源流の神
私は生まれた時から特別だった。みんなは私を神と称えて頭を下げた。私の家族だって。
公園で楽しそうに遊んでいる家族を見た。どうして私はあの人たちのように、普通の生活を送ることができないの。私はこんな力を望んでなんかいない。国の管理、国際交渉、もう嫌だ。私は普通の人間として生きたい。
だから逃げ出した。私がいなくてもあの不愛想な側近が全部やってくれるでしょ。お父さんとお母さんは、私が会いに来たら喜んでくれるかな。
「どうなされたのでしょうか?ヒノカ様。」
「…お母さん。そんな言い方しないで。お願いだから。」
「お茶をお出しします。こんな汚らしい家で申し訳ありません。」
「お母さん!!…どうして。」
「おお!これはヒノカ様。すぐにおもてなしを。」
「お父さんも…。お願いだから私を娘として見て!親は娘にそんな態度しないでしょ!どうして私と普通に接してくれないの!」
ヒノカ様。ヒノカ様。ヒノカ様。
大粒の雨が降り注ぐ中、彼女は悔しさを残して家から飛び出した。特別な存在。これは彼女にとっての呪いであった。一緒に食事をする。一緒に出掛ける、買い物をする。友達と一緒に登校する。ごく普通な光景。それさえも叶わない。神族とはそういうものである。
「よお、ベル。久しぶりか?」
「そうでもないだろ。」
変な伝統や風習があるとは言え、この世にはいい奴が多い。ベルの友人の一人である、ブレッド・ウィリアムズも例外ではなかった。連絡してきたよりもかなり早めに着いていたのか、特に混んでるわけではない喫茶店の席を一人で陣取っていた。コーヒー2杯を並べて。
「ニュース見たぞ。お前ん家爆発してたな。ははははは!」
「笑えねえよ。」
「頭が吹っ飛んだ死体が見つかったとか。とんだ大惨事だな。」
「…。」
「そんで家どうすんだ?俺がしばらく泊めてやろうか?」
「いや、大丈夫だ。旅に出ようと思って。」
「なんだそれ。金はあるんか?」
「問題ないよ。」
「そういや、お前貯金癖あったもんな。そのせいでお前の家は娯楽がなさ過ぎてつまらなかったわ。てかお前家にいたんだろ?大丈夫だったのかよ。」
「もちろん無傷だ。」
無傷というより再生したという方が正しいが。
「不象者ってやっぱ不便だよな。今では昔よりかなり数は減ってるけど、それでも30人に1人くらいの割合だからな。象者より劣っているのはまあわかるけど、差別するのはやりすぎだよな。」
「そう簡単な話じゃねえよ。仮に俺が人事だったとして、能力が使える象者と、能力が使えなければエネルギー操作もままならない不象者のどちらかを採用するとしたらもちろん前者をとる。情けで世界は変えられない。」
「へへ、そうかい。いつ出るんだ?午後からとか?」
「まあそんなとこだ。」
「どこ行くんだよ。」
「…どこ行こうか。」
「はあ?決めてないのかよ!」
ブレッドは声がでかい。この喫茶店では常連なので周囲の人間は慣れてしまって、特に驚いてこっちを見るそぶりというのはない。
「行く場所が色々あるんだ。」
「どこよ。」
「まずは一番近いエバンス国かな。」
エバンス国はリベラ国のおよそ右上に位置する隣国である。
「なんで?」
「あー……。」
「ええ!なんだそれ!じゃあお前もう不象者じゃないじゃん!」
「それでまあ、おそらく管理の神アテナからの頼みで、怠惰の四神を一発殴らないといけなくなった。」
「それでエバンス国に行くと。なんでそこに四神がいるってわかるんだよ。」
「四神なだけあってエネルギーの体内保有量が桁違いだ。気配が溢れて出てるんだよ。」
「俺にはわかんないけど。」
「どうやら俺は五感も研ぎ澄まされてるようだな。」
「へえー。」
ベルは手元にあった残りのコーヒーをすべて飲み干して机に置いた。
「じゃあ、俺はもうそろそろ出発する。」
「おう、じゃあな。困ったらいつでも連絡して来いよ。」
ベルは行く足を止めず、振り返りもせずに軽く手を挙げて返事をした。
リベラ国とエバンス国の間には一つの大きな山がそびえ立っている。標高は大体4000mほど。ベルは早速登り始めた。道はある程度舗装されてはいるが、近道をしようと小道を行くと、かなり森の浸食が激しくなる。もはや小さな獣道となった場所をベルは歩いていく。
木の葉の間から刺す日光を見上げながら歩いていると、目の前を高速で虫が横切った。
「ハチか…。ん?あれ、お前…。」
