外の世界
「そもそもこの世界……えーとサクリフィチオだったか? の外の世界ってどんな文化だよ……」
どうせ子供達は村から出ることはないのだから自分の世界の文化について話せばいいか、と思ったツェッドだったがそれで村の外を知る村人がいた場合齟齬が生じるとめんどくさいことになる、と思いツェッドは頭を悩ませた。
ツェッドはログハウスを見渡すとそういえば書斎があったな、と思い出した。
「あんだけ本があるんだから一冊くらいは外の世界について載ってるだろ」
ツェッドは書斎に足を運ぶと案の定この世界の文字で書かれた論文などが見つかった。
この世界の文字で書かれているとはいえ、世界に受け入れられているからか文字が頭に浮かんでくるツェッドはビンゴ、と思いながら論文を一つ手に取った。
数時間後。
ツェッドは頭を抱えていた。
というのもこの世界の論文のほとんどが神についての論文だったからだ。
そもそも本や論文とは縁遠い生活をしていたツェッドである。
頑張って読んだ結果外の文化の情報がほとんど手に入らないとはどうしたものか。
わかったことと言えばこの世界には時計がないことと酪農や農業を主体としていること、如何に神が重要視されているかと言うことだけだった。
後はログハウスの仕組みを見て上下水道が整備されていることが分かったことくらいか。
「どいつもこいつも神がどうとかうるせぇな。神なんていねぇってのに」
そもそも生贄を求めてくる時点で良心的な神とは言えないだろ、とツェッドはぼやく。
神を信じていないツェッドとこの世界はとても相性が悪いようだ。
ツェッドはキッチンに常備されていた保存庫にあった芽が出ているじゃがいもの芽を取って簡単なスープを作りながら、明日ガキ共に何を話すかねぇ、と考えた。
やはりツェッドの世界のことを話すのが良いだろうか。
このくそつまんねぇ世界について話すよりましだ。
ツェッドは目的のためとはいえ他人に気を遣う自分に寒気を覚えながら、出来立ての料理を平らげた。
ログハウスの浴室は木製で、お湯を運んで貯めるタイプだったが魔法が使えるツェッドには特に何の障害もなかった。
魔法で水を出し、温める。
ただそれだけのことである。
因みにツェッドの世界で魔法が使えるのは限られた人族と妖精族、龍人族だけである。
特に妖精族や龍人族は人族のように呪文を必要としないのでただ指を振るだけで行える。
呪文とはその世界の精霊に接続し魔力を代償に力を借りるための合図のようなもので、元々精霊に近い妖精族や龍人族はその合図が必要ないのだ。
ツェッドはその龍人族の中でも一番と言われるほど魔力量があり、風呂を沸かすことなんて造作もない。
けれどどんなに魔力量があっても、武術の腕があってもツェッドの求めているものは手に入らないのだ。
因みに世界でも魔法が使えるか少々疑問だったが問題なく使えたので良しとする。
そんな風に沸かした風呂に入りながらツェッドある問題に気が付いた。
「剣術の稽古っていきなり真剣持たせるわけにはいかないよな……てか真剣俺のしかないし」
冒険者必須の収納アイテム、マジックボックスにも真剣しか入っていない。
マジックボックスとは、精霊と契約して精霊界の倉庫を間借りさせてもらっているものだ。
ツェッドは龍人族だったから最初から真剣を持ってモンスターを狩っていたが、人族……それもか弱い子供に持たせるには不向きと言えよう。
「人族ってどうやって剣の稽古してたか……?」
ツェッドは各地を旅した時の記憶を探り、とある国の軍の稽古を遠目から観察したことがあるのを思い出した。
その国では確か木で出来た剣を使って稽古していた気がする。
……もしかして作らなきゃいけないのか。
クラフトの魔法があるから模倣するのはそんなに困難ではないが重さとか長さの微調整が難しい。
