序章~前~
ツェッドが如何に愛を知るのか。その度を見守っていただければ幸いです。
「お前が竜神様を殺したからこの土地は枯れたんじゃ!」
「今更何をしに来た! 帰れ!」
村人は男に石を投げつける。
村人が投げつけた石は男の外套を切り裂き、既にボロボロだった布地が無惨に裂ける。
男の背は百八十センチほどで、外套の下の服も細かく敗れていた。
その石は男の肌こそ傷つけることはなかったが、男に罪の自覚を促すには十分だった。
ヨロヨロと覚束ない足取りで歩く男を支える人影にも石は当たっていて、それがまた男の罪悪感を煽った。
「すまない、――。俺が贖罪をしたいといったばかりに君にまで迷惑をかけている」
人影の身長は男より頭一つ分小さく、こちらも外套と服がボロボロだった。
そして胸にはひび割れたブローチがついていた。
人影は男の言葉にふるふると首を横に振ると男を支えて歩き出す。
男は同行者と二人、贖罪のために何か出来ることが無いかと村の中を歩き回った。
たとえどんなに罵声を浴びさせられようとも、石を投げられようとも何か出来ることがあると信じて。
村は土地が乾燥し、井戸は枯れ、空もどんよりとした雲がかかっているというありさまだった。
男はその有様に自分の罪をより強く自覚し、何か……何か出来ることはないかと探し回っていた。
男が何故贖罪のためにこの村を訪れたのか。
そのきっかけは一年ほど前に遡る。
男の名前はツェッド。
腰まで伸びた黒髪と、まるで血を彷彿とさせるような赤い瞳につりあがった目尻が特徴の龍人族の男だった。
そんなツェッドは依頼終わりに酒場に行くのが日常化していた。
酒場の奥にはドワーフが酒を酌み交わしたり、獣人族が力勝負をしたり、人族のウェイターがその間を飛び回っている。
見ての通りこの世界は様々な人種で成り立っているのだ。
その中でも龍人族は一際目立つ存在だった。
とてつもなく長命で、如何なる剣をも通さない強靭な鱗を持ち、獣人のような屈強な体に超越した身体能力、そして何よりも人型にもなれるし竜の姿にもなれる類まれなる変身能力。
それらをすべて持つ龍人族はその長命故に希少な存在であった。
龍人族は完全に竜化することも出来るが街に出るときは、腕に鱗が見える以外は普通の人族と同じ格好で街に溶け込んでいた。
龍人の中でも強さを示す階級があり、黒い鱗と白い鱗を持つものが特に力あるものだと言われていた。
その中でもツェッドは黒い鱗に黒い翼を持つ、神に選ばれたとも言える龍人だった。
「鑑定を頼む」
「お、今日も大物ですねツェッドさん!」
ツェッドが依頼終わりに必ず来るのは冒険者ギルドである。
ツェッドはその能力を十分に使いこなし世界に一人しかいない超級冒険者になった。
冒険者には階級があり初級から中級、上級、極上級、超級と分類されており、大半が中級止まりだった。
超級というのもツェッドの功績が凄まじいから作られた、言わばツェッド専用の階級だ。
「おいツェッドが帰ってきたぜ」
「ああ。あんな黒い鎧、あいつ以外身に着ける勇気ねぇよ。目立つからな」
ギルドの端にいる男達が話している通り、ツェッドは黒い鎧に黒いマントを身に着けていた。
それは自己の能力の高さを主張しているようでいて、ツェッドの孤高さをより象徴していた。
「ねぇツェッド、この後どう?」
「悪いが気分じゃない」
ツェッドは冒険者ギルドに居た女に誘われたが、気分ではなかったので断った。
女はそんなツェッドにめげずに豊満な胸をツェッドの腕に絡ませる。
「いいじゃない。今日は良いお酒も奢ってあげる」
「気分じゃないと言っているだろう。鬱陶しい」
「ひっ」
ツェッドがちょっと殺意を込めて女性を睨めば、女性は腰を抜かしてへたり込んだ。
ツェッドはそんな女性を見てふん、と鼻を鳴らすと今日は適当に喧嘩でも買って憂さ晴らしをして、いつもの酒場で酒を飲むことにしようと心に決めた。
そんな傍若無人なツェッドは依頼を受けるのも気まぐれで、時には力試しと依頼にないモンスターを狩っては生態系を荒らしていた。
そう、この世界にはモンスターが存在する。
冒険者はそのモンスターの素材を取ったり、薬草を摘んだりして日銭を稼いでいるのだ。
因みにツェッドは大して金にならない上にちまちまとした作業の薬草摘みはやらない。