途端にハチが大爆発を起こした。山の側面が一瞬で吹き飛ぶ。きっとブレッドにも爆発が見えただろう。
「レベル3の”爆発”バチ。こんなところまで逃げてきたのか。」
土埃の中からベルは手で払いながら姿を現す。山の反対側まで大穴が空いた。もちろん虫や動物にも印は存在する。ハチは触角を交差させて能力を発動させた。
「俺を脅威と見なしたか。」
ベルは足元の小石を1つ拾い上げる。親指と曲げた中指の背で石を挟み、周囲を飛び回るハチに狙いを定める。このハチの飛行速度はおよそ時速680km。小回りがよく効いていて突然進行方向を90°曲げてベルを翻弄しようとする。通過した軌道に風が生じて木々が揺らぐ。
ブチッ。ベルの指から解き放たれた石は飛び回るハチの頭部を見事に撃ち抜いた。流れ弾となった石は、しかし木に当たると勢いが完全に消失してその場に落ちた。狙ったハチに対してのみエネルギーを集中させる超緻密操作。神業である。頭を失ったハチは勢いだけを残して生命活動を停止した。木にベタリと打ち付けられた。
振り返ると吹き飛んだ山肌が徐々に修復されていった。生命は象徴を所持する。これは植物も例外ではない。この付近の木の中に”修復”の象徴を持っている物がいたようだ。植物は比較的このような元の状態に戻す象徴を所持している傾向が高い。仕切り直して、ベルは再びエバンス国を目指して歩き出した。
エバンス国のとあるファミレス。一人のフードを被った少女が席に腰かけてイチゴパフェを上品に食べていた。
この店は年中繁盛している人気のチェーン店。今日も席が人で溢れ返り、店員たちは忙しそうに動き回っていた。人は仕事をするとき、基本的には自分の象徴が発揮できる職に就く。でないとまともに採用されないからだ。キッチンには料理に特化した人、ホールには素早い移動や接客に特化した人、それぞれの役割で動いている。
少女はパフェを平らげると席を立ち店を出る。
「ねえ、そこの嬢ちゃん。」
声のトーンや発音だけでわかるほど典型的なナンパだった。
「俺今暇なんだけど一緒にどっか遊び行かない?」
少女は面倒だと思っているようだ。振り返りもせずに道を歩く。
「ちょっと、無視しないでよ。つれないなあ。」
男は少女の腕をつかんできた。少女は咄嗟に振り返る。金髪のマッシュヘア。耳には輪っかのピアス。まさにチャラそうな男である。
「やっぱり、君かわいいじゃん。なんでフードで顔隠してるの?もったいない。」
「…。」
「ねえ、なんか言ってよ。さみしいんだけど。」
「おい。そこのお前。」
背後から声が聞こえてきた。振り返るともう1人男が立っていた。黒い髪に赤色のメッシュ。左耳にピアス。見た目はチャラそうだが雰囲気は全くそうではない。
「ああ、君彼氏持ちだったの。じゃあ今さっきのは無しで。」
そういうと金髪の男は逃げるように去っていった。
「別に彼氏じゃねえけど。」
男は、助けてくれたのが意外だったのか少し驚いた顔をする少女を見下ろす。
「…ありがとう。」
そう言うと少女は男を通り過ぎて行く。
男は少女の肩をつかむ。
「待て、俺はお前に用があるんだよ。”怠惰の四神”さん。」
少女が固まる。
「…どうして。」
ゆっくりと振り返る少女の目には驚愕と恐怖が入り混じっていた。
「俺は感覚が鋭いんだ。お前ほどエネルギーが溢れ出ていたら嫌でも場所がわかる。それにこの国で和服着てる奴なんかそうそういねえよ。普通に目立ってる。」
少女は白いパーカーの下に和服を着ていた。
「ヒノカ・イカルガ…だっけ?お前神族だろ?こんなとこで何してんだよ。」
「…。」
「俺はお前を元の国に連れ戻さないといけな…」
ベルが話している途中にヒノカとベルの間に大きな氷の壁が立った。
「おい。」
ベルが氷壁の端から顔を覗かせるころにはヒノカはパーカーを残して遥か遠くまで走り去っていた。
「あの人は一体何者なの?」
ヒノカは一心不乱に走る。相手をこのまま突き放すつもりで。だが周囲の様子がおかしい。あまりにも静かすぎる。
「無駄だぞ。」
街の角を曲がった先に男が先回りしていた。
「どうやって…。」
「ここは俺が作った仮想空間。どこに行っても誰もいない。」
「私に構わないで。あなたを殺したくない。」
「そういうわけにもいかないな。ここから出たいなら俺を殺すしかないぞ。」
ヒノカは一度顔を下げては覚悟を決めた目でベルを見る。左腕が動く。
