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暴かれた秘密とロッソの覚悟

 しかしアンナリ・パッラで半年や一年二年過ごそうとも、現実世界では一、二時間の話だ。

 何故ならアンナリ・パッラで過ごす精神だけの時間と肉体がある現実世界の時間の流れはかなり違うからだ。


「今日はここまでにするか。時間だろ」


「はぁ……はぁ……ありが、とう」


「はぁ……はぁ……ありが、とう、ござい、ました……」


 ツェッドからしてみれば赤子の手をひねるような鍛錬でも二人には相当きつかったのか息を切らしながらよろよろと二人は村に帰って行った。

 その姿を見送りながら生贄についてもっと詳細に知りたいが村人に聞くのは危険すぎるため、二人から聞くしかないのだろうなと思った。

 といってもアズーロは生贄の話を嫌っているし、ロッソは自分から話そうとはしない。

 幸いロッソが生贄になるまで後二年あるのだからその間に親しくなって聞き出せばいいかと考えた。

 いつもなら村人を脅してでも聞き出すのだがそれではツェッドが求めているものを得られないと思い、こんな回りくどい方法を取らせるなんてとツェッドは店主を恨んだ。

 それからの日々はツェッドにとっては欠伸が出るほど穏やかだった。

 朝は自己鍛錬をし昼を過ぎたら子供達に外の話と筋肉づくりの鍛錬をする。


「はっはっは……」


「……!」


 二人とも早々に諦めるかと思いきや(特にロッソ)、息は切らすものの文句ひとつ言わずにツェッドが与えたメニューをこなしている。

 その姿にこの年ごろの子供にしては見所があるじゃないかとツェッドは内心感心した。

 そんな日々を過ごしているある日、アズーロ達が帰った後ある一人の男性がツェッドを尋ねてきた。


「貴様か。生贄様に外の世界を教えているのは」


「何のことだ? 俺は敬虔な信者としてこの村に迎えられたはずだが」


 男は生贄の儀を仕切る祭祀だと名乗った。

 男が言うには最近ロッソの顔色が明るいから何かあると踏んで見張っていたら、アズーロがロッソを連れてどこかに行くのを見たのだと言う。

 ツェッドはこれならまだ誤魔化せるなと思った。


「こんな辺鄙な所に生贄様は来ていませんよ」


「本当か?」


 男はツェッドの言葉に疑うようにツェッドを見たが、ツェッドは無表情を貫くのが得意だった。

 ツェッドの無言の圧に負けたのか、男はもしここに来ていたらお前を村から追い出すからな! と叫んで去って行った。

 子供達が抜け出すのは見逃すのか、とツェッドは思った。

 よくわからないが大人達も幼くして生贄になるロッソに思う所があるのだろう。

 そして半年も経てばツェッドが納得いく筋力をつけた二人がそこにいて、ツェッドはようやく少しは刺激になるかと剣術を教え始めた。

 最初は素振りも危なかった二人だが次第に打ち合うことが出来るようになり、わかりやすいように教えるために苦心していたツェッドもその結果には満足した。

 そして出会って一年が経つ頃にはカンカンと木で出来た剣がぶつかる音がログハウスの前に響いていた。


「ロッソ、いくよ!」


「うん、アズーロ!」


 剣術の才は意外なことにロッソの方にあり、アズーロとロッソの勝敗は十割方ロッソが勝っていた。

 しかしその日は違った。

 いつものようにロッソが勝つと思われたその試合の最中、アズーロの瞳に光彩に銀の輝きが宿ったと思ったらロッソが負けていた。

 ツェッドは見ていた。

 アズーロの瞳に光彩に銀の輝きが宿った時、ロッソの髪と瞳が青くなるのを。


「よっしゃぁ! ロッソに勝った!」


「う、うん……負けちゃった……」


 アズーロはロッソの変化に気づかなかったのか純粋に勝ったことを喜んでいた。

 ロッソはアズーロの瞳に銀の光彩が走った際に自分の髪が青くなったのを見たのかどこか戸惑った風に笑っていた。


「お兄さん! ロッソに勝ったから次お兄さんに挑んでいい?」


「ああ。かかってこい」


「いくよ! てやぁ!」


 ツェッドは本来なら一勝しただけで自分に挑むなんて許可しないが、瞳に銀の輝きが走ったのを再び見るために手合わせを許可した。

 ある推測を立てながら。


「てやっ! はぁっ!」


「その程度か?」


 アズーロが打ち込んで来るのをツェッドは軽くいなす。

 挑発するように笑えばアズーロの瞳に再び銀の光が走る。

 それと同時にロッソの髪と瞳は青くなっていった。

 ガン! と今までで一番強い衝撃がツェッドの木で出来た剣に走る。


