愛と憎しみ
ツェッドが短弓を渡す機会は意外にも早く訪れた。
国から次の戦で最後にせよと勅令が来たのだ。
この戦争が始まって十年。
そろそろ民の疲弊も激しいと言ったところか。
ツェッドは最終局面の戦術を相談するために呼び出された。
「団長、これを」
「何だ……? 短弓……?」
戦術について詰めた後ツェッドは用意していた一対の短弓をローザに渡した。
きっとこの後アランチオに会いに行くだろうと思ってだ。
「俺が見つけた古代兵器だ。対になっている短弓の所有者の心臓を射抜く効能が付いている」
「!! ツェッド……」
ツェッドの言葉にローザは驚いたように目を見開いたが、何も言わずありがとうと礼を言った。
これからアランチオに会ってくる、野営地の見張りを頼む、と言ったローザはテントから出る際にこう言った。
「ツェッド、お前は最初から隻腕だったかな?」
「……変なことを言うな。俺は最初から隻腕だ」
ツェッドの返事にそうかと答えたローザはそのままテントを出て行った。
その背中を見送りながらツェッドは暗示にかかりにくい人間も偶にはいるのだな、と思った。
まぁうっすら気づいているかな程度だったので誤魔化せただろうが。
そして翌日になり最終決戦が行われた。
国境を境にずらりと並ぶ両軍。
ローザとアランチオは同時に声を上げた。
「「女神の加護があらんことを!!」」
この声をきっかけに戦は始まった。
そして両者一進一退の譲らない状況が続いた時ローザはあの短弓を取り出した。
ツェッドの目だからこそ見えるがアランチオも短弓を取り出している。
そして両者互いに弓を引き、放った。
ドス、と鈍い音がローザから聞こえる。
「「団長――!!」」
両軍から叫び声が聞こえる。
ローザとアランチオは全く同じタイミングで弓を放っていた。
それは即ち両者同じ時に心臓を射抜いたということで。
落馬したアランチオの姿は兵士達の姿で見えないが、ローザの死に顔は見ることが出来た。
きっとアランチオも同じ死に顔をしているだろう。
ローザはその顔に微笑みを浮かべていた。
ローザとアランチオは望み通りお互いの手で死を迎えることによって、永遠の愛を手に入れたのだ。
周囲が将を失った動揺で騒がしくなる中ツェッドの意識がグン、と引っ張られる感覚がした。
自分の姿を見下ろすと姿が徐々に透けている。
どうやら今回はここまでのようだ。
この世界もきっと今までと同じく滅びの一途をたどるのだろう。
でもツェッドは左腕を切り落としたことに後悔はしていない。
なぜなら満足のいく愛を見ることが出来たからだ。
愛はやはり綺麗なものだけではなかった。
ローザとアランチオのような歪な愛もまた、存在するのだ。
それを知ることが出来たのなら左腕なんて安いものだ。
基本神なんて信じていないツェッドだが、今回はらしくもなく神とやらがいるならば、今度は二人が安らかに愛せる世界にしてくれ、と呟いて意識を手放した。
ローザとアランチオ、二人の魂がどう巡ったかは神のみぞ知る。
ツェッドが意識を取り戻すといつも通り目の前にはカイトが居た。
「醜いものは見れましたか?」
「醜い……というよりは歪だな」
「それは、貴方が左腕を失っても見たいものでしたか?」
カイトの質問にツェッドは暫く間をおいてからああ、と答えた。
左腕を失って、と聞いてガタっと音を立てて立ち上がったのは外套を被りオレンジのワンピースを纏った女性だ。
あまりの動揺からか外套から白銀の髪がチラリと見えている。
ツェッドは近くにいた女性が立ち上がったことに何だ、と思ったが気にせずツェッドも店を出るために立ち上がった。
「貴方は……貴方は……そんな犠牲を払ってまで何を見てきたの?」
女性の悲痛な声での問いかけにツェッドはこう答える。
「愛を見てきた」
ツェッドは右腕で優しく女性を避けると店を後にした。
暫くは隻腕で戦う戦い方に慣れなければならない。
当分あの店にいけそうにないな、とツェッドは思った。
一方、残された女性は何で身を代償にしてまで知りたがるのよ……と震えた声で呟いた。
「それが彼の心から求めているものだからでしょうね」
人は誰しも心から求めている物の前では全てを差し出す者です、彼もまた血が通った人だったということですよとカイトは女性に話しかける。
「元々ぶっ飛んでる所がある奴だったけど、愛に関しては輪をかけてぶっ飛んでるわ」
「そんな彼はお嫌いですか?」
カイトは女性に珈琲のお替りを注ぎながら問いかける。
女性は珈琲を飲みながら暫く考え込んだ。
「最初は嫌いだったわ……愛を探しにここに通うのだって気まぐれだろうと思っていた。けど今は……」
女性はその後言葉を噤んだ。
カイトはそんな女性の言葉を引き取るように口を開いた。
「今は好ましく思っている、と」
「……彼は変わったわ。良い方向にね」
女性はカイトの言葉を否定も肯定もせず珈琲を飲み干すとご馳走様と言って店を出た。
カイトが窓の外を見ると曇天から一筋の光が差し込んでいた。
第六章閉幕です。第七章は純粋なる愛にツェッドが惹かれる話……。