というかあの位の年頃の男子の腕力ってどのくらいだ……。
アズーロは子供にしては筋肉がついていたから多少重くてもいいだろう。
問題はロッソだ。
生贄として閉じ込められているからなのか明らかに陽の光を浴びてない肌に細い腕、どう考えたって剣を持つ以前の問題である。
だが、筋肉を付けさせて抜け出していることがバレたらそれはそれでめんどくさい。
仕方ない、ロッソ用にはかなり軽量化したうえで、物質強化の魔法をかけた木で出来た剣を渡すか。
そこまで考えるとツェッドは風呂から上がった。
このログハウスに備え付けられていた寝間着を身に纏い、風の魔法で髪を乾かして寝室へ向かう。
「『クラフト』」
ツェッドはクラフトの魔法が苦手なため木で出来た剣を想像しながら呪文を唱える。
その方が精巧に作られたものが出来やすいのだ。
実際に寝室のベッドの上には木で出来た剣が二本、転がっていた。
ツェッドは出来た剣にそれぞれ物質強化の魔法とロッソ用には面倒だが、軽量化の魔法をかけた。
ツェッドが持つ分には短いし軽すぎるが、昼頃見た子供たちの体格を考えると十分な出来と言えよう。
先ほど見た本や論文によるとこの世界には魔法が無いらしく、魔法が使えることがバレると異端者として村からはじき出されるかもしれないので村人の前はもちろん二人の前でも使わないようにしなければ。
ツェッドはそう心に決めると眠りについた。
冒険者の朝は早いのである。
早朝、陽が昇ると同時に目を覚ましたツェッドは、身支度を整えると周囲を探索するべくログハウスを後にした。
ツェッドが住処とするログハウスは村から三十分ほど歩いたところにあるようで、敬虔な信者として村に受け入れられたとはいえ所詮余所者は余所者と言うことか、とツェッドは思った。
村の方角とは反対には険しい山道が続いており、果実や川の他にそこに住み着く猪などの動物も見られた。
常人では歩けないであろう険しい川の上流に向かって歩いていると、辿り着いた先には大国の軍艦一つ浮かべてもなお余りある大きな滝壺があった。
その滝壺には人一人が飛び降りるであろう板が飛び出しており、そこから生贄が飛び降りるのだろうということが推測される。
つまりこの滝壺の下に神と崇められているモンスターがいるのだ。
確かに空気が他の場所よりひんやりしていてモンスターがここにいるのだと言うのがわかる。
しかし滝の流れは凄まじく、覗き込んでもモンスターの陰すら見えない。
この滝壺の大きさにふさわしいモンスターだとするなら、ツェッドは切り捨てることは難しくない。
なぜならついこの前このサクリフィチオと似たような習慣……というかほぼ同一と言ってもいい習慣がある村の竜神と呼ばれるモンスターを倒したのだから。
その竜神はこの滝壺より大きかった。
けれどツェッドがこの神を切り捨てるのは違うのだろう。
それだとツェッドが求めているものを見ることが出来ない。
ツェッドは暫く滝壺の下を覗いた後、ログハウスに戻った。
途中で朝飯になる果実や猪を仕留めながら。
朝食を済ませたツェッドはアズーロとロッソが来るまで鍛錬をすることにした。
アンナリ・パッラの中にいる間は現実世界の時間はゆっくり流れるとはいえ、一瞬の侮りが死に繋がることをツェッドはよく知っていたからだ。
岩の上で腕立て伏せではなく指だけで重心を支え身体を持ち上げたり、険しい山道を岩を背負って走り抜けたり、素振りをするなど地道な鍛錬をツェッドは始めた。
これはツェッドの朝の日常でもあった。
傍若無人な振る舞いが目立つツェッドだったが、武に関することだけは真面目なのである。
そして陽が頂上に昇るという時に鍛錬を止め昼食の準備に入る。
今日の昼食は朝採った果実と保存庫にあった干し肉だ。
