第一章~サクリフィチオ~
ツェッドが目を開けるとそこは深い森の中だった。
そう遠くない所に川が流れているのか川のせせらぎが聞こえる。
背後を振り向けばログハウスがあり、そこが住処だと本能が訴えてくる。
これがアンナリ・パッラに入った時の初期情報か、と思いながらツェッドはログハウスに足を踏み入れた。
ログハウスは建てられたばかりなのか埃一つなく、キッチンとリビング、書斎に浴室、そして二階に寝室があった。
書斎には見たこともない文字で書かれた書物がずらりと棚一面に並んでいたが、ジッと見つめているとその文字が何を示しているのかわかるようになった。
世界に受け入れられるとはこのことなのだろう。
リビングのテーブルの上には一冊の書物があり、ツェッドは惹かれるがままにその書物を手に取った。
その書物は淡い光を放っていて題名には『サクリフィチオについて』と書かれていた。
サクリフィチオとはこの世界の名前だろうか、そう思いながらツェッドは書物の表紙を開いた。
――サクリフィチオとは生贄が原因で滅びた世界。
ログハウスの近くにある村、アセビにて生贄の儀が執り行われる。
代々アセビ村に生まれたとある特徴を持つ子供が生贄に選ばれる。
生贄を捧げられるは代々この世界で神と崇められている蛇の形をした所謂モンスター。
生贄の儀は生贄が滝壺から神の口に飛び込むことを指す。
アセビ村は世界を救う村として信仰の対象となっている。
貴方はそんなアセビ村にやってきた敬虔な信者としてログハウスを与えられている。――
以上が書物に書かれていた情報だった。
書物はツェッドが読み終わると淡い光の中に消えてしまった。
「店主の説明だと滅びたきっかけの人物と親しい人物として世界に受け入れられるんじゃなかったか……?」
きっかけの人物について何も書いてねぇじゃねぇか、とツェッドがぼやいた。
「それにしても俺が敬虔な信者? 笑わせるな」
ツェッドは神なんて信じていない。
事実この世界が神と崇めているのもモンスターじゃないか。
この間自分が力試しに狩りに行った竜神とやらもただのモンスターだった。
モンスター風情が大地を潤し作物を実らせていると考えている輩の頭が知れない。
しかし。この世界に受け入れられるためには信者にならないといけないらしい。
それもアセビ村の近くに住むには敬虔な信者に。
これで求めているものを得られなかったら店主を殴ってやろう、そうツェッドが思っているとログハウスの扉をコンコンと叩く音がした。
扉を開けると齢八歳位の子供が二人立っていた。
「こんにちは!」
「……にちは」
「誰だ?」
一人は短い青髪で青い瞳が特徴的な少年で元気に挨拶をしてきた。
もう一人は肩までの長さの赤髪で同じく赤い瞳が特徴的な少年で、人見知りなのか青髪の少年の陰に隠れて挨拶をしてきた。
「俺はアズーロ! こっちはロッソっていうんだ。おじさん、この村の外から来たんだろ?」
「おじさんじゃなくてお兄さんだ。まぁ、そうだな」
「突然だけどおじさんはロッソの髪色のことどう思う?」
アズーロと名乗った青髪の少年は体格が良かった。
反対にロッソと呼ばれた少年は線が細かった。
アズーロはロッソをグイッと前に押し出してツェッドに問いかけた。
ツェッドはいきなり何なんだ……と困惑しながら口を開く。
「どうもこうもただの赤い髪だろう。対して珍しくない」
「! ほらロッソ言ったろ! 外の世界から見たらそんな珍しくないんだって!!」
「で、でも村の人は……」
何なんだ赤い髪に何があるんだというんだ……とツェッドが思っているとふと脳裏にこの村の生贄は赤い髪をしているらしいという情報が過った。
なるほどそういうことか。
つまりこのロッソという気弱な少年は生贄なのだ。
一応設定としては敬虔な信者としてこの村に移り住んだ身なのに生贄の情報を知らないってどうなんだ……とツェッドは思った。
まぁこの少年達を口止めすれば問題ないだろうと思いツェッドは二人の少年に話しかけた。
「俺がその髪をそう珍しくないと言ったことは誰にも言うなよ。この村からいられなくなるのは困る」
「ならおじさん! 俺たちに村の外のことを教えてよ! あと剣術とか!」
「あ、アズーロ……」
俺達はおじさんが村にいられなくなっても困んないもんな、とロッソに話しかけているアズーロに、このガキ一丁前に脅してきやがると思いながらツェッドはなんで俺がそんなことを……とぼやいた。
ロッソはそんなアズーロに困ったように話しかけているが止めることはしない。
「おじさんが初めてなんだ! ロッソの髪色見て生贄だって言わなかったの」
「だからおじさんじゃなくてお兄さんだ。そしてそれを言うなって言ってんだろ」
一応敬虔な信者としてこの村に来てるんだからよ、とツェッドが言うとアズーロは言わないから外の世界と剣術教えてよ! と再度強請った。
