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序章~後~

 ツェッドはこの世のどこかに存在する運命の番という存在は眉唾物だと思っていた。

 そんなもの存在するはずがないと。

 もし存在するなら良くも悪くもこんなに目立つ自分の前に現れないのはおかしいと。

 そんなツェッドが運命の番について本格的に興味を引かれたのはとある日の酒場での出来事がきっかけだった。

 その日は遠くまでモンスターを狩りに行った帰りで、一仕事終えた疲れを癒すために馴染みの酒場に顔を出したのだ。

 特に女性にもてはやされたい気分ではなかったので、酒場の隅で酒を飲んでいたらとある会話が耳に入ってきたのだ。


「ツェッドの奴も運命の番を見つければ丸くなるだろうよ」


「そうねぇ。私たちみたいに愛を知ればあの乱暴癖も治まるはずだわ」


 愛。

 ツェッドは愛を知らなかった。

 ツェッドは両親にですらその能力と才能の前に逃げ出された。

 ツェッドが物心ついた頃、両親に住処にしていた洞窟に置き去りされてからツェッドは一人で生きてきた。

 愛と言う感情を知らないまま。

 自分の名声や容姿に引き寄せられてくる女を抱けば愛をわかると思ったこともあった。

 わかったのは自分の中にぽっかりと穴が開いているということだけだった。


「運命の番は魂の片割れだ。満たされればツェッドの奴も変わるだろうよ」


「そう思うわ。私も貴方に逢うまで心にぽっかりと穴が開いたかのようだったもの」


 運命の番、魂の片割れ。

 それを見つければ愛を知れるのか。

 でも愛を与えられたとしてそれを自分は愛とわかるだろうか。

 愛とはどういうものなのだろうか。

 ツェッドは温くなったエールを飲み干すと酒場の机に代金を置き、酒場を去った。

 ツェッドが愛について考えながら町を歩いているとブローチを身に着けた妖精族の男に声をかけられた。

 妖精族特有の長い耳に薄い羽根を生やした男はツェッドに愛をお探しですか? と問いかけた。


「何故それを知っている」


「私は見ての通り妖精族でしてね。今日の運勢を占ったら黒い鱗の龍人族が愛を探して店に来る、と出たのですよ」


 黒い鱗の龍人族なんて貴方しかいないでしょう? と男はツェッドに話しかけた。


「店?」


「ええ。私の店は滅びた世界の記録を取り扱っていまして。その記録の中に入ると貴方に必要なものが分かると思いますよ」


 この世界には人々の記録を取り扱う記録屋という職業が存在する。

 ほとんどが妖精族が営んでいて、取り扱う記録も恋人ができた時の記録や子供が出来た時の記録など幸せな記録が多く、使い方もその幸せな記憶を再び味わいたいときに記録屋を訪れる、といったものだった。

 この男のように世界の、それも滅びた世界の記録を取り扱っている妖精族は珍しい。

 なぜなら世界の記録を取り扱うにはかなりの技量がいるからだ。

 そんな特異稀なる能力を持つ妖精族なら自分の運勢を詳しく占うことも可能だろう。

 ツェッドは男が本当に世界の記録を取り扱っているか確かめる術はない上に信用ならないが、試しにこの男の店に行ってみてもいいと思った。

 もし詐欺だったら出て行けばいいだけの話だ。

 本当は切り捨てたいところだがツェッドは契約で妖精族を傷つけられない。

 決して男が言った探し物が見つかるという言葉に惹かれたわけではない。


「店はどこだ」


「こちらですよ」


 ツェッドは妖精族の男に連れられて路地裏を進む。

 男の店は街のはずれにあった。

 外観はウッドハウスで所々に植物のツタが絡まっている。

 その外観に反して重厚な扉は男が引くとぎぃっと音を立てた。


「私の名前はカイトと申します。狭い店ですがどうぞお寛ぎください」


「記録屋っていうのはもっと物が煩雑としていると思ったが」


 ツェッドの言う通り大概の魔法道具屋は物が煩雑に置かれており。そこから目的の物を見つけるのが主流だった。

 それに反して男の店の品物は綺麗に整頓されており、壁には様々な色の球体が寸分違わず同じ間隔を置いて陳列されていた。

 それがこの男の異質さを表す。


「綺麗に整頓するようにしているんです。世界を扱っていますから……」


 そう言ってカイトと名乗った妖精族の男は店の奥にある棚から記録を保管する球体――アンナリ・パッラ――を取り出すとツェッドの前に置いた。


「これが滅びた世界の……」


「ええ、他のアンナリ・パッラと違い単色ではなく様々な色が混ざっているでしょう? それが世界の記録を取り扱っている証拠になります」


 カイトの言う通り目の前に置かれたアンナリ・パッラは紫や黄色、赤と言った様々な色が混じっていた。

 またそのアンナリ・パッラが放つ威圧感が凄まじく、世界の記録を取り扱っているというのは本当のようだった。


「この中に入るとどうなるんだ?」


「この世界が滅びた核となる人物に出会うでしょう。そこからは貴方次第でございます」


 普通のアンナリ・パッラに入るだけならそう警戒はいらない。

 だが世界のアンナリ・パッラに入るなんてツェッドにとって初めてのことだった。

 いや、普通のアンナリ・パッラにも入ったことはないのだが。

 故に警戒してどうなるのか問えばカイトから妙な返答が返ってきた。

 滅びた核となる人物に近い人物と出会う……?

 それは一体どういうことだ、とツェッドがカイトに問いかけようとした時まぁ物は試しでご

ざいますとカイトに椅子を勧められアンナリ・パッラに触れさせられた。

 アンナリ・パッラは触れることによって触れた人物の精神をその記録に取り込む。

 ツェッドもまた例にもれずアンナリ・パッラに精神が吸い込まれていった。

 ツェッドの身体は机に突っ伏した。

 そんなツェッドを店の物陰から見ていた女性が一人。

 その女性は顔を隠すように外套を被り、紫色のワンピースを纏っていた。


「ツェッドはどこに行ったの?」


「生贄により滅びた世界、サクリフィチオへ。気になりますか?」


「別にあんなやつのこと気になんないわよ!」


 外套を引っ張ってより顔を隠した女性はツェッドが座っている隣の椅子に腰かける。

 紫色のワンピースの裾がふわりと広がった。


「これであいつが変わるとも思わないしね」


「そうですか? 私は回数を重ねていくごとに変わっていくと思いますよ」


「何回も経験しに来ないわよ」


 カイトは紫色のワンピースを纏った女性に珈琲を出しながら何回も来ますよ、と言った。


「私の占いは当たるんです」


「妖精族の占いが外れたことなんて聞いたことが無いわ」


 なら何回も来るのかしらね、と紫色のワンピースを纏った女性は珈琲を飲みながら呟いた。

 ツェッドが回数を重ねて変わっていくとしたのなら……。


「なんて夢物語ね。とりあえず様子を見ましょう」


「生憎珈琲しか出せませんが、それでもよろしければいくらでも当店にいてくださって構いません」


「そうさせてもらうわ。ここの珈琲美味しいし」


「光栄でございます」


 こうして紫色のワンピースを纏った女性とカイトに見守られてツェッドは生贄により滅びた世界『サクリフィチオ』へ旅立った。

 これはツェッドが世界を巡り愛を知る話――


第一章はツェッドが初めて愛に触れる話……はたしてどのような愛に触れるのか

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