朝狩った猪は血抜きをして熟成させているのでまだ食べることができない。
昼食を食べ終わって三十分が経った頃トントンと扉を叩く音がした。
来たか……とツェッドが思うと同時にアズーロの元気一杯な声が響く。
「ツェッドおにいさーん! 来たよー!」
「あ、アズーロそんな大声を出したら迷惑だよ……」
「ロッソの言う通りだクソガキ」
ツェッドは扉を開けるとアズーロの頭に拳骨を落とした。
アズーロはいてぇ! と言った後にすぐに立ち直り約束通り外の世界の話をしてよ! とツェッドに強請った。
「してやるから落ち着け。ロッソもそこに突っ立てないでこっちに座れ」
ツェッドはアズーロの頭を掴んでリビングにある椅子に座らせた。
玄関の入口でおどおどしているロッソにもこっちに来るように伝え、備え付けられていたコップに水を注ぐ。
そして水が入ったコップを二人の前に置くと二人とは向かいの椅子に腰かけた。
「どんな話してくれるの!?」
「あ、アズーロ……」
「そうだな……今日は黄金の草原の話なんてどうだ?」
アズーロはコップの水を半分飲み干すと食い気味にツェッドに問いかけた。
ロッソはそんなアズーロを咎めようとしたのか声を発したもののその声は途中で消えてしまった。
そんな二人にツェッドは内心イラっとしながらも、目的のためと言い聞かせ話題を提供した。
「黄金の草原!? 外の世界にはそんなのが存在するの!?」
「……!!」
「ああするぜ。あれはまだ俺が日に出てから少し経った頃……」
キラキラと目を輝かせる子供二人の前でツェッドは語りだした
ツェッドが冒険者として駆け出しの頃に見た黄金の草原の話を。
勿論モンスターとか冒険者とかいった言葉は省いて。
ツェッドが冒険者として駆け出しだった頃、とある依頼で南方にある国に向かうこととなった。
そこは高レベルのモンスターがうじゃうじゃいる所で決して駆け出しの冒険者向きではなかったのだが、ツェッドは自分の力量ならいけると依頼をもぎ取ったのだ。
実際高レベルのモンスターも難なく対処出来たツェッドは物足りなさを感じながら南方の国に向かっていた。
南方の国に向かうには標高が高い山を登る必要があり、モンスターは夜行性のため夜になると気性が荒くなるので、通常なら夕方には山の麓で一泊するのだがツェッドは問題ないと判断し夜の山に入っていった。
それが傲りだとも知らずに。
夜の山のモンスターの獰猛さは半端なものではなかった。
二、三歩歩けばモンスターに当たるというくらいに。
それも高レベルのモンスターが。
駆け出しの冒険者だったツェッドは何とか倒せたものの疲労が溜まっていた。
そんな時だった。
黄金の草原を見たのは。
ツェッドが山頂に辿り着いた時丁度陽が昇る頃で、南方特有の植物で生い茂った草原がその光に当てられていた。
その植物は日の出の光を浴びると黄金に輝く特性を持っていた。
山頂の薄い空気と強い風に当てられながら見下ろしたそれは、まだ夜も明けきっていない夜空とのコントラストが相まってとても美しい黄金の絨毯だった。
普段は景色に心は動かされないツェッドだったが、その景色は疲労が溜まっていたツェッドの心を大いに癒した。
「辺り一面に広がる黄金の草原はそれはもう絶景だったぜ」
「すげー!! その黄金の草原にツェッドお兄さんは足を踏み入れたの!?」
「どんな感じだったんですか……?」
「枝はえらく硬いのにその先に咲いている花はやたらとふさふさしていたな。後に現地民に話を聞いたところその花が日の出の光と共に光るらしい」
枝が硬すぎて足を踏み入れることはできなかった、と付け足しツェッドは水を飲んだ。
アズーロとロッソの反応は上々で、見たこともない黄金の草原に思いを馳せているのが見て取れた。