ツェッドが腰に剣を差しているからだろう、アズーロという少年はツェッドが剣を使えると確信しているようだった。
まぁ使えるどころか使いこなしすぎているのだから間違いではないのだが。
「そういえばおじさんなんて名前なの?」
「アズーロ、失礼だよ……」
「だぁからぁおじさんじゃなくてお兄さんだ。ったくツェッドだよ」
アズーロが思い出したかのようにツェッドに名を尋ねると、ロッソはアズーロの肘を掴みながらアズーロを嗜めた。
ツェッドはいきなり名を聞かれたことにそういえば名乗ってなかったなと思い髪をガシガシと掻きながら名を名乗った。
素直に名前を名乗ったのは聞かれたのもあるがこの二人の少年の内一人が店主の言っていた核となる人物だろうと思ったからだ。
「ツェッドおじ……お兄さん! 俺達村での生活しか知らないんだ! だから外の世界のことと強くなりたいから剣術教えて!!」
「アズーロ……いきなりそんなこと言われてもツェッドさんが困っちゃうよ……それに僕そんなに長く外に出られないのは知ってるだろ……」
「でも!」
「あーまてまてここで喧嘩するな。そもそもなんで赤髪が長く外に出られないんだ?」
ツェッドは白熱しかけたアズーロとロッソの間に入ると、どうせ生贄だから拘束されてないといけないとかくだらない理由があるんだろうなと思いながらロッソに長く外に出られない理由を聞いた。
「僕は神様の生贄だから……外気の穢れにあまり長く触れちゃいけないんだ」
「外気の穢れ、ねぇ……」
「ツェッドお兄さん本当に敬虔な信者なの?」
ツェッドは当たらずも遠からずな理由に嘲笑しかけたがアズーロの疑問にぐっと言葉を詰まらせた。
アズーロはそのまま本当は外気の穢れに一切触れちゃいけないけど俺がこっそり連れ出してるんだ! と宣った。
「おいおいそんな簡単に言っていいことなのか? 俺が村の人間に垂れ込まないとでも?」
「俺勘がものすごく鋭いんだ! その勘がツェッドお兄さんなら大丈夫って言ってるから大丈夫!」
「アズーロは警戒心が無さすぎるよ……」
一応敬虔な信者だからこの村に入れるんだぜ、とツェッドが匂わせればアズーロはにぱっと笑って根拠になるようなならないようなことを両手を上げて話した。
そんなアズーロにロッソが警戒心が足りないと思わずといった風にぼやくとツェッドは本当にな、と内心同意した。
「まぁ垂れ込むつもりはないけどよ……」
「ほら!」
「ほら、じゃあないよアズーロ……」
元より村人と交流するつもりのなかったツェッドである。
それに下手に垂れ込んで核となる人物と接触できなくなる方が困る。
「どれくらい外に出られるんだ?」
「昼餉の後から夕餉の前の禊までの時間です……」
「禊は陽が沈んだ後か?」
「いえ、陽が沈む時刻にやります……」
ロッソは最初の弱気が嘘のように生贄のルーティンについて答えた。
それほど身体に染みついているのだろう。
アズーロは昼餉の後屋敷の隠し扉から連れ出してるんだ! と誇らしげに言う。
子供に見つかる隠し扉とは、とツェッドは疑問に思ったがそれよりも大体五、六時間かと言う方に意識が行った。
外の世界の話をしてやると、ついでに剣術を教えてやると言えばこの子供達は毎日来ると言っても過言ではないだろう。
信仰心が強い故閉鎖的な村だ、新しい刺激に飢えているに違いない。
ツェッドは自分が求めているものを知る手がかりもわからないので、とりあえずこの核となるであろう子供達と過ごすことを選んだ。
「いいだろう。外の世界の話をしてやる。ついでに剣の稽古もつけてやってもいい」
「ほんと!? ありがとうツェッドお兄さん!」
「僕は剣の稽古はちょっと……怖いし……」
二人の反応は概ね想像通りだった。
活発なアズーロじゃ両手を上げて喜んで、消極的なロッソは剣の稽古に難色を示した。
「ロッソ、剣が強くなればお前のためになるかもしれないんだぞ!」
「それってアズーロが言っていた例のこと……? そんなことしたら大変なことになるって言ったじゃない……」
「でも!」
「だからここで喧嘩するなって。それよりも今日はもう時間じゃないのか? 陽が傾きかけているぞ」
ツェッドがこの世界で意識が覚醒したのは午後三時ごろ。
それから二人の来訪がありなんやかんや過ごしていると確かに陽が沈みかけていた。
ロッソは陽が沈みかけているのを見ると戻らなきゃ、と言った。
「ツェッドお兄さん、約束守ってね! 明日から俺達来るからね!」
「アズーロがお騒がせしてすみません……。明日からよろしくお願いします……」
アズーロはロッソの腕を掴みながら村の方へと去っていった。
ロッソはそんなアズーロに引きずられながらツェッドに謝罪すると、気が弱いと思っていたが一度腹をくくるとふてぶてしいのか明日以降のことを念押しして去っていった。
ツェッドは二人を見送ると俺ガキの相手なんざしたことねぇぞ……と目的のためとはいえ安易に約束した自分を後悔した。




