上から1人の男が全員を見下ろす。黄金の耳飾り。
「チッ…出やがったな。まあ、ここまででかい事になると流石に感付かれるか。」
ベルはその溢れるエネルギーで予想はしていたが、イーハンの反応を見て確信した。あの男がオウ国の神族、そして怠惰の四神が一人、シユウ・レイ。屋上から跳んでは、音もなく地面に着地して歩いて来る。
「お前がシユウか?」
「だったらなんだ?」
ベルは”仮想”を発動し、2人は突如として姿を消す。
「あれ、あいつらどこ行った?」
イーハンたちは辺りを見渡す。
「おかしいな。人気が一斉に消えたと思ったら、日が天辺まで昇ってやがる。」
さっきまで夜だった繁華街は、昼光に照らされていた。
「ここには俺とお前しかいないぞ。」
「へえー。それがお前の能力か?俺をここに閉じ込めてどうするつもりだ?」
「頼みごとがあるんだ。」
「…聞くだけ聞いてやろう。」
「働け。」
「…は?」
「俺はお前のような神族の仕事をサボる奴を更生させに来たんだ。」
「ははは!」
本来なら無謀とも呼べる発言にシユウは腹を抱える。だがすぐに雰囲気が変わる。
「お前、本気でできると思っているのか?」
鋭い眼光でベルを睨む。右手の人差し指を天に掲げると、突如としてベルのすぐ右に一本の剣が突き刺さる。シユウの顔に虎の刺青が走る。
「いいだろう。挑戦者よ。剣を取れ。」
「…違うな。」
「…あ?」
「”挑戦者”は、お前だろ?」
怒りでシユウの額に血管が浮き出る。次の瞬間ベルの目の前までシユウが跳んできた。シユウは持っていた剣を下から切り上げる。これまで見てきた中で最も速い、音すらも追いつかない動き。ベルは棒立ちの状態から右の剣の柄を握り、逆手の状態でシユウの剣撃を受ける。力も恐ろしく強く、ベルは10mほど後ろにノックバックする。
普通ならここで決着がつくはずの攻撃を受け止められた。だが今のシユウにはそんなことはどうでもいい。今まで誰もしてこなかった自分への態度、何でも思い通りに事を進められた人生の異物。この男だけは殺す。
「シユウはとても強情な性格で、その強大な力で側近に神族としての仕事を全部やらせる傲慢な奴だったんだ。」
「神族って色々な人がいるんだね。僕シユウ嫌いかも。」
「まあまあ。まずはこの後の話を聞きな。そんな奴をベルがただで済ませるわけないだろう?」




