復讐の刃と、ひび割れたブローチ
「ラド……?」
「あれ……どうして……力が……」
ラドにも何故力が抜けたのかわからないのか、一生懸命力を入れて立とうとしている。
ツェッドもそれを手伝うべく手を差し伸べているのだが、ラドの力は入らないようである。
そんな二人を笑う声が店に響いた。
笑い声の主はこの店の店主、カイトである。
「フフフ、ハハハ! この時を待ちわびてましたよ!」
「店主……?」
「何を…したの……?」
ツェッドとラドの困惑した視線もなんのその、カイトはそちらの女性が召し上がった珈琲に少々細工をさせていただきました、と述べた。
細工……? と二人が訝しむとカイトはネタバラシをするため声を上げた。
「そちらの女性の珈琲に呪いをかけました。龍人族を完全に呪うことはできないのであくまで一時的ですが力が入らないようにする呪いを」
「何故そんなことを……!」
ツェッドが非難する声を上げるとカイトは今までの穏やかな表情から一変、憎しみの籠った瞳でツェッドを睨みつけた。
「ツェッドさん……いや、ツェッド! 私はわかっていた! 七度のアンナリ・パッラへの渡航でお前が真実の愛を知ることを!」
だから寿命を削ってまで滅んでいない世界を手に入れたんだとカイトは叫ぶ。
「何のためにこんなことをしているの……!?」
「何のため……? 決まっているだろう!! 復讐のためだ!! すべてはジャスミンのために!」
「復讐……? ジャスミン……?」
ツェッドはジャスミンと言う名に引っ掛かりを覚えた。
その名は確か龍人族と妖精族の戦争になりかけた……ツェッドが力試しと称して挑み殺してしまった妖精族の女性の名前だった気がする。
「私がお前に番を殺されたように! お前が愛を知り番を得た時に番を目の前で殺してやるために私は今まで生きていたんだ!」
「お前……あの女の……!」
カイトは竜殺しと呼ばれる龍人族の硬い鱗も貫く刃物を取り出すと、ラドに振りかざした。
ツェッドは片腕にラドを抱きながらそれを避ける。
「そうだ! 彼女は、お前が殺したジャスミンは私の番だ!」
ビュンビュンと刃物がツェッドとラドに迫って来る。
ツェッドも寸前で避けるが、元々そこまで広くない店内である。
すぐに端に追い詰められた。
絶体絶命、その言葉がぴったり当てはまる。
「ラド……せめて俺の後ろに……!」
「いやよ! そんなことをしたら貴方が死んじゃうわ!」
ツェッドはせめてラドを自分の後ろに隠そうとしたが、ラドはそれを拒否した。
あいつの復讐対象は俺で、お前は狙われているんだぞ! とツェッドが叫びそうになった時白刃がツェッド達に迫る。
ざしゅっと肉を切る音が店内に響いた。
「ツェッド!」
「しまっ!」
カイトの振り下ろした刃をツェッドが片腕で受けたのだ。
その際にラドを手放してしまい、ラドはカイトの前に転がった。
「ああジャスミン! 見ていておくれ! 私の復讐が完成するところを!」
「やめろぉぉぉぉぉ!!」
竜殺しの刃がラドに振りかざされる。
ツェッドは慌てて身体を間に滑り込ませようとしたが間に合わない。
万事休す、ラドが痛みに耐えるように目を瞑った時カイトのブローチがパァァっと光輝いた。
「なんだ!?」
「やめてカイト!!」
カイトはその光に思わず手を止めた。
そして光の中から忘れることのない声が聞こえて動揺する。
光が収まった時、そこには半透明の女性が一人立っていた。
「ジャスミン……!?」
「カイト……復讐なんてやめて!」
半透明の女性――ジャスミン――はカイトに復讐を止めるように言った。
ジャスミンは短い緑色の髪に黄色の瞳をした中性的な容姿の女性だった
ラドはそんなジャスミンを見て死人の魂が宿る宝石……! とカイトのブローチを見た。
カイトのブローチには力を使った痕跡か一筋のひびが入っていた。
「ジャスミン……? なんで止めるんだい……? こいつは君を殺した男の番なんだぞ……!」
「貴方を愛しているからよ! 愛しているから貴方に血に濡れてほしくないの……!」
正直私を殺した男とか、そんな男の番とか興味は無いわ! というジャスミンにカイトはでも……と言葉を口にした。
「君を失った絶望が! 悲しみが! 消えないんだ! だから復讐するしか……!」
「何を言ってるの? 私は常に貴方と共にあるわ。何のために貴方のブローチに宿ったと思っているのよ」
え……? とカイトが固まる。
ツェッドはその隙にカイトから竜殺しを取り上げ、カイトの手の届かない所に放った。
「っ何をする……!!」
「カイト、今はそんな野蛮人より私と話をして」
ツェッドは野蛮人って俺のことかよと思いながらラドを抱え店の隅に寄る。
先程受けた傷は既に魔法で塞いであった。
ツェッドは今度こそラドを離さないようにきつく抱える。
ジャスミンは半透明の手をカイトの頬に添えて微笑んだ。
「あの日、私は殺されるとわかっていたわ。それが貴方にどんなに辛い思いをさせるかということも」
「ならなんで……!」
「運命を変えることが禁忌なのは貴方もよくわかってるはずよ。その代償も。私は貴方を殺してまで生き残りたくなかった」
未来を占える妖精族だからこその禁忌がある、と言うのはツェッドも耳にしたことがあった。
二人の会話を聞いている限りそれは番の命かそのあたりなのだと推測できる。
ジャスミンは更に言葉を続ける。
「私は自ら貴方が身に着けているブローチに宿ることを選んだのよ。貴方を愛しているから。ずっとずっと見守りたくて」
「私は……君に見守られるより君が生きている世界が見たかった……!」
カイトは触れられないジャスミンの頬に手を添えながら言う。
その瞳には涙が浮かんでいた。
「私達、互いに互いが生きている世界が良かったのね……なら今度はブローチの中で一緒に暮らしましょう?」
余分な寿命は私が貰うから、とジャスミンは言う。
カイトはそんなジャスミンに私の寿命がそんなに残っていないことはお見通しだろうと笑った。
「え……? 店主さん、ジャスミンさん……!?」
ラドがそんな二人の様子に驚いたように声を上げる。
二人でブローチの中で過ごすと言うことはカイトは死ぬと言うこと。
ツェッドはこれもまた愛の形だなと二人を見て思った。
それもかなり自己中心的な。
自己中心的で愛を知らなかった男が自己中心的な愛に救われるとは何たる皮肉なことか。
「カイト……行きましょう。私に身を委ねて……」
「ああ、君がいる所ならどこだって」
カイトとジャスミンは口付けをするように身体を重ねた。
最早二人の視界にはツェッド達は入っていないようで、二人は目を合わせると互いに微笑を浮かべた。
「待って!!」
ラドの制止も空しくブローチは再び輝きを放つ。
「嘘……」
光が治まった時、カイトとジャスミンの姿は無く、ただひび割れたブローチだけがぽつりと転がっていた。




