第七章~アモーレ・プーロ~
「ちょっともう六時間も起きないじゃない!? 大丈夫なの!?」
アンナリ・パッラの前で意識を飛ばしているツェッドを心配そうに見る女性が一人。
その女性は外套を被り赤色のワンピースを身に纏っていた。
女性の心配ももっともである。
なぜならツェッドは今まで六度のアンナリ・パッラを経験しているが、そのどれもが一時間から二時間で意識を取り戻していたからである。
六時間も意識を取り戻さないのは今回が初であった。
「彼は今旅をしているんですよ。長い長い旅をね」
ツェッドにアンナリ・パッラを渡したカイトはのんびりとそう言う。
女性は旅……? と疑問符を浮かべた後口を開いた。
「そもそもツェッドはどんな世界に行ったのよ」
「この世界とは並行の世界、アモーレ・プーロへ。まぁ意識を取り戻すかどうかは彼自身と言った所でしょうか。なぜならその世界は」
カイトはツェッドを見ながら一呼吸置いた。
滅んでいませんから「滅んでませんから」
さて、何故ツェッドが滅んでいない世界、アモーレ・プーロに旅立つことになったのか。
それは六時間ほど前に遡る。
前回のアンナリ・パッラで隻腕になったツェッドは、自身の力が衰えていないことを証明するために高難易度の依頼を十数件受注した。
「くそっ片腕だとどうしてもやりにくいな……」
「グギャ!」
さすがのツェッドも隻腕での戦いは苦心した。
しかし隻眼かつ隻腕になったことでツェッドの能力を疑いっこれ幸いと超級からランクを下げさせようとする輩がギルドに沸いたのも事実で。
ツェッドは上級が受けないような高難易度の依頼を沢山受けることで自身の力が衰えていないと証明する必要があった。
死角となった右側から襲ってくるモンスターを魔法で切り刻みながらツェッドは思う。
こんなに死を間近に感じた戦いは駆け出しの頃以来だと。
ツェッドは依頼をこなしていくうちに隻眼かつ隻腕での戦闘スタイルを確立した。
確立したらその後の依頼はすぐに終わった。
しかし報告書などを書いているうちに半年の月日が流れてしまった。
その間もツェッドの愛への興味は薄れることはなく、気付けば初めてあの店を訪れてから一年が経とうとしている頃に店を訪れた。
「おや、お仕事はもういいんですか?」
「ああ、隻腕だからって舐めてくる奴はもういないだろ」
カイトはツェッドが再びこの店を訪れるのを、確信していたかのようにツェッドに依頼はもう十分こなしたのかと問いかけた。
それに対しツェッドはこれでもう隻腕だからという理由で、超級から降ろそうと考える奴はいないはずだと答えた。
カイトはそれはよかった、というとツェッドが座った所を見計らってアンナリ・パッラを置いた。
「今回の世界は入荷したてでして、いつもと勝手が違いますが数々の愛を見てきた貴方にはぴったりだと思いますよ」
「そうか……なら断る理由は無いな」
ツェッドはいつもと勝手が違う、と言う部分に引っ掛かりを覚えないでもなかったが、六度のアンナリ・パッラでカイトの目利きは信用し始めていたので、アンナリ・パッラに手を翳し意識を手放した。
そんなツェッドに近づく女性が一人。
外套を被り赤色のワンピースを纏った女性はツェッドの頭を撫でる。
「こいつ、隻腕でも以前と変わらず戦えるって証明するために相当無茶したみたい」
「高難易度の依頼を十数件受けて全てこなしたそうですね」
噂はこんな場末の店にも届いてますよ、とカイトは女性に珈琲を出しながら言う。
「傍若無人でギルドの仕事にもプライドが無い奴だと思っていたけど違うのね」
こんな隈作っちゃって、と女性はツェッドの目の下に出来た隈を見る。
「……そういえばツェッドの受けた依頼に死人の魂が宿る宝石の採掘があったらしいわ。本当にそんなものがあるのかしら? 妖精族の貴方なら何か知ってる?」
「どうでしょうねぇ」
そういうカイトの胸元にはブローチが輝いていた。
女性がブローチに視線を向けると、カイトは無意識にそれを掌で隠すように覆った。
その時の彼の瞳は、いつもの生温かい色ではなく、凍てつくような拒絶の色を孕んでいた。