「ねえ、じいちゃん。どうして今まで誰も怠惰の四神を止めなかったの?」
「止めなかったんじゃなくて、誰も止めることができなかったんだよ。神族には必ず一人以上の側近が着いて、神族を護衛したり監視したりするんだ。普通なら側近が逃げ出した神族の首根っこ掴まえて連れ戻すんだが、怠惰の四神たちはその側近たちでも手に負えないほど強力な存在だったんだ。」
怠惰の四神たちはただ怠惰なのではない。強者故に可能な怠惰であった。
「ごめんなさい。許して…。」
左手をベルにかざす。左腕の血管が青く光る。空気が急速に冷えると同時にベルの体は一瞬で氷に包まれる。今度は右腕の血管が赤く光る。景色が大きく歪む。周囲の建物がどろどろになったと思った次の瞬間大爆発を起こした。
「私はあそこに戻りたくないの…。」
誰にも届かないはずの独り言、孤独だったヒノカには慣れたことではあるが。
「………なんで、…元の世界に戻れない。」
「まだ俺は死んでないぞ。」
燃え盛る建物に囲まれる中、ベルは平気そうにそこに立っていた。
「…ありえない。」
「お前には帰りたくない理由があるだろうが、俺にはお前を連れ戻す使命がある。」
「…。」
ヒノカは黙って構える。
レベル5のヒノカの象徴は”発熱”と”吸熱”。”火炎”や”溶岩”には熱としての限界が存在するが、”発熱”に限界はない。エネルギーが持つ限り無限に上がり続ける。”吸熱”は熱エネルギーを吸収する能力故、使用するたびにエネルギーを体内に吸収する。熱エネルギーの操作において、ヒノカ・イカルガの右に出る者はいない。
宇宙が誕生する現象、”ビッグバン”。すべての物質やエネルギーはこのビッグバンの熱エネルギーから生まれた。熱エネルギーはすべてのエネルギーの起源。こうしてヒノカ・イカルガは、エネルギーの源を操る神、”源流の神”としてこの世に君臨したのだ。
ヒノカの”発熱”により、金属さえも瞬時の蒸発で爆発を起こし、”吸熱”により、空気中の水分はすべて氷となる。
ベルは走り抜けて自分自身が”発熱”の対象にならないようヒノカの手の軌道から避ける。周囲の建物が次々と蒸気爆発を起こす。狙い撃ちができないと判断したヒノカは周囲の地面をすべて凍結させて動きを止め、街全体を熱する。半径およそ50km。街1つが大爆発で更地になる。
それでもベルはピンピンしている。爆発から逃げ切ったのか、それとも耐えたのか。
左手は上に、右手は下にしてヒノカは手で円形を作る。周囲の熱がヒノカの手元まで集まっていくのを感じる。周囲200億光年、すべての天体が絶対零度まで冷やされる。
ベルはあえて動かなかった。手の平に凝縮されたビー玉ほどのサイズの光る塊を、ヒノカはベル目掛けて放つ。この世界に宇宙の総エネルギー保存則は存在しない。ビッグバンの温度1.4溝℃。それを遥かに上回る温度の塊は、ベルの目の前で強く白い光を放った。
ヒノカが気づいた時には宇宙空間ともわからない白い空間に浮いていた。ヒノカが全力で放った一撃は、立っていた星もろとも周囲20光年の空間を全て蒸発させた。エネルギーを使い果たし、体に力が入らない。
突如、白い光が一点に吸収されていった。蒸発した星々も徐々に元の状態へと戻っていく。再び同じ場所に降り立ったヒノカは唖然とした。目の前には火だるまとなって燃え盛る人影、ベルが立っていた。鎮火されて熱が冷める蒸気が立ち昇る。ベルが作り出した仮想空間はベルの意思で自由に変えられる。どんな破壊が起きようとすぐに元に戻せる。
「もう動けないだろ?」
「…どうして生きてるの?」
「頑丈…だから?」
気が付くと仮想空間から元の世界へと戻っていた。力が入らず膝から崩れ落ちている少女とそれを見下ろす男の構図。通りがかる人々はあえて無視を貫いていた。
「ヒノカ様。」
1人の白髪のスーツ姿の女性が歩いて来た。ヒノカの側近だろう。
「こんなところにおられたのですね。」
側近はベルとヒノカを交互に見た。
「ヒノカ様を連れ戻そうとしてくれたのですね。ありがとうございます。」
状況を察したのだろうか、側近は深々とベルにお辞儀をした。笑顔1つしない無感情な顔。事務的にヒノカの側近をやってでもいるのだろうか。
「さあ、シラヌイ国に帰りますよ。」
ここ数年間逃げ続けたヒノカ・イカルガを、側近はついに確保した。