ついこの間もツェッドは生贄文化がある村に赴き、そこの生贄を与えられる対象である竜神と呼ばれているモンスターを倒してきたばかりだ。
「ツェッドさん、この間の村の件なんですが……」
「ああ、大したことなかったな」
「大したことないって……あのモンスターは村では信仰されてたんですよ!?」
鑑定を待つ間話しかけてきたギルドの法務課の職員に、竜神と呼ばれているモンスターを倒したことを持ち出され、ツェッドは何でもないように答えた。
それに対して胃を痛めるのは法務課の職員である。
このようにギルドは何度もツェッドの問題行動の尻拭いをさせられ、中にはツェッドを冒険者から排除しようという声も上がらないことはなかったが、ツェッドのような実力者がいないためツェッドを冒険者から排除することはできなかった。
「なんでツェッドみたいなやつが冒険者をやっているんだか」
「冒険者ギルドに登録された冒険者じゃないとモンスターを狩ったら捕まるじゃない。だからよきっと」
「モンスターの乱獲こそしないが問題行動が多すぎるよなぁ」
ツェッドに関してこういう声が上がることも珍しくはない。
この世界ではモンスターの生態系が乱れる程の乱獲は禁止されている。
モンスターの生態系が乱れるとモンスターの異常増殖によるスタンピードが起きうる可能性があるからだ。
スタンピードとは魔物の異常増殖により周囲の街が襲われる現象のことだ。
このスタンピードにより街一つが容易に壊滅状態になることは珍しい話ではない。
ツェッドは冒険者ギルドの依頼にないモンスターを狩ることはあるが、生態系を崩すほど乱獲はしない上に、依頼に上がるのも時間の問題なモンスターを狩るのでギルドとしては注意しにくいという事情もある。
「ツェッドのやつまた……」
「この間みたいに人族と戦争になりかけないといいけど……」
ひそひそとツェッドのやったことに対して批判の声が聞こえる。
しかし当のツェッドはそんなこと言われるのは慣れているのでどこ吹く風だ。
そんなツェッドは龍人族の中でも一線を置かれていた。
というのも数年前に妖精族の中でも五本指に入る呪術師と手合わせをし、その呪術師を結果的に殺したことがきっかけで龍人族と妖精族の間で戦争が起こりそうになったのだ。
その時は獣人族の介入によりツェッドは二度と妖精族を傷つけないという呪術による契約をすることで戦争は回避された。
数が少ない故に同胞意識が強い龍人族でも多種族との諍いの種を運んでくるツェッドは困った存在だったのだ。
そんなツェッドを一際毛嫌いする女性がいた。
ツェッドとは正反対の短い白銀の髪に、海を彷彿させる蒼い瞳で垂れた目尻が特徴の龍人族のラドである。
その翼と鱗も白く、ツェッドに対抗出来るとするなら彼女だけだと言われていたが、当のラドは無暗に力を振るうのを嫌う性格だった。
「あいつ、また諍いの原因になるようなことをやったのね」
ラドは冒険者ギルドの端でツェッドが起こした問題を知りその童顔の眉を潜めた。
ラドにとって日頃喧嘩に明け暮れては酒を浴びるように飲み、その名声に釣られて寄ってきた女性と火遊びするツェッドは嫌悪の対象そのものだった。
そんな男と運命の番だなんて、とその場で崩れ落ちたくらいだ。
この世界にはどんな種族にも運命の番という存在がいる。
運命の番とは別名魂の片割れとも呼ばれており、一目見るとその相手から香る匂いによって判明する互いに愛し愛されるための存在だ。
運命の番は自然と惹かれあう者だが、中には望まない運命の番も存在するため番の匂い消しと言う薬が存在していた。
例えば既に夫や妻がいる場合に番と出会ってしまった場合などに番の匂い消しは使われる。
中には駆け落ちするケースも少なくはないが(むしろ多い方だが)、既にある幸せを見知らぬ番に奪われたくないと言う考えの者も多い。
ラドはその番の匂い消しを服用してツェッドのことを気にしないようにしていた。
「鑑定の結果、金貨五万枚でございます」
「これだけもらっていく。後はいつもの通り金庫に入れておいてくれ」
「ツェッドさん!!」
鑑定が終わったツェッドはまだやいのやいの言ってくる法務課の職員を無視して、いくらかの金貨を手に取るとギルドを去った。