「あまり見ないでください。これは、私の『命』よりも重い、預かりものですから」
女性は普段見せないカイトの表情にただ事ではないと感じすぐさま謝罪した。
ツェッドが意識を取り戻すとそこはツェッドの家だった。
ツェッドは驚いて目を擦ったものの景色は変わらなかった。
無造作に置いてある剣も、読みかけの本もその全てがツェッドの部屋だと言うことを示している。
違うのは寝室のベッドサイドテーブルにおいてある淡い光を纏った書物と、使う予定のない客室にある二つの気配だけ、
ツェッドはどういうことだ? と思いながら淡い光を纏った書物を見遣った。
題名には『アモーレ・プーロについて』と書かれている。
どうやらアンナリ・パッラの中ではあるらしい。
ツェッドは現状を整理すべく書物を手に取ると表紙を開いた。
――ここは『アモーレ・プーロ』。
貴方が生きていた世界とは平行線にある世界。
種族も、世界観も貴方の世界と何一つ変わらない。
ここでの貴方は傍若無人のツェッドではなくお人好しのツェッド。
その数々の功績から人々から英雄と崇められている。
そんな貴方はある日エルフと人間の番を拾う。
彼らの名前はシアンとマジェンタ。
彼らが行き倒れていた所をお人好しのツェッドが拾い、家に住まわせる。
マジェンタには病気があるようで……。
またこの世界には生まれ変わりと言う概念があり、前世の記憶があるかどうかは完全にランダムである。
そしてこの世界は××××――。
「誰が傍若無人だ」
それにお人好しのツェッドってなんだよ……とツェッドはツッコミを入れた。
それに最後の文章が擦れて読めなかったのも気になる。
ツェッドはもう一度書物を見ようとしたが、やはり一度目を離すと駄目なのか、書物は淡い光の中に消えて行った。
途端この世界でのツェッドの記憶が雪崩れ込んでくる。
喧嘩もしなければ女遊びもしない、力試しと称して無意味にモンスターを狩りもしない。
逆に人から頼まれれば断れず、依頼以外のことも率先してやる。
シアンとマジェンタを拾ったのも彼らが空腹で行き倒れていたのを、ツェッドが見捨てられなかったからだ。
人々には品行方正な英雄ツェッドとして崇められており、本人はそんなたいそうな人柄ではないと思っていたようだ。
「並行世界、とやらがどういう意味なのかは何となく分かった気がするな……」
つまり、ここはツェッドが問題児ではなく優等生として生きていた世界なのだ。
なんでこんな世界に来てしまったんだと嘆いていると、ツェッドの寝室の扉がコンコンとノックされた。
「ツェッド、今いいかい?」
「ああ、医者はもう帰ったのか」
声の主を招き入れると、カイトを彷彿させる水色の長髪に緑の瞳を持つ神秘的な顔立ちのエルフが中に入ってきた。
ツェッドの記憶によるとこの男はシアン。
今日は番のマジェンタの病気を診てもらうために医者を呼んでいたはずだ。
シアンの番マジェンタは人族の女で、ここに来た時から発疹が出ており最近は熱で寝込んでいた。
ツェッドがこの二人を追い出さない理由もそこにある。
マジェンタが流行り病だった場合どこの宿屋にも受け入れられないからだ。
「ああ。医者は帰ったよ……」
「何かあったのか?」
暗い表情のシアンにツェッドがそう問いかけるとシアンはボロボロと泣き出した。
このシアンという男、少々心が弱い所がある。
そこもお人好しのツェッドが放っておけない理由だった。
「マジェンタは……重度の紅斑病だった……」
「!!」
紅斑病……それは人族のみがかかる病気で、軽度ならまだ命が助かるが重度だと確実に死に至ると言われている病気だ。
症状は名の通り身体中に赤い斑点が浮かび上がり、高熱に魘されると言う。
マジェンタはまだ二十代。
重度の紅斑病に罹るにはあまりにも早すぎた。
因みにシアンとツェッドも共に二十代前半の姿をしているが年齢は百五十歳と二百歳である。
エルフも龍人も外見年齢が二十代に入った所で成長が止まるのである。
余談だがエルフの寿命は五千歳と言われ、龍人族に至ってはまだ寿命が観測されていない。
第七章開幕です。ツェッドは純粋なる愛を見て、何を感じるのか……。