抵抗できないヒノカは諦めた様子。目からは涙が流れていた。何かへの悔しさ。ヒノカの腕を肩に回して体を支える。
グー…。ヒノカの腹が鳴った。疲労で身体がエネルギーを求めている。だがそのエネルギーは吸熱で手に入る物質的エネルギーではなく、食事により得られる満腹の栄養的エネルギー。
「…。」
「…その前にご飯を食べましょう。あなたも来てください。お礼をしたいので。」
ベルは構わないと言おうと思ったが、側近の目には圧があったため、仕方なく付いて行った。
着いた場所は和風の定食屋。入口の引き戸に垂れ下がる暖簾をくぐって三人は中に入る。
「好きなものを頼んでください。私が全部払います。」
畳部屋の机、通路側にはベル、反対には側近と力なく俯くヒノカ。
「…じゃあ俺鮭の塩焼き定食で。」
側近は店員を呼んで注文する。ヒノカには何も聞かずに鯛の煮つけ定食を二つ。事務的とは言え、意外とヒノカの好みを把握しているのだろうか。
「申し遅れました。私はヒノカ様の側近のカグラと申します。この度はヒノカ様がお騒がせして申し訳ございません。」
軽くお辞儀をする。届いた鮭定食を食べながらベルは話を聞く。
「本当は私が自力でどうにかしないといけない話なのですが、力不足故にこうして助けていただきありがとうございます。ヒノカ様は16とまだお若いです。だからヒノカ様に直接手を出さらなかったのでしょう?」
「気分だ。」
「…そうですか。」
ヒノカは静かに煮つけをつまんでいた。ベルは視線を彼女に向ける。
「…お前、今までに何人殺した?」
「…誰も殺してない。いつもだったら力を見せるだけでみんな怯えて逃げていくの。今回もそれで済ませるつもりだったのに。」
「お名前を伺っても?」
ヒノカの話を聞いてカグラはベルに興味を示し出した。無表情だった顔が少し崩れる。
「ベル・グレイ。」
「私でも手に負えないヒノカ様が全力を出して、あなたは直接手を出すこともなければ、被害を出さずに無傷で勝利した。一体何者ですか?」
「…運がいいだけの人間だ。」
まだベル自身も自分の力の正体を完全には把握できていない。さらに相手は神族に近しい位の人間だ。ひとまず力については隠しておくことにした。
「嘘です。そんな訳ないじゃないですか。」
「サキ。…デザート食べたい。」
気づけばヒノカは完食していた。それで元気が戻ってきたのだろう、口を開いて話を遮る。ヒノカはメニュー表のバニラアイスを指さした。カグラは店員を呼んで注文する。
「あなたもデザートどうですか?」
「じゃあ、抹茶で。」
注文を受けた店員は注文票を持って厨房まで向かった。
「…言えない事情があるなら構いません。私もこれ以上詮索しませんので。」
「そうか…。」
気まずい間が流れる。
「神族ってのはめんどそうだな。」
「これは”原初の神”様が定めた今日までの伝統とも呼ぶべき制度なので、そう簡単に変えるわけにはいかないんです。」
宇宙に初めて発生した二者の内の象者、”原初の神”。”創造”と”破壊”を象徴したそれは、初めは一人で世界を管理していたが、対して増え続ける生命に管理が困難となり、世界を複数の領域に区分し、自身と同じく象徴を二つ所持する者たちにそれぞれ管理させた。それが神族である。一番最初の世代の神族たちは、今ではその名は国の名として残り続けている。
「しかし、私もさすがにやりすぎだとは思います。」
「じゃあ、もうちょっと甘やかしてやれ。16に孤独はかなり応えるぞ。」
自分もそうであったが故にベルの言葉には限りない本気と重みが感じられた。
「…承知しました。」
ヒノカはその会話を聞いてない風を装って机に肘を載せて天井を見ながら聞いていた。
定食を食べ終えた三人は店の外に出る。
「美味かったよ。」
「お気に召したのなら幸いです。今後はこのようなことが起きないよう尽力いたしますので、何卒よろしくお願いします。では。」
ヒノカは引っ張られずとも大人しくカグラに付いて行く。
「ベル。」
ヒノカは振り返って言う。
「ん?」
「次はどこかに行くの?」
「”残りの3人”をぶん殴りに行く。」
ヒノカの口元が初めて緩んだ。
「…がんばって。」
カグラも、健闘を祈ると言わんばかりに会釈して二人は歩いて行った。
次向かう場所は、リベラ国より少し西の”オウ国”。そこには、神族としての役目を放棄し、自分の力に溺れ、傲慢に居座る神がいた。




