マジェンタの願い
ツェッドはマジェンタの髪を受け取ると懐に入れ、シアンと同じく夕飯に手を付けた。
夕飯後、片付けはシアンに任せツェッドは風呂に入る。
その後書斎に行くとマジェンタの髪を取り出し薬鉢に落とした。
そして自分の髪を一房切り落とす。
一度了承してしまった以上、作らないわけにはいかなかった。
たとえ、無駄になろうとも。
マジェンタはシアンが死ぬのを嫌がるだろうから、この薬が無駄になる可能性は高いだろう。
薬自体は簡単なもので一時間もすれば完成した。
後はこれをシアンに届けるだけだ。
マジェンタの容態はいつ急変してもおかしくない。
紅斑病とはそういう物だ。
だが、今日渡さなくてもいいだろうとお人好しのツェッドが囁く。
マジェンタばかりでなくシアンも失ったら悲しいと。
その思考にツェッドは鼻で笑った。
「何がお人好しのツェッドだ。ただの自己満足野郎じゃねぇか」
ツェッドはそう自嘲したものの、シアンに渡す気になれず薬を置いて寝室に戻った。
なるべく長く二人が愛し合えるよう願いながら。
しかしその願いも空しく、マジェンタの容態が急変したのはそれから五日後のことだった。
「ツェッド! 薬をくれ!」
「どうした」
「マジェンタの容態が急変したんだ!」
その日はまるでマジェンタを連れ去るかのような嵐だった。
早朝に叩き起こされたツェッドは書斎に向かった。
そして薬が入った小瓶を手にするとマジェンタの部屋に向かう。
シアンには先に向かうように言ってあった。
マジェンタの部屋に入ると辛そうな息遣いが聞こえる。
「マジェンタ、入るぞ」
「ツェ……ドさん……」
「ツェッド、早く薬を……! わかるんだ、マジェンタの命の灯が消えようとしていることが!」
番と言うのはそこまでわかるのか、シアンはツェッドに向かって手を差し出した。
ツェッドはその手に薬が入った小瓶を乗せると、二人の死角に入った。
恐らく、この先は二人きりの方が良いだろうから。
部屋から完全に出ないのはこの二人がこの世界の核となるであろう人物だからだ。
といってもシアンとマジェンタはツェッドが居ることをすぐに忘れたようなので、意味はなかったかもしれないが。
「シア……ン、また……ないて……いるの……?」
「泣いていないよ……待っててマジェンタ。僕も一緒に逝くから」
シアンがツェッドから貰った小瓶の中身を飲もうとしたら、マジェンタが力を振り絞ってその小瓶を叩き落とした。
パリン、と小瓶が割れる音がする。
やはり、薬は無駄になった。
「やめて!」
「マジェンタ! 何をするんだ!」
シアンは悲痛そうな声を上げた。
マジェンタはあの薬が何の薬かわかっていなかったが、嫌な予感がしていたらしく間に合ってよかった、と呟いた。
「何で邪魔するんだ! 僕は君と一緒に逝きたいのに……!」
「私は……一緒に逝きたくないわ……貴方には……生きてほしいの……」
どうして、とシアンの涙混じりの声が聞こえる。
「君は、番のいない世界で、愛する君のいない世界でただ一人生きろと言うのか……」
「私は……絶対……生まれ変わるわ。ゴホッ、だから……貴方には……旅をしてほしいの……」
マジェンタは力が入らない手で必死にシアンの手を握る。
シアンはマジェンタの言葉に旅……? と呟いた。
「そう旅……沢山、美しい……景色を見て……生まれ……変わった……私に教えて……?」
「マジェンタ……」
シアンはマジェンタ……を抱きしめて口付けた。
マジェンタはシアンの頬に手を添えてシアンの涙を拭う。
「わかったよ……それが君の望みなら……生まれ変わった君に驚くほど美しい景色の話を聞かせてあげる」
「あり……がと……。ずっと……あい……してるわ……シアン……」
ぱたりとマジェンタの腕がベッドの上に落ちた。
「マジェンタ……? マジェンターー!!」
マジェンタは息を引き取ったのだろう、シアンの心を引き裂かれるような声が部屋に響く。
ツェッドは暫く二人きりにしてあげた方が良いだろうと考え、部屋から出て行った。
シアンとマジェンタの愛は死別しても続く。
それこそマジェンタの言葉によって。