「いい剣筋だ。だがまだまだだな」


「うわぁっ!」


 ツェッドがアズーロの剣を振り払ってアズーロを引きずり倒した時にはロッソの髪と目の色は戻っていた。


「今日はここまで」


「「ありがとうございました!」」


「ロッソはここに残れ。まだ時間に余裕あるだろ。アズーロは先に帰れ」


 負けちゃったよロッソと笑いながら二人で帰ろうとするのを引き留め、ツェッドはアズーロにだけ先に帰るように言った。

 ロッソもツェッドに話したいことがあったのかコクリと頷いた。

 それに納得しないのはアズーロである。


「なんでだよ! ロッソにだけ稽古つけるのか!?」


「阿呆。そんなことしてなんになる。ただ話があるだけだ」


「俺も残る!」


「帰れ。さもなくば今後稽古をつけん」


 お前が好きな外の世界の話もすることはない、とツェッドが言えばアズーロはそれは困ると渋々わかったよ……と言って帰っていった。

 アズーロが完全に見えなくなるとロッソの方から口を開いた。


「ツェッドさんは気づいたんですね。僕が本当の生贄じゃないと」


 それはツェッドの推測を裏付けるものだった。

 ツェッドは感じていた。

 ロッソの髪と瞳が青くなる時精霊が騒ぐのを。

 正確にはアズーロの瞳に銀の光彩が走った時か。


「ああ。その髪と目、何かで変えてるな?」


「今は失われた古の魔術、と言うもので変えているそうです」


 僕も手紙で読んだだけなのでわかりません、と笑うロッソは覚悟を決めた目をしていた。


「本当の生贄はアズーロだな? 何故お前たちが入れ替わった?」


「アズーロと僕の母は双子の姉妹だったそうです。そして僕とアズーロは同じ日に生まれた。後は鋭いツェッドさんならわかるでしょう?」


「アズーロの母親がお前の母親に頼み込んだか」


 正解です、とロッソは笑った。


「母からの手紙を見つけたのは丁度半年前です。そこでぼくは真実を知りました」


 ロッソは思い出すように目を細めた。


「妹だった母は姉かつ、次期長に嫁いだアズーロの母に逆らえなかった。ですが僕はこのことを公表するつもりはありません」


 ロッソはいつもの気弱な性格はどこに行ったと言いたくなるくらいはっきりそう言い切った。

 ツェッドはそんなロッソの考えが理解できんという風に首を傾げた。


「何故だ? このままだとお前が死ぬぞ。それだけじゃない、誤った生贄を捧げられたことで蛇神は怒り狂うだろうよ」


 世界が滅ぶかもしれないんだぞ、とツェッドが言うとロッソは瞳に力を入れてこう言い放った。


「僕に光をくれたアズーロが死ぬくらいなら世界なんて滅びればいい」


「その際にアズーロも死ぬことになってもか?」


 世界が滅びるのと結果的にアズーロが死ぬのは同じことだと指摘すればロッソは昔文献で読んだんです、と返した。


「瞳に銀の輝きを持つものには加護があって世界の滅びから唯一生き延びられるんだと」


「お前はアズーロに孤独を与える心算か?」


「人間は一人じゃ増えない。世界が滅びた後何かしらの補填があるはずなのはお判りでしょう?」


 ロッソの言う通りだった。

 文献に残っているということは少なくとも一度世界は滅びに近い災害を受け生き延びたものがいるということだ。

 だがツェッドは知っている。

 この世界は完全に滅びるということを。

 それが生贄の儀を終えた後なのか儀式の時なのかはわからないがこの世界は確実に滅びる。

 しかしそれをロッソに伝えるのは野暮だと思った。

 何故そう思ったのかわからない。

 ツェッドにここまで大事に思う相手がいないからかもしれない。

 ツェッドの周りはツェッドの力に怯える者、見目に吸い寄せられる者、武力を競る者のどれかだ。

 そんな面々の中でロッソがアズーロを思うような気持ちを抱くことはなく。

 これは自分が求めていた物に近いかもしれない。

 ツェッドはロッソにこの世界が滅びることを告げないと決めた。


「ツェッドさん、このことは内密に」


「わかった。話はそれだけだ」


 ロッソはツェッドに口止めをすると時間なので、と帰って行った。

 その背中を見つめながらツェッドはロッソのアズーロに抱く感情は何なんなのだろうと考えていた。

 ツェッドは知らない感情だ。

 誰かのために命を張るなんてツェッドは考えたことも思ったこともない。

 それをロッソは持っている。

 羨ましい、そう素直に思えた。

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